コラム

『Global Risk Research Report』No. 28
「軍事化」するアメリカの「最大限の圧力」政策に対するイランの対応
――イラン・イスラーム体制の「軍事化」の兆し――

2020-03-26
貫井万里 (公益財団法人 日本国際問題研究所研究員)
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 2018年5月にトランプ(Donald Trump)米政権がイラン核合意から一方的に離脱した後、イランは核合意にとどまる代わりにヨーロッパを含む各国に経済的な見返りを求めつつ、トランプ政権の終了をひたすら待つ「忍耐政策」に入った1。しかし、2019年4月以降、経済制裁のカードをほぼ出し尽くしたトランプ政権は、軍事的な威嚇でイランを新たな核合意のための交渉のテーブルにつかせようとする政策に転換したと考えられる。本節では、こうしたアメリカの「最大限の圧力」政策の「軍事化」に対するイラン側の対応を時系列で整理し、分析する。その結果、アメリカの軍事的な威嚇に対し、軍事力での国土防衛を主張するイスラーム革命防衛隊(Islamic Revolutionary Guard Corps: IRGC)を中心とする強硬保守派の権力が強まり、イラン政治の「軍事化」が進んでいるとみられる点を指摘する。

(1)トランプ政権の終了を待つ「忍耐政策」(2018年5月~2019年3月)

 2018年5月以降、対米関係がある種の膠着状況に陥る中で、イラン国内ではポスト・ハーメネイー体制に向けた派閥闘争が続いていた。欧米諸国との関係改善を梃子に経済問題の解決を図ろうとする穏健派のロウハーニー(Ḥasan Rowḥānī)政権と、イスラーム体制護持を最優先し、欧米への不信感の強いIRGCに代表される強硬保守派の対立は、2019年2月末のザリーフ(Moḥammad Javād Ẓarīf)外相辞任騒動で先鋭化した。
 2011年から開始したシリア内戦で、イランはアサド(Bashshār al-Assad)政権を支援するために膨大な兵力、物資、資金を注いできた。2016年12月のアレッポ奪回を機にアサド政権が優勢になると、地上戦で大きな貢献をしたIRGCは、イラン国内でもその威力を誇示する言動を露にするようになった。2月25日に、シリアのバッシャール・アサド大統領がIRGCゴドゥス軍(対外工作・軍事作戦を担当)の招きでテヘランを訪問し、ハーメネイー('Alī Khāmene'ī)最高指導者とロウハーニー大統領に面会した。事前に知らされていなかったザリーフ外相は、IRGCの外務省軽視に反発してツイッターで辞任を宣言した。結局、この事件は、ロウハーニー大統領の必死の慰留と、ゴドゥス軍司令官のガーセム・ソレイマーニー(Qāsem Soleymānī)将軍が「わざと外務省を無視したのではなく、連絡不足による行き違い」と公に発言をしたため、ザリーフ外相は復職した。

(2)挙国一致体制の構築(2019年4月~6月中旬)

