研究レポート

コロナ禍における人間の安全保障の再考
with/postコロナにおける日本の貢献を考える

2021-01-29
石川幸子(独立行政法人国際協力機構 国際協力専門員)
  • twitter
  • Facebook

「地球規模課題」研究会 第7号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.はじめに

新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって地球上のすべての人々の生命と生活が脅かされる中、初期の段階から国連のグテーレス事務総長は、コロナ禍に対応するには、これまで以上に国際的レベルの連帯と協力が不可欠であると呼び掛けた。折しも、人間の安全保障の概念が1994年にUNDPによって初めて世に問われてから四半世紀を経た今日、国際社会の変容に伴って、その価値と実施のありようについて再考の重要性が議論されている最中のコロナ禍であった。2020年、特に日本の学会や援助関係者の間では、コロナパンデミックのコンテクストで人間の安全保障の概念と実践の再考について議論されることが多くなった。

これには、複数の要因が考えられよう。第一に、人間の安全保障の概念を新たな国際理念(an international norm)としてプロモートしてきた牽引役が日本であったことは国際社会ではよく知られているところである。日本の関係者は、国際協力のバックボーンとしてのこの概念を、引き続き国際社会の変容に順応させながら、深化させていく責任をよく自覚していることが何よりも大きなモチベーションとなっていると筆者は考える。第二に、コロナパンデミックによって、人々の生命、生活、尊厳を守り、"誰も取り残されない"世界を目指すことを核に据えている人間の安全保障の重要度が増す一方で、世界の動きは必ずしもその方向に向かっていないという現実に直面している。人権、民主主義、そして個人の尊厳がコロナ禍への対応というレトリックの陰に隠されてしまい、相対的に人間の安全保障への関心が低下しているとの指摘がなされている中、日本はこれに警鐘を鳴らし、人間の安全保障の原点に立ち返った国際協力の在り方を示す役割を負っている。第三に、人間の安全保障は、2015年の国連総会で採択された「持続可能な開発のためのアジェンダ2030」とその具体的目標である「持続可能な開発目標」(以下、SDGs)と極めて親和性が高く、SDGs促進のためのアプローチ(保護と能力強化)を提供するものである。これは第二の点とも関連するものであるが、with/postコロナ時代の国際貢献を考える際、日本には、人間の安全保障のアプローチによるSDGsの達成に向けた実績を積み上げ、その有効性を国際社会と共有していくという道筋が示唆されている。

本稿では、これら三つの視点から、with/postコロナの時代に日本が人間の安全保障を軸として果たす役割を、特に政府開発援助(ODA)の観点から考えてみたい。

2.人間の安全保障と日本:なぜ日本なのか?

第一に、人間の安全保障を深化、促進させていく日本の責任という点についてであるが、まず、人間の安全保障にかかる日本の立ち位置を確認しておきたい。既述のように、日本は国際社会において人間の安全保障を強力に牽引してきたのであり、この概念は、ODAの基本政策として、2003年のODA大綱、及び2015年の開発協力大綱の中に位置づけられている。

これまで、日本がどのように人間の安全保障概念を国際社会においてプロモートし、日本のODA政策に反映し、これを国際社会に還元していたかを簡単に示したのが下の(図1)である。

図1:日本と人間の安全保障
画像2.png
出所:筆者作成

筆者は、この過程を3段階のカテゴリーとして捉えている。まず、レベル1では、憲法との関係においても軍事面以外での国際貢献を後押しする理念としての人間の安全保障を国際場裏でのアジェンダとするために、日本政府は国連において理念の構築を図った。1999年3月には、日本政府が拠出し、国連に人間の安全保障基金を創設した。また、2000年9月の国連ミレニアムサミットにおいて、森首相(当時)が人間の安全保障を日本外交の柱に据えることを宣言し、翌年には人間の安全保障委員会を発足させた。当該委員会の議論は、2003年にHuman Security Now(邦文名は朝日新聞社刊『安全保障の今日的課題』)と題した報告書にまとめられ国連事務総長に提出されている。人間の安全保障という言葉自体が初めて国連総会決議に登場したのは2005年であったが、この時点では、その定義について引き続き議論を継続するとの姿勢表明に留まった。その後、日本政府は、人間の安全保障フレンズ会合を立ち上げ、人間の安全保障に関心を持つ国や国際機関の数を増やしていき、共通理解を形成していったという経緯がある。このような地道な努力は、2012年9月の国連総会で採択された決議(A/RES/66/290)において、8項目の共通理解という形で結実した。その後も継続的に日本政府は、人間の安全保障を国際場裏で推進し続けている。人間の安全保障担当の高須幸雄・国連事務総長特別顧問は、当該総会決議のフォローアップを主管し、国連システムの機関やその他のステークホールダーと連携しながら、加盟国と密接に協力し、持続可能な開発のための2030アジェンダ、難民と移民に関するニューヨーク宣言、仙台防災枠組み、及び持続的な和平アジェンダに盛り込まれた人間の安全保障アプローチの推進に努められている。

