研究レポート

北朝鮮のミサイル発射と北京オリンピック、ウクライナ情勢

2022-03-18
平岩俊司(南山大学教授)
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「『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方」研究会 FY2021-7号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

北朝鮮のミサイル発射と北京冬季オリンピック

2022年の年明けと同時に北朝鮮はミサイル発射を繰り返した。これは、2021年1月の第8回朝鮮労働党大会で決定された国防力強化の方針に従うものといってよいが、北朝鮮は2022年に入ってその速度をはやめ、1月だけでも7回にわたってミサイル発射をおこなったのである。当然国際社会はこれを厳しく批判し、警戒を強めたが、注目されたのは、2月に開催された北京冬期オリンピックとの関係だ。習近平総書記は2022年秋に予定されている第20回中国共産党大会で3期目続投を目指すことが確実視されており、そのためにも北京冬期オリンピックの成功は不可欠と言ってよかったが、かりに北朝鮮がミサイル発射を行えば、北京オリンピックの祝賀ムードに水を差すことになるからだ。そもそも北京オリンピックについては、アメリカをはじめとする国際社会が中国国内の人権問題を理由に開閉会式への要人派遣を控え、習近平政権にとっては国際的圧力となっていた。だからこそ中国としては是が非でも北京オリンピックを成功裏に終わらせたかっただろうし、そのためにも北朝鮮がミサイル発射をおこなって朝鮮半島情勢が混乱することだけは避けたかったはずだ。一方の北朝鮮にとっても、ハノイにおける二回目の米朝首脳会談の事実上の決裂以降、アメリカに北朝鮮に対する敵視政策の撤回を要求し、バイデン政権の無条件の対話の求めにも応じていない。だからこそ後ろ盾となる中国との関係はきわめて重要であり、中朝関係に悪影響を及ぼす行為には慎重にならざるを得なかったはずだ。このような状況下、北朝鮮が中国にどれほど配慮するかが国際社会の注目するところだった。

実は、北朝鮮は、2022年に入って最初にミサイル発射を行った1月5日、中国に対して北京オリンピック不参加を伝えていた。そもそも北朝鮮は2021年の東京オリンピックへの一方的に参加を取りやめたことを理由に2022年末までオリンピックへの参加資格停止処分を受けており、国としての参加はできない状態だったが、あらためて中国に北京オリンピックへの不参加を書簡で伝えていたのである。朝鮮中央通信によれば、書簡では、オリンピック不参加の理由として「敵対勢力の策動」と新型コロナウイルスの世界的な感染拡大をあげ、「(北京オリンピックへ)参加できなくなったが、我々は中国の全ての活動を全面的に支持、応援する」とされていたという。さらに、アメリカをはじめとする外交的なボイコットの動きについて、「五輪精神に対する冒涜で、中国の国際的イメージを傷つけようとする卑劣な行為だ」として非難し、中国の立場を擁護した。ミサイル発射をおこなったまさにその日、こうした書簡を送っていたことは、ミサイル発射が北京オリンピックに悪影響を及ぼすことを意図するものではない、ということを伝える意味もあったと言ってよい。だからこそ書簡を送った1月5日以降、矢継ぎ早に発射実験を繰り返し、オリンピック開催の5日前の1月30日を最後にオリンピック期間中のミサイル発射を控えたのである。中国への配慮と言ってよい。

ところがオリンピックが終了した一週間後の2月27日、北朝鮮は弾道ミサイルを発射した。北朝鮮はこれを「偵察衛星開発」のための実験としたが、まさに第8回党大会で決定された国防力強化の課題の1つとされた項目だ。さらに3月5日にもミサイル発射を行い、北朝鮮の国家宇宙開発局と国防科学院が「偵察衛星開発計画に従って再び重要試験」としたのである。3月4日には北京パラリンピックが始まり、3月5日は中国の国会に当たる全人代が開催された当日だった。後の分析から、2月27日と3月5日の発射はいずれもICBM級のミサイル発射だったされるが、北朝鮮のミサイル発射をどのように理解すればいいのだろうか?北京オリンピックで中国に対して最低限の配慮はしたのだから、国防力強化を進めるためにも、当初からオリンピック終了後に発射実験を再開する予定だった、との説明も可能だろうし、その可能性は否定できない。しかし、やはり大きいのはウクライナ情勢だろう。

ロシアのウクライナ侵攻への中国と北朝鮮の対応

北京オリンピックの閉会を待つかのように、閉会式の4日後の2月24日、ロシアはウクライナに侵攻を開始したが、中国と北朝鮮の対応は微妙に異なった。基本的にはロシア寄りと言われる中国ではあるが、完全にロシアの側に立つことには慎重で、2月25日に国連安保理でアメリカなどが提出したロシア非難決議案に拒否権は使わず棄権との立場を取った。さらに、3月2日に開催された国連総会緊急特別会合でも、ロシアに対して軍事行動の即時停止を求める決議案に反対票ではなく棄権で対応した。ウクライナ侵攻初日の2月24日、ロシアのラブロフ外相と電話会談をおこなった王毅国務委員兼外相は、「ウクライナ問題には複雑で特殊な歴史的経緯があり、ロシアの安全の問題における合理的な懸念も理解している」としてロシアの主張に理解を示しながら「対話と協議を通じて最終的に均衡がとれ、有効で持続可能な欧州の安全メカニズムを形成すべきだ」と呼びかけていた。中国外務省の華春瑩報道局長の発言にあるように「各国が自制を保ち、事態が制御不能とならないよう求める。平和への扉を閉じず、対話と協議を継続することを希望する」との立場だろう。完全にロシアの側に立てば国際社会と袂を分かつことになってしまい、それは中国の望むところではないが、国際社会と同じ立場でロシアを非難するつもりもないだろう。東アジア情勢の展開次第で次は中国が批判の矢面に立たされるかも知れないからだ。だからこそ、いずれか一方の立場に立つのではなく、事態を悪化させるような行為に反対し、平和的、外交的解決を目指し、場合によっては自ら仲介者としての役割を果たす用意があるとの姿勢をとっていると言える。ロシアに対して一定の理解を示しつつも国際社会からロシアと同じと見られないような立ち居振る舞いに努めるということだろう。

