研究レポート

リビア紛争の展開と地中海東部、紅海沿岸情勢との連動

2020-11-16
小林 周(一般財団法人 日本エネルギー経済研究所中東研究センター 主任研究員)
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「中東・アフリカ」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

リビア紛争の展開:停戦合意の行方

リビアでは2011年の内戦とカダフィ政権の崩壊以降、国家再建が進まず、政治・治安の混乱が続いてきた。2016年1月に国連の主導で「国民合意政府(GNA)」が設立されたものの、政府機能は脆弱であり、首都トリポリの周辺しか統治できていない。さらに、元軍人のハリーファ・ハフタルが率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA)」がリビア東部を実効支配して国家統一を妨げてきた。

また、脆弱なリビアに対しては様々な国が独自の思惑から介入を行っている。UAE、エジプト、サウジアラビアなどは、北アフリカにおけるムスリム同胞団の台頭を警戒し、イスラーム主義勢力と対立するLNAを支援してきた。これに対して、トルコやカタルは北アフリカにおける影響力拡大やムスリム同胞団支援を目的として、同胞団と協力関係にあるGNAを支援してきた。近年はロシアも、シリアに次ぐ地中海進出の足掛かりを確保する狙いからLNAへの軍事支援を強め、プーチン政権に近い民間軍事会社Wagnerを投入している。他方で、イタリアはGNAを、フランスはLNAを支援するなど、欧米の足並みはそろわず、リビアの混乱を助長している1

2019年4月、LNAがリビア全土の支配を狙ってトリポリに侵攻し、GNA勢力(GNA傘下の国軍や民兵組織の混成勢力)との間に大規模な戦闘が発生した。LNAはUAEやロシアから支援を受けながらトリポリ侵攻を続けていたが、2019年末からトルコがGNAへの軍事支援を強化し、ドローンや地対空ミサイルに加えて合計1万5千人を超えるシリア人戦闘員を投入したことで、GNA勢力が LNAを押し返すことが可能になった。2020年6月4日、GNA勢力はトリポリ全域を制圧し、LNAはリビア東部に撤退した2

その後も緊張状態は継続していたものの、8月にはGNAと東部政府「代表議会」が停戦合意を発表し、すべての戦闘の即時停止と、2021年3月までの選挙実施を提案した。10月にはGNAとLNAがスイス・ジュネーブにて停戦合意に署名し、3カ月以内(2021年1月23日まで)に全ての傭兵や外国人戦闘員をリビアから退去させることで合意した。紛争の影響を受けて大部分が停止していた石油生産も9月以降操業が再開されており、11月中には産油量が1日あたり100万バレル超(LNAのトリポリ侵攻以前は約130万バレル)に回復する見込みである。

今後、これらの停戦合意を受けた諸勢力間の緊張緩和と政治プロセスの進展が期待されるが、合意内容の履行に向けた道のりは険しく、安定化のための課題は山積している。国連によれば、トリポリ周辺での戦闘による避難者は2019年だけで20万人を超えており、一般市民にも甚大な被害が発生している。ハフタル司令官とLNAの処遇、民兵組織の武装解除、GNAによるリビア全土の統治(これまで一度も実現していない)、国内に伸長する過激主義テロ組織の掃討などが進まなければ、2021年3月に予定される選挙の実現性・実効性も危うくなるだろう。

地中海東部・紅海沿岸情勢との連動

長期化・複雑化するリビア紛争は、地中海東部および紅海沿岸において激化する地政学的競争と連動している。特に地中海東部では、地政学的競争とエネルギー開発競争が連鎖し、中東・北アフリカ・欧州諸国間での複雑な協力・対立関係が展開されている。その台風の目は、リビアへの介入を強めるトルコである。

2019年11月27日にサッラージュGNA首相がトルコを訪問した際、同首相とエルドアン大統領は①トルコからリビアへの武器供与や軍事訓練などに関する軍事協定と、②地中海における両国間の海洋境界設定に関する覚書に署名した。この覚書でトルコとリビアは、両国の排他的経済水域(EEZ)が接する18.6海里(35キロメートル)のラインを海洋境界として設定した。12月5日には同覚書をトルコ国会とGNAが批准した。LNAによるトリポリ侵攻を受けて窮地に陥っていたGNAと、地中海東部でギリシャ、エジプト、キプロスなどが進める天然ガス開発から孤立し、不利な立場にあったトルコの利害が一致したといえる。しかし、両国の取り決めはトルコと対立する周辺国からすれば一方的な境界設定であり、各国は国際海洋法に違反していると反発している3

