研究レポート

イスラエル新政権とイラン問題

2021-06-30
立山良司(防衛大学校名誉教授)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

核を含むイランの多様な「脅威」

イスラエルで6月13日、ようやく新しい連立政権が誕生した。この結果、リクードのベンヤミン・ネタニヤフ党首は、12年以上守り抜いてきた首相の座を失った。新政権は右派、中道、左派、さらにイスラーム主義のパレスチナ系政党まで、主義や主張が大きく異なる8政党からなっている。新政権はコロナ禍で落ち込んだ経済の立て直しや大規模な軍事衝突後のパレスチナ問題への取り組みなど、多くの課題を抱えている。中でもイラン問題への対応はこれからの中東情勢に大きな影響を与える。

イスラエルは長年、イランを重大な脅威と捉えてきた。特にイスラエルにとってイランが核兵器を保有すれば、まさに実存的脅威となる。それ以外にも、シリアやイラクなど中東各地への関与や弾道ミサイルの開発、テロ活動支援など、イランは多様な脅威を及ぼしているとイスラエルは見なしている。

外部の脅威をことさら強調することで、国内の支持を高めようとしたネタニヤフは、イラン敵視政策を前面に押し出し続けた。米国のオバマ政権が2015年にイランと結んだ核合意「包括的共同行動計画(JCPOA)」に全面反対し、トランプ政権のJCPOAからの一方的離脱と、イランへの「最大限の圧力」政策を歓迎した。またこの間、イランの核施設に対する破壊工作や、イラン人核科学者の暗殺を実行したといわれている。バイデン政権にとって、ネタニヤフ政権のこうした動きは、イランとの交渉環境を悪化させるものであり歓迎できない。バイデン政権は4月中旬、イランのナタンツ核施設で発生した破壊工作に関するイスラエル政府関係者のリークじみた「おしゃべり」を止めるよう要求している1

主張が異なる首相、外相、国防相

では、イスラエルの新政権はイラン問題に関しどのような政策をとるだろうか。新政権のイラン政策の決定を主に担うと考えられるナフタリ・ベネット首相、ヤイール・ラピッド外相、ベニー・ガンツ国防相の3閣僚のこれまでの発言には違いがある。

右派政党「ヤミナ」党首であるベネットはタカ派だけに、ネタニヤフと同様、JCPOAに反対し、トランプの合意離脱を支持した。また「タコと戦う場合、足だけでなく、頭部を攻撃するべきだ」という「オクトパス・ドクトリン」を独自に主張し、イラン国内への攻撃の必要性を説いてきた。首相就任後もこうしたタカ派的な発言をしている。6月18日のイラン大統領選挙の直後、当選した保守強硬派のエブラヒム・ライシ師を「絞首刑執行人」と呼び、世界はこうした指導者を選んだイランの現体制の本質を理解するべきだと警鐘を鳴らした。

これに対し中道政党「イエシュ・アティッド(未来がある)」を率いるラピッドは、トランプの核合意離脱に反対したが、JCPOAを十分なものとは見なしていない。今年3月にワシントンで行われた討論会でも、核活動の制限期間に関するサンセット条項の延長や査察体制の強化に加え、イランによる弾道ミサイル開発やテロ活動への関与なども制限する包括的な合意を結ぶことが「最善の選択肢」だと述べている2

同じく中道政党である「青と白」党首のガンツは、バイデン政権との対話によるイラン問題への対処を重視している。今年6月初めに米国のロイド・オースチン国防長官と会談した際にも、イランによる核兵器保有を確実に阻止するような合意締結を、米国との対話を通じ実現すると発言している。この発言で興味深いことは、ガンツがイランの核兵器保有阻止だけに言及し、ラピッドのような他の問題を含めた包括的合意には触れていないことである。

核問題への2段階アプローチにイスラエルでも支持

バイデン大統領や周辺はこれまでのところ、最終的にイランとの間でどのような合意を目指しているかを明らかにしていない。ただ大統領選挙中、バイデンはJCPOAへまず復帰し、次いでイランの核開発活動の制限を延長・強化する新しい合意を目指すと述べている。その上で、イランの中東地域への関与やテロ支援、弾道ミサイル開発などの問題にも取り組むとの考えを示した3。だがその一方でバイデンは、中東を安定化させる最善の方法は、核問題でイランと合意を結ぶことだとも述べ、核についての合意実現を最優先にする考えを示している4

