「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
分析のポイント
- 優先順位の明確化:「力による平和」を掲げ、米国は本土・西半球防衛、インド太平洋における対中抑止を優先。一方、欧州や中東、北朝鮮などでは、同盟国の主導を前提とし、米国の役割は限定的な支援にとどまる。
- 核の近代化・適応:「抑止」と「エスカレーション管理」の役割を強調し、ゴールデンドームの導入をはじめとして核恫喝に対する本土の脆弱性の克服を強調。
- 対中・台湾戦略:第一列島線における「拒否防衛」を整備し力による平和を追求するとともに、衝突回避(deconfliction)等を通じた「戦略的安定」を追求。その目指すところは、あくまで米国の優位を追求しつつも中国にとっても受け入れ可能な勢力均衡の状態、「まずまずの平和(decent peace)」。他方、台湾については明示的な言及がなく、対中エスカレーション管理の一貫のようにも見受けられる。
- 同盟国への要請:同盟国を「依存国(dependents)」化したという批判を踏まえ、同盟ネットワークが投資すれば「同時危機(Simultaneity)」にも対処可能と強調し、負担分担増と国防産業基盤の強化を要請。
- 日本への影響:米軍が本土・西半球防衛と第一列島線に重点配分する前提の下、日本には拒否防衛への“運用・態勢”面(ISR、基地強靭化、継戦能力、C2、後方支援など)での接続と貢献の増大、その必要性を語るナラティブが重要。
はじめに:優先順位の明確化としての国防戦略
2026年版米国国防戦略(以下、2026NDS。文書は以下のリンクからhttps://media.defense.gov/2026/Jan/23/2003864773/-1/-1/0/2026-NATIONAL-DEFENSE-STRATEGY.PDF )は、大まかに言って「米国は何を最優先し、何を同盟国に担わせるか」を明確にすることで、戦略の骨格を提示する文書となっている。「力による平和(peace through strength)」を掲げ、「ユートピア的理想主義から硬派な現実主義へ」という転換を明示する(6頁)。そして、戦略へのアプローチは4つの重点取り組み(Lines of Effort: LOE)として示され、①米本土と西半球の防衛、②インド太平洋での対中抑止(ただし「対決」ではなく「力」による)、③同盟国・パートナーの負担分担増、④国防産業基盤(DIB)の増強、という順に並べられている(16頁)。
「ルールに基づく国際秩序」や「民主的価値の普及」といった、従来の米国の安全保障戦略において基盤をなす価値には言及がなく、これらは戦略を正当化するナラティブとしては大きく後退し、国防政策における優先順位の原則が「具体的かつ実務的な国益」にあることを明確化している。
本論では、この議論の中でも核政策および抑止に係る部分に注目し、分析を試みる。とりわけ、トランプ政権下では、新たな『核態勢見直し(NPR)』は発出されないとの見通しであり、核兵器の役割や核戦力態勢の整備に対する方向性は、2026NDSから読み解いていくことが必要であろう。
抑止と核政策:「抑止」と「エスカレーション管理」
核政策に関しては、その記述は相対的に多くない。文書は、強固で安全かつ有効な核戦力の必要性を述べ、核戦力を近代化・適応させる際の重点として、抑止とエスカレーション管理を明示する(17頁)。さらに「核の恫喝(Nuclear blackmail)に脆弱であることは決してない」と断言し、核恫喝への耐性(非脆弱性)を強く打ち出し、米国が危機局面で恫喝に屈せず、強さから交渉するための基盤能力として位置づけられている(17頁)。
また本土防衛の文脈では、飽和攻撃を含む空からの脅威への備えとして“Golden Dome”に言及し(17頁)ているが、核・通常・ミサイル防衛を含む「本土の脆弱性」の克服が、全体戦略の第一の基盤として描かれる。
他方、同盟国との関係においては、同盟国への安心供与を説明するレトリックは、全くないわけではないだろうが、明示的に読み取ることはできない。また、バイデン政権下の2022年版が「統合抑止」を中核概念として、同盟・パートナー、領域横断、政府全体を束ねて抑止を成立させる発想を前面に出したのに対し、2026年版は、「統合抑止」のように抽象度の高く、具体的な実現において困難を伴った概念ではなく、戦略の優先順位と抑止態勢の確立における負担と分担を明確に示している。
米軍が本土・西半球防衛とインド太平洋に集中する一方で、他地域では同盟国が主たる責任を負い、米国は「重要だが限定された支援」に回るという構図が描かれる。実際、欧州、中東および朝鮮半島の位置づけは、後述のとおり、同盟国の主導を前提に整理される。
