研究レポート

2020年の露中関係:「一帯一路」と中印国境紛争に対するロシアの姿勢を中心に

2021-02-03
熊倉 潤(アジア経済研究所研究員)
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「大国間競争時代のロシア」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2020年は新型コロナウイルス感染症の流行によって、市民生活から国際情勢に至るまで巨大な変化が生じた一年であった。世界各国が感染症に翻弄されるなかで、一足早く封じ込めに成功した中国が、国際的な影響力をいっそう強めている。中国の影響力拡大、さらには大国化に伴い、ロシアが近い将来、中国の「衛星国」と化す可能性も指摘されている。

しかし現下の露中関係、とりわけ政治的関係を見たときに、ロシアが中国の「衛星国」に直ちに成り下がろうとしているとは言い難い。むしろ注目されるのは、経済的な非対称性にもかかわらず、政治的にはロシアが中国になかなか飲み込まれようとしないことである。国際社会において、民主、人権などの問題で中国と共同歩調をとることが多いロシアだが、いくつかの点では独立した立場を見せることがある。

ここでは「一帯一路」構想と中印国境紛争をめぐる点を中心に考えてみたい。中国の主導する「一帯一路」に対し、ロシアはこれまでどおり友好的、協力的な姿勢を示しつつ、実際には独立した、対等な立場を崩さないでいる。2020年に再燃した中印国境紛争に関しては、ロシアは中国を一方的に支持せず、中立的な見地から調停役を果たしている。もっとも、そうしたロシアの姿勢にはリスクもあろう。本レポートではこれらの点について、若干の検討を加えたい。

(1) 「一帯一路」をめぐって

2020年6月18日、中国が主催する「一帯一路」国際協力ハイレベル会議(テレビ会議)が開かれた。このとき24カ国の外相らが参加したにもかかわらず、ロシアのラブロフ外相が出席しなかったことが注目された。一部では外相の欠席は、「一帯一路」に対するロシアの不満の現れであるとの臆測もなされている。もっとも、外相の不在はセルビア訪問によるものであり、また書面でメッセージを寄せてもいることから、従来のロシアの姿勢にどれほどの変化が生じたと言えるかは、全体の動向を踏まえて考える必要があろう。 これまでロシアは、いわゆる「露中蜜月」を演出し、「一帯一路」に対しても、友好的、協力的な姿勢を示してきた。このことは露中首脳会談におけるプーチン大統領の発言等から直接に窺われる。こうした態度の背景には、中国からの投資を呼び込む経済的狙いの他に、かつての中ソ対立の経験から中国との対立を避けたい心理がはたらいていること、また「露中蜜月」を演出することで米欧を牽制する政治的狙いなどもある。

一方、露中両国の間には熾烈な主導権争いがあり、「一帯一路」をめぐっても認識のギャップがあることは、これまでの研究から明らかにされている。中国では一般に、ロシアが「一帯一路」の沿線国であることは自明のものとされている。しかし、ロシアの国際政治専門家からしばしば聞かれるのは、ロシアは「一帯一路」の一部でないという認識であり、ロシアは「一帯一路」の外側の独立した立場から、ロシアの利益に適う範囲で、中国のグローバルな活動を支援しているに過ぎないという見方である。これは中国の認識よりも露中間の距離を感じさせるという意味で、無視できないものがある。

こうした認識のギャップは、両国が2015年5月の首脳会談時に発表された共同声明以来、中国の「シルクロード経済ベルト」とロシアが率いる「ユーラシア経済同盟」(EAEU)が「接合」ないし「連携」(中国語:対接、ロシア語:сопряжение)するという公式見解をとっていることに由来する。ひと口に「接合」「連携」といっても、何をもって「接合」「連携」とするかについて、異なる解釈がありうるからである。2020年になっても、この公式見解は維持されており(最近では2020年12月28日の露中首脳電話会談関連報道にも見られる)、ロシアは中国主導の構想に対する独立性、そして両国の対等性を、少なくとも公式見解の上では確保していることになる。

他方、中国からみた場合、中国はロシアとの政治的関係を相当慎重に扱う姿勢を示している。中国主導の構想に対するロシアの独立性、また両国の対等性は、その文脈で尊重されている。2020年は世界各地で、中国の外交官による好戦的なレトリックで知られる「戦狼外交」が話題を呼んだが、これとロシアはまるで無縁であった。ロシアが経済制裁に喘いだ2014年にしばしば聞かれた、「一帯一路」を通じて今後中国がロシアを援助するという、やや恩着せがましい論調も、最近はさほど表に現れなくなった。

