国問研戦略コメント(2026-7)「先進的抑止」とフランス核抑止の新時代

アルべサル ティモテ(日本国際問題研究所特任研究員 *エコール・ノルマル・シュペリウール(ENS、パリ)卒業)

国問研戦略コメント(2026-7)「先進的抑止」とフランス核抑止の新時代

「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

3月2日、フランスのマクロン大統領は、フランス海軍の核搭載可能な原子力潜水艦(SSBN)基地であるロング島において、発表が待たれていたフランスの核ドクトリンに関する演説を行った1 。フランスでは歴代大統領が任期中に同様の演説を実施し、フランスの核抑止の基本原則を示すのが通例となっている。2020年2月の前回演説以降2 、欧州および国際的な戦略環境は大きく変容しており、これを受けて今回示された方針は、冷戦終結以降で最も重要なフランス核戦略の転換を意味する。本稿が論じるように、この変化は欧州の安全保障のみならず、国際的核秩序にも重大な含意を有している。

戦略環境および核秩序の劇的変化

前回の演説以降における戦略環境の最も大きな変化は、ロシアによるウクライナへの全面侵攻である。2025年版『国家戦略見直し(National Strategic Review)』では、これがフランスおよび欧州に対する「最も直接的な脅威」と位置付けられている3 。さらに、ロシアが核推進・核搭載可能な巡航ミサイル「ブレヴェストニク」や無人核魚雷「ポセイドン」といった新たな核能力を開発していることも、安定を著しく揺るがしている。マクロン大統領はまた、米国の懸念に呼応する形で、ロシアが宇宙空間への核兵器配備を計画しているとの疑惑にも言及し、核競争がますますマルチドメイン(多領域)化している現状を強調した。

さらに今回の演説では、中国の核戦力増強について、従来よりも踏み込んだ言及がなされ、「米国に追いつこうとする力強い努力」と表現された。この言い回しは、中国が米国との対等性(parity)を追求しているとする米国の評価を、暗に反映したものとみられる。ただしロシアとは異なり、中国はフランスや欧州に対する直接的脅威とは位置付けられていない。むしろ、「極東」における潜在的紛争という、より広い文脈の中に置かれている。ただし、台湾への明示的言及はなかった。

また、2020年時点と比べ、地域横断的な核動向にもより明確な注意が払われ、インド、パキスタン、北朝鮮の核戦力拡大が明示的に言及された。この文脈でマクロン大統領は、ロシアと北朝鮮の協力の潜在的帰結や、中国とロシアの連携強化についても問題提起を行った。他方で、米国の戦略論で議論されるような「好機的な侵略」(opportunistic aggression)――すなわち、ある戦域における危機に乗じて他の戦域で侵略や既成事実化を図る可能性――については触れられておらず、この点は、地域横断的動向がフランスの核戦略においてなお限定的にしか統合されていないことを示している。

米国に関して、マクロン大統領は、NATOの拡大核抑止の枠組みを通じて、米国が引き続き「欧州防衛において重要な役割」を果たしていることを認めた。他方で、米国の最近の「国家安全保障戦略」および「国家防衛戦略」に言及し、そこでは米国本土および西半球の防衛が最優先事項と位置付けられていること、さらに欧州に対して自らの安全保障により大きな責任を負うよう繰り返し求めている点を指摘した。米国の関与の信頼性が直接疑問視されたわけではないものの、その含意は明らかに、米国の不確実性に備えるために欧州の関与を一層強化する必要性を示唆している。この点は、マクロン大統領が長年主張してきた欧州の「戦略的自律性」の強化という立場、さらにはド・ゴール以来続く、欧州に対する米国の安全保証の持続性および信頼性に対するフランスの根強い疑念を想起させるものである。

