研究レポート

EU環境法の対外的な影響 ―海洋環境保護を例として―

2022-03-31
佐藤智恵(明治大学教授)
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欧州研究会 FY2021-11号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.はじめに EU法上の環境の位置づけ

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の下で欧州グリーンディールを推進するEUは、COVID-19からの経済復興を目的とするEUの復興基金「次世代EU」(NextGenerationEU (NGEU)、2022年3月時点で総額806.9憶ユーロ1)の支出に当たっても、復興基金からの予算で行う加盟国の政策に対する、環境への配慮を求める。また、対外的には、2018年12月に開催された第24回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP24)において採択された、気候変動に関するパリ協定を実施に移すための「ルールブック」(実施指針)2の作成のためのリーダーシップをとるなど、国際的な環境ルールの作成をリードしている。

環境保護に積極的なEUの姿勢は、環境保護を重視しているというEUの政治姿勢を反映するのみならず、EU法に根拠づけられるものでもある。つまり、EU運営条約11条は、環境保護がEUの政策及び活動の策定と実施に組み込まれなければならないと規定しており、本条文に基づいて、EUとして行うあらゆる政策は環境保護の視点を踏まえた上で策定され、実施されなければならない。EUが考慮すべき環境保護の水準については、EUの目的として、EU条約3条3が、EUは「環境の高水準の保護及び環境の質の改善」を基に持続的発展を遂げることを目的にすると規定する。さらに、具体的に環境保護について規定するEU運営条約191条2において、環境に関するEUの政策は、高水準の環境保護を目的としなければならないと規定している。3EU法に規定されている「高水準の環境保護」を実現するため、例えば、EUは2050年気候中立目標を掲げ、4気候変動対策を進めている。

もっとも、海洋環境の保護に関するEUの政策については、EU法に基づくEUの権限との関係で注意すべき点がある。すなわち、EU運営条約には海洋環境の保護に関連する複数の条文が存在するため、第1に、海洋環境を保護するためのEUレベルでの措置(EU法の制定や政策の策定)をとる際には、根拠となる関連条文を適切に選択しなければならない。5第2に、根拠となる条文によってEUと加盟国の権限配分の態様が異なることである。6海洋環境保護に含まれるEUレベルでの措置として、漁業資源の保護、漁業資源以外の海洋生物・生態系の保護、海洋汚染の防止等が考えられるが、これらの措置のうち、漁業資源の保護については、EU運営条約3条1(d)に基づき、EUの排他的権限事項である。したがって、漁業資源の保護・保全に関する政策はEUの共通漁業政策の一環としてEUレベルで策定され(EU運営条約38条1及び43条)、各加盟国は漁獲量を決めることはできない。それに対して、漁業資源以外の海洋生物・生態系の保護、海洋汚染の防止等の海洋環境の保護は、EU運営条約4条2(d)及び(e)に基づいて、EUと加盟国の共有権限事項であるため、EUレベルで法が制定されていない場合には、当該分野について加盟国が独自に立法することが可能である。

もっとも、「高水準の環境保護」を志向するEUの(海洋)環境保護法・政策は、EU域内への影響のみならず、時として、EU域外に対して影響を及ぼすことも忘れてはならない(EU環境法の対外的な影響)。ここでは、EUの漁業資源の保護・保全に関する法(=EUの共通漁業政策)のEU域外への影響について概観する。

2.EUの共通漁業政策の対外的な影響

EUの共通漁業政策7は、EU運営条約38条1、43条3等を根拠として策定される。1970年代から80年代に行われた当初の目的は、EEC(当時)として共同市場(現在の域内市場)の機能を確保するために、加盟国の漁船が漁獲した魚や水産加工品の流通及び価格をEUレベルで管理すること(TFEU38条1、39条1)に重点が置かれていた。しかしながら、特に1990年代以降の持続可能性に基づく資源開発の流れを受け、現在では、共通漁業政策の目的として、持続可能な漁業資源の保全及び管理が重視されている(例えば、規則1380/2013の2条1)。

EUの共通漁業政策は、EU加盟国の船舶が公海や第三国の排他的経済水域等、EU海域の外で漁業を行う際にも適用される(規則1380/2013の1条2)。ここでは、EUの共通漁業政策のEU域外への影響について、EUの地域的及び国際的な漁業管理機関への参加状況、二国間条約に基づくEU漁業の状況を概観した後、EUの漁業政策が第三国に与える影響についてEUのIUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)政策を例に検討する。

