研究レポート

最近の中国経済情勢
アフター・コロナの中国経済と米中関係の行方

2020-11-06
津上俊哉(日本国際問題研究所 客員研究員)
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「『新時代』中国の動勢と国際秩序の変容」研究会 第2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

中国経済は新型コロナウイルス禍のせいで、2020年第1四半期に前年同月比-6.8%という、かつてない落ち込みを記録した。今後世界に先駆けて回復が見込めるとしても、通年成長率の仕上がりは1~2%だろう。

中国は経済回復を図るため、2020年前半に大がかりな金融緩和を実施するとともに、財政赤字を辞さずに積極財政を講じるとしている。ただ、積極的な財政出動と言っても、現実には過去10年の過剰投資が祟って深刻な財政難に直面している地方財政の穴埋めにかなりの額が費やされている。

「短期楽観」でも長期は悲観要素の多い中国経済

より大きな問題は、過去10 年、あまりにも借金による投資に頼りすぎたツケが表面化しつつあることだ。固定資産投資額の合計は2009~2019年まで11年間で501兆元(≒8,000兆円)。その財源は大半が有利子負債なのに、投資のしすぎで投資効率が10年前の半分以下に落ちてしまった。その結果、前の借金が消えないのに新しい借金が積み上がり、債務残高/GDP比は、この10年で100%上昇、いまや260%に達している。

中国では、自力で借金が返せない潜在的不良債務者も、政府が隠れた保証を提供してくれるので、借換ができる。膨大な不効率投資が行われたのに、バブルが崩壊しないのは、この「隠れた政府保証」慣行のおかげだが、このシステムも次第に綻びが見え始めている。

昨今の中国経済は幾つかの点で、日本経済が犯した過ちを踏襲しているように見える。第一は財政頼みの経済成長だ。日本のように、海外から金を借りなくても国債が消化できる資本輸出国は、中央財政に無理な借金を重ねさせても簡単に破綻しない。中国もそんな日本の後を追っているが、やればやるほど未来が暗くなる。

もう一点は、一人っ子政策を軌道修正しても、もはや手遅れで出生が増えない少子高齢化問題だ。あと10年もすれば労働人口が急速に減少して経済成長の足枷になる時代が来る。また、今後経済成長率が下がれば年金債務(対GDP比率)が急激に重荷になる時代が来る。

暗い話が続いたが、中国経済には明るい話もある。代表例は、デジタル、AI、ビッグデータ、EV(電気自動車)など、IT を利用した民営企業中心のニューエコノミーだ。特にスマートフォンは、決済やシェアリング経済、スコアリングなどの機能を結合させたため、消費者のスマホ利用が世界一進んでいる。後れていた科学技術にも力を入れた結果、いまや世界的水準に達した。

民営企業が主体のこのニューエコノミーを育てると同時に、政府や国有企業が中心で、既に傷んでいるオールドエコノミーを果敢にリストラしていけば、中国経済は経済成長を維持していくことが可能だ。ただ、処方箋は簡単に描けるが、いま官に集中している富を民間に分け与えるといった改革をする必要があり、それが中国共産党の既得権を直撃するので、実行に移すのは難しいだろう。

「中国台頭」の幻想に囚われて過剰反応する米国

以上のように、中国経済は明るい側面もある一方、中長期的には重すぎるほどの難題を幾つも抱えているため、このまま順調に成長を続けて、総合国力で米国を抜き去る未来は描きにくい。そのことに思いを致すと、目下の米国は中国を恐れすぎ、過剰反応する挙げ句、かえって自らや同盟国の利益を損なう悪手を連発している憾みがあるのではないか。

その最たる例がいわゆる「ハイテク冷戦」政策だ。その様を見ていると、米国は「世界のネットワークを牛耳らせまい」と、ファーウェイ社を抹殺したい衝動に駆られているようにさえ見えるが、極端な禁輸政策の連発は、かえって裏目に出る恐れが強い。

第一は、中国に「外敵には徹底抗戦する」という伝統のスイッチを入れさせてしまったことだ。政府も消費者も「ファーウェイ頑張れ」とばかり支えるので、同社を殺すことはできない。

第二に、極端な政策で西側半導体産業も大きな打撃を被っており、米半導体業界は懸命に規制緩和を働きかけている。日本の部品産業も同じ憂き目に遭っている。

第三に、中国を猛然たる「半導体国産化」に向かわせたのも罪深い。いまや政府は「準戦時体制」と言わんばかりの力の入れ方で業界を助成しており、今後の国際半導体需給が攪乱されるのは避けられない。