最後にマクロン大統領は、戦略環境の変化を構成するもう一つの主要要素として、過去数十年にわたる国際秩序および軍備管理体制の侵食を挙げた。具体的には、ABM条約(弾道弾迎撃ミサイル制限条約)、INF条約(中距離核戦力全廃条約)、新START条約(新戦略兵器削減条約)の崩壊、ロシアによるCTBT(包括的核実験禁止条約)批准の撤回、核実験再開の可能性、中国がいかなる形の軍備管理交渉にも応じていないことなどを指摘した。そして、「規範の領域は廃墟の野へと変わった」との厳しい認識を示し、こうした状況がフランスに対し、核戦略および核戦力に関してより確固たる姿勢を採ることを迫っているとの結論に至った。

核戦略基盤の再確認と能力の拡大

こうした文脈のもとで、マクロン大統領はフランスの核戦略のいくつかの中核的原則を改めて確認した。まず何よりも、大統領として核兵器の使用を決断する意思を明確に再確認した点である。すなわち、「我が国の死活的利益を守るために不可欠な決定を下すことを、私は決してためらわない。もし我々が核戦力を使用しなければならない事態となれば、いかに強大な国家であろうとも、それから身を守ることはできない」と述べた。核兵器を使用する決意を明確に伝えることは、能力そのものと並び、抑止の中核的柱を成している。

さらに演説は、フランスの核戦力の破壊力について、これまでになく具体的な表現を用いることで、その信頼性を強調した。「私の背後にあるような我々の潜水艦1隻だけでも、第二次世界大戦中に欧州に投下されたすべての爆弾の合計に匹敵する火力を有している。それは最初の核爆弾のほぼ千倍の威力に近い」と述べた。こうした歴史的かつ数量的比較を持ち出すことで、マクロン大統領は従来の「受け入れがたい損害」という抽象的表現を超え、破壊の規模を具体的に想起させる描写を提示した。実際、フランス核戦略の伝統的な要石であった「受け入れがたい損害」という表現は、より不確定で、一層不気味さを帯びたとも言える「(フランスの敵対者が)回復し得ない損害」という表現へと置き換えられている。

この変化は決して些細なものではない。従来の「受け入れがたい損害」という概念は、歴史的には、敵対国の費用便益計算に基づいて設定された閾値を意味しており、すなわち、いかなる想定し得る利益をも上回るほど深刻な損失を与えるとの脅威によって抑止を成立させるという、フランスの抑止論理と整合的なものであった。これに対し、「回復し得ない損害」という表現は、より不可逆的な壊滅に近い事態を想起させる。また、演説の際に大統領の背後に実際に配されたSSBNへの言及に加え、2036年に就役予定の次世代SSBNが「アンヴァンシブル(L’Invincible)」と命名されることが発表された点も、宣言的政策と実際の運用能力とを視覚的に結びつけることで、メッセージの信頼性を一層強化する役割を果たした。このように演説は、政治的決意、制度的権威、そして具体的な軍事力という三つの相互に連関する要素を結合させることで、フランス核抑止の信頼性を支える構造を明確に示した。

この信頼性は、フランスの核抑止を支える民主的正統性への明確な言及によって、さらに強化されている。マクロン大統領が述べたように、「共和国大統領として、直接普通選挙によって選出された私は、その保証者である」。自らの選挙による正統性を強調することで、核抑止に関する最終的な権限が、フランス国民によって直接選ばれた国家元首に帰属していることを示しているのである。次期大統領選挙まで1年余りという時期に行われたこの発言は、政治的な含意も帯びている。すなわち、抑止政策の日常的な運用も、そして場合によっては核兵器使用を決断する可能性も、いずれもフランス国民の名のもとに行われるものであることを、国内外の聴衆に改めて想起させているのである。このように、核抑止は単なる戦略的手段としてではなく、国民主権に根ざした国家主権の表現として位置づけられている。それは、フランスの自律性と意思決定の自由を確保しようとした、本来のド・ゴール主義の構想とも整合するものである。

このようにフランス核抑止の政治的信頼性を再確認した後、マクロン大統領はその物的基盤を強化するため、核弾頭の総数を増加させると宣言した。この決定は、1998年の核三本柱のうち地上配備型戦力の廃止や、2008年に核弾頭数を300発未満に削減したことに象徴される、フランスの核軍縮努力の方向性を転換するものである。

