研究レポート

経済制裁:外交・安全保障政策の観点から

2021-01-25
佐藤丙午(拓殖大学教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第6号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

経済制裁と安全保障

経済制裁は、経済を使用した外交・政治・安全保障政策(総称としてeconomic statecraftと形容される)の中で、特に懲罰的手段を指す。経済制裁は、経済的な交流関係の存在を基本的な前提として、その遮断や制限、さらには経済交流に関連する政策に対する操作等を通じて相手国の政策変更を求める行為である。

経済制裁が政策変更に対して効果的に作用したという証拠は存在しないが、非軍事的手段として、もしくは軍事的制裁に代替する手段として、数多く採用されてきた。安全保障政策の面で見ると、経済制裁は強制(Coercion)やシグナリング(Signaling)の手段として利用価値は高い。しかし、戦略としての位置づけと有効性(Effectiveness)に関する評価は、必ずしも一定ではない。発動時の期待と、実際の結果の間には大きなギャップがあり、それ単体では政治目的を達成するのは不十分であるというのが公平な評価であろう。

オバマ政権の下で発動された幾つかの経済制裁の経験から、経済制裁を政策実現に有効な手段として活用するためには、制裁に関する「信頼性」を確保することが必要であると指摘されている。それは、特定の行動に対して必ず制裁が加えられることへの信頼性と、標的国が行動を中止した場合に制裁が緩和されることに対する信頼性である。

後者の信頼性の確保は、経済制裁において最も難しい問題の一つである。標的国の行動の停止が、不可逆的な結果につながるという確信を持つ条件は、どの経済制裁の事例においても大きな政治的論議の対象であった。オバマ政権の下で合意された包括的共同作業計画(JCPOA)は、イランによる核開発の制限と制裁緩和を結び付けた画期的な合意であった。しかし、トランプ政権はJCPOAの政策目標の設定が間違っていると批判し、制裁緩和はイランの核開発を事実上容認するものであるとして脱退を表明した。

経済制裁の手段について

Economic Statecraftが標的国に対してポジティブ・インセンティブとネガティブ・インセンティブを組み合わせて操作するものであり、経済制裁はその懲罰的手段の総称であることは前述した。その手段は、一般的に輸出入の禁止とされることが多いが、現実には貿易の制限(blacklist)、市場での買い占めによる相手国の入手可能性の減殺(preclusive buying)、所有の禁止もしくは制限(expropriation)、懲罰的な税制、援助の停止、資産凍結、などまで、多様な手段が存在する。場合によっては、韓国による日本文化制限措置も、市場制限という経済制裁の一手段とみなすことも可能である。

経済制裁の手段は、国際経済の相互依存関係の進展の中で、事実上無限に存在すると考えられる。ただし、グローバリゼーションの下で経済制裁の手段が増加したとしても、そこに政治目標が存在しない場合、それぞれ単体の措置は経済政策とみなすのが適切であろう。もっとも、個別の経済的措置において、それが純粋な経済目的か、それとも政治目的が含まれているかを明確に峻別することは困難である。さらに、個別の制裁措置に複数の政治目標を込める場合、政策の手段と結果の因果関係を明確にすることは事実上不可能である。そこに時間の経過という要素を加えると、そもそも経済制裁が何のために実施されたかを探求し、その措置の有効性の評価するのは、なお一層困難になる。

経済制裁の研究の多くは、個別の事例における政治過程の分析、全体の政治過程における経済制裁の意義の評価、さらには国際システムにおける構造化の措置としての意義、などを扱ってきた。さらに、地経学(geo-economic)と地戦略学(geo-strategic)の関係を、政策研究として実施するものも存在する。国際社会では、国連憲章の下で非軍事的措置が規定されることから、その政策上の有意性を議論するケースが多い。90年代初頭にスマート制裁が導入された背景には、経済制裁の実施が標的国内で非人道的な結果につながったことから、より焦点を絞った有効な措置の模索があった。その実例である北朝鮮に対する「ぜいたく品」規制は、かならずしも有効に機能しておらず、より包括的な制裁や金融制裁による総体的な制裁に回帰する傾向もみられる。

政治環境や相互依存の程度に応じて経済制裁の手段や政治目標が変化することは、かつてより指摘されていたことであった。冷戦期の対共産圏輸出統制員会(CoCom)の研究をしたマスタンデューノー(M. Mastanduno)は、冷戦構造の下でCoComの目標は、経済戦争、戦略的禁輸、戦略的リンケージ、戦術的リンケージ、さらにはキャッチアップの阻止へと変化したと指摘した。その変化は、共産圏諸国と西側諸国の経済関係や、その間の技術的格差などによるものと指摘している。CoComのケースでは、共産圏諸国では意思決定に民主主義的なプロセスが作用しないため、経済制裁を通じた政治目標の実現はほぼ困難であり、制裁は政治的ではなく軍事的な考慮が中心となった。

経済制裁の課題

Economic Statecraftの政策的な有用性は、オバマ政権の下で再確認された。イランがJCPOAに合意し、核計画を減速させたこと(その後の米国の政策変更で、復活させることを表明している)、さらにはロシアのクリミア併合に対する政策を西側諸国内で統一できたことなど、様々な問題で経済制裁が重要な役割を果たしたとされる。ルー元米財務長官は、経済制裁の成功の条件を、広範な国際協力(圧力を最大限に、ネガティブな効果を最小限に)、標的国が政策を変更した場合に、圧力が緩和されることへの信頼、そして協力で効果的な実効措置、としてる。