 両者の次なる攻防は、3月下旬から4月上旬にかけて起きた大洪水の被災者救援遅延の責任を巡るものであった。この洪水によって78名が死亡し、千人以上が負傷し、約18万戸が倒壊し、6万世帯が避難を余儀なくされるなど、イラン北部と南部を中心に甚大な被害を出した2
 4月中旬以降、IRGCゴドゥス軍のソレイマーニー司令官からの要請を受けたとされるレバノン、イラク、アフガニスタン、パキスタンのシーア派民兵が続々と洪水被災地に入り、「支援活動」と称して部隊を展開した。これに対し、一部に歓迎する声はあったものの、反発する声も上がった。  
 テヘラン革命裁判所所長のムーサー・ガザンファルアーバーディー(Mūsā Ghaz̤anfarābādī)は、「たとえ我々が革命を救えなかったとしても、イラクのシーア派民兵、人民動員部隊(al-Ḥashd Sha'abī)、アフガニスタンのファーテミーユーン師団(Liwā' al-Fāṭamiyūn)、パキスタンのゼイナビーユーン旅団(Liwā' al-Zaynabiyūn)、イエメンのフーシー(Ḥuthī)が来て〔イランのイスラーム〕革命を救ってくれるだろう」とシーア派民兵の活動を賞賛する演説をした。これを受け、被災地の救援活動の遅れや混乱に不満を持つ被災者たちが、万一、抗議活動を始めた場合に備えて、IRGCは近隣国のシーア派民兵を呼び寄せたのではないかとの憶測がSNS上で広がり、国民の不信感が高まった3
 地元が被災したシーラーズ選出議員のバフラーム・パールサーイー(Bahrām Pārsā'ī)議員と西アーザルバイジャン州ナカデ郡選出議員のアブドゥルキャリーム・ホセインザーデ('Abd al-Karīm Ḥoseynzāde)議員も、議会の承認なく外国軍のイラン国内での活動を許すことは、「救援」という口実があろうとも「イラン・イスラーム共和国憲法」第146条と第125条に反し、国家の国境の不可侵を犯し、容認できないと発言した4
 2019年春の洪水災害では、被害の甚大さに対し、政府の備えが不十分で混乱していた側面はあるが、IRGCが洪水被害を政府攻撃の口実に利用し、自らの有能さをアピールしようとした意図も見え隠れする。今回の洪水被災地の救援活動に、前例がないほどIRGCが関与したとされ、さらには、IRGCの高位司令官が被災地に赴き、救援活動をしている様子を写真や動画で撮影し、SNSなどを使って宣伝する現象が各地で起きた5
 被災者をよそに醜い争いを繰り広げていた政府とIRGCは、4月以降、アメリカによる軍事的な圧力が高まると、一時休戦をして、外交手段を通した戦争回避の努力をしつつ、国土防衛のために戦時体制の構築に向けて協力をし始めた。
 4月8日にアメリカがイランのIRGCをテロ組織に指定した。外国の正式な軍隊がアメリカ政府によってテロ組織認定される初めてのケースである。テロ組織認定の問題点は、単にIRGCによる海外での経済活動や海外送金が困難になるばかりではなく、ペルシア湾を含む中東地域で米軍とIRGCが小競り合いになった場合、テロ組織として即刻排除される可能性が高まったことにある。さらには、トランプ大統領がIRGCの存在を理由に議会の承認を得ることなくイランに先制攻撃を命ずる危険を孕む状況となった6
 米政府によるIRGCテロ組織認定に対抗して、イラン国家安全保障最高評議会は、4月8日に中東に展開するアメリカ中央軍(United States Central Command: USCENTCOM)をテロ組織に指定すると発表した。これを機にイラン国内エリートの間で、「アメリカによる軍事攻撃が単なる 虚仮威しではなく、現実化する可能性があり、国内での派閥闘争を棚上げして挙国一致の国土防衛体制をとる必要がある」との認識が共有され始めた。4月21日にハーメネイー最高指導者は、対米強硬派のホセイン・サラーミー(Ḥoseyn Salāmī)准将をIRGC総司令官に任命した。外交面では、イラン核交渉チームの一員でベテラン外交官のマジード・タフテ・ラヴァーンチー(Majīd Takhte Ravānchī)が、4月8日にニューヨークの国連代表部のイラン大使に任命されている。ラヴァンチーは、2017年からロウハーニー事務所の政治顧問を務め、大統領に近い穏健派の人物である。
 4月22日にアメリカ政府は、例外適用を撤廃してイラン石油を全面禁輸にする方針を発表し、5月9日に米空母エイブラハム・リンカーン及び爆撃部隊を中東に派遣した。ペルシア湾の緊張が一気に高まる中、5月12日にフジャイラ港沖合でオイルタンカー4隻――サウジアラビア国営海運会社バフリ所有の2隻、アラブ首長国連邦(United Arab Emirates: UAE)船籍1隻、ノルウェー船籍1隻――が攻撃され、5月14日にはサウジのパイプラインのポンプ場が無人機によって攻撃された。5月24日にトランプ大統領は米兵1,500人の中東への追加派遣を表明し、ポンペオ(Michael Pompeo)国務長官はサウジやUAE等に約81億ドル分の武器等の供与を発表した。
 アメリカによるイラン石油禁輸措置に対し、5月8日にイラン政府は、核合意に伴う義務履行の一部停止を発表した。それは、核合意残留のために他の当事国との交渉を継続しつつも、制裁解除が担保されない場合には、段階的に義務の縮小を拡大していくという方針であった(表1参照)。イランは、核合意離脱の可能性をちらつかせてヨーロッパ諸国から経済的利益と外交的支援を引き出そうとすると同時に、中国やその他友好国への石油輸出を継続する方策を探ろうとしたとみられる。しかし、5月9日に中国の主要石油会社の中国石油天然気集団(China National Petroleum Corporation: CNPC)と中国石油化工(Sinopec)がイランからの石油輸入を停止し、トルコ(5月22日)とインド(5月23日)もイランからの石油輸入を停止した。ただし、衛星で船舶の航行を追跡する「船舶自動識別装置(Automatic Identification System: AIS)」のスイッチを切ったイラン所有の石油タンカーがペルシア湾や紅海に出没しているという情報が多数報道されていることから、近隣国や中国に引き続きイラン産原油が密輸されている模様である7