また、この方針は「厳格な十分性(strict sufficiency)」という原則からの離脱も示唆している。実際、この用語自体は今回の演説では用いられなかった。この原則のもとでは、核兵器の規模は「フランスの死活的利益を脅かすいかなる国家に対しても受け入れがたい損害を与える能力」によってのみ規定されていた 。今回の転換は、前述のとおり、「受け入れがたい損害」という表現がより深刻な意味合いを持つ新たな定式に置き換えられていることとも整合している。

この核弾頭増加の主な理由の一つとして、敵対国のミサイル防衛能力の向上が挙げられている。加えて大統領は暗に、現在の戦力構成がフランスの死活的利益に対する現在および将来の脅威に対応するにはもはや十分ではないとの認識に至ったとみられる。大統領はこの点について、「自由であるためには恐れられなければならない。恐れられるためには強くなければならない」と表現した。

核弾頭増加の規模について、具体的な数値は示されなかった。実際、マクロン大統領は、フランスが今後自国の核兵器数を公表しない方針であることを示唆した。これまでフランスが長らく主張してきた比較的高い透明性は、より大きな不透明性を伴う、意図的な曖昧性を重視する姿勢へと転換しつつあるように見える。

また、増加の対象となる弾頭の種類についても詳細は明らかにされなかった。すなわち、航空機搭載型の核巡航ミサイル用なのか、あるいは潜水艦発射弾道ミサイル用なのかについても言及はなかった。もっとも、2025年3月に発表された、リュクスイユ=サンソヴール空軍基地を再び核任務の拠点として復活させ5 、次世代の核搭載可能なラファール戦闘機を配備する計画や、以下で述べるその他の動向を踏まえると、航空機による核戦力、すなわち空中投射型核弾頭(TNA)が特に優先される可能性が示唆されている。

この大きな政策転換に際して、フランスが従来から主張してきた立場、すなわち核軍拡競争には参加せず、いかなる核保有国とも数的均衡を追求しないという方針も改めて確認された。また大統領は、柔軟核対応(flexible nuclear response)のドクトリンを採用しないという立場を再確認し、フランスの核兵器は「もっぱら戦略的」なものであり、戦闘兵器として戦場での使用を意図したものではないと強調した。

この説明は、核戦力の増加が核使用の閾値の引き下げにつながるのではないかという批判を未然に抑える意図があるとみられる。こうした姿勢を示すことでマクロン大統領は、いわゆる「戦術核兵器」に依拠する他の核兵器国―とりわけロシア、また米国や潜在的には中国―との差別化を図りつつ、フランスの核戦略の専ら防御的な性格を維持しようとしているのである。

「先進的抑止」と欧州大陸の安全保障

フランスの核戦力拡大の主要な根拠の一つとして、マクロン大統領は「先進的抑止(dissuasion avancée)」という概念を提示した。この考え方は、フランスの「死活的利益には欧州的次元が存在する」という長年認識されてきた原則を基盤としている。この原則はド・ゴール以来、歴代のフランス大統領によって確認されてきたものである。

この理解によれば、欧州統合の進展と、フランスと大陸の同盟国とを結び付ける安全保障上の利益の直接的な共有を踏まえれば、フランスの死活的利益を単に自国領土に限定して考えることはできない。マクロン大統領が述べたように、「最も近しいパートナーの存続が危険にさらされても、それが我々の死活的利益に影響しないと考えることはできない」のであり、したがってフランスの抑止は「欧州大陸の奥行きの中で」理解されなければならない。

この枠組みは、フランスの核抑止の「欧州的次元」をさらに明確に打ち出す一歩であるが、米国のような正式な拡大抑止の保証へと転換するものではない。むしろ「先進的抑止」とは、フランスの核戦力がその存在そのものによって欧州大陸全体の防衛に寄与するという、政治的かつ戦略的な姿勢を確認する概念である。

