研究レポート

米中対立先鋭化のなかで半導体産業の強化に走る韓国尹錫悦新政権

2022-12-05
安倍誠(アジア経済研究所新領域研究センター上席主任調査研究員)
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「『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方」研究会 FY2022-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

前政権からの連続性―半導体産業の強化

2022年5月に発足した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)新政権は、多くの経済政策において方向性を大きく転換させている。これまでの文在寅政権は進歩系政権らしく、財閥・大企業規制の強化や原子力発電所の建設抑制、分配政策の推進などを打ち出していた。これに対して尹錫悦政権は規制緩和による民間活力を通じた経済成長を志向し、原子力発電所についても建設を再び進める方針を示している。そうしたなかにあって尹政権が文政権の方針をほぼそのまま継承しようとしているのが半導体産業の強化である。

文在寅政権はアメリカによる半導体のサプライチェーンと技術の囲い込み戦略への韓国の参加要求に応じつつ、半導体産業の一層の強化を目指す「K-半導体戦略」を推し進めていた。韓国の半導体産業が経済安全保障のみならず外交全般における重要な戦略的資産になったこと、またコロナ禍及びそこからの回復過程において半導体の輸出拡大が韓国経済を大きく下支えしたことから、半導体産業の重要性を再認識したことが作用したとみられる。

尹錫悦政権も発足当初から半導体重視を明確化した。それはまず科学技術情報通信部長官にソウル大学の半導体研究所長である李宗昊(イ・ジョンホ)を任命したことに表れている。さらに6月16日に政権の経済政策のビジョンを示した「新政府経済政策方向」を発表したが、そのなかで国家の経済安全保障上重要な技術・産業を「国家戦略技術」「国家先端戦略産業」として重点的に研究開発投資や育成を図るとした。特にその中心に位置づけられた技術・産業が半導体であった。7月21日には新政権の個別産業戦略として、他の産業に先駆けて「半導体超強大国達成戦略」を発表した。その概要は以下の通りである。

  1. 投資支援=5年間で340兆ウォン以上の投資達成:
    半導体産業団地電力・用水等の工場インフラ整備に政府支援、造成許認可の迅速化、設備・R&D投資への税制支援拡大
  2. 人材養成=10年間で15万名+α供給:
    産学協力4大インフラ構築=半導体アカデミーの設立、半導体特性化大学院の新規指定と支援(韓国型SRC運営)、企業が寄贈した遊休・中古設備を活用した研究機関(韓国型IMEC)、半導体の素材・部品・装備分野で大学の企業との契約学科を10学科設立
  3. システム半導体で先導技術確保=2030年世界シェアを現在の3%から10%に引き上げを目標:
    3大次世代システム半導体(パワー半導体、車載半導体、AI半導体)を集中支援、スター・ファブレス30社を指定・集中支援、先端パッケージング分野の開発支援
  4. 堅固な素材・部品・装備エコシステム構築=2030年自立化率を現在の30%から50%に引き上げを目標):
    第2・第3板橋テクノバレー、龍仁プラットフォームシティに素材・部品・装備クラスターを構築

当面の産業発展に必須である工場の新増設と研究開発投資を積極的に支援するとともに、長期的な産業発展を目指すにあたって障害となっている点、すなわち人材不足、メモリ偏重の事業構造、素材・部品・製造装置など産業の裾野の脆弱さを改善することを目指している。骨子は前年に発表された「K-半導体戦略」とほぼ同じと言ってよい。ただし、企業の投資目標額と人材養成目標人数を上方修正して、そのための投資税制支援のさらなる拡充と大学・大学院の関連学科新設など新たな人材養成計画を準備している。

政府の戦略発表に先だって、与党「国民の力」も半導体産業強化のための法整備に動いた。具体的には2022年6月28日に「半導体産業競争力強化特別委員会」を発足させた。委員長には現在は無所属だがかつて野党に所属し、サムスン電子常務出身の梁香子(ヤンヒャンジャ)議員が就任した。梁香子議員はサムスン電子に高卒で入社し、研究補助員から大学・大学院に通いながらキャリアを重ねて半導体部門の常務にまで昇進した人物である。同委員会での議論を土台に、梁香子議員は8月1日に半導体産業競争力強化法、いわゆる「Kチップス法」案を国会に代表発議した。国家先端戦略産業競争力強化特別法および租税特例法の改正案である同法案には、具体的には設備投資の税額控除率を大幅に拡大する案(大企業6%, 中堅企業8%, 中小企業16%→大企業20%, 中堅企業25%, 中小企業30%)が含まれた1

