研究レポート

輸入代替デジタル化戦略の誘惑

2021-03-02
伊藤亜聖(東京大学准教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

開放的な工業化と閉鎖的なデジタル化

昨今、保護主義への高まりに懸念が表明されてきた(経済産業省, 2019)。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの米国の離脱、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)からのインドの離脱は確かにそうした動きを反映したものだ。それでも、残った有志国でTPPは発効し、RCEPも署名されたことに見られるように、従来議論されてきたモノとサービスを中心とする自由貿易協定、経済連携協定には進捗も見られる。一方で、デジタル経済に目を向けて見ると、個人情報の保護に加えて、特定の事業活動に必要なサーバーやデータストレージの当該国の国内設置と保存を求めるデータローカライゼーション規制を筆頭に、「デジタル保護主義」(digital protectionism)への関心も高まってきた。

デジタル経済への規制と保護を正当化する論理としては安全保障上、検閲上、そして経済政策上の理由が考えられ(Yalcintas and Alizadeh, 2020)、具体的な介入措置にはデータローカライゼーション規制に加えて、国外サービス・サイトへの接続への制限等の各種規制や措置が含まれる(Aaronson, 2019)。TPP協定の第14章、RCEP協定の第12章は「電子商取引」となっており、国際的枠組みの模索は進んでいる。しかしながら米欧の間も含めて、各国・地域の間の認識にはギャップが大きく、各国による独自の措置の余地は依然として大きい。

多国間協定の広がりとそれによるモノの貿易面での関税率の低下が進む一方で、デジタルサービスの面では強い規制が残存し、または規制が強化される傾向もある。こうした組み合わせを体現していると考えられるのが中国である。中国は習近平政権誕生以後にも、1978年以降に定着したと認識されてきた「改革開放」政策を堅持すると度々言及してきた。トランプ政権誕生以降に激化した米中対立によって、米国は一連の対中関税の引き上げと中国企業への制裁措置を発動し、これに対して中国側は対抗措置として報復関税の発動に加えて、輸出管理の強化を進めている。このため中国(そして米国)が自由貿易を重視していると単純に言うことはできないが、それでもRCEPへの署名とTPP参加への意欲に見られるように、モノの貿易自由化を中心とする多国間経済連携協定への参加を重視していることは明らかである。

一方で、中国政府はデジタルサービスの領域において引き続き国内規制で外国の主要なSNSサービス、検索サービスへの接続を制限し、2017年6月に施行されたサイバーセキュリティ法では、第37条で「重要情報インフラストラクチャー運営者」を対象に、個人情報及び「重要なデータ」の国内保存義務が規定された。中国も署名したRCEP協定には第12章に、データローカライゼーションへの規制が記載されているものの、公共政策、そして安全保障上の理由からの例外措置は認められている。RCEPは中国が初めて署名した電子商取引を含む協定であり、また意見交換の場としての意義にも注目が必要であるため、中国が加盟したことの意義は、今後の運用次第によるところが大きい。ただ現状では中国国内でデータローカライゼーション規制をはじめとして、デジタル経済への規制緩和が進む兆しはない。

広がる中国モデル

単純化すれば、中国は「開放的な工業化、閉鎖的なデジタル化」という戦略的な組み合わせを採用しているように見える。RCEP署名に見られる関税率の引き下げと、もう一方でのデジタル経済面での規制の残存という一見相いれない組み合わせである。

工業化とデジタル化の2つの軸からそれぞれ開放と閉鎖の戦略があると想定した場合、下記の表1のような4つの組み合わせを考えることができる。工業化の面では、モノの貿易を阻む障壁(関税障壁および非関税障壁)が低く、直接投資規制も緩い経済を開放的工業化戦略と呼ぶことができる。逆にかつてのインドやメキシコがそうであったような高関税率による輸入代替工業化(import substitution industrialization)を取る経済を閉鎖的工業化戦略と呼べる。デジタル化の面では、データローカライゼーション規制を採用せず、デジタル経済(Eコマース、コンテンツ、検索分野)への許認可や直接投資規制を実質的に採用していない経済を開放的デジタル化、逆を閉鎖的デジタル化と呼ぶことができる。例えば関税率も低く、データ規制も緩ければ、「開放的工業化、開放的デジタル化」の組み合わせとなる。



この4分類を可視化するために、工業化の面では工業製品への平均実行関税率を、そしてデジタル化の面では経済協力開発機構(OECD)のデジタルサービス貿易規制指数(Digital Services Trade Restrictiveness Index, DSTR指数)を測度とすると、図1のような散布図となる。図1ではデータが得られる46カ国について、2014年と2018年の2時点での値を示している。関税率が低く、そしてデジタル規制も緩い右上にはOECD諸国が集中している。

