研究レポート

COVID-19が環境と持続可能性に及ぼす影響について —トリプルR(Response, Recovery, Redesign)の提案—

2021-01-26
森 秀行(地球環境戦略機関(IGES)前所長/特別政策アドバイザー)
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「地球規模課題」研究会 第6号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

I. 基本的なアプローチ

COVID-19による危機は、大きくは2つの要因が組み合わさって引き起こされた。第1の要因は、人間とそれ以外の脊椎動物に共通に存在する人獣共通感染症(zoonosis)の脅威であり、野生動物の捕獲や販売は、このような危機をもたらすことが改めて明らかとなった。第2の要因は、グローバリゼーションの特徴のひとつでもある全般的で加速度的に展開する国境を越えたヒトとモノの移動である。第1の要因はCOVID-19ウイルスの動物からヒトへの伝染を可能にし、第2の要因はそれがパンデミックとして世界中に拡大する原因となった。

COVID-19によるパンデミックは多くの環境問題と密接に関連した重大な課題である。2020年4月に開催された第11回ペータースベルク気候対話では、各国はCOVID-19による経済危機からの復興と気候変動政策などを融合させる「Green Recovery」の重要性を共有した。それを受けて、同年9月には、小泉環境大臣が閣僚級の会合をオンラインで開催し、「より良い復興(Building Back Better)」を念頭に、「リデザインのためのプラットフォーム2020」2 を立ち上げた。

IGESがかねてから提唱する「トリプルR」フレームワークは、図1に示すとおりである。Responseは現下の危機に対応するためのアクションである。環境の観点からは、例えば、急増する医療系廃棄物への緊急対策などがある。Recoveryは、落ち込んだ経済や雇用を回復することに主眼がある。この段階では、Green Recoveryが、環境面からの重要なイニシアティブである。Redesignは、ポストコロナの世界をどのようにより良いものにするか、その戦略のことである。当然、デジタル化や脱炭素化の推進が主要な戦略になるが、COVID-19のようなパンデミックに対してレジリアンスを高める、すなわち、「パンデミックを起こさない、起こったとしても広げない、そして深刻化させない」ことも極めて重要な課題となる。


図1: トリプルR フレームワークの概念
画像2.jpg

「トリプルR」は、概念的には、時間軸に沿ってResponse、Recovery、Redesignの順に展開するように理解されるが、実際には、パンデミックが収まるまでは、どの時点でもこの3つのフェーズが混在している。「トリプルR」のそれぞれは主要な目的が異なるため、その内容も多様なものであり、必ずしもお互いに整合的なものばかりではない。例えば、経済や雇用を回復するために、石炭などの化石燃料の使用が増大することもありうる3

このように「トリプルR」のフェーズによって異なる目的の施策が講じられることになるが、それらが環境や持続可能性の強化と矛盾するものでないようにすることが重要である。特に、経済・雇用・デジタル化と、環境や持続性の課題との間で、シナジーが生じるようデザインすることが大切である。

II. レスポンス:喫緊の課題への対応

医療系廃棄物への対応

多くの国の医療現場においては、使い捨てマスクや手袋、その他の医療器具の利用が拡大し、各国はそれに伴う医療系廃棄物の急速な増大に直面している(ADB 2020)。特に、廃棄物処理システムが脆弱な途上国における対応が急務である。

途上国がこのような状況に適切に対処できるよう、IGESはUNEPと協力して、2020年9月、「COVID-19パンデミックにおける廃棄物処理:対応から復旧へ」と題するガイドラインを取りまとめた(IGES/UNEP 2020)。そこでは、途上国はWHOが定めた医療系廃棄物に関する国際ガイドライン(UNEP 2020)の実施体制が脆弱であり、それに適切に対処するためには、緊急時対応計画を作る必要があることなどが指摘されている。

上記の報告書をベースに、IGESは同年10月、ISAPの一環として医療系廃棄物に関する国際セッションを開催した4。そこでは、医療系廃棄物への対処は、それぞれの国における排出状況や処理能力に応じたものとすることが現実的であることが確認された。たとえば、インドネシアでは、COVID-19に際し新しいガイドラインを策定し、それを徹底するとともに、セメントキルンなど新しい方法による処分も実施したことが報告された。

III. リカバリー:グリーンな経済復興策の推進

グリーンリカバリーの促進

現在、ビジネスや雇用の停止・消失からの回復を企図した経済刺激策が、各国で導入されてきている。しかし、従来型の経済刺激策では短期的な経済回復は図れても、より良い復興にはつながらない。経済刺激策を、脱炭素など世界共通の課題の解決に寄与するものにするとともに、将来起こりうる同様のパンデミックに対しレジリアントな世界の構築に貢献するものとする必要がある。

