研究レポート

経済と安全保障のリンケージについて

2020-12-11
飯田敬輔(東京大学公共政策大学院教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1. はじめに

日本国際問題研究所では2020年4月、「経済・安全保障リンケージ」研究会を発足させた。近年、経済と安全保障が密接に結びつく事象が増加傾向にある。このような現状を詳細に分析し、わが国の経済外交の指針を導き出すのが本研究会の狙いである。

以下、経済と安全保障の結びつきの増加を記述するが、その前にこのような現象の背景について考えてみよう。

第一に安全保障環境の変化が挙げられよう。北朝鮮は2006年から2017年にかけて数次にわたって核実験を行った。中国は軍事力を増強させ、東シナ海や南シナ海での現状変更の試みを続けている。ロシアは2014年にはクリミアを併合し拡張的傾向を示している。

第二に米国の技術的覇権に対して中国が挑戦していることが挙げられる。「中国製造2025」は同国が技術大国になることを明示的に目標として掲げた。国際特許申請数ではすでに中国は米国を超えたほか、研究開発費でも米国に迫っている。

2. 分類

経済と安全保障の結びつきには2つの類型がある。
(A) 経済が軍事力に影響する場合
(B) 経済が交渉力に影響する場合


A類型には輸出管理、投資審査、武器移転、武器国産化、在日米軍駐留経費負担(HNS)、また、B類型には経済制裁、経済的強制、エネルギー安全保障、関与政策、サプライチェーンの多元化、人間の安全保障があるが、その他、「自由で開かれたインド太平洋」、インフラセキュリティ、世界貿易機関(WTO)紛争、宇宙なども含まれる。

3. 近年の動向

まず、軍事力に直結するA 類型について説明する。

輸出管理

冷戦時代は西側諸国の共産圏封じ込め戦略の一環として対共産圏輸出統制調整委員会(COCOM)体制が敷かれた。これにより、兵器や軍事転用可能な物資や技術が東側諸国に流れるのを阻止していた。冷戦終結後はその存在意義を失ったとしてCOCOMは解消されたが、その後継としてワッセナー・アレンジメントが合意された。この他、原子力供給グループおよびザンガー委員会、オーストラリア・グループ、ミサイル技術管理レジームなどがあり、日本はこれらに基づき輸出管理を行っている。軍民両用技術については、かなり各国に裁量が残されている。

米国は、2019年度国防権限法で、輸出管理の強化を行った。この法律には「輸出管理改革法(ECRA)」」が盛り込まれ、米国輸出規制の対象が大幅増強されている。

日本も輸出管理をこれまで以上に厳格化する必要に迫られている。これまで輸出管理において米国よりも緩やかなスタンスをとってきたが、2019年7月1日、韓国向け輸出に対して化学製品3品目について個別許可を求めること等を発表した。韓国は反発しWTOに提訴したため、紛争解決の手続きに入っている。

投資審査

米国では、以前より対米外国投資委員会(CFIUS)により安全保障上の理由による投資の審査が行われてきた。1986年、富士通がフェアチャイルドを買収しようとした際CFIUSが阻止したのをきっかけに、1988年以来安全保障に基づき大統領が対内直接投資案件を拒否できるようになった。2010年代、中国からの米国への直接投資が増加したため危機感が高まり、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」が成立した。これにより投資審査が格段に厳格化した。

欧州では投資審査は各国別に行われている。しかし、監視の弱い国から欧州に参入する可能性があることから底上げに取り組んでいる。2019年4月に発効したEUの「対内直接投資審査規則」では人工知能(AI)や半導体、国防に関わる分野へのEU外からの投資について加盟国に審査を義務付けた。投資を規制するかは加盟国の判断に任されているが、欧州委員会や他加盟国への情報の通知が義務付けられた。

わが国でも対内直接投資について安全保障上の監視強化が望ましいとの観点から2019年11月に外国為替及び外国貿易法(外為法)が改正され、外国人による事前届出が必要な範囲が、これまでの株式・議決権の閾値10%から1%に引き下げられ、2020年5月施行された。

武器移転

世界的に武器移転が増加し、わが国でも米国からの対外有償軍事援助(FMS)輸入が増加している。首脳レベルでコミットメントが求められることが多くなっており、2018年11月、最新鋭F35ステルス戦闘機の購入について首脳レベルで約束され、同年12月、105機購入が閣議決定された。

わが国は1967年の武器輸出三原則の下に武器輸出を抑制していたが、「防衛装備移転三原則」により武器輸出再開へ道を開いた。

武器国産化

わが国は防衛装備品の国産化にも努めてきた。しかし、100%国産は容易ではないため外国との共同開発になることが多い。かつて次期戦闘機(FSX)開発問題で日米摩擦を引き起こしたため、100%の国産化には慎重にならざるを得ないという事情もある。旧技術研究本部(現防衛装備庁)が実験機として開発してきたステルス機X-2の国産化に力を入れている。

