領土・歴史センター

映画『無名兵士』から見るフィンランドとソ連の戦争と領土認識

2024-02-16
石野裕子(国士舘大学文学部史学地理学科准教授)
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石野裕子准教授(国士舘大学文学部史学地理学科)より寄稿いただいた論考を掲載します。なお、論考は執筆者の見解を表明したものです。
※ご寄稿いただいた論考(pdfファイル)は、本ページ最下部よりダウンロード可能です。

12月6日はフィンランドの独立記念日である。ロシア革命勃発後の1917年12月6日、フィンランド議会がロシアからの独立を宣言したのを記念した日で、フィンランドでは祝日となっている。この日は公式式典が催されたり、コンサートが催されたりするなど文字通り「お祭り」の日である。

この独立記念日に、フィンランドの公共放送局ユレ(YLE)では毎年のように映画『無名兵士(Tuntematon sotilas)』を放映している。この映画の原作は、1954年に作家ヴァイノ・リンナが自身の従軍体験を元に書いた同名の小説である。同小説は1970年代には61万5千部も販売されるほどフィンランドで読まれており、現在も売れ続けている作品である。小説が発表された翌年の1955年には映画化され、1985年、2017年にリメイクされた。また、テレビドラマ、演劇、オペラにもなるなど、フィンランド人に広く知られている物語である1。物語は第二次世界大戦期にソ連・フィンランド間で勃発した2度目の戦争である継続戦争時(1931年6月25日-1944年9月19日)のフィンランド人兵士たちの話である。

フィンランド独立100周年の年にあたる2017年のリメイク版の映画は日本で『アンノウン・ソルジャー:英雄なき戦場』のタイトルで上演された2。映画ではフィンランド軍が1度目の対ソ戦争である冬戦争(1939年11月30日-1940年3月13日)終結後のモスクワ講和条約でソ連に割譲されたカレリア地峡に侵攻する。さらに旧国境を超えてソ連領に進軍、塹壕を築いて戦う。しかし、フィンランド軍は徐々に窮地に追い込まれ、前線から撤退し、休戦を迎えるところで終わる。 

映画で描かれているように、フィンランドは冬戦争でソ連に敗北し、カレリア地峡をはじめとする国土の10分の1をソ連に割譲した。2度目の継続戦争が1941年6月25日に勃発すると、フィンランド軍は旧領土に侵攻、9月には全ての領土の奪還に成功する。さらにフィンランド軍は旧国境を超えてソ連領に侵攻、ラドガ湖北部とオネガ湖にまたがるスヴィリ川を越えたあたりまで前進し、そこに塹壕を築いて占領地の防衛を始めた。

映画では描かれていないが、占領地でフィンランド軍はロシア人や共産主義者とみなした約7万2千人を収容所に送った。また、同地でフィンランド語学校を建設したり、フィンランド語の新聞を発行したり、ラジオ局を設置したりするなど現地のカレリア人、イングリア人らに対して同化政策を行った。彼らはフィンランド人の「近親民族」とみなされていたからである。

このような「近親民族」思想はフィンランド独立以前から存在しており、彼らが居住するフィンランド域外のカレリア地方を含めた「大フィンランド(Suur-Suomi)」という思想、すなわち膨張思想と深く結びついたものであった。

冒頭で12月6日はフィンランドの独立記念日と書いたが、実はこの日に出された独立宣言は、フィンランド内の階級分裂、フィンランド議会内での政党間での対立が存在するなか、独立後の政治形態に関する議論がまとまらないまま、ブルジョア諸政党がいわば見切り発車で発したものであった。独立が宣言されたものの、第一次世界大戦の影響でフィンランド国内での失業や食糧不足などの社会不安は解消されず、階級対立に拍車をかけた。翌年1918年1月に内戦となり、独立したてのフィンランドで国民同士が殺し合う惨事が起こったのである。その内戦の最中の1918年3月に白衛隊と呼ばれるブルジョア側の軍隊の一部の兵士が義勇兵として、「近親民族」が居住するロシア・カレリア地域を占領する動きを見せた。この動きは東カレリア遠征と呼ばれ、ロシア・カレリアを含めた「大フィンランド」を実現させようとする試みでもあった。遠征は内戦後も何度か試みられたが、現地の住民、すなわち「近親民族」の支持を得られることはなかった。またボリシェヴィキの抵抗やイギリスなどへの対外関係の悪化もあり、1920年に最終的に断念された。しかし、「大フィンランド」思想自体はフィンランドで生き残り、学生団体や極右政党にその思想が受け継がれていった。その「大フィンランド」は継続戦争で再び現実化する。フィンランド軍の指揮をとっていたカール・グスタフ・マンネルヘイム総司令官が1918年の東カレリア遠征の際に出した誓約と同じ内容の布告、すなわち東カレリアの「解放」を謳った布告を兵士たちに発し、その地域の併合を奨励したのであった。