トランプ政権の安全保障戦略でもEconomic Statecraftは手段として規定されており、中国(関税)、イラン(金融制裁等)、北朝鮮(貿易制裁)などに対して課されてきた。トランプ政権は、一般的なイメージとは異なり、「平和主義的(軍事力行使を回避する)」な外交・安全保障政策を好む傾向があり、政権担当時の軍事力行使は最小限に留まった。その分だけ口先介入の事例は多く、軍事力行使の回避を選択するため、統一感がない政策を実施する場合も多かった。このことから、トランプ大統領の政策は、諸外国に米国に対する信頼性を失わせたと批判する意見は多い。

そのような中、トランプ政権が実効的な措置として多用した手段が経済制裁であった。トランプ政権の経済制裁の一つの特徴は、国際システムの構造的要因を反映した措置を実施する、冷戦型の制裁であったことである。このような長期間に及ぶ制裁は、手段そのもの(経済政策に関係する領域)が持つ特性から、自身の経済的優位性(金融システムや米国自身の市場としての魅力)を侵食する可能性がある。したがって、トランプ政権では、制裁そのものインパクトが有効なうちに、標的国に対する短期的な政治目標を実現するか、それとも制裁のインパクトを他の外交政策上の目標を実現するために援用することが、政治的に選好される傾向があった。

もちろんこのような結果は、トランプ政権が経済制裁の外交・安全保障政策上の活用方法を間違えたわけではなく、経済制裁という政策手段そのものに内在する課題が表れたものと理解すべきであろう。

経済制裁の課題については、過去の研究よりいくつかの教訓が得られている。たとえば、経済制裁は、政策目的に対して、手段の効果が間接的(標的国側の国内政治が変数となる)である。このため、制裁国は経済制裁に複数の政策目的を含ませる(同時にもしくは連続的に)ことが可能であり、明示された目的とは直接的には関係ない目的(及び政策上の効果)の方が「優先順位」の高い目的である場合がある。

また、経済制裁実施に際しては、制裁国の政治コストに比べて、それが獲得できる利得とのバランスが悪いことを、制裁国自身が理解して実施している場合がある。このため、政治的利得を期待して、経済的な損失を考慮しない政策が実施される場合があり、それをどのように評価するかは意見が分かれる。経済制裁実施において、制裁国の側が被る経済コストは国内に分散しているので、経済制裁のコスト評価は一元的ではない。時に国家経済の重要な担い手である、制裁対象の製品を製造する企業のみがコストを負担しなければならないケースがある。

さらに、Economic Statecraftの手段は政治的要請に合わせて段階的に拡張することが可能なため、懲罰的手段と褒賞的手段の組み合わせは、全体の政策の中で最適化される。したがって、政策を操作する主体以外は全容を理解できないので、経済制裁単体の評価は困難になる。経済制裁の中には手段と目的が不整合の場合(象徴的制裁)であっても、政治的な意義が存在することが多い。ただし、象徴としての経済制裁の問題は、この政策の評価を複雑にする。

経済制裁は、標的国だけではなく、国際社会に様々な「付帯被害」をもたらす可能性がある。これは、経済制裁において、国際協力の確保が困難である理由の一つである。また、標的国内のこと考えても、想定外の被害を無関係な者に与える可能性がある。1990年代のスマート制裁は、経済制裁による人道被害を局限し、政策決定者に対してのみ影響を与えることを意図したものである。

経済制裁を有効に機能させるために

これら課題をふまえ、経済制裁を有効に機能させるために、留意すべき点をあげたい。

まず、経済制裁の信頼性(Credibility)の確保が、抑止や象徴的な用法における制裁の「使い勝手」を決めることに留意すべきである。ここでは、「全政府アプローチ」での対応や、相手の対応に合わせた柔軟な操作を実施することにより、経済制裁行使の信頼性の確保が可能になる。

次に、経済制裁の実施は、政府による民間部門の規制と違反に対するペナルティの執行が鍵を握る。その際、国際協力が担保されない場合、国内外の企業の経済活動の統制には限界が生じる。国際協力の程度は、政治目的に対する共有により規定されるが、それをコンセンサスで獲得することが困難である場合、法律の域外適用や金融制裁などで見られる「セカンダリー・サンクション」が協力体制を構築する際の手段になる。ただし、これは逆効果になる場合もあることを理解すべきである。

さらに、経済制裁の出口戦略を想定しておく必要がある。政治目的を達成した後に経済制裁を中止するのか、それとも制裁解除に別の指標が必要なのかは、政治的決断を要する問題になる。その決断において、標的国の政策の不可逆性を担保する方法が重要になる。

このように経済制裁は、その効果や意義に疑問を持たれながらも、多くの政治問題で採用される政策手段である。軍事力での問題解決が困難で不適切な問題は多く、その都度課題が指摘されながら、経済制裁は今後も採用され続けるのであろう。もしそうであれば、課題を抽出し、その改善を図りつつ政策上の有意性を模索していく必要があるのである。

以上