(1)多数国間の枠組

漁業資源の管理に関する国際条約のうち、EUが締結している条約は、海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)及び分布範囲が排他的経済水域の内外に存在する魚類資源(ストラドリング魚類資源)及び高度回遊性魚類資源の保存及び管理に関する1982年12月10日の海洋法に関する国際連合条約の規定の実施のための協定(国連公海漁業実施協定)8である。漁業資源の管理に関する魚種別又は地域的な条約のうちEUが締結している条約は、International Commission for the Conservation of Atlantic Tunas(大西洋まぐろ類委員会、ICATT)9をはじめとするマグロ類の管理に関する5機関、多種類の漁業資源を管理するNorthwest Atlantic Fisheries Organization(北西大西洋漁業機関、NAFO)10などの7機関である。EUは共通漁業政策を規定するEU運営条約43条を根拠として漁業資源の管理に関するこれらの条約を締結している。各機関の締約国会合で決定されたマグロ等対象魚種の年間漁獲可能量については、EUの共通漁業政策に基づく年間可能漁獲量に反映される。すなわち、各漁業機関によって決定された漁獲量を、EU内で対象となる魚種を漁獲する各加盟国間で配分し、加盟国毎の最終的な漁獲可能量が毎年(魚種によっては二年に一度)決定される。また、共通漁業政策はEUの排他的権限事項であるため、これらの漁業機関で締約国会合が行われる場合、欧州委員会がEUを代表して参加し、EUの立場を表明することとなる。したがって、EUとは別に当該条約を締結している加盟国であっても、欧州委員会が代表するEUの立場に従う義務を負う。11このため、漁業資源の管理に関するEU法の原則がICCAT等の国際的な漁業機関で主張されることとなる。例えば、2021年11月に開催されたICCATの年次会合では、EUのリーダーシップによって新たに、North Atlantic shortfin makoの資源回復措置の導入に合意がなされた。12もっとも、同じ会合でEUが主張した熱帯マグロの資源管理措置については、締約国間で合意することができず、EUは2022年の会合で改めて熱帯マグロに関する管理措置を主張するようである。13このように、EUが主張する漁業資源の回復目標が高すぎる等、EUの主張は関係国の同意を得られず、時として批判されることもあるが、EUの主張の根拠には、EU条約11条、EU運営条約191条2が規定する、漁業資源の管理を含むEUの環境政策が「高水準の保護を目指す」法的義務が存在している。さらに、EU運営条約191条2は、EU環境法の原則として、予防原則を規定している点にも注意を払わなければならない。

(2)二国間関係におけるEUの共通漁業政策の影響

EU加盟国の漁船による漁獲量の約20%はEU海域の外で漁獲されており、その中には、(1)で述べた漁業管理機関の枠内での漁業以外に、特定の第三国のEEZにおける漁獲も含まれる。第三国のEEZでの漁獲に関し、EUは当該第三国との間で漁業に関する協定を締結しており、このような協定は持続可能な漁業パートナーシップ協定(Sustainable fisheries partnership agreements、SFPAs)と称される。EUが締結するSFPAsは大きく二つのタイプに分けられる。一つがマグロ類の漁業に関する協定であり、主にアフリカおよびインド洋周辺の9か国と締結している。もう一つは、様々な魚種を対象とする協定であり、グリーンランド、モロッコ、モーリタニア、ギニア・ビサオの4か国と締結している。14

EUがSFPAsを締結した相手国で操業するEU船籍の漁船は、EU法に基づいて漁業をする義務を負うため(規則1380/2013の1条2)、相手国の海洋環境の保護、漁業資源の保全に配慮した漁業を行なわなければならない。

EUがSFPAsに基づいて相手国の排他的経済水域で漁業をする際には、排他的経済水域へのアクセス料に加え、相手国で持続可能な漁業が促進されるための支援金を相手国に支払う。15支援金の具体的な支出目的として、相手国が持続可能な漁業を行うことができるような行政システムを構築すること、科学的データを収集するための教育を充実させること、モニタリングや違法漁船取締のための人材育成等が挙げられる。このような二国間条約の締結により、漁業に関するEUのルールがSFPAs協定の相手国にも直接、間接に影響を与えることになり、環境にやさしい漁業を実現するEUの良い影響が、資金不足等を理由に持続可能な漁業方法や資源管理に取り組めない国々にまで波及することが期待される。