戦略的競争相手へのアプローチ:対中「戦略的安定」を中心に
ロシアと中国という二つの核大国としての戦略的競争相手に対するアプローチには、明らかな差異がみられる。
ロシアは世界最大の核戦力を持ち、近代化・多様化を進め、さらに海中・宇宙・サイバー領域で米本土を脅かしうるため、核・戦略領域における重みは保たれる(10頁)ものの、「持続的だが、NATOの東側のメンバーにとって管理可能な脅威」と位置づけ(10頁)、NATO同盟国の潜在力がロシアを大きく上回ることを根拠に、同盟国が欧州の通常防衛の主責任を担い、米国は「重要だが限定的」支援に回るとする(11頁)。あわせてNATO同盟国の防衛費について、合計5%GDP(うち3.5%をハード能力)を新標準として提示する(11頁)。
一方、中国は、米国に次ぐ世界第二の強国であり、「19世紀以来、米国に対して相対的に最も強大な国家」であるとし、そのうえで、人民解放軍への巨大な投資を指摘しつつ、さらに追加投資を行う余地と実行能力があること、そして軍拡の速度・規模・質が問題であることを強調する(9頁)。
インド太平洋における対中抑止は、二つの要素を同時に追求する形で示される。第一に、戦略的安定の追求である。軍同士のコミュニケーションを拡大し、衝突回避(deconfliction)や緊張緩和を支える(4頁)。第二に、第一列島線に沿った拒否防衛 (denial defense) を構築し、侵略が失敗すると理解させることで抑止する(4頁)。
この文脈における「戦略的安定」とは、歴史的に米ロ間で使用されてきた、戦略核の軍備管理下に置くことで双方が合意してきた相互確証破壊に基づく「戦略的安定」の状態と同義ではない。むしろ、中国との経済的な関係も含む戦略的関係を安定的に維持するというより広い定義の下で使われていると理解すべきであろう。
米国は、核戦力においても通常戦力においても中国に対して自らが圧倒的な優越を持つ能力を構築することではなく、中国に優越を与えずその戦略的目標を達成することを阻止すること、すなわち、「拒否防衛」の能力を持つことを目標に据える。それによってインド太平洋での勢力均衡を確保し、強さをレバレッジとして確保することで、交渉を通じた「まずまずの平和(decent peace)」を可能にする条件を整えることを意図している(4頁)。なお、このdecent peaceという表現は、エルブリッジ・コルビー国防次官の著書『The Strategy of Denial: American Defense in an Age of Great Power Conflict』(Yale University Press, 2021)の終章「A Decent Peace」に由来するものと推測される。であれば、それは、力を通じて米国にとって優位な条件を維持しながらも中国の体制返還などは目標にせず、中国にとっても受け入れが可能な、現実的に達成可能な勢力均衡的状態を意味している。
台湾の不在の意味するところ
他方、一つ気になるのが、台湾の不在である。第一列島線に沿う拒否防衛を軸に据える一方で、台湾に関する明示的な言及はこの公開版では確認できない。(ドラフト版では言及があったとの情報もある。)この「沈黙」は二つの解釈が可能である。第一に、台湾の防衛に触れることが米中関係全体の基調を損なうことを懸念し、対中抑止の実体(拒否防衛)を強化しながらも、そうした二国間関係に危機をもたらす源泉を特定しないことで、米中の戦略的関係全体のエスカレーション管理(危機管理)を確保するということである。4月に行われると言われている米中首脳会談に向け、実効的な成果をあげるためには、中国を刺激することは得策ではないという配慮もあるだろう。
第二に、同盟国・パートナーの役割を『拒否防衛に関連する貢献』へと一般化することで、台湾という個別の紛争シナリオをめぐる同盟内調整の負荷を、公開文書の段階では意図的に抑えるという読みである。他方、下の方で触れるように、同盟国の役割・貢献については、明確にステップアップを要求していることも事実である。
いずれにしても、対中シグナリングとしては、台湾をめぐる防衛コミットメントを通じた抑止の明確化より、中国に対し、拒否防衛による軍事的条件設定と、対話による戦略的安定の両様を同時に示しているという点に2026NDSの特徴があるといえよう。なおこの点は、日本を含む地域同盟国にとって、抑止の実務(態勢・能力)と政治的シグナルの間にギャップが生まれる可能性があり、そのすり合わせ・調整は実務レベルでなされるであろうが、ナラティブとしても必要となるように思われる。
