研究レポート

経済制裁:国際法の観点から

2021-02-22
中谷和弘(東京大学教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第7号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに:経済制裁の構造

経済制裁は国際法違反国に対する経済的不利益措置である(広義では国際法違反を前提にしない、狭義では国連安保理決議に基づく非軍事的強制措置に限定)。経済制裁は、間接的履行強制であって、経済的手段によって標的国の政府の政策変更を促す(国際法違反を停止させる)ものであり、政府が政策変更をしない場合には政府自体の平和的交代(民主国の場合)や暴力的交代(非民主国の場合)を促すものである。

国際法違反に対する諸国家による諸反応の中で、経済制裁は最も主要なものとなっている。というのは、①武力行使は国際法上、個別的・集団的自衛権に該当する場合か国連安保理決議で容認されている場合にしか認められない上、民主国家においては武力行使の選択は政治的に極めて困難である、②外交上の措置(外交官追放、大使召還(命令)、大使館閉鎖(命令)、外交関係断絶)は国家が裁量的に発動できる措置ではあるが、それ自体は強力な措置とはいえず、一般には象徴的効果にとどまる、③国際裁判による解決は合意管轄の前提に加えて緊急の状態には対応できないためである。重大な国際法違反に対して抗議をするだけでは不十分であるため、何かをしなければならない際に諸政府の指導者の頭に浮かぶのがこの経済制裁である。

経済制裁は実は「おつきあい」の側面が強い。特に国連安保理決議に基づく経済制裁(非軍事的強制措置)の場合、その色彩が強い。経済制裁の目的は、継続中の国際法違反の停止であるといわれるが、「おつきあい」で措置をとっている諸国家が本当に真摯にそう考え、経済制裁で国際法違反が停止できると考えているかどうかは多分に疑問である。但し、そのような場合であっても経済制裁は無意味という訳では全くない。経済制裁は、言葉による抗議よりも強い非難を示すものであるとともに、一般予防的な効果も有しうる。経済制裁措置をとらないことや措置を弱めることが標的国に誤ったメッセージを伝えてしまうことにも留意しなければならない。

経済制裁措置は、輸出入禁止が最も代表的な措置であるが、その他にも、投資禁止、航空機乗入禁止、金融取引禁止、資産凍結など様々な種類のものがある。

経済制裁の分類

国際法上は、経済制裁は、①国家の単独の決定に基づく(国連安保理決議に基づかない)経済制裁と②国連安保理決議に基づく経済制裁とに大別される。

①においては、国際法上合法であるか否かが最大の問題である。国際法違反国に対する輸出入禁止は、通常、GATT/WTO, EPA/FTA, FCNの諸規定(特に数量制限の禁止、最恵国待遇)に一旦は抵触するように思われるが、国際法違反に対する対抗措置(countermeasure) として均衡性その他の一定の要件を満たす場合には合法になる(違法性が阻却される)。なお、禁輸措置発動国と標的国との間に上記の経済条約関係がない場合(例. 日本は北朝鮮を国家承認しておらず、日本と北朝鮮の間には経済条約関係はない)には、国家には他国と貿易を開始・維持する一般国際法上の義務はないため、輸出入禁止措置は国家が裁量的に発動できる報復(retorsion) として位置づけられる。

これに対して②においては、措置をとれるかという国際法上の合法性は問題にはならず、各国にとって措置をとることが義務的かどうか(どの部分が義務的であるか)が最大の問題である。この問題は安保理決議の解釈の問題である。安保理決議の当該パラグラフが各加盟国にとって拘束力を有するか否かは、「解釈されるべき決議の文言、決議に至る討論、援用される憲章の条項、安保理決議の法的帰結を認定するのに役立つあらゆる事情に照らして判断されるべきである」と国際司法裁判所「ナミビア事件」勧告的意見で指摘されているが、一般にThe Security Council decides that the Member States shall ... という文言は、拘束力を有する典型的なパラグラフの文言である。