こうした論理は、演説でも言及されたように、フランスと英国の緊密な核協力を長年支えてきた基盤でもある。この協力関係は、2025年7月のノースウッド宣言(Northwood Declaration)および抑止政策の調整を担う「仏英核運営グループ(Nuclear Steering group)」の創設によって、一層強化された6。さらに2025年12月には、英国の高官がフランスの年次核演習「Poker」に初めて参加し、この協力はより具体的な形をとることとなった7 。これは、二つの核兵器同盟国の間における透明性と協調を示す、前例のない象徴的な出来事であった。

同様の論理は、2020年にマクロン大統領が提案した、フランスの核抑止が欧州の安全保障にどのように貢献し得るかについての戦略対話の開始という構想の背景にも存在している。この取組は、米国の安全保証の持続性に対する欧州側の懸念が高まる中、2025年を通じて新たな勢いを得た。マクロン大統領は、この問題についてフランスが複数の欧州同盟国と継続的な協議を行ってきたことを確認し、とりわけドイツがその中心的な相手であることを明らかにした。

2日の演説当日には、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相との共同宣言が発表され、これらの協議の枠組みの中で、また二国間のエクス=ラ=シャペル条約に基づき、「ドクトリンをめぐる対話や戦略的協力の調整のため、とりわけ通常戦力の最適な連携、ミサイル防衛、フランスの核能力に関する協議のための2国間枠組みとなるハイレベル核運営グループ」を設置するとされた8。さらにマクロン大統領は、この協力の初期段階がドイツ当局者によるフランスの戦略的施設への合同訪問などが含まれる可能性があると説明した。

ドイツに加えて、マクロン大統領は、フランスの核抑止が欧州大陸の安全保障に果たし得る役割に関する対話に、他のいくつかの国々も参加することで合意したと述べた。これらは、フランスと相互防衛の約束によって結ばれている国々である。すなわち、ギリシャとポーランドとは二国間協定に基づき、ベルギー、デンマーク、オランダ、スウェーデンとは第5条(NATO)および第42条7項(EU)といった多国間の安全保証によって結び付けられている。

文脈的観点から見ると、デンマークの参加は特に注目に値する。というのも、グリーンランドをめぐって米国との間に前例のない緊張が生じる中で、フランスがデンマークの主権を明確に支持し、危機の際にはグリーンランドへの欧州部隊の展開にも参加したという背景があるからである9 。デンマークの参加は、フランスを信頼できる防衛パートナーと認識していることを示している。

より構造的な観点から見ると、この取組にNATO加盟国が関与していること――とりわけベルギー、ドイツ、オランダのように自国領内に米国の核兵器を配備している国々が含まれていること――は、フランスが繰り返し主張してきた「フランスの核抑止はNATOの核態勢の代替ではなく、それを補完し、増幅するものにすぎない」という立場が、同盟内でも伝統的に最も親米派とされる加盟国を含めて真剣に受け止められていることを示している。この点に関してマクロン大統領は、フランスの「先進的抑止」取組が米国とともに「完全な透明性」のもとで進められていることを強調し、米国の拡大抑止枠組みとの競合や重複と受け取られることを避けようとしている。

実際の実施面に目を向けると、マクロン大統領は、「仏英核運営グループ」をモデルとした政治協議メカニズムを、関心を示す欧州同盟国との間で近日中に設置することを発表した。運用面では、これらの同盟国に対し、NATOの核作戦に対する通常戦力支援(CSNO)を想起させる形で、フランスの核抑止演習に参加する機会が提供されることになる。

さらに大統領は、「我が国の戦略部隊の一部を同盟国に一時的に展開する可能性」にも言及した。核搭載可能なラファール戦闘機を同盟国の領域へ分散展開することは、「敵対者の計算を複雑化させ、この先進的抑止を我々にとって非常に価値あるものにする」と述べている。こうした展開は、2025年4月に戦略航空軍(FAS)のラファール戦闘機が「ペガサス」演習の一環としてスウェーデンに派遣された際に、すでにその先触れが見られていた10