交渉相手であるイランで8月に新大統領に就任するライシは反米で知られている。ライシ自身はJCPOAを尊重すると述べ、米国との合意達成の可能性を否定していない。その一方で、当選直後の記者会見では、ミサイル問題や中東地域での活動に関する交渉には一切応じないと述べ、包括的合意を結ぶ考えがないことを明確にした。ただ現在のロウハニ政権も包括的合意は受け入れないと主張しており、ライシ発言は目新しいものではない。こうした現実を踏まえイスラエル国内でも、とりあえずJCPOAへの復帰、次いでより長期的で強化した新合意達成という、核問題に関するバイデン政権の2段階アプローチを支持する声が上がっている。例えば元モサド長官と元イスラエル軍副参謀総長は4月に連名で、バイデン政権の取り組みを支持するコメントを『フォーリン・ポリシー』に寄せている5

バイデンがイランとの何らかの合意達成を重視している背景には、米国は過去30年以上にわたり中東に係りすぎ、資源を使いすぎたという考えがある。バイデン政権にとって、中国への対抗や国内問題への取り組みの方が優先事項だ。もしイラン問題に関し、イスラエルやほかの中東諸国がある程度満足するような合意を交渉で達成できれば、バイデンはイラン問題からある意味で解放され、中東離れを加速することができる。

イスラエル・ロビーにも変化

こうした時期に、イスラエルで新政権が誕生した。ベネットはタカ派だが、バイデン政権との対話を重視する姿勢も見せている。政権発足直後の電話会談でバイデンとベネットは、イランを含む中東のすべての安全保障問題について密接に協議することで合意した。またラピッドもガンツも、バイデン政権との対話を通じ、イスラエルにとって有利となる合意達成を目指す構えだ。ただ、イスラエルにとって何が有利かは、主要3閣僚の立場の違いに表れているように、新政権内部に統一見解があるわけではない。

バイデン政権はいずれ、2段階目の合意を目指す米・イラン交渉、つまりイランの核活動への制限強化などに関する交渉に取り組むことになる。しかし、保守強硬派のライシ政権が相手であり、制裁解除の度合いとの兼ね合いを含め交渉の難航は必至だ。ただバイデン政権にとって幸いなことは、イスラエルでは強硬姿勢一辺倒だったネタニヤフが去り、新政権がある程度、柔軟な姿勢を示していることである。このことは米議会やイスラエル・ロビーの動向とも関係している。JCPOA締結前の2014年から2015年にかけてネタニヤフが率いたイスラエルは、「最強のロビー団体」といわれるAIPAC(米国イスラエル公共問題委員会)やさまざまな米国のユダヤ系団体を通じ、JCPOA締結阻止の圧力を米議会にかけ続けた。しかし、ネタニヤフのごり押しは失敗し、AIPACに代表されるイスラエル・ロビーの影響力にも疑問符が付いた。

6年後の現在、発言力を大幅に増したリベラルなイスラエル・ロビー「Jストリート」は、バイデン政権の2段階方式を明確に支持している。他方、かつてワシントンにおけるネタニヤフの「代弁者」として「断固反対」を唱えたAIPACも、これまでのところはっきりとした立場を示していない。共和党のイスラエル支持への一方的な依存、米国ユダヤ社会内の亀裂、民主党支持層に高まっているイスラエル批判など、ネタニヤフの強硬姿勢が米・イスラエル関係にもたらした各種の弊害は大きい。こうした状況の変化が、AIPACに慎重な姿勢を取らせているのだろう。

バイデン政権はイスラエルから一定の柔軟な姿勢を引き出せるだろうか。もし引き出すことに成功すれば、イランとのタフな交渉で、バイデン政権は余計な重荷を背負わないですむ。

(脱稿:2021年6月23日)




1 "US warns Israel to stop 'dangerous, detrimental' chatter on Natanz attack-TV," The Times of Israel, April 16, 2021.

2 "Countdown to Israel's Election: A Conversation with Yair Lapid," The Washington Institute for Near East Policy, May 1, 2021.

3 Joe Biden, "There's a smart way to be tough on Iran," CNN, September 13, 2020.

4 Thomas L. Friedman, "Biden Made Sure 'Trump Is Not Going to Be President for Four More Years'," The New York Times, December 2, 2020.

5 Tamir Pardo and Matan Vilnai, "Israel Should Support Biden's Efforts to Revive the Iran Nuclear Deal," Foreign Policy, April 19, 2021. 筆者2名によると、このコメントは軍や情報機関の元高官300人以上からなる無党派組織「イスラエルの安全のための司令官たち(Commanders for Israel's Security)」の主張を代表しているという。