研究レポート

混乱が続くイスラエル内政―ネタニヤフ新政権に高まる反発

2023-01-24
立山良司(防衛大学校名誉教授)
  • twitter
  • Facebook

「中東・アフリカ」研究会 FY2022-04号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

イスラエルでは3年半で5回目の総選挙を経て、2022年12月末に第6次ベンヤミン・ネタニヤフ政権が発足した。しかし、内政の混乱は収まりそうにない。極右政党が大きな発言力を持つ新政権は、司法改革や占領地問題で極端な政策を推し進めようとしている。これに対し法曹界や軍内部を含め広範な批判や反対が起きている。極右勢力台頭の背景には、パレスチナ問題解決の可能性がまったく見えない中で、イスラエル支配地域で二民族が対立を続ける「一国家二民族」という現実がある。新政権の政策はパレスチナ情勢に重大な悪影響を及ぼすとともに、イスラエルの民主主義を劣化させる危険をはらんでいる。

極右政党が発言力を強める新政権

2022年11月1日に行われた総選挙で最も注目された点は、宗教シオニズムを掲げる極右政党の連合「宗教シオニズム/ユダヤの力」が、前回選挙(2021年3月)より議席を倍以上に増やしたことだった。宗教シオニズムはユダヤ人による「約束の地(イスラエルの地)」に対する支配の強化がメシアの到来を早めるという宗教解釈に立脚したシオニズムの一形態であり、政治的にはヨルダン川西岸の併合や入植活動の推進、さらに国内政治でもユダヤ人の権利拡大などを主張している。

極右政党が躍進した結果、従来からネタニヤフを支持してきた勢力の合計議席数は64と過半数(61)を超え、同年12月29日にネタニヤフ政権が発足した。連立にはネタニヤフが率いるリクード(32、以下カッコ内は議席数)に加え、選挙後に連合を解消した極右の「宗教シオニズム」(7)、「ユダヤの力」(6)、ノアム(1)の3党、およびユダヤ教超正統派を支持基盤とするシャス(11)、統一トーラー(7)の6党が参加している。自らの首相返り咲きを最優先したネタニヤフは、連立交渉の過程で各党の要求を次々に受け入れた。このため新政権は発足直後から、極右政党などが主張している極端な政策の実行に乗り出している。

司法制度改革と極右政党2党首の閣僚就任

中でも司法制度改革や占領行政の変更、さらにエルサレムの聖域に関係する政策はあまりにも多くの問題をはらんでおり、強い批判を浴びている。

司法制度に関し連立6党は従来から、最高裁の判断を含む現在の司法のあり方をリベラルで世俗的過ぎると批判し、改革を主張してきた。新政権はこうした主張実現のため、発足直後に司法制度改革案を国会に提出した。改革案の中でも最も問題となっているのが、国会が過半数で最高裁の決定を覆すことができる「オーバーライド条項」である。三権分立を弱体化させる条項であり、現職の最高裁長官や政府の法解釈を代表する法務長官ら法曹界トップはこぞって反対を表明している。法曹界が政府の政策をこれほど公然と批判することは異例の事態といえる。さらに1月初めから週末になると、テルアビブなど各地で大規模な反対集会やデモが行われている。

もう一つの大きな問題は極右政党の2党首が占領地や警察行政に係る閣僚ポストを手にし、彼らの主張を政策として実現しようとしていることである。「宗教シオニズム」のベツァレル・スモトリッチ党首は財務相ポストと兼務で、国防相とは別に国防省内に新設された「第2国防相」1というポストに就任した。この結果、従来は国防相が一括して掌握してきたヨルダン川西岸の占領行政に関する権限のうち、入植地関係など民生事項をスモトリッチが担うことになった。しかし役割分担は必ずしも明確ではなく、軍部からも国防省/軍の指揮命令系統の混乱や軍事占領変質の危険が指摘されている。実際、1月20日には、「違法」とされた入植地2の撤去命令をスモトリッチが停止しようとしたが、ヨアブ・ギャラント国防相(リクード)は軍に命令を実行させ、両閣僚の間で早くも対立が生じている。

もう一つの極右政党「ユダヤの力」のイタマール・ベングビール党首は新設の国家安全保障相に就任した。このポストは警察行政に関し従来の公共治安相よりも強い権限を持つほか、これまで国防相の指揮下にあった西岸の警察業務も所掌する。ベングビールは就任からわずか5日後の1月3日、エルサレム旧市街地内の聖域「神殿の丘/ハラム・シャリフ」に入場した。1967年のイスラエル占領以来、ユダヤ人の聖域への入場は認められているが、祈祷は禁じられており、それが「現状」として維持されてきた。しかしベングビールは以前から、ユダヤ人の祈祷の権利など「現状」変更を主張してきた。治安担当閣僚であるベングビールの聖域入場に対し、パレスチナ自治政府をはじめ、ヨルダン、エジプト、サウジアラビアなどアラブ各国は「現状変更」と強く批判した。またアラブ首長国連邦(UAE)と中国の要請で国連安保理の緊急会合が開かれ、議長国の日本や米国などほとんどの国が強い懸念を表明した。