しかし、フランスの「戦略部隊」を同盟国領域に展開する可能性は、NATOの核共有体制の下で行われているような配備と混同されるべきではない。フランスはNATOの核共有に参加しておらず、また米国型の拡大核抑止モデルを再現する意図もない。ここで強調されている「分散」は、むしろ危機時の態勢を指している。すなわち、核搭載可能な部隊を一時的に展開することで、生存性を高め、敵対者の作戦計画を複雑化させ、さらに抑止のシグナルを強化することを目的とするものである。これは、平時における基地配備を前提とするNATOの核共有の論理とは対照的である。また、このアプローチは、フランス核抑止の航空機部隊が本来有する特性―可視性、呼び戻し可能性、そしてそれゆえの政治的柔軟性―を反映しており、決意を示すシグナルを発する、あるいは緊張緩和を促すための、調整可能な手段として機能する。

「先進的抑止」の展開は、同時にドクトリン上の明確なレッドラインの再確認を伴っている。マクロン大統領は、核兵器使用に関する最終的な決定が共有されることはないと明言した。また同様に、「唯一で再実施されない核警告射撃(nuclear warning shot)」の実施の可否についても、その決定権はフランスに専属する。この「核警告射撃」は、紛争の性質が根本的に変化したことを敵対者に示し、抑止を回復することを目的とする、フランスの核ドクトリンに特有の概念である。

さらにマクロン大統領は、フランスの「死活的利益」を定義する権限はフランス大統領のみに帰属することを改めて確認した。したがって、「厳密な意味での保証」の拡大を否定し、そのような措置は「核使用の閾値を引き下げると同時に、敵対者にとっての不確実性を同程度に減少させることになる」と主張した。そして次のように明言している。「フランスは常に、核の閾値を意図的に越えるという責任を単独で担う。その際には、同盟国の利益も十分に考慮する」。

これらの留保は、同盟国を安心させる必要と、フランスの抑止力の主権的性格を維持する必要との間で、フランスが繊細なバランスを取らなければならないことを示している。この主権的性格は、国内政治の感受性とも深く結び付いている。政府は繰り返し否定しているものの、著名な政治勢力――とりわけ国民連合(RN)の指導者を含む極右勢力――は、マクロン大統領がフランスの核戦力の統制を弱め、あるいは「欧州化」しようとしていると批判してきた。中には、「フランスの核兵器をEUに引き渡そうとしている」と主張する者さえいる11

このような文脈において、国家による排他的統制を強く再確認することは、戦略的明確性の確保という目的だけでなく、国内政治の管理という意味も持つ。とりわけ大統領選挙(マクロン自身は出馬できない)が近づく中で、その意味合いは一層大きい。

しかし、このような姿勢にはそれ自体のリスクも伴う。核使用に関する意思決定の不可分性をこれほど強く強調することで、フランスの欧州安全保障への貢献の信頼性について、同盟国の間に疑念を生じさせる可能性がある。とりわけ、マクロン大統領が具体的な保証を提示しなかったこともあり、その懸念は一層強まり得る。抑止理論でしばしば指摘されるように、同盟国を安心させることは、敵対者を抑止すること以上に難しい場合がある。フランスが今回の演説で示した協調と協力の枠組みを実際に運用していこうとするならば、この緊張関係を慎重に管理していく必要があるだろう。

前例のない通常戦力重視

フランスの戦略研究者ブルーノ・テルトレ氏が指摘したように、「『抑止』という言葉がほとんど体系的に『核』と結び付けられることは、フランスの戦略文化において依然として特徴的である」。12フランスの抑止概念には従来から通常戦力の役割も含まれてきたものの、そのドクトリン上の重点は歴史的に圧倒的に核の側面に置かれてきた。すでに2020年のマクロン大統領の演説では、こうしたバランスの微妙な変化がうかがえた。大統領は当時、「通常戦力と核戦力は相互に支え合うものであり」、「強力な通常戦力の存在は、戦略的奇襲や既成事実化の迅速な形成を防ぎ、また敵対者にその真の意図を事実上明らかにさせることで、できるだけ早い段階でその決意を試すことに寄与する」と述べていた。