表1 イランによる核合意履行義務の縮小(約60日毎の期限)
キャプチャ.PNG(出所) 各種報道を基に筆者作成。

 アメリカやサウジアラビア、UAEなどで構成される「対イラン封じ込め連合」による軍事攻撃を回避するために、イラン外務省は欧米世論への働きかけや、近隣諸国(オマーン、イラク、カタール、クウェート)に対イラン軍事攻撃に同調しないよう求める説得工作を加速させた。ニューヨーク訪問中のザリーフ外相は、4月28日に保守系フォックス・ニュース(Fox News)に出演し、「アメリカに人質交換を提案した」と発言をし、外交の窓口を開けていることをアピールした。5月15日から17日にかけて、ザリーフ外相はイラン石油の主要輸入国であるインド、中国、日本を訪問し、日本では安倍総理に対し、ペルシア湾の緊張緩和に向けた日本の役割への期待を示した。サウジ主導の国際会議直前の5月26日から28日にかけて、アッバース・アラーグチー('Abbās 'Arāqchī)外務次官がカタール、オマーン、クウェートを歴訪している。
 5月30日と31日に、サウジ国王の呼びかけにより、メッカでアラブ連盟緊急サミット、湾岸協力理事会サミット、イスラーム協力機構サミットが同時開催され、イランによる他国への干渉を非難する声明が発出された。しかし、イランの説得工作が功を奏し、イランと友好関係にあるイラクとカタールは声明に反対、あるいは留保を表明した。
 イラン国内では、5月4日にジャハーンギーリー(Esḥāq Jahāngīrī)副大統領がガソリン及び食料の配給制復活の可能性について言及し、5月19日にサラーミーIRGC司令官が「完全な臨戦態勢」の準備を宣言するなど、戦時体制に向けた準備が着々と進められた8。6月4日にハーメネイー最高指導者は、抑止力強化のためにミサイル開発の必要性を強調している。

(3)軍事衝突の危機の回避(6月中旬~下旬)

 5月下旬から6月上旬にかけて、ペルシア湾での軍事衝突を避けるために、イラク、カタール、オマーン、日本、ドイツなどが米・イラン間の仲介努力を開始した。しかし、当事者のイランとアメリカが挑発的な行為を繰り返したため、下記の通り、仲介交渉は失敗に終わった。
 トランプ大統領は、6月5日に「交渉が望ましいが、戦争の可能性もある」と発言するなどイランとの直接対話を期待する発言をし、「イスラーム体制の転換レジーム・チェンジ」を主張する対イラン強硬派のボルトン(John Bolton)米大統領補佐官に不満を持っているとの報道も流れ始めた。イラン側からも、外交交渉の可能性を示唆するシグナルがいくつか送られている。6月11日に、アメリカのためにイランでスパイ活動をした容疑で投獄されていたレバノン人IT専門家のニザール・ザッカー(Nizār Zakkā)が釈放された。また6月上旬、ロウハーニー大統領とザリーフ外相が相次いで「条件付き」での米大統領との会談の可能性を示唆する発言を行っている9
 5月16日に訪日したザリーフ外相の要請と5月27日の日米首脳会談でトランプ大統領からのお墨付きを得て、6月12日に、安倍首相及び河野外相がアメリカとイランの緊張緩和を働きかけるためにイランを訪問した。この最中にアメリカ政府は、イランの金属製品への制裁に続き(5月8日)、イラクを拠点とする「サウス・ウェルス・リソーシズ・カンパニー(South Wealth Resources Company)」とその幹部2人に対してIRGCゴドゥス軍との武器取引を理由に制裁を発動した(6月12日)。6月14日にハーメネイー最高指導者と面会した安倍首相は、アメリカとの会談に否定的な発言しか引き出せず、また、6月13日にホルムズ海峡付近で正体不明勢力が日本企業運航の石油タンカーを攻撃する事件が発生したことにより、日本によるペルシア湾の緊張緩和に向けた外交努力は一層の困難さを露呈した。
 6月12日及び23日にサウジのアブハ空港がフーシー派によって攻撃され、12日の攻撃で26名が負傷し、23日には1名が死亡した。一連の攻撃を受けて、ポンペオ国務長官はイランを首謀者と断じて非難し、イギリスとサウジアラビアも同調した。その見方に基づけば、IRGCが軍事的な抑止力を誇示し、アメリカ主導のイラン石油の禁輸措置を支えるサウジとUAEへ警告するために攻撃を実行したと説明されている10。しかし、イランは関与を否定し、領海内で事件が発生した当事国のUAEを含め、多くの国々は慎重な姿勢を示し、国連の調査でも明確な答えが出ていない。
 6月20日に、IRGCが領空内で米国の無人偵察機を撃墜し、米・イラン間の緊張は一触即発の状態にまで高まった。ホルムズ海峡上空の国際空域で撃墜されたと主張するアメリカ政府は、イラン国内軍事施設への空爆を計画したが、作戦開始直前にトランプ大統領が撤回したと発表した。
 トランプ政権は、イランとの話し合いの用意があるとのメッセージを送る一方で、6月24日に、ハーメネイー最高指導者及び同事務所等を制裁対象に指定する大統領令を発出し、7月31日にザリーフ外相を制裁対象にした。さらには、トランプ大統領はツイッターで「イランとの戦争は短期間で終了し、米兵を地上戦に投入することにはならない」と軍事オプションを仄かしている。米大統領と高官から次々と矛盾したメッセージが発出されていることがイラン側を混乱させ、時には双方のメッセージの読み間違いが、さらに事態を混迷させていると考えられる。