現在、世界で実施されている経済刺激策の総額は12兆から15兆ドル程度であり、そのうち3-5%程度しか環境・持続性関連の施策には充当されていない(C 40 Cities Climate Leadership Group, 2020)。また、IISDやIGESが主導して取りまとめている"Energy Policy Tracker(IISD, 2020)"というデータベースによると、全体で2337億ドル(全体の56%)が化石燃料の生産・消費を促進する活動に充当されている一方、再エネの生産・消費などを促進する施策への投資は、1497億ドル(全体の35%)となっている(2020年11月18日現在)。

しかし、その割合は、国ごとに大きく異なっており、ドイツやフランス、中国は、再エネの促進などにその大半を充当している。それは、EUや中国における基本的な政策を反映したものである。EUは、2019年12月に「欧州グリーンディール」を発表し、2020年7月には、7500億ユーロのNext Generation EUを創設するとともに、EUの中期予算(Multiannual Financial Framework (MFF) 2021-2027)(1兆743億ユーロ)を策定し、その合計額約1兆8000億ユーロの30%を気候変動対に充てることを表明した (EC November 2020)。また、中国は、同年9月、国連総会において、2060年までにカーボンニュートラルを達成すると表明した。

その後、10月には日本と韓国が相次いで、2050年までにカーボンニュートラルを達成することを表明した。今後、これらの国においても、再エネの促進を主眼としたグリーンリカバリーの本格的な検討が行われることが期待される。

持続可能なワークスタイル・ライフスタイル

今や大学の授業や多くの国際会議は、オンラインが標準となっている。また、テレワークが普及し、通勤や通学、様々な活動もリモートで行うことが普通となってきた。このようなワークスタイルやライフスタイルの大きな変化により、温室効果ガス(GHG)の排出が削減されることも期待される。これに関連して、IGESは、欧州の他の研究機関とともに、2019年2月に「1.5℃ライフスタイル ― 脱炭素型の暮らしを実現する選択肢」(IGES, Aalto Uni. 2019)を作成・公表してきた。

最近発表された論文(Zhu Liu et al, 2020)では、COVID-19の発生以来、2020年1月から6月までの間に、世界で平均約8.8%程度の温室効果ガスの削減があり、その最も大きな要因は、ワークスタイルやライフスタイルの大きな変化などを反映した、陸上交通や航空セクターでの減少であったとされている。ワーク・ライフバランスの面でも効果的なこのような変化は、緊急事態終了後も最大限維持、継続されることが重要である。

IV. リデザイン:レジリエントで持続可能な社会の構築

人獣共通感染症の根本原因への対応

COVID-19の直接の原因は、中国の武漢の市場で発生した野生動物の不適切な取引であると考えられており、中国ではこれに迅速に対応するため、緊急措置として特定の動物の食料目的での取引を禁じる指令を出した(White A 2020) 。問題は、このような措置を、COVID-19終了後も継続的に維持・発展させることができるかどうかである。

人獣共通感染症の一般的原因は、いわゆる「人間による宿主-寄生生物間の共進化関係の繚乱」(Goka K et al, 2020)であるが、具体的にどのような要因がどの程度、どのようにかかわっているかについては、まだ十分な知見は得られていない(Rubio et al, 2016; Rohr et al, 2020)。しかし、2020年7月に開催されたIPBESのCOVID-19とパンデミックに関するワークショップは、そのエグゼキュティブ・サマリー(IPBES 2020)において、人間だけでなく、動物と生態系の健康を一体的に守るアプローチ(One Health)が究極的には重要であり、現在のような対症療法的アプローチにとどまるのではなく、パンデミックを防止するための包括的な国際合意を、将来作成することの重要性を指摘している。

大気汚染による健康影響の深刻化への対応

大気汚染は、現在でも年間約700万人の早期死亡を引き起こす深刻な問題である(WHO 2016)。2020年10月に発表された欧州、北米、東アジアなどでの大気汚染がCOVID-19による致死率にどの程度寄与したかに関する包括的な論文では、平均でCOVID-19 による死亡のうちの15%が大気汚染の寄与によるものであることが明らかとなった(Pozzer A 2020)。インドなど多くの途上国での大気汚染状況は深刻であり、そのような途上国では、COVID-19 に罹患し、複合作用により死亡する人は、膨大な数に達する可能性があるとされている(Marlow et.al, 2020)。

IGESは、2019年1月にUNEPなどが作成した「アジア太平洋地域の大気汚染:科学に基づくソリューション・レポート」(UNEP/ROAP 2019)に多くの貢献を行ってきた。そこでは、大気汚染と気候変動対策のコ・ベネフィットの推進やPM2.5対策の推進など、途上国でも実施可能な25の具体策を提唱している。都市部においては、自動車によらない交通手段やテレワークの推進が重要であり、さらには、新たな公共交通機関や排出規制が必要な地域もあるとしている。