しかし今回の演説では、抑止の不可欠な要素としての通常戦力への強調は、はるかに明確であり、その範囲においても前例のないものである。その背景にあるのは、核使用の閾値以下の紛争が、頻度と規模の双方において激化する可能性が高まっているという認識である。マクロン大統領は、インド、パキスタン、イスラエルといった核保有国をめぐる最近の危機に言及し、核兵器を保有していても通常戦力による敵対行動を防ぐことはできなかったと指摘した。さらに、2024年8月にウクライナがロシアのクルスク州に越境攻撃を行った事例も挙げることができる。これは、核抑止がすべての形態の攻撃、限定的な領土的損失を伴う行動さえを防ぐわけではないことを示している。

このように、核抑止を「完全な防護盾」としてではなく、主として最も高いレベルの脅威を抑止するためのメカニズムとして捉える、より現実的な理解が、フランスが強力な通常戦力に改めて重点を置く背景となっている。

ミサイル技術の拡散と、それが核使用の閾値以下で広範に用いられている現状―とりわけイスラエルとイランの間での応酬によって示されたように―は、欧州が防御および攻撃の双方において通常戦力の能力を強化する必要性をさらに高めている。こうした文脈の中でマクロン大統領は、これらの脅威が核レベルへとエスカレートする前に対処するため、欧州が開発すべき三つの優先的能力を挙げた。すなわち、「脅威を探知するための早期警戒能力、我々を防護するための拡充された防空能力、そして対応し攻勢的に行動するための縦深打撃能力」である。大統領によれば、これらの能力の発展は核抑止を「支える」ことを目的とするものであり、それに取って代わるものではない。

これら三つの分野における協力は、すでに欧州各地で具体化し始めている。早期警戒の分野では、フランスとドイツが2025年10月にJEWELイニシアティブを開始した。これは、衛星の打ち上げと地上センサーの配備を通じて、欧州独自の脅威探知能力を構築することを目的とするものであり、とりわけロシアの核・通常両用能力を持つオレシュニク弾道ミサイルのようなシステムを念頭に、弾道ミサイル脅威の探知・追跡能力を強化することを狙いとしている13

防空・ミサイル防衛の分野では、ドイツが主導する欧州スカイ・シールド・イニシアティブ(ESSI)が2022年10月以降、21か国を結集させ、防空システムの共同調達と相互運用性の強化を加速させている14 。これを補完する形で、欧州グループ・オブ・ファイブ(フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、英国)は2026年2月に「低コスト迎撃手段および自律型プラットフォーム(LEAP)」イニシアティブを開始した15 。LEAPは、ドローンやミサイルの増大する脅威に対抗するため、先進的で低コスト防空の開発を目指すものであり、近年の高強度紛争において飽和攻撃が従来の防空体制に大きな負荷を与えているという教訓を反映している。

最後に、縦深精密打撃能力の分野でもいくつかの取り組みが進められている。その一つが、2024年7月に開始された欧州長距離打撃アプローチ(ELSA)であり、射程300キロメートルを超える通常弾頭の地上発射ミサイルの開発を目指している16 。国家レベルでは、フランスが2026年10月に、新たな地上配備型弾道ミサイル(MBT)の開発のために10億ユーロ(約1,820億円)を投資することを発表した17 。このシステムは2,000キロメートル以上の射程を持つと見込まれている。これらの計画は総じて、冷戦後の時期に長らく軽視されてきた欧州大陸の通常打撃能力を再構築しようとする強い意思を示している。

演説で発表された同盟国との協議メカニズムは、このような動きを維持し体系化することを目的としている。とりわけ、「エスカレーションの要因と、それにどのように対処するか、特に通常戦力段階においてどのように対応すべきかについての共通理解」を形成することが狙いである。その根底にある目的は明確である。すなわち、核抑止を支える形で通常戦力能力を強化することにより、核使用へのエスカレーションのリスクを低減することである。

核使用の閾値以下で信頼できる対応手段の幅を広げることで、このアプローチは、核報復の恐れによる行動の麻痺と、通常戦力の不足(とりわけロシアに対して)によって生じ得る拙速なエスカレーションという、危険なジレンマから脱却することを目指している。この意味において、通常戦力への新たな重点はフランスの核ドクトリンを弱めるものではなく、むしろそれを補完し現代化するものである。それは、核抑止を現代の高強度紛争に適合した多層的かつ柔軟な防衛アーキテクチャの中に、より明確に組み込むという重要な進化を示している。