2020年6月、トルコ軍はリビア近海で演習を行い、リビア国内に2ヶ所の軍事基地を設立する計画を明らかにした。また、チャブシュオール外相、アカル国防相、ギュレル参謀総長など政府・軍高官が相次いでトリポリを訪問しており、GNAと会談している。トルコは今後も政治・経済・安全保障面で、リビアへの関与を深めていく狙いがあるとみられる。

他方で、トルコと対立する中東・欧州諸国は東地中海における対トルコ包囲網を強めている。例えば、トルコと対立するUAEは、2020年5月にトルコの地中海における「違法な」天然ガス掘削を非難する周辺国会合に参加したり4、8月にはF16戦闘機をギリシャに派遣して地中海沖での軍事演習を行ったりしている5。また、同月にはエジプトとギリシャが両国のEEZおよび海洋境界に関する合意覚書に署名したが、これはトルコとGNAとの海洋境界合意を受けての対抗措置とみられる6。今後、リビアを「アリーナ」として、トルコと東地中海周辺国の対立がさらに深まる可能性に注意が必要である。

同様の地政学的な競争は、紅海沿岸においても先鋭化している。トルコはソマリアに大規模な軍の訓練施設を建設したほか、2017年にはスーダンのスアーキン港を長期に借り受ける契約を結び、軍事基地化する計画が浮上していた。ただしスーダンへの進出については、2019年4月のバシール政権崩壊によって困難になっているとみられる7

一方で、UAEは紅海沿岸を基点としてリビアへの軍事介入を強めている。2015年にはエリトリアのアッサブ港をUAEとサウジが30年間利用する契約が結ばれたが、UAEは同港をイエメンでの軍事作戦やリビアへの軍事介入に利用していると見られる。UAEは2020年1〜3月の間に100回以上リビアに武器や軍需品を空輸したとみられる8が、その一部はアッサブ基地から出発したという。また、ヨルダンの紅海に面するアカバ港は、UAEによるLNA向けの軍事車両や武器の輸送の中継地として利用されている模様である。なお、UAEはリビア国内に軍事基地を複数建設したことが確認されているが、その一部はLNAのトリポリ侵攻や、ロシア民間軍事会社Wagnerによって利用されている9

2020年8月、イスラエルはUAEとの国交を樹立し、また10月にはスーダンとの関係正常化に合意した。さらにイスラエルとUAEは、10月にイスラエルのパイプラインを通じてUAEの原油・石油製品を紅海側から地中海に輸送する覚書を締結したと報じられた10。イスラエルは地中海と紅海双方に面しており、またトルコとは地中海沖での天然ガス開発問題に加えて、パレスチナ問題や中東各国との関係において対立している。イスラエルとアラブ諸国の接近は、地中海東部・紅海沿岸における地政学的な構図を変化させる重要な要素となるだろう。

今後の展望

停戦合意が結ばれたとはいえ、リビア国内には重層的な対立構造が残っており、短期的に安定化が進むとは考えにくい。それだけでなく、リビア紛争は東地中海のエネルギー開発競争、紅海沿岸における勢力圏をめぐる争い、シリア内戦など、地域内の地政学的競争に組み込まれており、諸外国の軍事介入も容易に収束しないだろう。また、リビアの豊富なエネルギー資源や地政学的な重要性を踏まえれば、たとえ軍事介入が収まったとしても、今後の政治プロセスにおいて諸外国は影響力を行使するべくせめぎ合いを続けるだろう。

2011年の「アラブの春」にともなう内戦以降、不安定なリビアは地中海を越える移民・難民の玄関口となり、過激主義テロ組織や武装勢力の拠点となり、治安悪化に伴うリビア産原油の生産量の乱高下がグローバルな石油価格の変動要因となってきた。リビア情勢の混乱が続けば、近隣国の政治・治安情勢をさらに不安定化させる可能性がある。