参考文献

  1. ADB. "Managing Infectious Medical Waste during the COVID-19 Pandemic." Asian Development Bank. April 2020. https://www.adb.org/publications/managing-medical-waste-covid19.
  2. C40 Cities Climate Leadership Group, Commentary and Opinion, by ‎the Mayors of Los Angeles, Milan, Freetown, Hong Kong, Lisbon, Rotterdam, Medellín, Montréal, New Orleans, Seattle, and Seoul, "Governments' use of COVID stimulus funding is the real test of climate commitments", October‎ ‎2020.
  3. EC, 11 November 2020. https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/about_the_european_commission/eu_budget/mff_factsheet_agreement_en_web_20.11.pdf
  4. Goka, Kouichi and Hiroko Kono. パンデミックの背景にある根本的問題 人獣共通感染症との闘いに終わりはない (特集 コロナ直撃 世界激変) -- (感染症と闘う) [The Root Issue Behind the Pandemic: The Fight Against Zoonoses will not End]. Chuokoron, May 2020.
  5. IGES, Aalto University, and D-mat ltd. "1.5-Degree Lifestyles: Targets and Options for Reducing Lifestyle Carbon Footprints." IGES, 2019. https://www.iges.or.jp/en/pub/15-degrees-lifestyles-2019/en.
  6. IGES/UNEP:「COVID-19パンデミックにおける廃棄物処理:対応から復旧へ」、2020年9月、築地誠、ガマラララゲ プレマクマラ ジャガット ディキャラほか。https://www.unenvironment.org/resources/report/waste-management-during-covid-19.
  7. IISD (International Institute for Sustainable Development), IGES, Oil Change International (OCI), ODI, Stockholm Environment Institute (SEI), & Columbia University SIPA Center on Global Energy Policy. (2020). Energy policy tracker. Accessed DATE 2020. https://www.energypolicytracker.org/
  8. IPBES 2020: IPBES Workshop on Biodiversity and Pandemics, Executive Summary, 2020, http://www.ipbes.net
  9. Marlow, Ian, and Hannah Dormido. "Two-Thirds of the World's Most Polluted Cities Are in India." Bloomberg Green. 25 February 2020. https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-02-25/china-clears-air-to-leave-indian-cities-unrivaled-smog-centers.
  10. Pozzer, A. et, al, "Regional and global concentration of air pollution to risk of death from COVID-19", Cardiovascular Research. cvaa 288, http://doi.org/10.1093/cvr/cvaa288, 26 October 2020.
  11. Rohr, J. R., Civitello, D. J., Halliday, F. W., Hudson, P. J., Lafferty, K. D., Wood, C. L., & Mordecai, E. A. (2020). Towards common ground in the biodiversity-disease debate. Nature Ecology and Evolution, 4(1), 24-33. https://doi.org/10.1038/s41559-019-1060-6
  12. Rubio, A. V., Fredes, F., & Simonetti, J. A. (2016). Links Between Land-Sharing, Biodiversity, and Zoonotic Diseases: A Knowledge Gap. EcoHealth, 13(4), 607-608. https://doi.org/10.1007/s10393-016-1171-3
  13. UNEP 2020. "Waste Management an Essential Public Service in the Fight to Beat COVID-19." https://www.unenvironment.org/news-and-stories/press-release/waste-management-essential-public-service-fight-beat-covid-19.
  14. UNEP/ROAP 2019: "Air Pollution in Asia and the Pacific: Science-based Solutions." UNEP, January 2019. https://www.ccacoalition.org/en/file/6836/download?token=3ur8Em5T
  15. White A, "China's wildlife trade policy: What has changed since COVID-19?" CovidCrimeWatch, Posted on 27 May 2020.
  16. WHO. "World Health Statistics 2016: Monitoring Health for the SDGs." World Health Organization, 2016. http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/206498/1/9789241565264_eng.pdf?ua=1.
  17. Zhu Liu et.al, "Near-real-time monitoring of global CO2 emissions reveals the effects of the COVID-19 pandemic", Nature Communications volume 11, Article number: 5172 (2020).
  18.  


1 IGESポジションペーパー「新型コロナウィルス感染症が環境と持続可能性に及ぼす影響について」, Mori H et al, 14, May 2020、および、「同ポジションペーパー(VER2)」, Mori H. et al, 15 December 2020を要約して作成。
2 環境省がリード(lead)し、国連が協力(support)し、IGESが運営(manage)するプラットフォーム。 3 多くの地域でロックダウンなどの時に大きく改善した大気汚染が、復興策が取られ経済が回復するにつれ、以前の水準に戻った。
4 IGESの開催するISAP(International Forum for Sustainable Asia and Pacific)2020の一つセッション:
「Waste Management in Response to COVID-19: Exploring Ways of Response and Recovery」、2020年11月11日開催。