研究レポート

司法体制改革の実施と成否の条件

2021-09-15
内藤寛子(アジア経済研究所 研究員)
  • twitter
  • Facebook

「中国」研究会 FY2021-2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

司法体制改革は、習近平政権下において「法治」を実現する上での重要な改革の一つに位置付けられている。そのなかで注目された改革案の一つが、人民法院制度の集権化であった。人民法院は地方保護主義が根強いとされているが、その背景には、人民法院と同じ行政レベルにある党委員会が人民法院の人事権を掌握し、同様に同行政レベルの政府がその予算を管理していたことがある。この構造を抜本的に変えるため、中級および基層人民法院(以下、地方人民法院)の人事と財政を省レベルの党委員会および政府が統一して管理するよう変更した。地方人民法院のガバナンスを省レベルに集権化することで、地方人民法院の各行政レベルの党委員会および政府からの独立性を高めることを目指した。この改革は21の省で実現している一方で、13の省では依然として区域内管理が継続しているという1。人民法院制度の集権化という改革の成否に地域ごとのばらつきがあることが分かる。

本稿は、司法体制改革として人民法院制度の集権化に関する改革に焦点を当て、それぞれの地域でそれがどのように遂行されたのかという実施状況を比較し、司法体制改革の成否の条件を検討する。さらに、各地域での司法体制改革の実施状況に基づいた今後の展開についても論じる。

1.司法体制改革の実施状況

本稿は、司法体制改革の先駆的な試験区であった上海市とそれを模倣しながら改革を遂行した広東省および江西省を取り上げる。上海市と広東省は成功地域で江西省は失敗地域であるが、二つの成功地域も全く同様の改革案が遂行されたわけではなかった。本章では各地域の実施状況を、二次資料をもとにまとめる。

11.上海市

2014年6月に採択された「上海市における司法体制改革のパイロット計画」に基づき、「分離的財政収支管理(収支両条線)」が実施された(徐[2015])。分離的財政収支管理とは、地方人民法院の予算を市人代が批准し、市の財政部が規定に沿って各法院に分配するだけでなく、地方人民法院が徴収した訴訟費や罰金なども市レベル財政部門に納付し、市レベルの財政部が調査および登記した後に各地域への分配を行うことを指す。地方人民法院の予算だけでなく、得た収益についても全て市の財政部が管理することになった(楊[2016])。これによって市の財政部が地方人民法院の財政管理を一元的に行うことができる。

人事における市レベルの統一管理としては、「統一して指名、レベルに分けて任免(統一提名、分級任免)」を行った。地方人民法院の指導幹部は、高級人民法院党組が指名した人物を地方人民法院の政治部、各行政レベル党委組織部および政法委員会が共同で検査をし、党委員会に意見を求めた後に、各行政レベルの人民代表大会によって任免される。指導幹部以外の人事は、高級人民法院党組が選出し、高級人民法院弁公室に設立された裁判官選出(懲戒)委員会が指名した人物を、各級人民法院院長が法定の手続きに従い人事案を提起し各行政レベルの人民代表大会常務委員会によって任免する(楊[2016])。地方人民法院の人事は、省レベルの人民法院にあたる高級人民法院の党組による指名から開始する方法に変更された。

12.広東省

広東省は省レベルによる財政の統一管理において、上海市とは異なり、高級人民法院が地方人民法院の財政を管理し配分する権利を得た(張、李[2014])。人民法院予算の中でも人件費に関して広州市と深圳市を例にみると、基本給は省レベル財政部が管理するが、ボーナスや手当などは人民法院と同行政レベルの財政部が管理し負担しているという(劉[2017])。広東省は上海市と比較すると、高級人民法院や地方の財政部にも財政管理の権限が部分的に委譲されていることが分かる。

次に、地方人民法院の院長、指導幹部、裁判官の人事は、それぞれ異なる方法がとられた。人民法院院長の人事は、省レベルの党委員会が統一して管理する中、指導幹部の人事は、省レベルではなく市レベルの党委員会が管理することとなった2。初任裁判官および上級法院への昇任人事については、上海市と同様に省に設けられた裁判官選出(懲戒)委員会が統一して選出するとした3。しかし基層人民法院の裁判官が選出される実態をみると、高級人民法院の業務負担を軽減するため試験の実施および人材評価などの業務を中級人民法院に委任した(方[2019])。財政管理と同様に人事においても、市レベルの党委員会や中級人民法院といった地方の組織に権限を部分的に委譲していることが分かる。