おわりに:日本への含意(中国・台湾、拡大核抑止、同盟管理)
同盟に関するナラティブは、2026NDSが発する重要な政治的メッセージの一つである。2026NDSは、過去の政策が同盟国をパートナーではなく「依存国(dependents)」にしてしまったと述べる(3頁)。さらに、同盟ネットワークをユーラシア周縁における防衛線として位置付け、同盟国が富裕国の集合体である点を強調する。その上で、同盟国が適切に投資すれば、複数戦域での同時危機(Simultaneity)にも対処し得ると論じる(13頁)。
このロジックのもとで2026NDSは、負担分担(burden-sharing)の強化、すなわち「公平な負担」を、戦略遂行の必要条件として同盟国に求めている。米軍が本土・西半球防衛とインド太平洋の第一列島線沿いの防衛に重点的に資源を配分する以上、朝鮮半島を含む他地域については同盟国がより大きな主導性を担うべきだ、という設計が示唆される。したがって日本にとっては、同盟を通じてこの抑止態勢の構築にどのように関与し、いかなる補完性を提供するのかが問われる。その際には以下の要素を考慮する必要があるだろう。
- 対中抑止:第一列島線「拒否防衛」への運用面での接続
2026NDSが対中抑止の核心として第一列島線沿いの拒否防衛を明示した以上(4頁)、日本は同盟の政治的文脈だけでなく、作戦・態勢の文脈においても「拒否防衛にどう接続するか」を問われやすい。具体的には、ISR、基地機能の強靭化、継戦能力(補給・弾薬・修理)、対艦・対空、統合指揮命令(C2)、さらに米軍の機動・展開を支える後方支援が、同盟内の評価軸になり得る。 - 台湾をめぐる不確実性:政治的シグナルと抑止の実体のギャップ管理
2026NDSでは台湾に関する明示的言及が確認できない一方で、拒否防衛と、戦略的安定(対話)を通じた平和の追求が併置されている(4頁)。このため、政治的シグナル(何をどこまで守ると公言するか)と、抑止の実体(拒否防衛の態勢・能力)が、同じ強度で語られない可能性がある。日本としては、①日米の計画・演習・態勢調整を平時から具体化し、②危機時の意思疎通(同盟調整・エスカレーション管理)の基盤を整備し、③日米二国間にとどまらず地域パートナーとの連携を通じて拒否防衛の厚みを増す、という備えが重要となる。 - 拡大核抑止:「非脆弱性」の具体化
2026NDSで(短いながらも)描かれる核政策、とりわけ拡大核抑止の文脈では、抑止とエスカレーション管理を一体として扱い、核恫喝に対する「非脆弱性」を強調する(17頁)。これは日本から見れば、対中・対北の核恫喝に対する耐性を示すシグナルになり得る。他方で、危機局面における意思決定とエスカレーション管理のあり方、すなわち核・通常に加えサイバー・宇宙を含むマルチドメインでのエスカレーション管理における協調を、日米でより具体に詰める必要性を示唆している。 - 同盟管理:負担分担と優先順位付け
2026NDSは、同盟国を「依存」から「パートナー」へ転換すべきだと述べ(3頁)、同盟ネットワークの富と潜在力を前提に同時危機への対処を可能にすると論じる(13頁)。この文脈では、防衛費の水準そのものに加え、日本の役割が米国の優先(本土・西半球防衛+インド太平洋)にどのように結び付くのかを、態勢・能力・運用の言葉で継続的に説明し続けることが重要となる。
現在、日本では戦略三文書の改訂が進められている。日米同盟が引き続き日本の安全保障政策の中核に位置付けられることは間違いない。その上で、2026年版NDSが示す米国の対中姿勢および核抑止観を踏まえつつ、米国の安全保障戦略にとって日本の補完性・不可欠性を、どの領域でいかに確立するのかを改めて問う必要がある。同時に、日米間に生じ得る戦略的優先順位の相違を直視し、一定の自律性をいかに維持するかも含めて、新たな安全保障戦略を構想することが求められよう。
とりわけ、インド太平洋における第一列島線沿いの抑止態勢の構築に関し、NDSは同盟国の役割に明示的な言及を多くは置いていないものの、より大きな分担と自助努力が求められる方向性は明らかである。なかでも、国防産業基盤の構築をめぐる協調は、継戦能力の強化にとどまらず、経済安全保障やレジリエンスの確立という文脈でも重要性を増している。もっとも、こうした同盟上の要請を実装していくには、国内政治の文脈の中で政策をいかに「通す」かという課題が残る。防衛力整備への投資について、国内でどのようにコンセンサスを形成するのか、また、どの分野に重点配分するのか。迅速なボトムアップの議論と、それを束ねる政治的リーダーシップが求められるだろう。