最高裁がシャス党首の閣僚就任を「不適格」と判断

ネタニヤフ政権の先行きをいっそう不透明にしている問題は、シャスのアリエ・デリ党首が内相と保健相の二つのポストに就任したことである3。デリは2022年1月、脱税の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた。イスラエルでは刑期中の人物が閣僚に就任することは禁じられているが、執行猶予中に関しては明確な規定はない。シャスを連立に取り込むためネタニヤフ支持勢力は政権発足直前、執行猶予中の人物の閣僚就任を可能とする法改正を行い、デリの閣僚就任の道を開いた。しかしこの閣僚人事を不当とする訴えが起こされ、最高裁は1月18日、デリの閣僚就任を「不適格」とする判断を下した。

最高裁の判断を受け、ネタニヤフは22日の閣議でデリを内相と保険相ポストから解任すると発表した。発表にあたりネタニヤフは最高裁の判断を、選挙で示された「国民の意思」を無視していると批判した4。ただデリは最高裁判断には含まれていない副首相ポストは保持し、さらにシャス党首を続けるため、ベテラン政治家としての影響力は依然として大きい。今後、ネタニヤフは後任人事やシャスとの関係を含め、連立政権の維持にいっそう腐心しなければならない。加えてネタニヤフの最高裁批判に表れているように、デリ問題は司法に対する連立政権の不信感を象徴的に示している。今後、司法制度改革への取り組みが本格化する中で、政治と司法との関係がより大きな議論や対立を引き起こすことは確実である。

「二民族一国家」の固定化とイスラエル民主主義の劣化

イスラエルでは2018年末の国会解散以来、総選挙を行っても安定政権が樹立されない状態が続いてきた。比例代表制という選挙制度に加え、さまざまな社会的亀裂によって小党化に拍車がかかり、内政を不安定にしている。加えて各政党がネタニヤフの首相続投・再任を支持するか否かで二グループに分かれ、対立を続けてきたことも不安定さを助長してきた。

こうした政治的混乱の中で、イスラエルのユダヤ人社会では右傾化がいっそう進んでいる。特に2022年選挙では極右政党が支持を拡大し、左派や中道左派は大きく後退した。背景として二つの要因が指摘できる。第1は2021年5月のガザ地区との大規模軍事衝突の際に、イスラエル国内でユダヤ系とパレスチナ系国民の衝突が多発したように、両民族の緊張や対立が高まっていることである。第2は第1の要因と関連し、2022年1年を通じて西岸の治安情勢が悪化した結果、ユダヤ系有権者の間でパレスチナ人への懸念や憎悪がいっそう増大したことである。現にイスラエル社会を構成する集団間の摩擦の高低を問うた2021年の意識調査では、ユダヤ人/アラブ人間の摩擦が「最高」との回答が46%と最も多く、2020年の28%を大きく上回っていた5

30年前の1993年に調印されたオスロ合意以来、中東和平プロセスが追求してきた二国家解決案は、パレスチナ側からみれば自らの独立国家を樹立する試みであり、イスラエル側からみればパレスチナ問題との関係を断つことだった。しかし、和平プロセスが事実上失敗した結果、占領地を含むイスラエルの支配地域でユダヤ人とパレスチナ人が対立を続ける「二民族一国家」という現実が固定化し、イスラエルの政治状況と占領地情勢を含むパレスチナ社会の動向は、ますます密接に関係するようになっている。西岸の事実上の併合をさらに推し進める新政権の政策は、二民族間の対立をいっそう煽り、その反動としてイスラエルの民主主義を劣化させる方向に作用するに違いない。

(2023年1月23日脱稿)




1 ヘブライ語の正式名称を字句通り訳せば「国防省内追加大臣」で、英語ではAdditional minister in the Ministry of Defenseと称されている。

2 入植地建設は一般に国際法違法とされているが、イスラエルは政府の許可なしに建設された入植地のみを「違法」としている。

3 連立合意によれば政権任期前半の2年間、デリは内相と保険相を兼務するが、後半2年はスモトリッチの財務相ポストと交換することになっていた。

4 Carrie Keller-Lynn, "Netanyahu fires Deri 'with a heavy heart' after High Court nixes convicted minister," The Times of Israel, January 22, 2023.

5 Tamar Hermann, et al., The Israeli Democracy Index 2021, The Israeli Democracy Institute, 2021, p.99.