(4)タンカー拿捕合戦と米イラン緊張緩和の失敗(7月~9月)

 7月から8月にかけて、イランによる石油輸出の妨害を試みるアメリカ及びその同盟国と、監視網をかいくぐろうとするイランの攻防が、ペルシア湾のみならず、紅海、さらには地中海を舞台にして展開された。5月2日に修理のためにサウジアラビアのジェッダ港に寄港したイランの石油タンカーの出航をサウジ当局が許可せず、1日に20万ドル(合計約1000万ドル)をイランに停泊料として要求するという、イランに対する妨害行為とみられる事件が発生した。最終的に、7月20日にタンカーの出航が認められた。しかし、同じくジェッダ港沖で10月11日にイランの石油タンカーがミサイル攻撃によって爆発する事件が発生し、イラン政府はサウジの関与を疑っている11
 7月4日に英領ジブラルタル政府と英海軍は、イランの石油タンカー「グレース1」を、欧州連合(European Union: EU)の制裁法に反してシリア向けの石油を運搬していることを理由に拿捕した。その報復措置として、IRGC海上部隊は7月19日にホルムズ海峡で英タンカー「ステナ・インペロ」を拿捕し、乗組員を逮捕した。水面下の交渉の結果、8月15日に英領ジブラルタルは「グレース1」を解放し、拘留延長を要求するアメリカの要求を却下した。イラン側も9月25日に英タンカーと乗組員を解放し、一連のタンカーをめぐる紛争は終息に向かった。
 ペルシア湾での緊張の高まりを受け、7月9日にダンフォード(Joseph Dunford)米統合参謀本部議長がペルシア湾とホルムズ海峡、オマーン湾を航行する船舶を護衛する「有志連合」結成構想を発表した。この構想は、表向きには「ペルシア湾での安全で自由な航行を維持」を標榜しているが、「対イラン封じ込め」に国際的な同調を得ようとしている米政府の意図は明らかであった。そもそもアメリカによる核合意からの離脱とイランに対する過度な挑発が事態悪化を招いたと考え、無益な戦争に巻き込まれることを回避したいという認識が国際社会の大勢を占めた。そのため、活動が開始した2019年11月時点で「海洋安保イニシアティブ(有志連合構想)」に参加した国は、アメリカ、イギリス、サウジアラビア、オーストラリア、バーレーン、UAE、アルバニアの7か国に留まっている。
 「海洋安保イニシアティブ」に対抗して、7月29日にイラン海軍司令官が、年内にロシアとペルシア湾で共同軍事演習を行うことを発表した。また、9月25日の国連総会の演説でロウハーニー大統領は、ペルシア湾とホルムズ海峡の安全を沿岸国と同地域にエネルギーを依存する関係国が協力して担う「ホルムズ平和構想(Hormuz Peace Endeavor: HOPE)」を提案している。アメリカの「有志連合」構想の根底に流れるのは、1991年の湾岸戦争以降に確立したアメリカのペルシア湾における覇権体制と秩序維持の負担を同盟国に肩代わりさせ、やがては中東から撤退をしたいという思惑である。他方、イランにはアメリカ撤退後のペルシア湾にロシアや中国と協力して自国に有利な新秩序を確立したい狙いがある。
 6月下旬から9月にかけてイラン核合意の崩壊を恐れるEU、特にフランスのマクロン(Emmanuel Macron)大統領によるイランとアメリカの緊張緩和の努力がなされた。6月28日に英仏独は、イランとの円滑な金融取引のための特別目的事業体(Special Purpose Vehicle: SPV)である「貿易取引支援機関(Instrument for Supporting Trade Exchanges: INSTEX)」の稼働準備の完了を宣言した。マクロン仏大統領は、7月6日に核合意の維持についてロウハーニー大統領と電話で協議し、8月下旬にG7会合開催中のフランスのビアリッツにザリーフ外相を招き、イランとアメリカの歩み寄りの前提条件の交渉を行った。フランスは150億ドルのイラン金融支援パッケージを提案したが、アメリカが反対し、国連総会でのイランとアメリカの首脳会談は実現せず、緊張緩和に向けた努力は失敗した。
 一方、これまでアメリカとともに「対イラン封じ込め」を主導してきたUAEは、アメリカとイランの軍事衝突の危機が現実化する中、戦争を回避するために外交チャネルを模索し始めた。7月上旬にUAEは、イエメンから5千人の部隊を撤退させると宣言し、泥沼化したイエメン内戦にサウジアラビアが取り残される形となった。また、7月30日にUAEの海上警備隊の使節団がテヘランを訪問し、イラン国境警備隊高官と6年ぶりに協議し、海上安全保障協力の覚書を調印した12。イラン批判の立場を堅持していたサウジアラビアも、9月14日のアラムコ石油施設攻撃を機に、イランとの水面下の交渉を始めたとの報道もある13

