研究レポート

コロナ禍とトルコ・中国関係:トルコの「変節」は本当か

2021-09-15
柿﨑正樹(テンプル大学ジャパンキャンパス上級准教授)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-6号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

新型コロナウイルス感染が広がる中、ウイグル人を迫害する中国政府に対してこれまで批判の急先鋒であったトルコが態度を変えたと言われている。トルコ政府はコロナ対策の切り札として中国製ワクチンを選び、経済的にも中国依存を深めているからだ。一方で、トルコ当局は国内ウイグル人への取り締まりを強めており、中国との間で署名した犯罪人引き渡し条約がトルコ国会で批准されればウイグル人の中国への送還が始まる懸念も高まっている。こうしたことから、コロナワクチンや経済支援と引き換えに、トルコ政府は従来のウイグル政策を転換したとする見方が広がっている。

しかしながら、トルコと中国の関係をより中長期的な視点で振り返れば、トルコは2000年代初頭からすでに対中接近を模索し、その中でウイグル問題が対中関係を決定的に悪化させることが無いよう注意深く対処してきたことがわかる。

トルコ外交の多元化と対中接近

トルコで2002年11月に成立した公正発展党(AKP)政権は、それまで欧米偏重だった対外政策の修正を図り、中東・アフリカ諸国、ロシア、そして中国などとの関係強化に乗り出した。トルコ外交を多元化していくうえで、AKP政権が当初から中国を重視していたことは、政権発足直後の2003年1月にエルドアン党首が中国をさっそく訪問したことから明らかだ。なお、当時エルドアンはトルコの国是である世俗主義を脅かす詩を朗読したとして有罪判決を受け被選挙権をはく奪されており、中国訪問時はAKP党首でありながらも国会議員ではなかった。彼が政界に復帰し首相となるのは同年3月である。

北京で胡錦涛国家副主席と会談したエルドアン党首は、中国の主権および領土的一体性を擁護すると発言し、さらにあらゆるテロに反対すると表明した。当然ここでの「テロ」には、中国からの分離独立を目指すウイグル人による政治運動も含まれている。両国はすでに2000年2月にテロ対策に関する協力協定に調印しており、AKP政権はそれを引き継いだことになる。中国側は、エルドアン党首が中国政府のウイグル分離主義との戦いに理解を示したと好意的に評価した。

その後、両国間では要人往来が活発化し、政治、安全保障、貿易経済の分野で関係が深化した。2009年にはアブドッラー・ギュル大統領が中国を訪問し、北京に加えて新疆ウイグル自治区ウルムチも訪れた。当然ウルムチ訪問には中国政府側の合意があったはずで、それはトルコ政府の親中政策への見返りだったといえるだろう。ギュル大統領はウルムチの大学で演説し、「新疆ウイグル自治区はトルコと中国の『絆』である」と発言した。

繰り返される中国批判と関係修復

ところがギュル大統領のウルムチ訪問直後に漢民族とウイグル族との間で暴動が発生し、中国当局がこれを鎮圧した。その際に多数の死傷者が出たことからトルコは強く反発した。当時のエルドアン首相は「ジェノサイド(大量虐殺)」と激しく非難し、トルコが国連安保理非常任理事国だったこともあり、ウイグル弾圧を安保理に持ち込む構えを見せた。しかしその直後にトルコ側は治安や対テロ対策に責任を負う内務大臣を中国に派遣し、中国の内政に干渉しないことを確認、関係がさらに悪化するのを防いでいる。そして両政府は2010年、戦略的パートナーシップ協定に署名し、2国間関係を格上げした。また、同年9月には両国空軍が初めて合同軍事演習を実施している。2012年にはエルドアンが中国を公式訪問し、この時にはウルムチにも足を運んだ。

2015年、新疆ウイグル自治区からタイやマレーシアに逃亡したウイグル人に対し、トルコ政府がパスポートを発行して保護する姿勢を示すと中国側が反発、両国関係は再び緊張した。また、中国当局が新疆ウイグル自治区に住むイスラム教徒に対し、ラマダン中の断食を禁止したと報じられると、トルコで反中デモが広がった。しかし同年7月、中国で習近平国家主席と会談したエルドアン大統領は「あらゆるテロ、および中国の主権と領土的一体性を脅かす試みに反対する」と明言し、2009年のときと同じように、ウイグル問題の早期幕引きを図っている。さらにこの頃になると、過激派組織「イスラム国」(IS)に加わるウイグル人の存在が両国の間で問題となっており、トルコは中国との対テロ協力を深めていった。

