研究レポート

目標ベースのグローバルガバナンスの挑戦:SDGsの本当の意義

2021-03-03
蟹江憲史(慶應義塾大学大学院教授)
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「地球規模課題」研究会 第8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

課題の連鎖

現代社会においては、一つの課題が、実は別の課題に大きく関わっている。「風が吹けば桶屋が儲かる」が如く、グローバル化が進み、インターネットのインフラも普及してなお進化し続けている今日では、自律分散する様々な課題もまた相互に関連し、影響しあっている。

こうした課題は、経済の問題、社会の問題、環境の問題といった3つ程度に大別することが出来る。これら、環境・経済・社会の問題は一見独立した問題のようにも思われるが、実はそれぞれが深く強く関連づいている。「命にかかわる」暑さに対応するために、自動販売機でペットボトルの水を買って飲むと、今必要な気候変動対策としての水分補給は出来るが、ペットボトルが石油製品であるとすれば、それをゴミとして焼却することは、気候変動を助長することになってもいる。冷房をつければ、気候変動がもたらす命の危機から今は脱することが出来ても、石炭火力発電で電気を作っている限り、やはり、同時に気候変動を助長することになる。

課題が相互に関連しているということは、課題解決も一筋縄ではいかない、ということでもある。何かを解決しようとしても、総合的に考え、行動を取らない限り、全体として課題を解決することにはならない。

こうした課題をシステム全体の課題として捉え、その解決を図るべく登場してきたのが、SDGsである。

世界のかたち

2015年9月の国連総会で、国連加盟の193カ国が賛同した世界の掲げる目標がSDGsである。日本語では「持続可能な開発目標」と訳される事が多い。

今だけ成長して未来に経済的・社会的・環境的な負債を残すのではなく、持続的に成長していく。それは、経済成長だけではなく、社会的な意味で、例えば皆が幸福度を挙げられるような成長であったり、環境面から、いつまでも豊かな自然環境が人間生活を支えてくれているような成長であったりする。そんな総合力のある成長目標が、SDGsである。

SDGsには、17の目標と169のターゲットがある。目標には、比較的抽象的な表現による、地球規模での目指すべき到達点が描かれている。ヴィジョンと言っても良いような大目標である。ターゲットには、達成を目指す年や数値を含む、より具体的な到達点が描かれている。SDGsは、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」という国連文書の中核をなすものであるが、そのアジェンダは、目標とターゲットは相互に関連付けられており、「統合され不可分のもの(integrated and indivisible)」だとしている(パラ18)。そのうえで、グローバルな目標に導かれながら、ターゲットは各国が置かれた状況を念頭に各国政府が定めるとして、各国が主体的に具体的なターゲットを定めることを推奨している。

各国のターゲットが各国政府によって定められるものであるという点は、とかく忘れられがちである。つまり、SDGsの日本の文脈への「カスタマイズ」である。国レベルの、ということを考えればそれは政府の仕事ということが連想されるかもしれない。しかし、国には多様なステークホルダーがいる。各ステークホルダーが、それぞれターゲットを「カスタマイズ」すること、それこそがSDGsを達成するために重要なのである。SDGsの目標達成へ向けたアクションの実施は、まずは目標設定から始まるという原点である。

SDGsとは、目標とターゲットがある、ただそれだけのものである。国連で決められる国際的な取り決めには、大抵実施のための仕組みやルールなどが伴う。条約を見ればわかるであろう。が、SDGsにはそうしたルールはない。目標とターゲットが並んでいるだけの、極めてシンプルなものがSDGsなのである。

SDGsの特徴

SDGsには大きく三つの特徴がある。一つ目は仕組みであり、二つ目は仕組みの中でも特に「測る」ということにその特徴がある。これは、ビッグデータなど様々な計測が可能になっている今日の状況を考えると、極めて重要な特徴である。そして三つめは総合性である。

通常、国際的な取り決め、特に国連のもとでの条約や議定書などの取り決めは、ルールや、そのルールの集まりで成り立っている。各国にはそれぞれ法体系があり、ルールがある。そのルールを持ち寄って、調整を図りながら、新たな国際ルールを作っていく。これが多国間交渉のエッセンスであり、したがって、国連で行うような多国間での取り決めは、利益や負担の配分というよりも、法制度の調和を図るものが多いと言われる所以である2