在日米軍駐留経費負担(HNS)

わが国は在日米軍駐留経費の7割超を負担してきている。ボルトン元大統領補佐官が2019年7月に来日した際、これまでの4.5倍に当たる80億ドルを要求したという。現行協定は2021年3月末に失効するため更新へ向けて交渉中である。


次にB類型について解説する。

経済制裁

冷戦終結後、経済制裁の発動件数が増えた。日本は経済制裁発動に慎重であったが、2006年に対北朝鮮で経済制裁を発動したほか、国連安保理決議に基づき対イランでも制裁を行っている。とはいえ(対北朝鮮制裁を除いては)欧米と比較すると抑制的である。

経済的強制

中国は安全保障上の目的あるいは外交的目的のために経済的手段を用いることが多くなってきた。中国の経済的強制は貿易や金融だけでなく、ヒトの移動にも及ぶ。

エネルギー安全保障

エネルギー安全保障は永年の課題である。70年代のオイルショック以来、中東諸国産の原油に過度に依存すると不利な立場に追い込まれることから、原油や液化天然ガス(LNG)輸入における中東依存を漸次低下させることが課題となってきた。しかし中東依存率はあまり下がっていない。

2011年の東日本大震災以来の傾向として、ロシア、アメリカからのLNG輸入が増加した。ロシアではこれまでサハリンIIプロジェクトが日本企業の関わる最大案件であったが、近年ではヤマルLNG共同開発がロシア第二のLNGプロジェクトとして浮上している。ロシアへの依存はリスクも伴う。特に米国は、同盟国がロシアに過度に依存することには反対の立場をとっており、特にドイツのノルドストリームII計画については2018年6月、トランプ大統領はメルケル首相に対し建設を中止するよう要求した。

関与政策

日米両国は対中関与政策をとってきた。特にクリントン政権は、1994年の対中最恵国待遇(MFN)と人権問題を切り離したほか、中国のWTO加盟を認め同国は2001年WTO加盟を果たした。トランプ政権は中国にWTO加盟を許したことは誤りであったという立場をとっており、関与政策の終焉を示唆している。

一方、日本は対中関与政策を放棄するまでにはいたっていない。中国がからむ東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉も今年11月妥結した。金融面でもチェンマイ・イニシアティブ(CMIM)とASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)で協力が続いている。

中国による「一帯一路」構想も、関与政策の一種である。相手国に潤沢な資金を提供することにより恩義を感じさせるだけでなく、スリランカのハンバントタ港のように租借する場合もある。

サプライチェーンの多元化

安全保障上の緊急事態では相手国に進出している日本企業が人質となるため、サプライチェーンの多元化が求められる。2005年、2010年、2012年の対日抗議デモがきっかけとなり中国に進出している日本企業のサプライチェーン多元化は進んだが十分とはいえない。新型コロナ感染拡大をきっかけに、日本政府は2000億円超の資金を用意して、日本企業の生産拠点の国内回帰あるいは第三国への移転を支援し始めた。

トランプ政権は米企業の国内回帰を推奨してきた。バイデン民主党候補も、国内回帰のための新税制を検討するとしている。しかし、在中米国企業はかならずしも国内回帰は考えていない。

人間の安全保障

わが国は2000年代以降、非伝統的安全保障や「人間の安全保障」に注力してきた。紛争地域・ポスト紛争地域における民生安定や、紛争地域の国内避難民や国外への難民の流出は当該国に負担となるため、それが友好国の場合には日本の交渉力に影響する。

「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)

「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の一部である日米豪三か国によるブルー・ドット・ネットワーク(BDN)構想は関与政策の一種である。

インフラセキュリティ

有事には海底ケーブルが敵国により切断されるという事態が実際に発生する。軍事専用ケーブルであればA類型であるが、民間敷設のケーブルであればB類型であろう。

WTO 紛争

近年安全保障をめぐるWTO紛争が増加している。我が国も対韓輸出管理問題でWTOに提訴されている。GATT第21条(安全保障例外条項)をいかに有効に援用するかが鍵である。

宇宙政策

2007年の中国による自国人工衛星の破壊実験は世界に衝撃を与えた。映画の中だけの事象である対人工衛星作戦(ASAT)が現実味を帯びるようになってきたためである。

4. おわりに

2020年12月、バイデン候補の次期大統領就任がほぼ確定した。新政権が果たして、これまで述べてきたような趨勢を逆転させることができるであろうか。世界は固唾を飲んで見守っている。