研究レポート

EU・中国・台湾関係の新展開【後編】

2021-10-11
東野篤子(筑波大学人文社会系准教授)
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「欧州」研究会 FY2021-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

「インド太平洋における協力のためのEU戦略」共同政策文書(916)

欧州議会による中国戦略報告書(本稿「中編」参照)の採択と同日、「インド太平洋における協力のためのEU戦略」と題する共同政策文書(以下「9月文書」)が公表された。EU外務理事会はちょうど半年前の2021年4月16日に「インド太平洋における協力のための戦略に関する外務理事会結論」文書において、EUとインド太平洋との関係の大枠を発表していた(以下「4月文書」)。4月文書は欧州対外行動庁と欧州委員会に対し、同年9月にこの戦略に関する共同政策文書を公表するよう求めていた(パラ7)。今回の9月文書は、4月文書の方針に従い、個別分野に関する取組を列挙したものと位置づけられる。

9月文書の大枠は、「持続可能で包摂的な繁栄」、「グリーン・トランジション」、「海洋ガバナンス」、「デジタル・ガバナンスと連携」、「コネクティビティ(連結性)」、「安全保障・防衛」、「人間の安全保障」の7つの主要分野において、EUがインド太平洋地域の安定・安全・繁栄・持続可能な開発に貢献することを目指すというものである。

4月文書と比較して約2倍の分量となった9月文書を詳細に見ると、中国に対するEUの脅威認識がより鮮明に示されたと言うことが出来よう。4月文書では、中国への言及はCAIについて1度のみ行われていたが、9月文書では14回に増加している。とりわけ、インド太平洋地域における「領土や海域をめぐる緊張を含む激しい競争」や「軍事力の増強」を指摘する文脈で中国を名指ししており、南・東シナ海や台湾海峡など、地域のホットスポットにおける武力の誇示と緊張の高まりが「ヨーロッパの安全・繁栄に直接的な影響を与える可能性がある」としている(p. 2)。4月文書と比較すれば、相当に踏み込んだ表現である。

他方で、4月文書公表後にCAIが事実上頓挫した(本稿「前編」参照)ことについては、9月文書は「CAIの批准が進むことは、EUと中国の相互利益につながる」(p. 7)とのみ、簡潔に記載している。同日に採択された欧州議会報告書(本稿「中編」参照)とは異なり、CAI検討再開にあたっての条件付けは行っていない。

9月文書は中国の人権問題に関する懸念について、前述の欧州議会報告書よりもコンパクトな書きぶりながら、その深刻な認識は共有している。具体的には、EUが深刻な人権侵害や虐待の際には、制裁等を初めとした「使用可能なあらゆる措置」を引き続き活用し、「人権と民主主義の恒久的な擁護者」として自らを位置づけていくことを確認した上で(p. 3)、「同様の懸念を共有する国際的なパートナーと協力」して、「人権など中国との間に根本的な不一致がある場合には、それを押し返し(push back)ていく」(p. 4)として、ウルピライネン演説(本稿「中編」参照)とほぼ同一の表現を用いている。

一方、4月文書では1回しか見られなかった台湾に関する記述は、9月文書では5回に増えている。具体的には、台湾とのBIAの必要性(p. 7)、半導体サプライチェーン(p. 6)やデジタル・ガバナンス(p. 11)における台湾の重要性について明記している。こうして9月文書は、中国についてグローバルな問題の対処にあたっては協力が不可欠であるが、人権等の基本的な理念を巡ってはEUとの間に埋めがたい不一致があると位置づけ、そして台湾を米国や英国、日本、オーストラリアと並んでEUの「同志」と位置づけ、両者を明確に対置したといえる。

おわりに

本稿(前編中編を含む)では、2021年9月にEUで相次いで公表・討議・採択された中国・台湾関連の文書を概観した。これだけの短期間に、中国・台湾・インド太平洋関連の問題が集中的にEUで扱われたこと自体が異例であったといえる。しかしそれ以上に、本稿で扱ったほぼすべての文書において、中国の人権や強制労働の問題、軍事的脅威やディスインフォメーションの流布等に対し、従来よりも厳しい認識が示された一方、台湾はパートナーとして積極的に関係構築を図るという路線で貫かれていたことには留意しておく必要がある。

こうしたEUの対中国認識の硬化と対台湾接近は、日本にも重要な課題を投げかけるものである。まず、日本としては今回の一連の文書の発表を受け、EUは中国に「甘い」、あるいは「経済優先」(であるため、中国関連の諸問題に真剣に対処する意思も能力もない)という固定概念をアップデートすることが不可欠であろう。EUの対中認識の変化は日本からは見えにくい部分もあることは事実ではあるが、本稿で紹介したように、EUの中国問題に対する本気度は、インド太平洋戦略が公表された本年4月と比較して如実に強化されており、策定される措置も日々具体化しているのである。

