研究レポート

習近平のサウジアラビア訪問に見る中国・中東関係の現段階

2022-12-23
八塚正晃(防衛研究所主任研究官)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2022-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

中国の習近平・国家主席は、2022年12月7日から10日までサウジアラビアを公式訪問し、中国サウジアラビア首脳会談、中国GCC(湾岸協力会議)サミット、そして初開催となる中国アラブ連盟サミットなど重要な首脳会談に参加した。習近平の国家主席としての中東地域への公式訪問は、2016年(エジプト、サウジ、イラン)と2018年(UAE)に続いて3回目となる。今回の習近平のサウジアラビア訪問について、中東地域でのプレゼンスを縮小する米国と対照的に中国の中東地域での影響力増大を強調する見方が多く見られる。

たしかに、米中対立は今回の習近平訪問の重要な背景の一つであるが、その視点のみでは中国の中東関与の全体像を見誤るおそれがある。なぜなら、中国と中東地域の関係は、独自の力学を内包し、それが米中対立の動向と相互に作用する側面もあるからである。本稿は、こうした問題意識を念頭に置いて、中国・中東の関係、中国の大国外交、米中戦略的競争の影響という3つの文脈から、今回の習近平のサウジアラビア訪問の意義を検討してみたい。

1. 着実に進展する中国・中東関係

今回の習近平訪問で際立ったことの一つは、中国が中東地域との間で二国間関係だけでなく複数の多国間枠組みを築いてきた事実である。中国は胡錦濤政権期から、中東地域諸国との間で複数の対話枠組みを設置して、多分野における交流を発展させてきた。今回の訪問で開かれた中国アラブ連盟サミットは2004年から始動した中国アラブ国家協力フォーラム、中国GCCサミットは2010年に始まった中国GCC戦略対話の対話枠組みをそれぞれ基礎としている。このうち前者の中国・アラブ連盟サミットは、2020年の第9回中国・アラブ国家協力フォーラム外相会談で開催が合意されて以降、2年越しで開催に至った。また、中国政府は2016年に発表した「中国のアラブ国家政策文件」で包括的な中東地域への関与姿勢を明らかにし、一帯一路に紐づける形で広範な分野における交流を実施してきた。

こうした交流の積み重ねの結果、中国と中東諸国間の協力は既に幅広い分野に亘っている。今回の習近平訪問においても、アラブ連盟との間で8分野(①発展の支持、②食料安全保障、③衛生、④グリーン・イノベーション、⑤エネルギー安全保障、⑥文明対話、⑦青年交流、⑧安全保障・治安)に亘る共同計画を合意し、GCCとも8分野(①エネルギー、②貿易、③投資、④金融、⑤工業、⑥ハイテク、⑦宇宙、⑧衛生)の経済協力を合意しており、既に中東地域において中国の影響力が広範な分野に及びつつあることが見て取れる。なお、サウジアラビアとの間でも副総理をヘッドとするハイレベル分野別共同委員会を2016年に設置し、①政治外交、②一帯一路、③重要投資項目・エネルギー、④貿易・投資、⑤文化、⑥科学技術・観光という広範な分野の関係発展を進めてきた。今回両首脳が署名した包括的戦略協定もこうした継続的な協議がもたらした成果と言える。

これまで中東諸国と対話を深めてきた中国側の動機は主に経済面にあった。中国は、経済成長に不可欠な石油輸入の約半分を中東地域に依存しているために、一帯一路構想に紐づけて貿易・投資関係を強化することで石油の安定供給を図ってきた。また、中国側には、自らの経済的進出が中東諸国へ発展の機会を与えるのみならず地域の安定にもつながるとの理解がある。2016年に習近平がアラブ連盟で「中東の混乱の根源は発展にあり、最終的な出口も発展にある」と述べたことは、かかる認識を端的に示している。近年では経済協力と関連させつつ、デジタル技術を駆使した治安協力も強化してきている。

他方で、中国は、中東域内の民族・宗教・領土・国家間対立をめぐる諸問題において一定の距離を保つことで中東地域の紛争に巻き込まれることを回避してきた側面もある。この過程で、中国と中東諸国は、互いの内政に干渉せず、核心的利益に絡む国家統合や発展の問題についてお互いに認め合う「緩やかな相互支持」とも言うべき関係が形成された。今回の習近平訪問で公表された中国サウジアラビア共同声明中国GCCサミット共同声明、中国アラブ連盟サミットの共同宣言(リヤド宣言)の3つの共同文書でも、内政不干渉と核心的利益の相互尊重の2つは明記して確認されている。

2. 中東で大国外交を試みる中国

今回のサウジアラビア公式訪問は、習近平政権が掲げてきた「中国の特色ある大国外交」を示す機会でもあった。「中国の特色ある大国外交」は、習近平が2014年11月の中央外事工作会議で提起して以降、中国外交の基調となっている。この特徴の一つは、グローバルなイシューについて独自のイニシアティブを提起して大国としての発言力を高めることである。今回のリヤド宣言でも、習近平政権が掲げる「グローバル発展イニシアティブ(GDI)」や「グローバル安全保障イニシアティブ(GSI)」をはじめ、様々な中国側の提案についてアラブ連盟の歓迎が明記されている。

これに加えて、習近平政権は、大国外交の実践として中東地域の「火種となる問題」の解決に取り組む姿勢を見せている。それはパレスチナ問題、イラン核問題、アフガニスタン問題などのように中東地域秩序やグローバル安全保障に影響を与えうる敏感な問題である。こうした問題について、中国政府はこれまで深く関与することを慎重に避けてきたが、近年は独自の提案を表明するとともに、中東諸国の政府当局者や研究者を招いて地域の安全保障問題を討議する多国間協議を開催している。

