研究レポート

日本に対する北朝鮮の核・ミサイルリスク
―"ゲーム・チェンジャー"リスクを踏まえた抑止の課題―

2024-01-09
阿久津博康(前平成国際大学教授)
  • twitter
  • Facebook

「北朝鮮核・ミサイルリスク」研究会 FY2023-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに―日朝間の非対称な脅威認識及び日本の防衛政策の認識・能力間ギャップ―

2022年12月に策定された新たな国家安全保障戦略において、我が国は北朝鮮を「従前より差し迫った脅威」と表現するとともに、抑止力向上のため2027年を目途に反撃能力の獲得を目指すとした。これに対し、北朝鮮が2022年9月に更新した核ドクトリン(「朝鮮民主主義人民共和国核戦力政策に関する最高人民会議の法令」)では、「差し迫った」との脅威認識は、核使用条件の一部となっている。「差し迫った」脅威に対して、一方はこれから適切な対応能力の獲得を目指し、他方は既に保有している可能性がある核戦力で対応する方針である。何という脅威認識の非対称であろうか。

勿論、我が国も反撃能力獲得までの間、能力の空白を埋めるべく努力している。しかし、その努力の速度よりも速く北朝鮮は「国防科学発展及び武器体系開発5か年計画」(以下、「国防技術5か年計画」)を推進している。我が国が比較的早い段階で見込んでいた米国からのトマホーク(新旧型計400基)の導入が正式に決まったのは、つい11月のことである。即ち、我が国の北朝鮮に対する防衛政策には、先に指摘したような認識上の非対称性の他、脅威認識と能力との間のギャップという重大なリスク要因がある。2023年12月初めまでに生じた事象を踏まえれば、北朝鮮の核・ミサイル開発がもたらすリスクはさらに多様化するとともに、深刻なものとなろう。

1. 北朝鮮のミサイルリスクの増大

核開発については、北朝鮮は12月初旬の段階では7回目の核実験を実施してはいないが、核兵器小型化の必要性から今後実施される可能性は考えられる。但し、ロシアから何らかのデータ提供や技術移転があれば、実験は必ずしも必要とはならないかもしれない。また、北朝鮮は核兵器増産も目指している。韓国は2023年2月に発刊した『2022 国防白書』において、北朝鮮の兵器級プルトニウム保有量推計値を以前の50kgという評価から70kgへと更新した。

我が国にとっては、北朝鮮の小型化された核兵器、特に低出力核兵器(いわゆる戦術核)は脅威であるが、より「差し迫った」脅威は、北朝鮮のミサイル脅威である。我が国は北朝鮮のミサイル脅威について、主に次のような認識を示している。

  • 実戦的なミサイル運用能力を向上(複数同時発射、極めて短い間隔での連続発射、特定目標への異なる地点からの発射)

  • 発射の秘匿性・即時性向上(様々なプラットフォームからの発射(任意の地点からの発射・隠蔽が可能))

  • 固体燃料化(液体に比べ、保管や取扱い等が容易)

  • BMD突破能力の向上(低空を変則的な軌道、低空を変則的な軌道で飛翔可能な弾道ミサイルの開発)

  • 「極超音速滑空飛行弾頭」の開発(迎撃を困難にし、ミサイル防衛突破を企図)

  • 「火星15」の射程14,000km以上(平壌から発射)の場合、米国本土が射程内に(開発を進展させた場合、米国に対する抑止力を確保したと一方的に認識し、軍事的挑発の増加・重大化につながる可能性)

特に北朝鮮の実戦的なミサイル運用能力ついて、我が国は北朝鮮が飽和攻撃を企図している可能性があると見ている。

2023年12月初旬現在までの北朝鮮のミサイル発射を振り返ると、北朝鮮は1月から9月まで毎月ミサイルを発射したが、弾道ミサイルのみならず、「ファサル」1型及び2型等の巡航ミサイルを5回程に亘り15~16発発射した。北朝鮮による飽和攻撃の可能性は、それ自体既に我が国の安全保障にとっては"ゲーム・チェンジャー"ともいうべき効果を及ぼすリスクがある。この場合の"ゲーム・チェンジャー"とは、ある技術や事象そのものが一方的にこれまでの状況を一変させるという意味の他、その技術や事象から影響を受ける側に内在する従来からの様々な脆弱性又は不利な状況がさらに脆弱になり、不利になるという意味も含まれる。北朝鮮による着実なるミサイルの多様化は、日本の安全保障の不利な状況を一層悪化さる、潜在的"ゲーム・チェンジャー"といえる。

さらに、我が国が直面するミサイル脅威は、北朝鮮によるものだけではない。2022年8月には、中国が台湾に圧力をかけるために実施した軍事演習の最中、中国が発射した9発の弾道ミサイルのうち5発が我が国の排他的経済水域内に着弾した。北朝鮮による飽和攻撃に加え、中国による飽和攻撃も最早想定外として排除すべきではない。特に複合事態の観点からすれば、両者が連動するリスクに備えることは、当然の、しかしながら極めて厳しい課題となる。