一方の北朝鮮は、2月28日、北朝鮮外務省報道官がロシア軍によるウクライナ侵攻について「他国に対する強権と専横に明け暮れている米国と西側の覇権主義政策に根源がある」と述べてロシアを擁護する立場を示し、そして、国連総会緊急会合では反対票を投じて明確にロシア支持の立場をとるとともにアメリカおよび西側諸国を批判した。北朝鮮にとってロシアは、国連などの場で中国とともに北朝鮮の立場を擁護してくれる存在であった。今回の件でロシアを支持し、なおかつアメリカを批判することで、ロシアとの関係をさらに強化することができる、との判断があったと言ってよい。

もとよりウクライナ情勢に対する中国と北朝鮮の対応の違いは、国際社会における両者の立ち位置が違いによるものであり、ロシアに対する中朝両国の姿勢が大きく異なるわけではない。しかし、ウクライナ情勢の混乱は、北朝鮮にとってオリンピック終了後のミサイル発射についての中国に対する説明としては十分な理由付けとできたはずだ。ミサイル発射はロシアに対する援護射撃である、と。中国としては、これを否定すればロシアとの関係を難しくしてしまう。北朝鮮はウクライナ情勢を利用しながら自らのミサイル発射を正当化できるのである。さらにミサイル発射はアメリカに対して、状況の展開次第ではウクライナ情勢同様朝鮮半島情勢も緊張する危険性があるとのメッセージになる。

あらためて指摘するまでもなく、中国と北朝鮮のアメリカに向き合う姿勢は完全に一致しているわけではない。中国は、北朝鮮問題をアメリカと協力可能な分野としているが、アメリカとの対決姿勢を取るための後ろ盾としての役割を中国に期待する北朝鮮にとって中国のそうした姿勢は不愉快にちがいない。とはいえアメリカとの関係が依然として北朝鮮の望むような展開を見せない状況下、北朝鮮としては中国との関係を悪化させるわけにはいかない。だからこそ国防力強化という基本方針にもかかわらず中国の政治日程を意識して北京オリンピック期間中はミサイル発射を控えた。ところが、アメリカと激しく対立するロシアという存在が現れた。北朝鮮にとっては古くて新しいカードが手に入ったのである。

ロシアという変数がもたらす朝鮮半島情勢の複雑化

今後も北朝鮮は国防力強化の方針に従ってさまざまな形でのミサイル発射を繰り返すだろう。それが米朝関係の緊張につながることは間違いない。そのためにも後ろ盾としての中国との関係は重要で、北朝鮮は本来であれば中国の政治日程を睨みながら配慮しつつ発射実験をおこなわなければならなかったはずだ。ところが、ウクライナ情勢の紛糾により状況は大きく変わった。ロシアを援護射撃する、との口実で中国の政治日程を気にせずに国防力強化に励むことができる。

そもそも北朝鮮にとって後ろ盾としての中国の存在は極めて大きいが、その一方で中国の影響力が大きくなりすぎることへの警戒心もある。冷戦期の中ソ対立が激しかった頃、北朝鮮は中国とソ連の間を振り子のように動き、中国、ソ連双方の北朝鮮に対する影響力が大きくなりすぎないようバランスを取ろうとした時期があった。中国に対してはソ連カードを、ソ連に対しては中国カードを交互に使い、ソ連と中国から安全保障や経済協力などの必要なものをもらい、社会主義超大国である中ソから適当な距離をとって政治的自由を得ていたのである。もちろん冷戦期のそれと今とでは状況が大きく異なり、北朝鮮にとって中国の持つ意味の大きさはロシアのそれと比較にならない。しかし、アメリカとの対決姿勢を前提とすれば、アメリカと激しく対立するロシアは北朝鮮にとって利用価値がある。ロシアとの連携を前提にして北朝鮮は、アメリカのみならず中国でさえ否定的な核実験の封印を解く危険性さえある。なによりもアメリカにとっての喫緊の課題がウクライナ問題となり、北朝鮮の行動に十分注意を払えないだろう、との判断があるとすれば、北朝鮮は今こそ国防力強化の好機と考えるかも知れない。ロシアという変数が加わったことで朝鮮半島情勢はさらに複雑し、北朝鮮もより思い切った行動に出る危険性が高まったと言わざるを得ない。北朝鮮は、習近平総書記の3期目続投にとってきわめて重要な意味を持つ第20回中国共産党大会の最中でさえICBMを含むミサイル発射や核実験を強行するかも知れない。ウクライナ情勢の紛糾が朝鮮半島情勢にあたえた影響は大きい。

(3月18日校了)