(5)イラン国内での強硬保守派の台頭(7月〜10月)

 アメリカとイランの緊張がやや低下した7月になって、国内闘争が再燃し始めた。強硬保守派のイブラヒーム・ライースィー(Ebrāhīm Ra'īsī)率いる司法権(Qovve-ye Qazā'īye)14が「汚職撲滅」キャンペーンの名の下に、IRGC情報局と協力して、ロウハーニー大統領やアフマディーネジャード(Maḥmūd Aḥmadīnezhād)前大統領、サーデク・ラーリージャーニー(Ṣādeq Ardeshīr Lārījānī)公益判別評議会議長(前司法権長)など政敵排除の動きを加速させ始めたのである。その背景には、国民の人気においてロウハーニーを含む穏健派や改革派のリーダーに劣るライースィーが、自らのイメージ・アップを図りつつ、「悪者に成敗」(経済汚職に加担した人物を見せしめとして厳罰)を下すことで、制裁下の経済難やインフレで苦しむ国民の不満をそらそうとする一石二鳥の狙いが透けて見える。
 ライースィーはハーメネイー最高指導者の直弟子で、IRGCとも密接な関係にあり、次期最高指導者の最有力候補と目されている。伝統保守派及び強硬保守派双方から推薦されて2017年大統領選挙に出馬したライースィーは、無名候補にもかかわらず、ロウハーニー大統領に次ぐ得票数を得た。ライースィーは2019年3月3日に司法権長に任命され、3月12日に次期最高指導者を選出する専門家会議の副議長にも多数票を得て就任した。
 ロウハーニー大統領を支持する穏健派・改革派の人物で裁判にかけられた者の中には、ザリーフ外相の右腕としてイラン核合意の実質的な交渉役を担ってきたアラーグチー外務次官の甥がいる。中央銀行副総裁(外国為替担当)のアフマド・アラーグチー(Aḥmad 'Arāqchī)は、イラン通貨リヤルの急落に歯止めをかけるために中央銀行から市場に導入された1.6億ドルの現金を悪用した容疑で2019年8月に逮捕された15。2019年7月には、人気ドラマシリーズ『シャフラザード』のプロデューサーで、モハンマド・シャリーアトマダーリー(Moḥammad Sharī'atmadārī)元労働大臣の娘婿のハーディー・ラザヴィー(Hādī Raz̤avī)に20年の禁固刑、財産没収、74回のむち打ち刑の判決が下された。汚職容疑で逮捕されていたロウハーニー大統領の弟のホセイン・フェレイドゥーン(Ḥoseyn Fereydūn)も容疑を強く否定したが、2019年10月に5年の禁固刑の判決が下っている16
 一連の汚職摘発事件で最も衝撃的な事件は、ライースィーと並ぶ次期最高指導者の有力候補であるサーデク・ラーリージャーニー前司法権長の右腕であった人物が2019年7月14日に逮捕されたことである。アクバル・タバリー(Akbar Ṭabarī)前司法権副長官は司法権内の経済及び建設事業を担当し、資金流用の疑惑で罪に問われた17。高名な宗教指導者の家系に生まれたサーデク・ラーリージャーニーは、若くして宗教的な学識の深さで名を馳せ、2009年に司法権長に任命された。兄のアリー・ラーリージャーニー('Alī Lārījānī)は国会議長を長年務めており、ラーリージャーニー兄弟は伝統保守派の間で強力な支持基盤を持つ。2019年1月にサーデク・ラーリージャーニーは、死去したマフムード・シャーフルーディー(Maḥmūd Hāshemī Shāhrūdī, 前司法権長)師の後任として公益判別評議会議長にハーメネイー最高指導者によって任命された。タバリー逮捕事件を契機に、半年前まで司法権長として絶大な権力を振るってきたサーデク・ラーリージャーニーに対して、イラン国営放送を含めたメディアや宗教界の大物が一斉に批判し始めた18。この組織的ネガティブキャンペーンに最高指導者の後継者を巡る派閥争いが絡んでいることは疑いようがない。