さらに、SFPAsは、人権や民主主義といった基本的原則に反するような状況が生じる場合には運用停止となること、16相手国の人を雇う際には、関連するILO規則を踏まえた労働契約にすること、17等が規定されており、漁業資源の管理以外についても、EU法(及びILOといった国際的な基準)の影響がみられる。

(3)IUU漁業に対するEU法の影響

漁業資源の管理に関するEUの措置の中で第三国との関係で特に重要なのは、IUU漁業対策である(規則1005/200818(通称IUU規則))。規則1005/2008は、IUU漁業によって漁獲された魚及び水産加工品がEU市場に輸入されることを防ぐ目的で制定された(規則1005/2008の1条1)。規則1005/2008に基づき、EU市場向けに輸出されるすべての水産品は正当に漁獲されたことの証明が求められ(同1条3)、19水産品に関する検査が行われる。このような措置は、FAOをはじめとする国際的なルールに基づくものであるが、EUのIUU漁業対策には、国際ルールを適用する以上の特長がある。

EUは規則1005/2008をEU域内で第三国からの水産品に適用するのみならず、実際にIUU漁業を行っている国と直接対話を重ねることにより、IUU漁業の撲滅に取り組んでいる。2012年以降EUは、公式に発表されているだけでも60か国とIUU漁業に関する対話を重ね、それらの国が漁業に関する国際ルールを遵守するよう説得している。20

EUとの対話でIUU漁業を行っているという疑いが払拭されない場合には、対象国に対し、IUU規則1005/2008に基づく手続が開始される。同規則では、IUU漁業を疑われる国を四段階に分類し、違法性の重大さに応じた対応が規定されている。これまで27ヶ国に対して、規則1005/2008に基づく対応がとられた。最も軽微な違法はIUU漁業が行われている疑いの段階であり(イエローカード)、この段階で対象国が漁獲方法を改める等の対策をとるなどした場合には、対象国に対するEUのIUU漁業対応は終了し、対象国はグリーンカード国(無違反国)としてEU域内への水産品の輸出が可能となる。過去、EUによってイエローカードを提示された27か国のうち、13か国はイエローカードの段階でIUU漁業対象国から外れ、グリーンカード国となった。しかしながら、そうでない場合には、IUU漁業国としてレッドカードが提示され、最悪の場合にはブラックリストに掲載され、それらの国々からの水産品(加工品を含む)はEU市場への輸入が禁止される。21人口約4億5000万人の巨大な市場であるEUに水産品を輸出できないということは、第三国にとって経済的な損失が大きく、IUU漁業によって漁獲された水産品をEU市場から排除するためのこのようなEU法制度によって、第三国によるEU法(規則1005/2009)の遵守を促す効果がみられる。

3.展望

このようにEUは高水準の環境保護を目的として、漁業資源の保護・保全に取り組んでいる。EUが行う政策はEU法を根拠としており、EU加盟国によって遵守されるのみならず、しばしばグローバルコモンと称される漁業資源の管理を通じて、対外的な波及効果を有している。これまで、日本との関係では、マグロ類の厳格な管理を求めるEUの主張がクローズアップされることがあったが、一般的にはEUの漁業政策をそれほど身近に感じる機会は少なかったと言える。しかしながら、日本の食卓に深く関係するサンマなどの資源管理を担う北太平洋漁業委員会へのEUの加盟が既に認められており、22今後、同委員会が管理する魚種に関する保全・保護措置にEU法や原則がどのような影響を与えるのか、注視していきたい。




1 European Commission, The EU's 2021-2027 long-term Budget and NextGenerationEU FACTS AND FIGURES, 2021, pp. 8-9.

2 Decision 1/CP.24 Preparations for the implementation of the Paris Agreement and the first session of the Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Paris Agreement, FCCC/CP/2018/10/Add.1, 19 March 2019.

3 EU環境法の法的枠組に関し、中西優美子『概説EU環境法』(法律文化社、2021年)pp.14~16、pp.27~28を参照。

4 規則2021/1119第1条。Regulation (EU) 2021/1119 of the European Parliament and of the Council of 30 June 2021 establishing the framework for achieving climate neutrality and amending Regulations (EC) No 401/2009 and (EU) 2018/1999 ('European Climate Law'), OJ L 243/1, 9.7.2021.