2. 朝露関係がもたらす"ゲーム・チェンジャー"リスク

北朝鮮は11月21日、2回の失敗を経て北朝鮮初の偵察衛星「万里鏡―1」号打ち上げに成功した。9月の金正恩訪露及び朝露貿易・経済・科学技術協力活性化を踏まえれば、北朝鮮の核・ミサイル開発の継続は、今後日本の安全保障にとってさらなる"ゲーム・チェンジャーとなる可能性がある。勿論、「万里鏡―1」号の性能については依然不明である。北朝鮮は同偵察衛星により「米国本土カリフォルニア州のサン・ディエゴ海軍基地」及び「日本沖縄県の嘉手納空軍基地」の撮影に成功した旨報じているが、この1基のみで我が国に即脅威となるような標的化を北朝鮮が行えるようになることはないであろう。しかし、今後こうした偵察衛星が最低でも4基打ち上げられ、搭載しているカメラの解像度が低いものであったとしても、我が国の重要施設がミサイルの標的となる場合も考えられる。金正恩が「多様な偵察衛星をより多く打ち上げて軌道に配備し、統合的に、実用的に運用して共和国武力の敵に関する価値あるリアルタイム情報を豊かに提供して対応態勢を一層高めるようにすべき」としている以上、ミサイル脅威を含む北朝鮮の脅威の増大は時間の問題といえよう。さらに、ロシアによる技術支援が加われば、その"ゲーム・チェンジャー"効果は級数的に増大することになると考えられる。

3. 原子力潜水艦技術の"ゲーム・チェンジャー"リスク

2023年9月の金正恩の訪露以前より、朝露間の戦略的な相互協力は始まっていた。そもそも北朝鮮の軍事技術は旧ソ連のそれを基にしており、2021年9月に披露された鉄道発射型ミサイルの技術にしても、ロシアのそれを模造した可能性が高い。9月の合意後、北朝鮮はロシアに対し、短距離弾道ミサイル、地対空ミサイル、152ミリ砲弾100発以上、122ミリ砲弾20万発以上、他携帯式対戦車・対空ミサイル、迫撃砲、機関銃等を供与したと報じられている。他方、ロシアは見返りとして北朝鮮に対し、食糧、原油、米欧製兵器、航空機製造訓練、宇宙関連技術、核関連技術等を供与したと報じられている。

9月合意後に北朝鮮が偵察衛星打ち上げ成功に至ったことは、当然、原子力潜水艦技術に関する我が国の脅威リスク評価も更新を余儀なくされることになる。9月合意と衛星打ち上げロケット「千里馬―1」型・偵察衛星「万里鏡―1」型との直接の技術的関連は定かではないが、北朝鮮は2021年1月の段階で新型原子力潜水艦の設計・研究が終了し最終審査段階に到達しているとしているので、これにロシアが技術的に有効な協力を行えば、北朝鮮の原子力潜水艦技術の獲得は「国防技術5か年計画」の想定より早期に実現することになろう。

4. 7回目の核実験と核兵器小型化のリスク

北朝鮮の核開発または個々の核実験の費用を推定するのは困難であるが、一部報道では、例えば韓国国防研究院(KIDA)の試算(2022年9月)によれば、1970年代から2022年までの間、北朝鮮は核開発に総額11億~16億ドル(約1590億~2300億円)を投入したとされている。さらに、7回目の推定費用は最大で1.6億ドル(約230億円)であり、今後3~4回核実験の可能であるとも報じられている。北朝鮮がその間に核兵器の小型化に成功すれば、我が国にとっては新たなる「従前より一層差し迫った脅威」となることは必至であろう。

これらリスクの他、暗号資産集積による核・ミサイル開発継続のリスクもある。経済・金融制裁により開発原資の縮減は期待できるが、ロシアが隠れ蓑となり、進度は減速するも開発が継続するリスクは残存する。

朝露間の9月合意は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の継続及びそこから生じるロシアの北朝鮮からの支援に対する需要増大という要因により成立したものである。同合意が有効である限り、北朝鮮の核・ミサイル能力が著しく向上し、我が国にとって新たな「従前より一層差し迫った脅威」をもたらすリスクは存在し続け、増大さえするであろう。

おわりに

冒頭で述べたように、我が国の北朝鮮の核・ミサイル開発に対する脅威認識と対応能力の間には顕著なギャップがある。我が国はそのギャップを埋めるべく努力をするも、その速度よりも北朝鮮の能力向上の速度の方は明らかに速い。新たな国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画の策定から早くも1年が経つ。本稿で論じた朝露関係の新展開を含む"ゲーム・チェンジャー"効果を想定すれば、同文書が目指している「反撃能力」獲得等による抑止力向上の青写真は、程度の差こそあれ、既に再検討を要する部分もあるかもしれない。少なくとも、計画の前倒しは必須といえよう。

勿論、我が国単独で行えることは限定的である。対米同盟協力及び日米韓3か国安全保障協力の強化に加え、対日安全保障協力を一層重視している現政権下の韓国との実効的かつより長期の2国間協力も課題であろう。例えば、2012年に頓挫した日韓間の物品役務相互提供協定(ACSA)の締結は、日韓・日米韓協力を通じた北朝鮮への抑止力向上に資するであろう。

我が国政府の努力の従前より一層の加速化を望む。

(2024年1月5日校了)




主な参考資料・文献

  • US DoD, 55th Security Consultative Meeting Joint Communique, November 13, 2023

  • US DoD, Defense Vision of the U.S.-ROK Alliance, November 13, 2023

  • 防衛省「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」(2023年8月)

  • 阿久津博康「日本への核攻撃の可能性を考える―「核の三正面」時代のシミュレーションの観点より」『安全保障研究』、第5巻第2号、2023年6月、1~18頁

  • 防衛省「防衛技術指針2023」(2023年6月)

  • 防衛省防衛研究所『東アジア戦略概観2022』(2022年4月 第4章)

  • 대한민국 국방부『2022 국방 백서』(2023년 2월)

  • Associated Press, "Explainer: How impoverished N. Korea finances testing spree," November 4, 2022

  • 読売新聞「北朝鮮、これまでの核開発に最大2300億円投入...韓国側「今後3~4回核実験の可能性」(2022年9月22日)

  • 조선중앙통신「최고인민회의 법령 《조선민주주의인민공화국 핵무력정책에 대하여》」(2022년 9월 9일)

  • 防衛省「国家防衛戦略について」(2022年12月)