レベル2は、国内における政策対応を示している。1999年のODA中期政策にODAの基本アプローチとして初めて登場した人間の安全保障は、その後、2003年の新たなODA大綱で基本政策に格上げされ、その位置付けは2015年に施行された開発協力大綱にも踏襲されている。これら大綱の策定と実施については、独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)から提案された実施原則等の実務者目線のポイントも反映されており、政策と実務のシナジーが図られている。人間の安全保障の理念に裏打ちされたODAは、主に、外務省直轄の人間の安全保障基金、草の根人間の安全保障無償資金協力、並びにJICAによる技術協力、有償資金協力、無償資金協力によって実施されてきた。これを示しているのが図1のレベル3である。今日では、ODAに限らず日本のNGOによる草の根レベルの国際協力にも、人間の安全保障の概念が浸透しており、実践レベルでの層が厚くなっていることは心強い進展である。

また、特記すべきは、日本国内において人間の安全保障の理解が一般の人々にも浸透してきたという点である。これは、人々が"人間の安全保障"という言葉として理解していなくとも、その理念については理解が進んでいるという意味である。当初、対外援助における国際規範として一部の関係者を中心に理解されていた人間の安全保障の概念が、2011年3月の東日本大震災を契機に、徐々に国内でも命、生活、尊厳を守るというコンテクストで捉えられ始めたことは、オール・ジャパンとして人間の安全保障を擁護、促進する裾野が広がってきたということであろう。

以上のように、人間の安全保障を国際理念に押し上げ、実践を通して概念の具体化を推し進めてきた日本は、コロナパンデミック以前から、この25年間で拡大、変容してきた脅威に対し、人間の安全保障の原点に立った新たな戦略を模索していた。例えば、JICAでは、2019年にデジタル化、イノベーション、並びにパートナーシップ促進という新たな対応の強化方針とともに、(1)人々の「命、暮らし、尊厳」を守ることに貢献し、(2)人々が自らの可能性を追求できるように、人、組織、社会の能力強化(エンパワメント)を支援し、(3)多様な脅威に対して強靭な社会(システム)を創ることに貢献するという新たな行動原則を打ち出していた。これらの方針と原則の下、コロナパンデミックにも対応する援助の実施が開始されている。

人間の安全保障の促進と深化を牽引してきた日本は、コロナ禍のコンテクストにおいても、政策と実施の両面において、旗振り役としての責任を自覚しており、今後、どのような役割を果たしていくのかが問われてもいる。

3.コロナ禍で再評価されるべき「人間の安全保障」概念

第二に、コロナ禍の現状において人々の命、生活、尊厳を守り、"誰も取り残されない"世界を目指すことを核に据えている人間の安全保障の重要度が増す一方で、世界の動きは必ずしもその方向に向かっていないというジレンマに直面しているが、この点についても、日本が果たす役割は大きいと考える。

2020年12月10日現在、ジョンズホプキンズ大学の発表では、世界の感染者は6889万人を数え、156万人以上が命を落としている。コロナ禍は途上国のみならず欧米先進国にも多大な打撃を与えている。また、紛争の只中にある国と地域、そして8000万人に迫る難民にとっては、コロナ禍は追加的な脅威として人々の生存を危うくしている。コロナ禍の影響は、健康や生命の脅威のみならず経済の停滞にも及んでいき、特に社会的に脆弱な立場にある人々は、格差の拡大、貧困の深刻化という状況に苦しむことになった。このような現実を直視すれば、人間の安全保障に基づいた国際協力が急務であることは明白である。一例としてCOVAXファシリティは、新型コロナウイルスのワクチン供給支援にかかる国際協力の最前線である。

その一方で、コロナ対応については、自国第一主義を唱える国や、コロナ封じ込めのレトリックの下で、政府の権威主義体制を強化することを是とする国が散見されている。隣の超大国は、世界中に先駆けてコロナ禍の収束に成功したと、9月8日の新華社通信が報じている。OECDが9月16日に発表したエコノミックアウトルック中間報告によれば、G20の内、2020年にGDPがプラスになるのは中国の一国で、1.8%の成長率が予測されている。明らかに、政府の強力な統制と監視体制の下でコロナ禍の対応には成功したように見える。しかし、今後、国家監視体制の強化が正当化され、人々の健康と経済の活性化を保証される代わりに尊厳をもって生きる自由を手放さなければならないとしたらどうだろうかとの疑問は拭えない。また、自国第一主義の米国は(バイデン氏が大統領に就任した暁には変化があると考えられるが)、現時点ではWHOからの脱退、パリ協定からの離脱等々、国際協力が不可欠な分野に背を向けており、ワクチンの分野での国際協力にも後ろ向きの姿勢を示している。これら大国の姿勢は、"恐怖からの自由"、"欠乏からの自由"、"尊厳をもって生きる自由"という人間の安全保障の三大原則を揺るがし、"誰も取り残されない"世界の実現に背を向けているようにも見える。