13.江西省

江西省は司法体制改革試験区第三陣の地域の一つとして、試験的に司法体制改革の実施を試みたが、省レベルの統一管理を行う際に、省内の経済格差をどのように加味すればよいのかが問題となった。例えば、裁判官の報酬は基本給、手当、福利厚生およびボーナスで構成されているが、省レベルの財政部は地域ごとの異なる経済状況をどのように把握すればよいのか、またそれを踏まえた上でどのように配分するべきかという問題を解決できなかったという(葉[2017])。

また、上級法院から下級法院への介入のリスクをどのように排除できるかも問題となった。広東省のように一定程度省レベル政府や党委員会あるいは高級人民法院が中級人民法院に業務を委任した場合、上級法院から下級法院の業務への過度な干渉が起こる可能性がある。人民法院制度が集権化することで地方人民法院が各行政レベルの政府および党委員会からの独立性を有するようになったとしても、人民法院内部の規制や上級法院の下級法院に対する監督の範囲が整備されなければ、下級法院の上級法院からの独立性は保障されない(葉[2017])。このことから、江西省は財政および人事に関する省レベルの統一管理を断念した。

2.司法体制改革の成否の条件―上海市、広東省、江西省の比較から―

上海市は省レベルによる財政と人事の統一管理を実現し、広東省は部分的な統一管理を行った中、江西省はこれまでの管理体制の継続を選んだ。三地域における司法体制改革の成否は、省あるいは市の規模の違いによるものと考える。具体的には、省内の地方人民法院の数と省内における経済格差といった多様性である。第一に、省内の地方人民法院の数についてである。上海市には3つの中級人民法院と18の基層人民法院が設けられているが4、広東省には21の中級人民法院と134の基層人民法院が5、江西省には11の中級人民法院と104の基層人民法院があり、上海市の規模が圧倒的に小さい。党中央の要求に基づいて省の財政部あるいは組織部が各級人民法院の具体的な経費や人事情報を管理するには多くの人手が必要となることから、上海市と比べ5倍以上の規模がある広東省や江西省が省レベルで財政と人事の統一管理を行うことは困難であった(謝[2015]、Wang[2021])。結果として、基層人民法院の人事を中級人民法院に業務委託するといった広東省の事例が起こった。

第二に、省内の多様性がある。省レベル財政部が各人民法院の財政状況などを加味せずに予算を平均的に配分した場合、経済的に豊かな地域の裁判官は給与の減額を懸念する。一方で、経済的に貧しい地域の裁判官は、人民法院のもともとの予算より多くの予算を得る可能性があることから加給を期待する(牛[2016])。このような懸念や期待は、省内の経済状況が様々でそれを省レベルで統一して管理することが難しいと考えられたことによる。その結果、広州市や深圳市といった経済的に豊かな地域では、基本給以外のボーナスや手当を人民法院と同行政レベルの財政部が管理し負担した。これは、省レベルが統一して管理することで裁判官の給与が以前の給与と比較して減額することを避けるための措置であった。また、江西省は、地域ごとの異なる経済状況をどのように予算配分に反映させるのかという問題が解決できなかったことから、省レベル財政部による統一した予算の管理を行わないと決定した。

3.司法体制改革の今後の展開

司法体制改革試験区での結果を受け、最高人民法院は人民法院第5期5カ年改革綱要(2019-2023)(以下、「5カ年改革綱要」)を発表した。「5カ年改革綱要」は、省レベルによる人事と財政の統一管理を全国的に実現させることを目指す一方で、人民法院院長と裁判長それぞれの権限と裁判への監督や管理の範囲を明確化する必要性について指摘した6。「5カ年綱要」には人民法院院長あるいは裁判長が監督する必要のある裁判の条件に関する記述はなかったものの、「人民法院院長と裁判長の裁判に対する監督や管理の全工程を記録する制度を完備する」とあることから、裁判における裁判官の自律性と人民法院院長および裁判長の権限のバランスを人民法院内の業務を積み重ねることで調整していくものと考える。今後、司法体制改革として省レベルの統一管理をさらに推し進め地方人民法院の独立性を高める一方で、人民法院内の監督および管理は一層強化されることになるだろう。