(6)イラン・イスラーム体制の「軍事化」の兆し

 石油輸出が激減し、歳入減に苦しむイラン政府は、11月15日に突如、ガソリンの値上げを発表した。これに反発した市民が抗議活動を全国で展開した。2017年末の抗議活動とは異なり、私服警察や治安部隊が早い段階で実弾を使用して徹底的に弾圧したため、抗議活動は2週間ほどで終息した。このように早い段階でイラン当局が200人から300人に上る犠牲者を出すほど暴力的な鎮圧をしたのは類例がない19。体制内で世論と人命に配慮する穏健派や改革派の意見が弱まり、体制護持を最優先する強硬保守派の発言権が強まったことの証左とみられる。
 ガソリン配給制自体は、イラン・イラク戦争中やアフマディーネジャード政権期の2007年に導入されていた。しかし、一般庶民の間では評判の悪いこの政策は、2015年のイラン核合意成立後に廃止された。アメリカの再制裁によって経済が悪化したため、ロウハーニー政権はガソリン配給制の再導入を検討したが、2017年末の激しい抗議デモでいったん断念した。今回、ガソリンの値上げと配給を最終的に決定したのは、三権の長で構成される「経済戦争対策本部」の承認を得た、国家安全保障最高評議会であったとされる。「経済戦争対策本部」は、アメリカによる対イラン再制裁を「経済戦争」と捉え、イラン・イラク戦争中に設立されていた三権の長からなる「戦時対策本部」にならって緊急事態に即応できるように2018年5月にハーメネイー最高指導者の認可の下に設立された20。2019年5月のジャハーンギーリー副大統領の発言に見られるように、ガソリン配給制はアメリカの圧力政策の「軍事化」に伴い、「完全な臨戦態勢」の一環として早い段階で計画されていたことが推察される。
 7月以降、アメリカによる軍事攻撃の可能性が低いと見積もったIRGCと各国のシーア派民兵組織は、究極的には「米軍の中東からの撤退」を目指して軍事的抑止力を誇示する示威活動を活発化させた。12月27日にはイラクのシーア派民兵が、キルクーク近郊のイラク軍基地にロケット弾を打ち込み、米国の請負業者の民間人1名とイラク治安部隊の2名が死亡し、米兵4名が負傷した。それに対する米軍の報復攻撃でイラク人シーア派民兵に約70名の死傷者が出ると(29日)、バグダードの米国大使館前でイラク人による激しい抗議活動が行われた(31日)。同時期に(27日〜30日)オマーン湾では、「海洋安保イニシアティブ」に対抗する形で、イランとロシア、中国の共同軍事演習が行われている。
 イラン及び同盟国(組織)の軍事的な増長に歯止めをかけるために、2020年1月3日にトランプ大統領は、イラン国外の諜報・軍事作戦を約20年にわたって統括してきたIRGCゴドゥス軍司令官のソレイマーニー将軍殺害を敢行した。「国民的英雄」の暗殺に対し、イランは1月8日深夜に米軍の駐留するイラク西部のアル・アサド空軍基地とイラク北部クルディスタンのアルビルの基地にミサイル攻撃をして報復をした。1月8日にトランプ大統領はさらなる報復措置を下さないと発表し、イランとの全面衝突は回避された形である。しかし、イランとアメリカの緊張状態は、トランプ政権が対イラン政策を変えない限り続く見通しである。
 ソレイマーニーは「イスラーム国(Islamic State: IS)」の拡大を阻止した英雄として、イラン国内だけではなく、イラクやレバノンなどアラブのシーア派の若者たちの間でも人気が高かった。ソレイマーニーの活躍を紹介したミュージッククリップがペルシア語だけではなく、アラビア語でも作成されて広く視聴され、2019年4月に閉鎖されるまで彼のインスタグラムは80万人のフォロワーを誇った。プロパガンダ作戦に長けていたISへの対抗として、イランがソレイマーニーを対IS戦のアイコンとして宣伝戦に利用した側面はあるが、彼が一定の人気を持っていたのも確かである。トランプ大統領が決断した暗殺によって、イラン国内では百万人近くが「生ける殉教者」とハーメネイー最高指導者に呼ばれた将軍の葬送行進にかけつけ、出身地のケルマーンでは雑踏で踏みつぶされて50人の圧死者が出るほど、国全体が悲しみに包まれた。
 ソレイマーニー将軍暗殺は、国内政治において対米不信が強く、核開発やミサイル開発における制限を嫌う強硬保守派の基盤をさらに強固にし、2月21日の国会選挙でも「弔い合戦」と称してIRGC系の強硬保守派候補が大幅に議席数を伸ばした。事前に監督者評議会が、現職議員80名を含むロウハーニー政権を支持する穏健派・改革派の立候補者の資格を軒並み拒否したたこともあり、今回の国会選挙の投票率は史上最低の42.57パーセントであった。それは4年前の2016年第10回国会選挙の時の投票率(全国で61.83パーセント、テヘラン州で50パーセント)から大きく下がり、テヘラン州に至っては投票率26.2パーセントと全国最低を記録した。第11回国会選挙では、保守派候補は、有力な対戦相手もないまま有利に選挙戦を展開し、テヘラン選挙区の30議席を含む約220議席を獲得した。他方、穏健派と改革派は、議席数を120議席から約20議席と大幅に縮小させた21
 米トランプ政権は、経済制裁によってイランの行動を変えさせることができず、2019年4月以降「最大限の圧力」政策の「軍事化」を進めてきたが、そもそも次期大統領選挙のためにイランとの全面的な戦争に踏み切れないトランプ大統領の選択肢は少ない。その中で、イランの国民感情やシーア派民兵たちの忠誠心を軽視して行われたソレイマーニー将軍暗殺は、イランのイスラーム体制の「軍事化」を促し、中東地域をさらに不安定化させるターニングポイントとなった可能性がある。