5 不適切な法的根拠に基づいて制定されたEU法は、EU運営条約263条が規定する取消訴訟の対象として、司法裁判所によって同264条に基づき、無効が宣言される可能性がある。

6 詳細に関し、佐藤智恵『EU海洋環境法』第I部第1章2を参照。

7 Regulation (EU) No 1380/2013 on the Common Fisheries Policy, OJ L 354/22, 28.12.2013.

8 Council Decision of 8 June 1998 on the ratification by the European Community of the Agreement for the implementation of the provisions of the United Nations conservation on the Law of the Sea of 10 December 1982 relating to the conservation and management of straddling stocks and highly migratory fish stocks (98/414/EC), OJ L 189/14, 3.7.1998.

9 Council Decision 86/238/EEC of 9 June 1986 on the accession of the Community to the International Convention for the Conservation of Atlantic Tunas, as amended by the Protocol annexed to the Final Act of the Conference of Plenipotentiaries of the States Parties to the Convention signed in Paris on 10 July 1984, OJ L 162/33, 18.6.1986.

10 Council Regulation (EEC) No 3179/78 of 28 December 1978 concerning the conclusion by the European Economic Community of the Convention on Future Multilateral Cooperation in the Northwest Atlantic Fisheries, OJ No L 378/1, 30.12.78の前文参照。なお、詳細は佐藤智恵『EU海洋環境法』(信山社、2021年)第II部第1章2.(1)を参照。

11 このような加盟国の義務はEU条約4条3が規定する誠実な協力の原則に基づく加盟国の義務に含まれる。

12 2021年11月24日付欧州委員会のプレスリリース"ICCAT: EU and partners deliver ambitious outcome"を参照。

13 同上。

14 詳細は、European Commission, EU Sustainable Fisheries Partnership Agreements, Publications Office, 2020(欧州委員会の公式HPより入手可)を参照。

15 EUが相手国に支払う金額は上記のホームページで公開されている。例えば、マグロ類に関するカーボベルデとの協定では、年平均75万ユーロ支払われ、うち35万ユーロが漁業セクターの支援に充てられる。多種類の魚種を対象とした協定を結んでいるギニア・ビサオには年間、年平均1560万ユーロがEUから支払われ、うち400万ユーロが漁業セクターの支援に充てられる。

16 例えば、EU・カーボベルデ間でのSFPAs議定書10条1(c) PROTOCOL on the implementation of the Fisheries Partnership Agreement between the European Community and the Republic of Cape Verde (2019-2024), OJ L 154/3, 12.6.2019を参照。

17 例えば、EU・カーボベルデ間でのSFPAs議定書の付属書第8章3.Seamen's contractsを参照。

18 Council Regulation (EC) No 1005/2008 of 29 September 2008 establishing a Community system to prevent, deter and eliminate illegal, unreported and unregulated fishing, amending Regulations (EEC) No 2847/93, (EC) No 1936/2001 and (EC) No 601/2004 and repealing Regulations (EC) No 1093/94 and (EC) No 1447/1999, OJ L 286/1, 29.10. 2008.

19 日本においても類似の制度の導入を目的として令和2年12月11日、「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)(令和2年法律第79号)が公布され、令和4年12月1日に施行される(政令第17号)。

20 詳細は、欧州委員会の共通漁業政策ホームページ内Oceans and Fisheries, Sustainable Fisheries, Rules, Illegal fishing(https://ec.europa.eu/fisheries/cfp/illegal_fishing_en)で公表されている。

21 これまでベリーズ、カンボジア、コモロ、ギニア共和国、スリランカ、セントビンセント及びグレナディーン諸国の6か国がブラックリストに掲載された。もっとも、ベリーズ、ギニア共和国、スリランカはIUU漁業対策をとったため、現在ではブラックリストから消去され、グリーンカード国になっている。

22 North Pacific Fisheries Commission, 6th Meeting of the North Pacific Fisheries Commission REPORT, 23-25 February 2021, para. 8及び2022年3月30日付欧州委員会・海事漁業総局プレスリリース" EU now member of the North Pacific Fisheries Commission"を参照。