この相反する状況下で、日本は、自らの役割を再認識することができるのではないかと考える。人間の安全保障の原則に根差した国際協力が不可欠な現在、日本は、両大国の姿勢とは距離を置きつつ、with/postコロナの世界で果たすべき独自の役割が一段と大きくなっている。

4. SDGsと人間の安全保障を繋ぐ日本の開発援助

第三の、SDGs達成のアプローチとしての人間の安全保障という視点は、with/postコロナ時代の国際貢献を考える際、日本が、人間の安全保障のアプローチによるSDGsの達成に向けた実績を積み上げ、その有効性を国際社会と共有していくという道筋を示唆している。蟹江教授が『SDGs(持続可能な開発目標)』(2020年中公新書刊)で指摘するように、SDGsが「目標ベースのガバナンス」として捉えられ、それらの目標が変革やイノベーション創出に向けた「達成すべき方向の提示」であるならば、人間の安全保障は達成に向けたアプローチとしての役割を担うことが出来よう。"誰一人取り残されない"というコンセプトで人間の安全保障と親和性の高いSDGsの達成に向けた取り組みは益々重要になっており、Build back better(より良い復興)のコンセプトの下でSDGsに取り組んでいくことがODAの大きな方向性となっている。コロナ禍で、社会的に弱い立場の人々に大きなしわ寄せがいっている現在、"誰一人取り残されない"世界を目指すというビジョンは、臨場感をもって受け止められている。具体的には、コロナ対応を入り口としつつ、そこから派生する他の脅威にも同時に対応していくことになる。

次に、コロナ禍において、SDGsの目標の一つでもある新たなパートナーシップの模索が始まっている。今回のパンデミックでは、欧米先進国の脆弱性も露呈された形となり、これまで先進国をモデルとしてきたODAは、途上国側からその実効性が問われる形となった。他方で、アフリカの各国では、これまでSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群), 並びにエボラ出血熱の危機から人々が学んできた自らを守る知恵により、初期の段階では人々の命と健康を守る戦いで大いに健闘してきた。我々がこの経験から学ぶことは、新たな国際協力の考え方、パートナーシップの在り方である。ODAは、途上国の経験と知恵も動員しながら新たな社会・経済システムを模索する方向にシフトし始めている。また、その現場では、コロナ禍で日本人関係者による現地との往来が困難となったため、現地の人材に業務を任せる必要に迫られた。これは、結果的に現地のスタッフの能力強化と、彼らへの権限の委譲というプラスの側面をもたらしている。コロナ禍のピンチをチャンスと捉える新たな協力分野の模索も始まっている。例えば、「コロナテック」と称するもので、医療現場でのリモート診断の導入や、スマホでミニバスの支払いを行うアプリの開発等、所謂、非接触系の技術を使ったものと、マスクの製造や手洗い関連グッズの製造など、コロナ対策をビジネスにしたものを指しており、特にアフリカで伸びていくと考えられる。

5. 今後の展望と課題

コロナ禍で明け暮れた2020年を振り返ると、誰一人取り残されず、人々の命、暮らし、尊厳を守るためには、長期的には政府や国際機関に頼るだけではなく、経験からの学び、自助努力、そして共助によって自分たちを守る能力を強化していくことが、with/postコロナの時代に不可欠であることが理解されるようになった一年でもあった。今後、日本が、引き続き人間の安全保障のアプローチによりSDGsの目標達成に向けて貢献を進めるに当たっては、人間の安全保障でも課題として残されている人々の能力強化・エンパワメントについて、現場でのノウハウを積み上げ、世界と共有していくことが重要である。これまでにJICA緒方研究所で実施してきた「東アジアにおける人間の安全保障の実践」プロジェクトでは、緊急時には政府や国際機関からの保護が不可欠であるが、回復期には、徐々に人々のエンパワメントの重要性が増加していくことが見て取れた。今後、コロナパンデミックから立ち上がっていく行程で、このエンパワメントをケース・バイ・ケースで考えることを前提としながらも、そこから何かしらの共通項(例えば、現地のコミュニティと政府、外部の援助機関との信頼関係の有無など)が抽出されるのではないかと著者は考えている。これが可視化できれば、日本の援助の神髄である自助努力に対する理解が人間の安全保障の概念を通して世界へと広がっていくことが期待できよう。

日本がwith/post コロナで人間の安全保障を引き続き牽引していけるか否かは、国際協力、 及び国内の課題対応においてこれを実証することにかかっていることは言うまでもない。