1 2019年4月26日付ターブナーク通信報道「トランプ米政権にどのように対応すべきか:『忍耐』、『戦争』あるいは『交渉』か?」<https://www.tabnak.ir/fa/print/894648 >, accessed on September 19, 2019.
2 2019年4月3日付BBC Persian報道「イランでの洪水被害者数の最新の統計を法医学者が62名と発表した」<http://www.bbc.com/persian/iran-47797418>, accessed on April 5, 2019.
3 2019年4月15日付BBC Persian報道「なぜ、イラクの民兵組織がフーゼスターンの洪水被害地区にいるのか?」<http://www.bbc.com/persian/iran-47939599>, accessed on April 16, 2019; 2019年4月16日付BBC Persian報道「ヒズブッラー:多くのレバノン人の若者が洪水被災地にいる」, accessed on April 17, 2019.
4 2019年4月19日付BBC Persian報道「イランにおける人民動員部隊の存在にイラン国会議員2名が抗議」<https://www.bbc.com/persian/iran-47988817>, accessed on April 20, 2019.
5 2019年4月8日付BBC Persia報道「イランの洪水と『ジハード(聖戦)セレブリディー』現象」, accessed on April 9, 2019; 2019年4月13日付BBC Persian報道「イラクの人民動員部隊が救援活動のためにイランに入った」, accessed on April 14, 2019.
6 2019年4月9日付BBC Persian報道「IRGCをテロ組織リストに入れることはどのような結果をもたらしうるか?」<http://www.bbc.com/persian/iran-features-47859748>, accessed on April 10, 2019によれば、「中東で活動する米軍は、特にペルシア湾においてIRGCとの恒常的、かつ、緊密な連絡が取られてきたが、今後はIRGCのボートが米艦隊に接近した場合、注意するだけではすまず、テロリストとして断固たる措置が求められ、軍事衝突の危険性が高まる」と分析されている。
7 Alex Yacoubian, "Iran's Tankers and Its Smuggling Tactics," Iran Primer, October 11, 2019, <
https://iranprimer.usip.org/blog/2019/oct/02/irans-tankers-and-its-smuggling-tactics>, accessed on October 20, 2019.
8 2019年5月4日付BBC Persian報道「ジャハーンギーリーは、クーポンと配給の再実施の可能性について触れた」, accessed on May 6, 2019.
9 2019年6月6日付BBC Persian報道「日本首相が来週イランを訪問する」<http://www.bbc.com/persian/iran-48538939>, accessed on June 7, 2019.
10 Sune Engel Rasmussen, "U.S., Iran Trade Accusations in Wake of Tanker Attacks," The Wall Street Journal, June 14, 2019; Keneeth Katzman, Clayton Thomas, and Kathleen J. Mclnnis, US-Iran Conflict and Implication for U.S. Policy, Congressional Research Service, January 6, 2020.
11 "Iran Says 3 Tankers Attacked in Red Sea in Six-month Period, Warns Route Unsafe," International Shipping News, Piracy and Security News, November 7, 2019 <https://www.hellenicshippingnews.com/iran-says-3-tankers-attacked-in-red-sea-in-six-month-period-warns-route-unsafe/>, accessed on November 10, 2019.
12 "Iran, UAE Sign Document to Boost Maritime Security Cooperation," Press TV, August 1, 2019 , accessed on September 19, 2019.
13 Franaz Fassihi and Ben Hubbard, "Saudi Arabia and Iran Make Quiet Openings to Head Off War," New York Times, October 4, 2019.