国連安保理決議に基づく経済制裁

国連安保理決議に基づく経済制裁(非軍事的強制措置)は、冷戦期までは、南ローデシア(自決権を無視した形での英国からの一方的独立)、南アフリカ(アパルトヘイト)に対する措置等、少数のものに限定されていたが、冷戦後には大幅に増加し、イラク(クウェート侵略)、リビア(パンナム機爆破事件およびアラブの春に対する人民弾圧)、ユーゴスラビア連邦(内戦における集団殺害・民族浄化)、タリバン・アルカイダ(テロリズム)、北朝鮮(ミサイル発射と核実験)、イラン(核開発疑惑)等に対して発動されてきた。

冷戦後の経済制裁の手法として注目されるのが、スマート・サンクションである。これは、被制裁国の無辜の人民に対する打撃を過大なものにならないようにし、他方、原因行為に責任を有するエリート層に対する打撃の極大化を目指した制裁措置である。食糧・医薬品は経済制裁から除外するといった人道上の配慮や武器禁輸に加えて、有責者の個人金融資産の凍結、有責者の旅行禁止、奢侈品の輸出禁止などが含まれる。

金融制裁とりわけ有責者の個人金融資産の凍結は特に有効な措置とされるが、対象者が本当に有責者であるかどうかの十分な確認と資産凍結された者による苦情申立・再審査の適正手続を整備しておく必要がある。IMF協定の関連では、安全保障を理由とした資産凍結に当たっては事前に又は30日以内にIMFに通報する必要があり(IMF理事会決定144-(52/51))、実際に通報がなされてきたが、これに対してIMFが異議を唱えたことはない。金融制裁については、多額の資金を有する政府系ファンド(SWF)の資産凍結措置が国連安保理決議に基づく対リビア経済制裁においてとられたことも新動向として注目される。

経済的相互依存関係ゆえ、経済制裁は標的国と関係の深い第三国に経済的打撃を与えることがある。国連憲章50条では経済的打撃を受けた国は安保理と協議する権利を有すると規定するが、補償を受ける権利が付与された訳ではなく、実際には、加盟国の一部による自発的な援助がad hocになされることがあるにとどまっている。「背に腹は代えられぬ」として禁輸の「抜け駆け」が生じてしまうこともあるが、経済制裁が多くの国家にとって「おつきあい」である以上、「抜け駆け」の穴を完全に塞ぐことは現実には無理であろう。

国家の単独の決定に基づく経済制裁

国連安保理決議なしに国家が単独で行う経済制裁に関連して最近特に注目されるのは、

制裁措置の原因行為につき責任を有する者(個人、企業・団体)が制裁国内に有している金融資産の凍結(及び入国拒否と査証の発給停止)である。例えば、サイバー攻撃に対する諸国家の反応として、現実に援用され、また広言されているのは、サイバー手段による反撃ではなく、攻撃に責任を有する者の金融資産凍結という経済制裁である。このような措置は、スマート・サンクションの一環としてとらえることもできる。資産凍結は財の自由処分権を一時的に剥奪するものであるが、国際法違反に対する対抗措置として容認されうる。

国家の単独の決定に基づく経済制裁をめぐり特に複雑な問題が生じるのは、措置の域外適用がなされる場合である。X国が「Y国が国際法違反を犯した」と主張して禁輸措置をとる場合にZ国内にあるX国系企業の子会社からY国への輸出も禁止するというのがその代表例である(措置の主体の範囲の拡大である)。国際法上、属地主義の排他的優位が確立しているとは言い難いため、この域外適用の問題は未解決のまま残っている(シベリアパイプライン禁輸(対ソ連制裁)やヘルムズ・バートン法(対キューバ制裁)やダマト法(対イラン・リビア制裁)をめぐる米欧対立の先例がある)。また、第2次ボイコット(上記の例で、Y国の企業と取引したZ国の企業も制裁の対象に加える。措置の客体の範囲の拡大である)は、アラブ諸国の対イスラエル・ボイコット以来、時々みられるが、国際法上、Z国の通商政策の自由を侵害する違法な干渉に該当する可能性が高い。米国は域外適用に加え第2次ボイコットを採用し(例. 香港自治法では香港の自治の侵害に関与した中国・香港関係者を特定し、米国にある資産を凍結、査証の発給を停止措置をとるとともに、当該者と取引した外国金融機関に金融上の不利益措置を課す)、中国も2020年12月施行の輸出管理法において、域外適用の規定をおいている(44条、中国国外の企業が本法に違反して中国の国益を侵害する場合には、法に基づいて対応し法的責任を追及する旨を規定)。米中経済紛争がもし激化すると、日本企業は米国をとるか中国をとるかの「踏み絵」に今後直面する可能性があり、十分留意する必要がある。