このようななか日本としては、EUといかに対中アプローチを共有するかについて、一層真剣に考察する必要性に迫られることになろう。例えばインド太平洋戦略に関する9月文書では、日本は「同志」、「パートナー」ないし(インドと共にEUと「連結性パートナーシップ」を結んでいるという意味で)「コネクティビティ・パートナー」と位置づけられ、実に22回にわたって言及されている。日本にとって歓迎すべきことであるのは言うまでもない。しかし同時に、EUは中国の人権を巡る様々な措置は「国際的なパートナー諸国と共働して」実施する姿勢を明確に打ち出していることには留意しておく必要があろう。このことは、日本も他の同志諸国とともに、EUの対中人権外交で足並みを揃えることが、(少なくとも文書を見る限りは)期待されていることを意味している。すでに2021年3月のEUの対中制裁は、米国、英国、カナダと共同で実施したという実績もある。今回の一連のEU文書を受け、日本もEUの「同志諸国」に含まれる以上、同様の役割を求められる可能性については、十分に想定しておくべきであろう。日本はその準備が出来ているのだろうか。それとも、対中人権外交でEUから共同行動を求められることがないよう、ひそかに念じ続けるのだろうか。中国の人権抑圧や強制労働をここまで問題視するになったEUに対し、(日本の一部で依然として声高に主張されているように)「人権外交や制裁など意味がない」と説いて回るのだろうか。仮に、EUが「同志」として挙げる諸国のなかで、日本にだけ対中共同行動の声がかからないとすれば、それは日本外交として好ましいことなのだろうか。そして、すでにその兆候はないだろうか。

同様のことは台湾についても指摘可能である。EU内部では台湾へのアプローチを巡り、依然として慎重論も存在することから、EU・台湾関係の構築に関しては多くの内部調整を必要とすると見込まれる。しかしその一方で、本稿で明らかにしてきたとおり、EU全体としてみた場合、台湾との関係構築の機運はかつてないほど高まっているのも事実である。ここで想起したいのは、ヨーロッパ諸国と台湾関係が接近しようとするとき、中国は常に激烈な戦狼外交をしかけてきたのであり(本稿「前編」参照)、また今後EUが台湾との関係を強化しようとすればするほど、こうした中国の反発は広範に及びうるということであろう。その際、G7首脳会議の首脳声明等に台湾海峡問題を明記することを米国と共に強く主張し、成果を出したと自負する日本は、今後台湾を巡って生じかねないEU(およびヨーロッパ諸国)と中国の軋轢に対し、EUの「同志」の一員としてどのようなスタンスをとろうとするのだろうか。台湾海峡問題では積極的に国際社会に働きかけるが、ヨーロッパ諸国がまさに現在直面している「台湾問題」には沈黙する、という日本のスタンスは、果たしてどこまでヨーロッパの理解を得られるだろうか。

なお、リトアニア・台湾問題に関して付言しておくと、EU加盟国だけでなく、「同志諸国」の米国や英国の政府・議会から、同国を擁護する声明が次々と出ていることには留意すべきであろう。さらに、9月28日にボレル上級代表と王毅外相との間で実施された第11回EU・中国戦略対話では、ボレル代表はリトアニアの台湾代表処開設問題に関し、EUおよびEU加盟国は今後も「ひとつの中国」政策を尊重するが、EU加盟国は「国家承認をせずに、志を同じくし、重要な経済パートナーである台湾と、深く協力することに関心を有している」として、リトアニアを改めて擁護している。

今後の政治日程としては、ボレル上級代表が10月初旬にEU・中国関係のレビューを発表するとみられており、10月5日には議長国のスロベニア主催の非公式夕食会において中国問題が協議される(本稿「中編」参照)。2021年末までにEU・中国首脳会議が開催されると予測されている。2021年5月に、中・東欧と中国との協力枠組みである「17+1」からの離脱を表明したリトアニア政府は、「中国との交渉にはEU27カ国が団結してあたるべき」として、EU・中国首脳会議の実現を強く呼びかける書簡を議長国スロベニアに送付しているが、EU内部では首脳会議開催自体に対する消極的な見解もみられるとされており、実際に開催されるか否かは不透明な状況である。

一方10月14日には、2度目のEU・台湾投資フォーラムがオンライン開催されることが決まっており、それに伴ってEU・台湾間のBIA締結の議論も加速する可能性がある。EU・中国およびEU・台湾関係は、2021年後半にも重要な展開を見せる可能性があり、注視する必要があろう。

(2021年9月29日脱稿)