14 イラン・イスラーム共和国には、司法権長の管轄する司法権と、司法大臣の管轄する司法省が存在する。司法権の下には裁判所と検察が置かれ、さらに司法権は法案を国会に提出する権限も有し、大きな権力を持っているのに対し、司法省は司法権と行政や立法をつないで調整する行政機能しか果たしておらず、権限は弱い。司法権長は最高指導者によって任命され、司法府としての独立の権限を持つのに対し、司法大臣は大統領が指名した後、国会が承認する形で行政府に属する。
15 "Iran's Intelligence Ministry and a Major Financial Corruption Case," August 16, 2019, Radio Farda, <https://en.radiofarda.com/a/iran-s-intelligence-ministry-and-a-major-financial-corruption-case/30112795.html>, accessed on August 20, 2019.
16 2019年8月6日付BBC Persian報道「テレビドラマシリーズのシャフラザードの出資者で労働大臣の娘婿のハーディー・ラザヴィーが刑務所に移送された」<http://www.bbc.com/persian/iran-49248244>, accessed on August 8, 2019; "Iranian Political Figures, Celebrities in Jail for Corruption Charges," October 18, 2019, Radio Farda <https://en.radiofarda.com/a/iranian-political-figures-celebrities-in-jail-for-corruption-charges/30223696.html>, accessed on October 25, 2019.
17 2019年7月15日付BBC Persian報道「司法権の影の男の逮捕:アクバル・タバリーとは誰か?」<http://www.bbc.com/persian/iran-48990189>, accessed on July 17, 2019; 2019年8月14日付BBC Persian報道「司法権内の『浄化』は最高指導者の命令の下で実施されている」<http://www.bbc.com/persian/iran-49347860>, accessed on August 16, 2019.
18 2019年8月17日付BBC Persian報道「サーデク・ラーリージャーニーがイランでメディアの圧力の対象」<http://www.bbc.com/persian/iran-49380352>, accessed on August 18, 2019, 2019; 2019年8月18日付BBC Persian報道「サーデク・ラーリージャーニー:もし誰も何も言わなければ、老人の敬意を守るだろう」<http://www.bbc.com/persian/iran-49388313>, accessed on August 19, 2019.
19 2020年1月2日付BBC Persian報道「国会議員:我々はアーバーン月の抗議で170名が殺害されたと言われた」<https://www.bbc.com/persian/iran-50973999>, accessed on January 3, 2020.
20 2019年11月16日付BBC Persian報道「ガソリン配給:噂から現実までどのように推移してきたか」, accessed on November 20, 2019; 2019年12月5日付BBC Persian報道「ハーメネイー師の秘密の警告によって議会でのガソリン法案の提出が阻止された」<https://www.bbc.com/persian/iran-50670663>, accessed on December 15, 2019; "Protests: Overview and Timeline," Iran Primer, December 18, 2019 , accessed on January 3, 2020.
21 Arash Azizi, "Factbox: The Outcome of Iran's 2020 Parliamentary Elections," Iran Source, Atlantic Council, February 26, 2020 <https://www.atlanticcouncil.org/blogs/iransource/factbox-the-outcome-of-irans-2020-parliamentary-elections/>, accessed on March 1, 2020; 2020年3月4日付ファールス通信報道「第11回国会選挙報告:議席の81%を原則主義派(Osūlgerāyān)が獲得した」<http://fna.ir/dfgu92>, accessed on March 5, 2020.