研究レポート

国際法から見た経済安全保障の諸相

2023-12-12
中谷和弘(東京大学教授)
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「国家間競争時代の経済安全保障と日本外交」研究会 FY2023-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1. 経済安全保障の定義(外縁)

経済安全保障の確立された定義はないが、①経済的な力を安全保障目的や外交目的のために利用すること(economic statecraft)、②重要インフラの保護や不可欠な資源・食糧の確保などのために諸措置をとること、③自由で開かれた国際経済秩序を維持・強化すること、を主な内容とすると考えられる。

経済安全保障推進法は、特定重要物資の安定的な供給の確保、特定社会基盤役務の安定的な提供の確保、特定重要技術の開発支援、特許出願の非公開の4施策を内容とするものであり、同法90条において「この法律の施行に当たっては、我が国が締結した条約その他の国際約束の誠実な履行を妨げることがないよう留意しなければならない」として、国際約束の誠実な履行をうたっており、特に国際法違反の問題が生じる可能性を心配する必要はない。

同法は主に先端技術安全保障を対象にするものといえる。それ自体の重要性はいうまでもないが、古典的な経済安全保障であるエネルギー安全保障及び食料安全保障の重要性も不変であり、ロシアのウクライナ侵略はこれらの脆弱性を再認識させたといえる。以下、経済安全保障をめぐる諸課題について国際法の観点から概観する。

2. 安全保障輸出管理、先端技術安全保障と国際法

安全保障貿易管理は、大量破壊兵器に転用可能な資機材や技術の輸出管理・規制を行うものであり、先進国を中心にして、原子力資機材に関連するザンガー委員会及び原子力供給国グループ、生物・化学兵器関連汎用品に関連するオーストラリア・グループ、ミサイル及び関連汎用品に関連するミサイル輸出管理レジーム、通常兵器及び関連汎用品に関連するワッセナー・アレンジメントといった資機材・技術のカテゴリー毎に国際レジームができている。これらは国際法上は非拘束的合意(ソフトロー)であるが、先進諸国においては国内法上、強制化されている。

該当資機材について審査することがデフォルトであり、特定国をホワイト国に指定して審査を省略することは当該国に「特権」を付与することであって「権利」を付与するものではない。それゆえ一方的に「特権」を撤回しても国際法上の問題を生じさせない。

輸出管理は輸出規制とは異なるが、たとえ輸出規制として位置づけられるとしても最終的にはGATT21条の安全保障のための例外として正当化されうる1

ロシア等が参加しているワッセナーアレンジメントには多くを期待できず、有志連合が必要となる状況にあるが、これも同様に国際法上の問題は生じない。

3. 外資規制と国際法

OECD資本移動自由化コードの下でも外資規制は認めている(2条の留保業種、3条の例外)。どの安全保障・公益関連業種を外資規制するかは基本的に各国の裁量に委ねられている。

G7洞爺湖サミット首脳宣言(2008年) やOECD理事会の「国家安全保障に関する受入国の投資政策のためのガイドライン」(2009年)などの非拘束的な国際合意においては、「国家安全保障に基づく外資規制においては、無差別性、透明性、予測可能性、措置の均衡性及び実施当局の説明責任に従う」旨をうたっている。2008年のJパワー事件(英国のTCIファンドによるJパワーの株式買増につき外為法27条に基づく投資中止命令が出された)においては、「国の安全を損ない、公の秩序を妨げ、又は公衆の安全の保護に支障を来すことになること」(同条3項)の要件の具体的基準は予め示されておらず、それゆえ「透明性」の確保に問題なしとしなかったが、2017.8.2 に「外為法に基づく対内直接投資の事前届出について財務省及び事業所管省庁が審査に際して考慮する要素」が公表され、また詳細な考慮要素が2020.5.8に公表された。これらは、日本版エクソン・フロリオ条項(同米国大統領が考慮できる11項目に対応する)といえ、「透明性」は確保されたといえる。