これに対して中国は最も左、つまり最もデジタル規制が厳格な国と位置づけられ、2014年から2018年にかけて左上へと移動している。関税率は低下した一方で、デジタル規制は強化された。興味深いのは同期間に「関税率の低下とデジタル規制の強化」という変化がインド、ロシア、ブラジルでも生じていることだ。同期間に、中国の場合、実行関税率は6.7%から4.3%へと低下した一方で、DSTR指数はすでに46カ国中で最高値の0.466から最高値を更新して0.488となった。インドは実行関税率が7.3%から6.0%へと低下したのと同時に、DSTR指数は0.217から0.343へと上昇した。インドネシア、コロンビア、チリでは関税は低下したものの、デジタル規制は高止まりした。サウジアラビアは関税率が一定であった一方で、デジタル規制は大幅に強化されている。無論、デジタル規制を緩和した国もあり、メキシコや、アルゼンチンがこれにあたる。

図1 「開放的工業化、閉鎖的デジタル化」戦略の広がり



注:デジタルサービス貿易規制指数は①インフラとデータ、②電子取引、③支払いシステム、④知的財産権、そして⑤その他の合計5分野について規制を評価したものである(Ferencz, 2019)。関税率については、2014年データが得られなかったチリ、トルコ、インド、インドネシアは2013年データ、2018年データが得られなかったアイスランド、イスラエル、ニュージーランド、サウジアラビアの関税率は2017年データを用いている。

出所:OECD「デジタルサービス貿易規制指数」および世界銀行「世界開発指標」より作成(2020年12月23日アクセス)。

輸入代替デジタル化の誘惑と限界

中国を筆頭とした新興国の図1における左上への移動は、「開放的な工業化、閉鎖的なデジタル化」戦略が趨勢となりかけていることを示している。例えば東南アジア諸国では保護主義の高まりが懸念されている。インドネシアではデータ移転規制がデータセンターの建設ラッシュという「特需」をもたらし、同国の情報通信省関係者は「IT分野の投資を呼び込む狙いがあった」と述べた1。インドでは中印関係の悪化に伴い、TikTokをはじめとする中国製アプリの禁止措置が取られ、その際には現地報道では規制を歓迎する地場スタートアップ企業経営者のコメントも見られた2。輸入代替工業化のデジタル経済版として産業政策の観点から見るならば、輸入代替デジタル化(import substitution digitalization)と呼べる(伊藤, 2020)。

しかしこうした保護主義には限界がある。輸入代替工業化戦略と同様に、国内消費者に割高のサービスを強要することを通じて、消費者の厚生を引き下げるコストが発生する。データローカライゼーション規制がとられた場合、域内の消費者は割高のサービスに直面するため各国のGDPは負の影響を受け、また産業レベルでも生産性(TFP)と産出額に対して負の影響が出るとの推計が示されてきた(Bauer, et al 2014; Bauer, et al 2016)。イランの事例研究でも、社会の大多数にとっては質の高いデジタルサービスへのアクセスコストが高まり、低質な国内スタートアップの登場にとどまった限界が指摘されている。イスラーム・イデオロギーの堅持のため、安全保障上の意図からインターネット検閲を強化して"National Information Network (NIN)"プロジェクトが2013年に始動したものの、高質な代替サービスが不足し、なおかつVPN接続といった迂回策によって所期の成果を挙げなかったとされる(Yalcintas and Alizadeh, 2020)。

デジタル保護主義を採用し、産業政策として成功したと見なされがちな中国の事例の解釈もそう単純化できるものではない。2000年代には外資企業との競争も展開してきたことや、外国人株主による実質的な出資(外国資本独資企業との契約を通じた権限の行使、いわゆるVIEスキーム)も続いてきた。SNSへの厳しい検閲が否定できない一方で、中国を純粋な輸入代替デジタル化戦略と評価することも妥当ではない。それでも国家の安全、社会の安定、産業政策といった種々の正当化の理由があることを考えると、新興諸国がデジタル保護主義を採用することへの誘惑は続くと思われる。




参考文献

Aaronson, S. A. (2019). What are we talking about when we talk about digital protectionism?. World Trade Review, 18(4), 541-577.

Bauer, M., Lee-Makiyama, H., Van der Marel, E., & Verschelde, B. (2014). The costs of data localisation: Friendly fire on economic recovery. ECIPE Occasional Paper, No. 3.

Bauer, M., Ferracane, M. F., & van der Marel, E. (2016). Tracing the economic impact of regulations on the free flow of data and data localization. Global Commission on Internet Governance Paper Series, No.30.

Ferencz, J. (2019). The OECD Digital Services Trade Restrictiveness Index. OECD Trade Policy Papers, No. 221, OECD Publishing, Paris.

Yalcintas, A., & Alizadeh, N. (2020). Digital protectionism and national planning in the age of the internet: the case of Iran. Journal of Institutional Economics, 16(4), 519-536.

伊藤亜聖(2020)『デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か』中公新書。

経済産業省(2019)『令和元年版 通商白書~自由貿易に迫る危機と新たな国際秩序構築の必要性~』経済産業省。

1 『日本経済新聞』、2020年9月18日記事「インドネシア、データ移転規制が招くクラウド特需」。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64075370Y0A910C2FFN000.

2 The Economic Times, July 1st, 2020, "India bans 59 Chinese apps including TikTok, WeChat, Helo". https://economictimes.indiatimes.com/tech/software/india-bans-59-chinese-apps-including-tiktok-helo-wechat/articleshow/76694814.cms.。