経済制裁措置の「実効性」

経済制裁は実効的ではないとしばしば指摘される。一般に経済制裁は「効く」のに時間を要し、かつ「抜け駆け」が生じやすい(経済制裁がそもそも完全な形では行われない)。

さらに経済制裁(特に国連安保理決議に基づく場合)は「おつきあい」の側面が強い以上、国際法違反の停止を唯一のメルクマールとして実効的か否かを判断することは多分に疑問である。経済制裁には、一般予防的効果(別の潜在的違反国に国際法違反を思いとどまらせる)もあるのであり、「実効性」の評価に際してはこのような観点もとり入れる必要があろう。

経済制裁措置の国内的履行

経済制裁措置の国内的履行について、我が国では外為法を中心として各業法で対応するというパッチワーク的対応をとってきた。外為法は以前には次のような不備があった。①イラクのクウェート侵攻の1990年時点では、資産凍結についての条項がなかったため、全国銀行協会への行政指導という形をとった。②輸入禁止の根拠となる文言は当時は「外国貿易及び国民経済の発展」しかなかったので、対イラク輸入禁止措置はそれで読みこんだ。③当時は日本独自の決定で資産凍結はできず、それが明確にできるようになったのは2004年の法改正においてであり、そこではじめて北朝鮮に対する一方的な資産凍結が可能となった。また、安保理決議820パラグラフ24では、旧ユーゴから加盟国に来る航空機、船舶、鉄道車両等の没収を義務づけたが、日本ではこのような場合に押収・没収を可能とする国内法規がないため、何と出入国管理難民認定法で対応して、旧ユーゴからの航空機・船舶等の入域を防止した。

今後の課題として、第1に、例えば、某国による少数派への人権弾圧に対して経済制裁措置を日本の独自の判断としてとる場合に、外為法で読み込めるか改正が必要かという問題がある。侵略やジェノサイドといった国際社会全体に対する重大な国際法違反に対しては、自国の主観的な権利が侵害されていない国家も一定の経済制裁措置を単独でとることは可能である。国内法上はどうか。外為法10条1項では、「我が国の平和及び安全の維持のため特に必要があるとき」は、閣議において対応措置を決定できる旨を規定する。他国の人権侵害をこれに該当すると読むことは可能なのだろうか。また、輸出禁止についての48条1項の「国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められる」、同条4項の「国際平和のための国際的な努力に我が国として寄与するため」に該当するのだろうか。解釈での対応が無理な場合には法改正も視野に入れることが求められよう。

第2に、今後増大するであろう新種のサービス貿易の禁止が国連安保理決議によって義務的なものとして各国に課される場合に、これまでのようなパッチワーク的な対応のままで十分なのかという問題がある(そもそも新種のサービス貿易には規制措置の根拠となる業法が存在しないため)。米国は国連参加法という国内法を有し、そこでは、大統領に国連安保理の非軍事的強制措置を履行するため必要な措置をとる権限を付与するとともに、措置は他の国内法に優位する旨を規定している。英国やシンガポールも同種の国内法を有する。このような包括的アプローチは、国内法が不存在であるため経済制裁措置をとれない(それは安保理決議違反という国際法違反になってしまう)事態を回避できるというメリットを有する。さらにシンガポール国連法においては、経済制裁に従って取引停止をした私人は契約不履行の責任を問われない旨を確認する条項がおかれている。経済制裁をきちんと履行するには企業の協力が不可欠であうが、このような規定があれば、企業は訴訟リスクを恐れることなく安心して経済制裁措置に協力できる。我が国としても同法を参考にすべきであろう。