黄金株(拒否権付種類株式)の戦略的活用も検討すべきではないか。黄金株はEU法上は資本移動の自由、会社設立の自由との関係で問題が生じうるが(但し公共の利益が優先するとしてベルギーのDistrigazの黄金株を欧州司法裁判所が認めた例もある)、一般国際法上はEU法のような制約はない。東証のルールにおいても上場企業が黄金株を採用することを(困難とは言っているが)禁止はしていない。日本では黄金株を採用しているのはINPEXのみであるが、「株主平等原則に反する」「株価を毀損する」という観点からのみではなく、経済安全保障の観点からも黄金株を考えるべきである。

4. 経済サイバー諜報と国際法

企業の機密情報をサイバー手段で窃取する経済サイバー諜報は、経済安全保障上の大きな脅威となっている。2015年9月25日の米中サミットでの合意において「米国及び中国は、両国の政府とも、企業又は商業部門に競争上の優位性を付与することを意図して、営業上の秘密その他の企業秘密に係る情報を含む知的財産のサイバー窃盗の実行又は悪意での幇助をしないことで合意する」とし、同年11月16日のG20アンタルヤ・サミットでの首脳コミュニケにおいても同様の合意がなされた。

経済サイバー諜報はTRIPS協定39条で規定された「開示されていない情報の保護」に違反する。日本としてはWTOの紛争処理機関に訴えることができるよう準備しておくことが重要である2

5. エネルギー・鉱物資源・食料安全保障と国際法

エネルギー安全保障が確保されているとは、「必要な時に必要な種類のエネルギーが必要な量だけ確保されている状態が継続していること」である。エネルギー安全保障を危機にさらす要因としては、地政学的要因。経済的要因、技術的要因、心理的要因。環境的要因がある。同様に、食料安全保障を阻害する要因としては、地政学的要因、経済的要因、安全要因、心理的要因がある3

エネルギー・食料安全保障を確保するための一般的方策は、供給を増やすこと、需要を減らすこと、備蓄と融通を促進すること、安定的な輸送を確保することである。

エネルギー・食料政策は、各国の主権事項であり、各国において必要なエネルギー・食料の獲得は基本的に各国による自助努力に委ねられる。食料安全保障を担当する国連の専門機関としては、国連食糧農業機関(FAO)があるが、エネルギー安全保障を担当する国連の専門機関はない。

私はInternational Bar Associationのエネルギー法のAcademic Advisory Group に属した経験から、欧米のエネルギー法の主要な関心は脱炭素化と下流部門の自由化であり、輸送問題と上流の地政学的問題には関心がないことを懸念した。

石油については、国際エネルギー機関(IEA)の緊急時石油融通(ESS)が石油パニック回避に貢献したといえる。しかし中国、インドといった新興国はIEAメンバーではないので、彼らがパニックを起こすと世界的な石油パニックは回避できない。

ホルムズ海峡の死活的重要性について指摘しておきたい4。世界の石油の1/4, ガスの1/3はホルムズ海峡を通航して国際市場へ出ていく。ホルムズ海峡には迂回路がないため、同海峡は世界で最も重要な水域といってよい。同海峡の沿岸国はオマーンとイランである。ホルムズ海峡は、イランによる封鎖の他、事故やテロにより使用不能になるおそれがある。そうなれば世界は石油パニックとなり、とりわけ石油の9割以上を中東からの輸入に依存している日本経済は壊滅的な打撃を受けかねない。

私としては、ホルムズ海峡に関する国際的フォーラムである「ホルムズ海峡フォーラム」の創設を提案したい。ホルムズ海峡における安全保障、船舶航行の安全確保(タンカー同士の衝突等)及び海洋環境(タンカーからの油汚染等)に対処できる国際的フォーラムを、沿岸国であるオマーン及びイラン、ペルシャ湾内の近接国であるGCC諸国(サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、バーレーン)、主なホルムズ海峡利用国(米国、EU諸国、インド、日本、韓国、中国等)、主要船舶の旗国や船舶所有会社の本国、国際海事機関(IMO)、国際水路機関(IHO)、石油輸出国機構(OPEC)、湾岸協力機構(GCC)といった国際機関、国際独立タンカー船主協会(INTERTANKO)等の業界団体、主要船会社、主要保険機関・会社といったステークホルダーを広くメンバーとして創設しておくことが、各種の危機に備える保険として、国際社会の安定に資する重要な国際公共財になりうる。