トルコではその後ウイグル人の政治活動に対する取締りが厳しくなり、多くの活動家が欧州へ移住した。2017年になるとエルドアン大統領は側近のひとりを次期中国大使に任命した。これはトルコで中国大使が政治任命された初めての事例となった。エルドアン大統領が中国側とより強固な関係を構築したいと考えていた証左といえる。

トルコ経済と中国

2018年にトランプ米政権との対立を契機にトルコで通貨危機が発生すると、トルコは中国依存をさらに強めていく。中国はトルコの求めに応じ、国営銀行やアジアインフラ投資銀行を通じてトルコ向け融資を実施した。2020年6月、トルコは中国との通貨スワップ協定に基づき初めて人民元による貿易決済を行なっている。2021年6月には、中国とトルコは新たな通貨スワップ協定に調印し、スワップ上限を60億ドルに拡大させた。一方、トルコ中銀当局は英日など先進主要国に通貨スワップの設定を求めたものの、協議は不調に終わったと報じられている。

外貨建て短期債務や経常赤字を抱え込むトルコは、常に海外から資金を調達しなければならない。しかし対米関係の悪化やトルコの民主化後退懸念により欧米からの投資は減少傾向にある。そこでトルコが頼みとする国が中国だ。「一帯一路」構想にトルコを取り込みたい中国政府との思惑とも一致する。トルコでは中国資本がインフラ、交通、エネルギー、港湾などの分野で着実に存在感を強めている。ただし中国からの投資額は欧米に比較すればまだ少なく、トルコは中国からのさらなる投資を求めている。

AKP政権とウイグル問題

これまで見てきたように、中国依存を強めるAKP政権が、ウイグル問題を慎重に扱ってきたことはコロナ禍以前から明らかだった。中国からトルコに移住したウイグル人は5万人とも言われており、以前から活発な反中キャンペーンを展開してきた。トルコの人々も同じトルコ系でイスラム教徒のウイグル人の境遇に関心を寄せる。中国政府によるウイグル弾圧のニュースが広がれば、トルコ国内でも中国に対する不満は高まり、トルコ政府としても中国当局に注文を付けざるを得ない。

ただし、2009年にエルドアン大統領が中国当局を「ジェノサイド」と批判したのを最後に、トルコ政府はその後約10年間ウイグル問題で中国を公式に批判することはなかった。トルコ政府がウイグル問題で沈黙を破ったのは2019年2月のことである。中国のウイグル政策に国際的な批判が高まる中、トルコ外務省は「ウイグル族に対する(中国政府の)同化政策は人類の大きな恥だ」と非難する声明を発表した。トルコでは翌月に統一地方選挙が予定されており、AKP政権は有権者の関心の高いウイグル問題から目をそらすことはできなかったのだろう。

しかし、エルドアン大統領自身は直接中国を批判せず、同年7月の北京での習近平国家主席との会談では、「ウイグルの人々は、中国の発展繁栄の中で幸せに生活している」と中国のウイグル政策を好意的に評価した。さらに、過激主義に反対しテロ対策での中国との協力を強化するとも述べた。つまり、この会談でもこれまでと同じように、ウイグル問題で中国を非難してはみるものの、その後には中国の立場にも理解を示し関係悪化を食い止めるというパターンが繰り返されたのである。

コロナ禍とトルコ・中国関係

トルコで中国製ワクチンの接種が進む中、トルコの野党は2021年3月、中国政府がウイグル人に対しジェノサイドを行なっていると認定する決議案を国会に提出した。しかし与党AKPは反対、連立相手の民族主義者行動党は棄権にまわり、決議案は否決されている。

さらにエルドアン大統領は7月13日、習近平国家主席との電話会談で「ウイグル人が中国の平等な市民として豊かに、そして平和に暮らせることがトルコにとって重要だ」と述べると同時に、中国の主権と領土的一体性を尊重する姿勢を示した。ウイグル人の中国で置かれた状況が改善されることを願いつつ、トルコ政府は中国に配慮していることがわかるだろう。

新型コロナウイルス感染が拡大する中で、トルコが中国への依存を深めたことは確かである。ただし、コロナ禍を契機にAKP政権のウイグル問題に対する姿勢が変わったわけではない。中国との関係構築を重視するAKP政権は、時には国内向けに中国批判をするものの、実際にはウイグル問題が中国との外交問題にならないよう以前から苦心していたのである。コロナ禍で明らかになったのは、トルコの対ウイグル政策の転換ではなく、表向きはウイグル問題で中国を批判しつつも、本音では中国との関係を優先したいトルコ側のこれまでの姿勢だと言えよう。

(脱稿:2021年9月13日)