このように尹錫悦政権が半導体産業の強化を明確に打ち出した背景として、ひとつにはアメリカのバイデン政権が半導体分野での韓国へのアプローチを強めていることがあげられる。2022年5月20日にバイデン大統領が訪韓した際に最初に訪れたのが平澤にあるサムスン電子半導体工場であった。バイデン大統領は工場訪問時の演説において「この工場は米韓両国間の緊密な紐帯と革新の象徴」であり「我々と価値を共有する韓国のような国と協力してサプライチェーンの回復力を高めることが重要」だと述べた。アメリカはこれに先立つ3月には日本、韓国、台湾との間で半導体に関わる協力枠組みの創設を構想して韓国に参加を働きかけたとされる2。こうしたなかで尹錫悦新政権は半導体の戦略的重要性がさらに高まっているとの認識を持ったとみられる。

もうひとつの背景としては、アメリカや日本、欧州の先進各国の政府も半導体産業の強化、特に国内での製造拠点の再拡大を打ち出していることである。日本が国内で半導体の生産能力を確保するために、台湾のTSMCが熊本県に建設する新工場の整備費用を最大で4760億円補助することがよい例である。このままでは自国の優位を維持することも難しくなってしまう。そのために韓国企業が得意とするメモリ分野やTSMCを追走するファウンドリー事業での設備投資をさらに拡大するとともに、大きく立ち後れているパワー半導体や車載半導体、AI半導体などで研究開発を積極的に支援しようとしている。さらに人材の育成や裾野産業の強化を図ることにより、総合的な半導体強国の確立を目指しているのである。

強まるアメリカの対中半導体規制と韓国への影響

韓国の尹錫悦新政権が半導体産業を強化しようとしているなかでも、アメリカは中国に対する半導体技術規制をさらに進めようとしている。2022年10月7日にアメリカ商務省は対中技術輸出規制の強化を発表した。そこでは、①スーパーコンピュータや先端コンピュータ用の高性能半導体の中国向け輸出を規制する、また中国の情報技術企業28社への輸出を事実上禁止する、②中国内の企業に特定レベル以上のチップ(18nm以下のDRAM、128層以上のNAND型フラッシュメモリ、FinFET技術などを使用した14nm以下の非メモリ半導体)を製造できる先端半導体の製造装備・技術を販売する場合は許可が必要とする、特に中国企業が所有する中国内の生産施設への販売は事実上禁止する、③米国人による中国内の行動が一定の条件を満たす半導体の開発または生産の支援につながる場合は許可申請が必要となる、とした。すでに中国半導体大手のSMICに対する半導体製造の装置及び同技術の対中輸出規制や、ハイテク最大手のファーウェイなどに対する半導体輸出規制はおこなわれていたが、今回の措置はこれを一層強化するものであった。アメリカの意図は、上記①により最先端の半導体は売らない、上記②③により一定レベル以上の半導体はつくらせないことによって、中国との半導体での技術格差をなるべく維持することにある。

このうち①と②はアメリカの技術を利用している韓国企業にも原則的に適用されるため、韓国企業にも影響を与える可能性がある。特に②については、サムスン電子は西安にNAND型フラッシュメモリ、蘇州にテスト・パッケージングの工場を、SKハイニックスは無錫にDRAM、大連にNAND型フラッシュメモリ(旧インテル)の工場を中国内でそれぞれ置いている。サムスン電子のNAND型フラッシュメモリの60%、SKハイニックスのDRAMの50%以上を中国で生産しているとみられているだけに、影響が危惧されている。アメリカは韓国など外国企業の中国製造拠点への規制の適用を1年猶予するとした。しかし、将来適用された場合、製造装置の搬入が制限されて中国内での生産は事実上難しくなるのではないかとの見方も出始めている。①については、現在は韓国企業がこのような先端半導体を中国に輸出するケースはほとんどないとみられる。しかし、韓国の半導体輸出の65%は香港を含む中国大陸向けが占めている。対中輸出への規制が強化されることは中国事業の拡大に制約が課されることになり、将来的な影響が憂慮される。

韓国企業が中国国内で生産するあるいは中国向けに輸出している半導体は、アップルのスマートフォンを生産する鴻海の中国工場に供給されるなど、少なくない量がアメリカ企業のサプライチェーンに組み込まれている。アメリカ政府がこうした中国とのサプライチェーンを完全に断ち切ることを意図しているは考えにくい。アメリカ政府はどこまで対中規制を進めるつもりなのか、これまで目立った動きをみせていない中国政府はどのように対応するのか、韓国政府・企業が米中の狭間で悩む状況は当分の間続きそうである。

(12月5日校了)




1 しかし、Kチップス法案は国会で与野党が激しく対立する状況が続くなかで、2022年12月5日現在まだ成立をみていない。

2 その具体的な動きとして韓国外交部は、2022年9月28日に日米韓台が参加した「米-東アジア半導体供給網回復力のための作業班」の予備会議がアメリカの在台湾協会主催によってオンラインで開催されたと発表した。