ガスについては、石油のようなESSがないため、安定供給の基盤は一層脆弱である。

鉱物資源一般につき、資源国との二国間合意の中には、一定の「配慮条項」がおかれることもある。例えば、オーストラリアとのEPA8.3条、8.6条では、もしオーストラリアがLNGの供給削減をする場合には日本が要請すれば協議が可能となること、日本がLNGの安定供給を求めればオーストラリアは妥当な考慮を払うことが求められることを規定している。「妥当な考慮を払う」ことは優先供給を意味する訳ではないが、法的拘束力を有する文言であることは注目に値する。同項とほぼ同じ規定はブルネイとのEPA92条にもあるが、後者では「好意的な考慮を払う」という文言になっている。

このような配慮条項をより多くの資源国との国際合意において挿入していくことが、地味ではあるが経済安全保障上も重要である。GCC諸国との自由貿易協定(FTA)の締結交渉は先方の都合で2009年以降中断していたが、2023年7月に翌2024年に交渉を再開するため協議を開始することで合意したことが特に注目される。

2023年9月8日には、インド太平洋経済枠組み(IPEF)のサプライチェーン協定の実質妥結が発表された。同協定は非拘束的合意ではあるが、12条においてサプライチェーン途絶への対応について規定していることが注目される。

食料については、ASEAN+3緊急コメ備蓄(APTERR) は、日本が主導して2011年10月にASAENプラス3緊急時米備蓄協定として採択したものである。加盟国が保有する備蓄のうち緊急時に放出可能なコメ備蓄量を事前に申告し、緊急事態発生時に申告の範囲内で備蓄を放出するというイアマーク備蓄と、自然災害等が予期される地域にあらかじめコメを備蓄し、緊急時に放出するという現物・現金備蓄からなる。日本はASEAN諸国の食料安全保障に重要な貢献をしてきた。

6. 経済制裁と経済的威圧は異なる

経済制裁とは、国際法違反に対して経済的不利益措置を課すことである。安全保障例外や対抗措置として国際法上、一定の要件を満たせば容認されうる。

これに対して経済的威圧とは、特定の政治的目的のために、何等国際法違反を犯していない国家に対して経済的不利益措置を課すことであり、次のような場合には国際法違反となりうる。即ち、1970年の国連総会決議2625である友好関係原則宣言では、「いかなる国も、他国の主権的権利の行使を自国に従属させ、かつ、その国から何らかの利益を確保するために、経済的、政治的その他他国を強制する措置をとり又はとることを奨励してはならない」と規定している5

ロシアや中国が「西側諸国による自国への行為こそが経済的威圧である」と主張した時に首尾よく反論できるようにするために、「国際法上の正当な根拠なしに」経済的な圧力をかけることといった限定句を定義に付すよう細心の注意が必要である。2023年10月29日の G7貿易大臣声明では、「他の政府による正当な主権的選択に干渉する威圧的な経済的措置及びその威嚇 」という正確な表現になっている。




1 この点を含め、安全保障輸出管理につき詳細は、拙稿「安全保障輸出管理と国際法」小寺彰・道垣内正人編『国際社会とソフトロー』(有斐閣、2008年)1133-135頁参照。

2 経済サイバー諜報を含むサイバー諜報につき、拙稿「サイバー諜報と国際法」『国際法外交雑誌』122巻1号(2023年)1-21頁参照。

3 この点を含めエネルギー安全保障につき、拙稿Energy Security and Japan : The Role of International Law, Domestic Law, and Diplomacy, in Barry Barton et al(ed.), Energy Security: Managing Risk in a Dynamic Legal and Regulatory Environment (Oxford University Press, 2004), pp.413-427.

4 ホルムズ海峡の国際法上の地位については、「ホルムズ海峡と国際法」坂元茂樹編著『国際海峡』(東信堂、2015年10月)129-155頁参照。

5 なお、自国の経済的利益のために相手国に経済的不利益措置を課すこと(安全保障のための措置だと主張しても専ら自国の経済的利益のために措置を課す場合も含む)もまた、GATTやGATSで定められた正当化事由に該当しない場合には、国際法違反となる。この点を含めて、拙稿「国家安全保障に基づく経済的規制措置:国際法的考察」 『日本国際経済法学会年報』第31号(2022年11月)122-140頁参照。