結論と今後の展望

マクロン大統領の演説は、冷戦終結以降フランスの核ドクトリンに対する最も重要な更新を示すものである。その核心的要素としては、「厳格な十分性」の原則の事実上の放棄と核戦力の拡大の決定、フランスの「死活的利益」の欧州的次元に基づく「先進的抑止」概念の提示、そして核抑止を強化し核の閾値以下での紛争のリスクを抑える手段として通常戦力をより重視する姿勢が挙げられる。これらの動きは、基本原則における継続性を保ちながらも、悪化する戦略環境に適応するための大きな調整を示している。今後を展望すると、特に三つの論点に注視する必要がある。

第一に、国内的側面である。次の大統領選挙は2027年に予定されており、これらの取組が継続するかどうかは必ずしも保証されていない。政権交代が起これば、演説で示された方針の軌道が変更されたり、進展が遅れたりする可能性がある。とりわけ主要野党である極右政党「国民連合(RN)」は、こうした構想に繰り返し反対を表明しており、演説のいくつかの要素についても限定的ながら疑問を呈している18 。さらに、核戦力の拡大に加え、核戦力および通常戦力双方の高額な近代化を進めるための財政的持続可能性は、財政制約が厳しい状況の中で必然的に厳格な検証にさらされるだろう。したがって、この方針転換の信頼性は、戦略的整合性だけでなく、長期的な政治的・財政的コミットメントにも依存することになる。

第二に、欧州の側面である。複数の同盟国がフランスとの対話に参加する意思を示していることは、歴史的な転換点と言える。その背景には、米国による拡大抑止の信頼性に対する不確実性の高まりもある。しかし、フランスの抑止力がNATOに対する信頼できる補完として認識されるためには、政治的宣言を迅速に実質的な協力へと転換する必要がある。同時に、核使用の決定における大統領の独立性を強く再確認したことは、同盟国との議論において慎重な対応を求めることになる。主権的統制と同盟国への安心供与との間で適切な均衡を見出すことが重要である。自律性を過度に強調すれば信頼性の認識を損ないかねず、逆に過度な配慮はフランスの抑止の根本的基盤を弱めてしまう可能性がある。

第三に、より広範な核秩序への影響である。マクロン大統領は「先進的抑止」を欧州における核拡散の動機を抑える手段としても位置づけているが、フランスの核戦力の拡大と、その規模に関する透明性の終了という決定は、核不拡散および軍縮体制にとって重大な後退となる。次回のNPT運用検討会議をわずか数週間後に控えたタイミングでこうした発表が行われたことは、極めて否定的なシグナルを発するものであり、核兵器国が軍縮義務を果たしていないと既に主張している多くの非核兵器国から強い批判を招くだろう。フランスは、過去の削減実績の強調や核軍拡競争の否定、他の大国との均衡を求めていないという主張を繰り返しているものの、これらが批判を和らげる効果は限定的とみられる。むしろ中国やロシアは、こうした論点を自らの外交的目的のために利用する可能性が高い。

総じて、この演説は、より不安定な時代に対応するためのフランス抑止政策の野心的な再調整を示している。その成否は、戦略的論理だけでなく、国内における政治的継続性、欧州の同盟国との信頼できる協力、そして分裂が深まる核秩序の中での慎重な舵取りにかかっている。