おわりに

本稿では、人民法院制度の集権化として省レベルにおける人事と財政の統一した管理がどのように実施されたのかを上海市、広東省、江西省の事例を紹介し、成否の条件について考察した。本稿が考察した司法体制改革の成否の条件は、省あるいは市の規模の違いに起因する省内の地方人民法院の数と経済格差などの省内の多様性であった。そして、司法体制改革試験区の成果を受けて、「5カ年改革綱要」は省レベルによる人事や財政の統一管理を全国的に展開すると同時に、人民法院内部における監督、管理の強化を目指すとした。

省レベルの統一管理を全国的に実現するには、広東省のような地域の特徴を踏まえた省レベルによる部分的な統一管理になると予想する。地方人民法院の人事と財政に対する各行政レベル政府や党委員会の管理は限定的になる可能性もあるが、今後も継続すると考える。加えて、裁判業務における裁判官への人民法院内部からの監督は一層強まると予想されることから、地方人民法院の裁判官は二重の管理体制下に位置付けられることになるだろう。

参考文献リスト

  • 方斯遠(2019)「論我国司法改革中初任法官選任制度的完善-以広東省試点改革為視角」『曁南学報』第2期、39-53頁。

  • 胡仕浩(2017)「十八大以来人民法院司法体制改革的路径与発展」『領導科学論壇』第16期、3-18頁。

  • 劉風景(2015)「論司法体制改革"試点"方法」『東方法学』第3期、112-122頁。

  • 劉蓉(2017)「司法改革省以下統管人財物的再審視」『渭南師範学院学報』第23期、75-78頁。

  • 牛瓊(2016)「浅析司法人財物省級管制」『法制博覧』第20期、189-190頁

  • 郝洪(2014)「上海司法改革試点率先"破冰"」『決策探索』「上海司法改革试点率先"破冰"」『決策探索』第8期、66-67頁。

  • 謝小剣(2015)「省以下地方法院、検察院人財物統一管理制度研究」『理論与改革』第1期、153-158頁。

  • 徐漢明(2021)「深化司法管理体制改革:成效评估、短板检视、路径选择」『法治研究』第3期、68-83頁。

  • 楊力(2016)「中国司法体制改革的重大現実命題―司法体制改革試点的上海標本研究―」『中国社会科学評価』第1期、53-68頁

  • 葉揚(2017)「法治中国戦略下的地方法治建設探索―以江西司法体制改革為視角」『人民法治』第5期、56-60頁。

  • 張恩銘、李敏慎(2014)「司法体制改革試点工作的潜在問題及解決思路」『政法学刊』第6期、14-22頁。

  • Wang Yueduan (2021), "Detaching" Courts from Local Politics? Assessing the Judicial Centralization Reforms in China, China Quarterly, Vol.246, pp.545-564.




1 周強(2017)「最高人民法院関於人民法院全面深化司法改革情況的報告̶2017 年11 月1 日在第十二届全国人民代表大会常務委員会第三十次会議上」『中国人大網』2021 年8月18日アクセス、http://www.npc.gov.cn/zgrdw/npc/xinwen/2017-11/01/content_2030821.htm
2 ここでの人事の管理は任免権を含まない。上海市でも採用された「統一して指名、レベルに分けて任免」方式に基づき、省あるいは市レベルの党委員会が統一して指名するが、任免権は各行政レベルの人民代表大会が持つ。「広東起動司法体制改革試点」『中央政府門戸網』2021年8月25日最終アクセス、http://www.gov.cn/xinwen/2014-11/28/content_2784387.htm

3 「広東司法改革致3000法官転為法官助理等崗位」『南方都市報』2015年12月1日。

4 「轄区法院」『上海市高級人民法院』2021年8月26日最終アクセス、http://www.hshfy.sh.cn/shfy/web/sqfy.jsp?type=6
5 「轄区法院」『広東法院網』2021年8月26日最終アクセス、http://www.gdcourts.gov.cn/index.php?v=listing&cid=66
6 「最高人民法院関于深化人民法院司法体制総合配套改革的意見-人民法院第五個5年改革綱要(2020年12月30日)」『最高人民法院網』2021年9月1日アクセス、http://www.court.gov.cn/xunhui1/xiangqing-282361.html