米国対中タカ派は、「中国は技術を盗むだけだから、技術盗窃の途を塞げば、発展は止まるか減速するはず。ゆえに短期的には経済損失を甘受してでも、米国の長期的な優位を保つためにハイテク冷戦政策が必要だ」という思い込みに囚われているように見える。

しかし、近年の中国IT技術は、とくにモバイルインターネットの領域で、ウィチャットのようなスーパーアプリと、その上で動き、簡単に作れるミニプログラムが何百万件も生まれていることに表れるように、独自の発展を遂げ始めた。コロナ禍で突如出現した感染追跡アプリの威力は、そのことを思い知らせた。

今後の科学技術の天王山とも言われるAIも、全てがネットに繫がるIoTも、少数の天才よりもハングリーな実務的エンジニアを膨大な数擁する中国に有利な「実装」中心の時代を迎えたとも言われる。中国の理工系大学生は米国の4倍いる。大学院レベルでは差は2倍以下に縮まるが、米国の理工系大学院生の半数は中国を筆頭とする外国籍であることを考えると、米国が「技術流出」を恐れるあまり、留学生を制限しようとするのは悪手でしかないと思える。

ハイテク冷戦の激化により、「21世紀のデータ経済は米中2陣営にブロック化する」という言説が流行している。しかし、すでにG20に参加しているブラジルなどの新興国や、アフリカなどの第三世界は、コストが安いファーウェイ社を歓迎している。「南(第三世界)」のITはアリババ、テンセント、ファーウェイらにより「中国化」が進行中でもある。「データ経済ブロック化」は、中国を包囲して封じ込めるという、米国が考えているような姿ではなく、逆に米国と少数の同盟国が孤立化する姿になるのではないかと思う。

米中両国は振り子のように揺れ動く国

米中の緊張した関係は短期間では変わりそうもない。しかし、米国は振り子のようにブレては戻す振幅の激しい国だ。いまの対中強硬策には超党派の支持があると言われるが、満場一致で支持されている訳ではない。「ハイテク冷戦のような極端な政策は、自国にとってかえって損だ」と悟ればコロッと変わる可能性もある。

実は中国も大きな振り子のような国だ。財政が苦しいと市場経済志向になって西側に親和的になり振り子は右に振れる。90年代がそうだった。財政が豊かになると社会主義、国粋主義に走って左に振れる。WTO(世界貿易機関)に加盟後、外資系企業が中国に進出し、高度成長が続いて財政が急伸した2000年代以降がそうだった。そして2008年のリーマン・ショック、2016年のブレグジットとトランプ大統領の当選をみて、中国は「西側の衰退」を確信して振り子がさらに左に振れた。

しかし、先述したように2020年代に再び財政窮乏時代がやってくる可能性は極めて高い。そうなると、国家資本主義的なやり方を反省したり、米中対立を経て西側価値観を全否定するのも誤りだと悟って、中国振り子がまた右に振れる可能性もある。

このように、米中両国はともに振り子のように揺れ動く国なので、その動静は常に見張っておく必要がある。日本では「米中冷戦は20年以上続く」という言説が流行しているが、戦後の日米関係を振り返っても、そうした思い込みが一番危険なのだ。

「Gゼロ」の難局をどう切り抜けるべきか

ただ、当分の間は米中対立の中で、リーダー不在の「Gゼロ」時代に突入することが避けられない。第2次世界大戦後の世界では、米国が世界秩序を支えてきたが、トランプ大統領が就任して以来、自国第一主義を掲げて世界秩序の担い手を放棄し、G7は重要性を失い、G20は機能していない。2020年新型コロナウイルスのパンデミックに対して、米国もWHOという国際機関も何らリーダーシップを取れず、世界中がてんでばらばらの対策しか取れなかったことは、怖ろしい「Gゼロ」時代が始まったことを告げるものだった。

こうした時代、米中対立の狭間に立たされる日本は「安保は日米基軸、経済は中国重視」といった二股戦術が通用する余地は狭まっていく、窮地に立たされる恐れがある。

対立の狭間に立たされても、「自由」「人権」「自由貿易体制」という軸をしっかり持つことが大切だ。米中両国を除く世界の殆どの国は、米中対立を見て困り果てている。そういう時代であるからこそ、ミドルパワー国である我が国は残る世界に向かって「みんなでプリンシプルの筏にしっかり掴まろう」と呼びかける役割を果たすべきだ。