  1. Office of the French Presidency, “Speech by the President of the Republic on France’s Nuclear Deterrence,” March 2, 2026, https://www.elysee.fr/front/pdf/elysee-module-26067-en.pdf.
  2. Office of the French Presidency, “Speech of the President of the Republic on the Defense and Deterrence Strategy,” February 7, 2020, https://www.elysee.fr/front/pdf/elysee-module-15162-en.pdf.
  3. French Secretariat General for National Defence and Security, National Strategic Review 2025, July 2025, p.6, https://www.sgdsn.gouv.fr/files/files/Publications/20250713_NP_SGDSN_RNS2025_EN_0.pdf.
  4.  French Secretariat General for National Defence and Security, National Strategic Review 2025, July 2025, p.34, https://www.sgdsn.gouv.fr/files/files/Publications/20250713_NP_SGDSN_RNS2025_EN_0.pdf.
  5.  Élise Vincent, “Macron Announces Establishment of Fourth Nuclear Air Base in France,” Le Monde, March 19, 2025, https://www.lemonde.fr/en/france/article/2025/03/19/macron-announces-establishment-fourth-nuclear-air-base-in-france_6739324_7.html
  6.  U.K. Prime Minister’s Office, “Statement by the United Kingdom and the French Republic on Nuclear Policy and Cooperation,” July 10, 2025, https://www.gov.uk/government/news/northwood-declaration-10-july-2025-uk-france-joint-nuclear-statement
  7.  U.K. Cabinet Office, “New UK-France Nuclear Steering Group Meets to Advance Cooperation Under Northwood Declaration,” December 18, 2025, https://www.gov.uk/government/news/new-uk-france-nuclear-steering-group-meets-to-advance-cooperation-under-northwood-declaration.
  8.  在日フランス大使館、「仏独首脳共同声明」、2026年3月2日、https://jp.diplomatie.gouv.fr/ja/declaration-conjointe-du-president-macron-et-du-chancelier-merz.
  9.  “France to Step Up Greenland Deployment With Land, Air and Sea Forces,” RFI, January 15, 2026, https://www.rfi.fr/en/international/20260115-european-military-mission-set-to-begin-in-greenland.
  10.  Thomas Newdick, “French Rafale Fighters Project Power Forward to Sweden,” April 23, 2025, https://www.twz.com/air/french-rafale-fighters-project-power-forward-to-sweden/
  11. Laura Kayali, “Far-Right Leader Bardella Criticizes Macron’s Pan-European Nuclear Push,” Politico, February 27, 2026, https://www.politico.eu/article/far-right-leader-bardella-criticizes-macrons-european-nuclear-outreach/.
  12.  Bruno Tertrais, “French Nuclear Deterrence Policy, Forces, and Future: A Handbook,” Fondation pour la recherche stratégique, Recherches & Documents, n°4, February 2020, p.16, https://www.frstrategie.org/sites/default/files/documents/publications/recherches-et-documents/2020/202004.pdf.
  13.  Giorgio Di Mizio, “Europe and Ballistic-Missile Warning: Space For Improvement,” IISS, January 19, 2026, https://www.iiss.org/online-analysis/military-balance/2026/01/europe-and-ballistic-missile-warning-space-for-improvement/.
  14. NATO, “10 NATO Allies Take Further Step to Boost European Air and Missile Defence Capabilities,” October 11, 2023, https://www.nato.int/en/news-and-events/articles/news/2023/10/11/10-nato-allies-take-further-step-to-boost-european-air-and-missile-defence-capabilities?selectedLocale=po.
  15.  U.K. Ministry of Defence, “UK and European Allies to Develop Low-Cost Air Defence Weapons to Protect NATO Skies,” February 20, 2026, https://www.gov.uk/government/news/uk-and-european-allies-to-develop-low-cost-air-defence-weapons-to-protect-nato-skies.
  16. Timothy Wright, “Europe’s Missile Renaissance,” IISS, November 25, 2024, https://www.iiss.org/online-analysis/online-analysis/2024/11/europes-missile-renaissance/.
  17. France Allocates €1 Billion For Development of New Medium-Range Land-Based Ballistic Missile,” Defence Industry Europe, October 23, 2025, https://defence-industry.eu/france-allocates-e1-billion-for-development-of-new-medium-range-land-based-ballistic-missile/.
  18. Rassemblement National, « La dissuasion engage la Nation. Elle ne se délègue pas », March 2, 2026, https://rassemblementnational.fr/communiques/la-dissuasion-engage-la-nation-elle-ne-se-delegue-pas.