3ヶ月強で終わった冬戦争と比較すると約3年3ヶ月と長引いた継続戦争もフィンランドの敗北で終わり、「大フィンランド」の実現は叶うことはなかった。継続戦争は、フィンランドの独立を保持するために結果的にナチス・ドイツと軍事協力を行なったりするなどフィンランドにとって「負」の側面が見出される戦争でもあった。実際に、独ソ戦でドイツ軍はフィンランド北部のラップランドからソ連に侵攻した。また、フィンランド軍はドイツ軍から武器の供与などを受けた。それゆえ、戦後フィンランドでは継続戦争をどのように位置付けるのか、すなわち上述したようにナチス・ドイツとの軍事協力、冬戦争で失った領土の奪還にとどまらず、旧国境を超えてソ連領に侵攻、占領した点をどのように解釈するかが議論となった。現在、フィンランドの歴史学界はこの「負」の側面に向きあい、その歴史認識が高校の歴史教科書にも反映されている状況にある。

2度にわたるソ連との戦争の結果、フィンランドはカレリア地峡を含む国土の10分の1を失い、同地に居住していた42万もの避難民を国内で受け入れなければならなかった。また、冬戦争では約2万7千人、継続戦争では約6万6千人の犠牲者を出した。戦後は多額の賠償金の支払い、戦争責任裁判、国内にいた20万ものドイツ兵を追放するため勃発したラップランド戦争(1944年9月15日-1945年4月27日)などの苦難が待っていた。そのような苦難の中、冷戦対立が深まっていく世界情勢を鑑み、共産主義化することなく独立を維持するためにフィンランドは親ソ外交路線を貫く選択をする。

映画に話を戻すと、同映画は継続戦争での名もなき兵士たちの報われない戦いを描いたものであり、劇中では兵士たちがいともたやすく次々と命を落としていく。また、フィンランド軍隊内での「処刑」シーンもある。祝日である独立記念日にこのような残虐な場面が多い戦争映画を子どもたちに見せてもいいのかという議論が時折起こっているようで、放映時間については深夜になったり昼間になったり毎年変更されている。ちなみに、2023年の独立記念日では1955年版が昼の12時に放映された。

映画のラストシーンは休戦で終わる。同映画の2017年版の海外公開版、すなわち『アンノウン・ソルジャー:英雄なき戦場』での最後の場面での字幕はフィンランド語ではなく英語で以下のように書かれている。「第二次世界大戦に参戦した国において、フィンランドはヨーロッパ諸国で唯一外国軍に占領されなかった国である。」ソ連との戦いには負けたが、名もなき兵士たちが命を賭して国土を防衛したというフィンランド人の矜持がそこに見出せるだろう。

一方、1955年版の映画のラストシーンでは戦争で破壊し尽くされた森や廃墟が映し出され、映画の冒頭で流れたシベリウスの「フィンランディア」が再び流れる。フィンランドがロシア帝国統治下にあった1889年に初演された同曲は、同年に始まった「ロシア化」政策に対抗するフィンランド人の愛国心を強くかき立てたとされ、独立記念日に演奏される定番の曲である。また、生き残った兵士が「ソヴィエト社会主義共和国連邦が勝利したが、小さな粘り強いフィンランドが僅差で2位に終わった」と冗談めかして仲間に話すシーンが印象的である。

2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は、2024年1月現在になっても終わりを迎えていない。侵攻後間も無くフィンランドは長年の「中立」政策を転換し、NATO加盟を決断、共に加盟申請したスウェーデンより早く2023年4月にNATO加盟入りを果たした。このNATO加盟の決断は世論の後押しがあった。80年以上前に勃発した対ソ戦争を想起する論調が新聞、ネットなどで沸き起こったことと無関係ではないだろう。

ウクライナをはじめとして世界で戦争、残虐行為が行われている状況下、2023年の独立記念日に映画『無名兵士』をフィンランド人はどのような気持ちで観たのであろうか。繰り返しになるが『無名兵士』は決して華々しい戦争物語ではない。『無名兵士』の持つメッセージ性は、現在より一層フィンランド人に強く響くのではないだろうか。

(筆者が著した関連文献)

石野裕子『「大フィンランド」思想の誕生と変遷----叙事詩カレワラと知識人』岩波書店、2012年。

石野裕子『物語 フィンランドの歴史―北欧先進国「バルト海の乙女」の800年―』中公新書、2017年。

石野裕子「フィンランド:対ロシア関係と安全保障政策」広瀬佳一編『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』明石書店、2023年2月。

石野裕子「フィンランドから見たウクライナ戦争」『中央公論』2023年7月号、中央公論新社、2023年6月。

石野裕子「フィンランドにおける対ソ戦争認識の変遷と現状―ウクライナ侵攻との関連で―」『歴史学研究』No.1037、2023年7月。

石野裕子「独立フィンランドにおける共和政の確立と大統領の権限―グスタフ・マンネルヘイムに注目して―」『東欧史研究』第46号、2024年3月刊行予定。




1 小説『無名兵士』は『無名戦士』とも表記する場合がある。なお、日本語訳は未刊行である。

2 2024年1月現在、アマゾンプライムビデオなどのサブスクリプションで視聴できる。