同時に、地中海東部や紅海沿岸における政治的な緊張は高まっている。2018年以降のホルムズ海峡周辺の情勢のように、突発的な武力衝突や非国家主体による攻撃が発生する可能性は低いものの、軍事的プレゼンスを高めるトルコやUAE、紛争やテロ攻撃が続くリビア、シリア、エジプト・シナイ半島、ソマリアなどの情勢には注意が必要である。

地域の安定化には国際社会の支援が不可欠だが、主要国の関与は限定的である。欧州はEU加盟国であるギリシャやキプロスを尊重してトルコへの圧力を強めていることに加えて、新型コロナウイルスへの対応で手一杯であり、緊張緩和を主導する余裕はない。唯一ドイツがトルコ・ロシアとの対話に前向きであり、最近はリビアの和平会議を主宰するなど働きかけているものの、EU全体を巻き込むには至っていない。また、米国はオバマ政権時代からの対トルコ関係の冷却化に加えて、トランプ政権は地中海東部や紅海沿岸を戦略的に重要な地域とはみなしておらず、関与や調停に消極的であった。さらに、次期大統領となるバイデン上院議員はギリシャとの関係が近いとされ11、バイデン政権の発足後にはトルコへの圧力がさらに高まる可能性がある。

他方で、中国は「一帯一路」構想における「海のシルクロード」の伸長という点から、またロシアはエネルギー輸出や安全保障面から、地中海・紅海への進出に意欲的な姿勢を見せている。また、中露はトルコを含めた域内の諸アクターと対話が可能であることから、将来的にプレゼンスをさらに増大させる可能性もある。地中海東部から紅海沿岸に至る広大な地域において、域内諸国の複雑な協力・対立関係が今後どのように変化し、リビア紛争にどのような影響を与えるのか。ミクロな分析とマクロな展望の双方が求められている。





1 小林周「中東レポート5 リビア:各国の介入で分裂が続く」『外交』Vol.60、2020年3月、http://www.gaiko-web.jp/test/wp-content/uploads/2020/03/Vol60_p78-79_Libya.pdf
2 小林周「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2020年8月13日、https://www.spf.org/iina/articles/kobayashi_02.html
3 柿崎正樹「転換期を迎えたトルコの対アフリカ外交 --ソマリア、スーダン、リビアの事例から--」日本国際問題研究所、2020年9月18日、https://www.jiia.or.jp/column/post-9.html
4 Greek Ministry of Foreign Affairs, Joint Declaration adopted by the Ministers of Foreign Affairs of Cyprus, Egypt, France, Greece and the United Arab Emirates, May 11, 2020, https://www.mfa.gr/en/current-affairs/statements-speeches/joint-declaration-adopted-by-the-ministers-of-foreign-affairs-of-cyprus-egypt-france-greece-and-the-united-arab-emirates-11052020.html
5 Middle East Monitor, UAE sends F-16s for training with Greek military amid tensions with Turkey, August 24, 2020, https://www.middleeastmonitor.com/20200824-uae-sends-f-16s-for-training-with-greek-military-amid-tensions-with-turkey
6 Reuters, Egypt and Greece sign agreement on exclusive economic zone, August 6, 2020, https://uk.reuters.com/article/uk-egypt-greece-idUKKCN25222H
7 柿崎正樹「転換期を迎えたトルコの対アフリカ外交 --ソマリア、スーダン、リビアの事例から--」
8 Guardian, Suspected military supplies pour into Libya as UN flounders, March 11, 2020, https://www.theguardian.com/world/2020/mar/11/suspected-military-supplies-libya-un-cargo
9 United States Africa Command Public Affairs, Russia and the Wagner Group continue to be involved in both ground and air operations in Libya, July 24, 2020, https://www.africom.mil/pressrelease/33034/russia-and-the-wagner-group-continue-to-be-in
10 Times of Israel, Israeli firm signs deal to pipe UAE oil to Europe, October 21, 2020, https://www.timesofisrael.com/israeli-firm-signs-deal-to-pipe-uae-oil-to-europe/
11 Aljazeera, Greece, Egypt seek Biden role in eastern Mediterranean dispute, November 11, 2020, https://www.aljazeera.com/news/2020/11/11/greece-egypt-seek-biden-role-in-east-mediterranean-dispute