他方で、中国が大国外交を掲げて中東域内の敏感な問題に立ち入ることは、これまで中国が保ってきた政治的中立性を損なうリスクを孕む。今回公表されたリヤド宣言は、「パレスチナ問題は中東地域の核心的問題」として多くの記述を割くとともに、「イスラエルがパレスチナやアラブ占領地に建設した入植地は違法であり、エルサレムの現状変更を目的としたイスラエルの一方的な行動は無効」としてイスラエル批判とも取れる表現を明記した。イスラエルとの関係も重視してきた中国からすれば踏み込んだ言及である。また、中国GCC共同声明では、イランが実効支配する大トンブ島、小トンブ島、アブー・ムーサ島三島の領有権について、協議を通じた平和解決を進めるUAEの姿勢を支持する旨を明記した。こうした言及は、同三島に係るUAEの主張を無視するイランから中国への失望を招いたとも報道される。

むろん、こうした文言の明記は、アラブ諸国やGCC諸国側が域内で抱える問題で優位に立つために中国へ働きかけた結果であろう。中国は依然として中東地域で中立性を維持して全方位的に関係を発展させていくことを目指すものの、自らの大国外交を実践する中で中東各国の主張により注意を向けざるを得なくなっている。

3. グローバルな米中対立と中国の中東外交

米中対立の先鋭化は、中国にとっての中東外交の意味合いを変化させつつある。中国は自らの発展に自信を深め、欧米型の自由民主主義とは異なる独自の発展モデルを強調するようになっている。今回のリヤド宣言においても、「各国人民が自らの国情に合った民主的発展の道と社会・政治制度を自主的に選択することを尊重」し、「民主主義の維持を口実にした他国への内政干渉に反対する」と強調し、欧米による途上国の政治制度への介入を批判した。

これに加えて、とりわけ米国がウイグル、香港、台湾、海洋の諸問題への批判を強める中で、中東地域は中国にとって国際社会で自らの立場が広範な支持を獲得していることを示す良い票田となっている。例えば、2016 年7月に国際常設仲裁裁判所による仲裁判断の際、中国の立場を支持した31カ国のうち、22カ国はアラブ連盟に加盟する国家が占めた。これは直前の同年5月に開催された中国アラブ国家協力フォーラム外相会議での王毅外相による積極的な働きかけの成果でもあろう。また、近年毎年のように繰り返されている中国のウイグル人権問題に対する国連人権委員会での中国擁護/批判声明の発表の場において、中国擁護の声明に署名する国家のうち(45〜69カ国)、10カ国ほどの中東諸国は継続して中国の立場を支持する声明に署名している。

今回のリヤド宣言でも、台湾問題について「アラブ国家は一つの中国原則を揺るがず堅持し、中国が主権と領土の一体性を守ることを支持し、台湾が中国の不可分の領土の一部であることを改めて表明し、いかなる形式の"台湾の独立"にも反対する」と明記する。これに先立つ2022 年9月にもアラブ連盟外相理事会は中国・アラブ関係に関する決議の中で「一つの中国原則」への支持を表明しており、ペロシ訪台を受けて中国がアラブ連盟に対して外交的な働きかけをしていたことを窺わせる。

中国側からすれば、中東諸国から核心的利益についての支持を得ておくことは、現在グローバルに展開する米中対立において、優位な国際世論をつくるのみならず、有事の際に欧米諸国主導の経済制裁や国連を通じた批判に中東諸国が加わることを回避できることが期待されていよう。これはロシアのウクライナ侵攻を経た教訓の一つでもあろう。中国は、ロシアと一定の距離を維持しながらも、発展途上国に積極的に働きかけて、ロシアへの経済制裁、ウクライナへの武器支援、国連でのロシア排除を主導する欧米諸国の動きが国際社会のコンセンサスとなることを防いできた。

他方で、中東諸国側からすれば、米中対立で先鋭化する問題で中国寄りの姿勢を示すことは、米国や欧米からの反発を招くとともに米中対立の波に巻き込まれることを意味する。中東諸国は、この見返りとして中東域内で抱える対立で優位に立つために中国により積極的な関与や支援を求めるかもしれない。そうであるならば、従来まで中国と中東諸国が保ってきた「緩やかな相互支持」は、中東域内情勢と米中対立の双方を受けて、より強いコミットメントを求める関係へと変化していく可能性がある。

4. おわりに

以上で見てきたように、今回の習近平のサウジアラビア訪問は、着々と発展してきた中国・中東地域関係の成果を示すとともにそれが抱えるリスクも示唆する。そのリスクとは、大国化した中国が発展と混沌を内包する中東地域との関係を深めることによって生ずる副産物でもある。中国は大国外交を掲げて中東地域の抱える宗派・民族・主権・国家間対立の諸問題へ参画する積極的な姿勢を示す。だが、同地域における米国の影響力の衰退に伴って中東諸国が自律性を高めていくなかで、中国も域内各国の主張に注意を払わなければならない局面が増えている。こうした中で、「火種となる問題」に対して中国が対応を誤ることで、かえって中東地域の不安定化を助長させてしまうリスクがある。

また、中国・中東関係の動向は、米中対立の激化も相まってグローバルな意味合いを強めている。中国は今後も、欧米から提起される批判を念頭に、台湾問題、人権問題、海洋権益問題などに対する支持を獲得する対象として、中東諸国を含む発展途上国への働きかけを強めていくであろう。むろん、中東地域において中国の言説が浸透することは、中国との間で台湾問題や海洋権益問題で見解の相違を抱える日本にとって無関係ではない。そうであるならば、日本外交の課題としても中国・中東関係の動向を注視していく必要があろう。