中国はまた、2020年春に新型コロナウイルス感染症の世界的拡大を受けて、「一帯一路」構想と各種医療物資の提供をリンクさせ、「健康シルクロード」という概念を打ち出した。ロシアも中国から援助を受け、中国の富豪ジャック・マーこと馬雲がマスクや新型コロナウイルス検査キットをロシアに寄贈したという「美談」も話題を呼んだ。もっとも、こうした動きは国家間関係に直接つながるものではない。ワクチン開発の面では、ロシアは中国の競争相手であり、ロシアは医療分野での援助国として一日の長があることから、ロシアが直ちに一方的な被援助国に成り下がるとも考えにくい。

「一帯一路」に関して、ロシアにとってむしろ問題となるのは、この数年で中国が、「一帯一路」関連プロジェクトの採算性、また質の向上をいっそう重視するようになったことである。この傾向は、2017年以降顕著になり、2020年にはかなり定着している。ロシア関連のプロジェクトも見直しの例外でなく、採算性がいっそう厳しく問われているとされる。その意味ではロシアは、中国主導の「一帯一路」に飲み込まれる危険性は別として、中国に後退されるリスクに直面しているとも言えよう。

(2) 中印国境紛争をめぐって

2020年6月中旬、中印両軍が国境付近の係争地で衝突し、45年ぶりに死者が出る事態となった。紛争の再燃を受けて、調停に乗り出したのがロシアである。早くも同月23日には、ロシアのラブロフ外相が主催して、インド、中国の外相との間で電話協議を開催した。協議後にラブロフ外相は、3カ国の国防当局による協議を年内に開く見通しであると述べていたところ、果たしてそのとおりになった。

それから2カ月が経過した9月4日、上海協力機構の関連会議に出席するためにモスクワを訪問した中印両国の国防相が、紛争後はじめて顔を合わせ、会談を行った。10日には、中印外相会談が同じくモスクワで開催された。両外相は「国境地帯の現在の情勢は双方の利益に合致しない。双方の国境部隊は対話を続け、早期に撤退して距離を保ち、緊張を緩和すべきだ」という認識で合意した。

このようにロシアが中印紛争の調停役を果たしたことは注目に値する。その前提として、ロシアが中印両国に対し中立性、等距離性を保ってきたことが挙げられる。裏を返せば、ロシアは中国との友好を謳いながらも、インドにも親しく接し、中印紛争に際して一方的に中国の側に立たなかったということである。

従来、プーチン政権は上海協力機構へのインドの加入を支持するなど、インドとも良好な関係を培ってきた。歴史的経緯をたどれば、露印関係は1990年代に低迷したが、ソ連時代は概して友好関係を構築していた。1950年代末からの中印国境紛争においては、当時ソ連が中立的立場をとり、社会主義の兄弟国であった中国を一方的に支持せず、インドに理解を示したことが、中ソ対立を激化させる一因となった経緯もある。

近年でも、中国が近隣諸国と抱える問題に対し、ロシアが中立的態度をとることは、南シナ海問題などで見られた。もっとも、2020年に再燃した中印紛争に対し、ロシアは傍観者的な立場をとるだけでなく、さらに一歩進んで調停役を担った。これは上述の中ソ関係悪化の経緯を彷彿させるものであり、その意味では相当踏み込んだ対応でもあった。こうした対応に出た背景には、露印関係がロシアの戦略にとって重要であることはもちろん、国際社会における調停者としてのプレゼンスを強めることで、中国に対するバランスをとる狙いがあったと考えられる。

もちろん今回の一件をもって、ロシアが今後も、ユーラシア国際政治の舞台で調停役として存在感を高めるとの保証はない。中印間にも対話があり、インドはアメリカとの関係を重視している。インドではロシアに対し複雑な見方があり、友好一色とは言えない。露印間の経済的つながりは露中間のそれに比べ遥かに小さいこともあり、露印関係を過大評価することはできない。

(3) まとめ

最後に改めて2020年の情勢を概観したい。この1年で、プーチン政権をとりまく政治的状況は概して厳しさを増したと見られる。内政面での支持率低下はもちろん、外政面でも旧ソ連諸国の政情不安が深刻なリスクとなった。西側との関係では、ナヴァリヌィ毒殺未遂事件などもあり、関係改善の見通しは直ちに立ちそうにない。対米関係ではトランプ大統領再選の可能性が消え、関係が好転する兆しは見えない。こうした状況は、一部で指摘されるように、ロシアが中国の「衛星国」と化す日が近づきつつあるとの説を間接的に補強するかのようである。

しかし、露中関係はそれ自体の進展を見る限り、目下のところ大きな変動を来していない。ロシアは依然として中国に友好的な姿勢をとり、「露中蜜月」の演出に努めているが、その実、独立した立場を維持し、また中印間の調停役としても注目を集めている。つまりロシアは、中国の協力者として振る舞う一方、関係の対等性においては譲らず、また地域の調停役としての存在感を保つことで、大国化する中国に飲み込まれずに、多極世界の一角を占め続けようとしている。こうした取り組みが功を奏するのか、また露中両国にどのような未来が待ち受けているのか、2021年も引き続き観察する必要がある。