具体的な国際的課題に焦点を当て、その問題を解決するための仕組みとして「国際レジーム」といわれるものがある。例えば、「気候変動レジーム」や、「国際貿易レジーム」といわれるものである。WTOを軸とした自由貿易体制はその典型例である。国際レジームとは、ある問題を解決するための国際的ルールのセットだと言われることがある。自由、無差別、多角的に貿易を進めるという「原則」のもとで協定のような明文的な「法的枠組み」が定められるが、それですべてではない。これに関する意思決定「手続き」や紛争解決「手続き」があり、制度枠組みが出来ている。こうした仕組みは、様々なルールが重なりあって出来上がっており、その総体を国際レジームと呼んでいる。国連はこれまで、こうした国際レジームづくりを得意としてきた。例えば、気候変動問題解決に向けて、毎年年末になると気候変動枠組み条約の締約国会議(COP:Conference Of the Parties)が開かれるが、これは意思決定手続きの一つということになる。

ところが、SDGsはこうした法的な仕組みとは全く異なるアプローチをとる。2030年という「少し先の未来」についての目標だけを設定し、その目標達成のためのルールは作らないアプローチである。詳細な実施ルールは定めず、目標のみを掲げて進めるグローバルガバナンスのことを筆者は「目標ベースのガバナンス」と呼んでいる。目標から始める仕組みが、新たなグローバルガバナンスをもたらしつつある。

意欲的な目標を掲げることで、その目標を達成しようという意思を持った「資源」が集まる。ひとことで「資源」と言っても、その内容は多様である。人的資源をはじめ、目標を実現するための知的資源(アイディア)も集まる。また、目標へ向かうための「資金」も重要な資源である。これらにより、時に、現状からの積み上げでは考えられなかったような飛躍が実現できることがある。

二つ目の大きな特徴は、「測る」ことである。SDGsには細かい実現の仕方が書いていない代わりに、その進捗を測ることで、目標達成へ向けた歩みを進めようとしている。測ること自体は、直接何かを変えていく行動ではない。しかし、測ること、あるいは測られることになると、その時々の状態がわかるため、その状態を改善するためのインセンティブが刺激される。

指標は測るという行為を支援するためのカギである。これに加えSDGsには、定性的に測る仕組みもある。4年に一度公表されるGlobal Sustainable Development Report(GSDR)である。これは国連事務総長に任命された15名の独立科学者が取りまとめるものになっており、評価報告書の評価を行いながら、SDGs推進へ向けたカギを同定する。最初のものは2019年に発表され、次回は2023年に発表される。筆者もこの15名の一員になったところである。

三つ目の特徴は、総合性である。17目標は、どの目標を入口にして入ったとしても、なんらかの取り組みを進めようと思えばその活動は他の目標にも連関することになり、結果として総合的視点から取り組みを進める必要が出てくる。そうなるとSDGsは総合的に取り組むためのチェックリストの役割も果たすことになる。

ただし、SDGsは政治的な合意によって出来上がっているものであることから、すべてが調和的にできているわけではない。あるターゲットを達成しようと思うと、別のターゲットの達成を脅かすものも存在する。こうしたトレードオフとシナジーはまだまだ研究途上にあるが、学界では関心を寄せる課題でもある。2016年のNatureには、シナジーとトレードオフの関係を+3から-3の7段階のスコア(中立は0)で表現する方法論も発表され3、国際科学会議(International Council for Science)はこうした研究を主導し、すでに報告書も公表している4。「ポストSDGs」設定へ向けてこうした研究はますます加速度を増していくであろう。

こうしてSDGsは「変革」へ向けた歩みを始めた。2019年の国連総会では、これから始まる「行動の10年」の重要性が叫ばれたば、その矢先にパンデミックの影響で、多くの目標やターゲットが進捗の停滞あるいは交代を余儀なくされた。しかし、同時にこれは変革へ向けた機会にもなる。これからの10年の動向は、その最初の数年がカギを握ると考えられる。




1 本稿は拙著「SDGs(持続可能な開発目標)」(2020年、中公新書)での記載内容をベースに、一部書き換えたものである。
2 「多国間交渉の理論と応用」より。
3 Nilson, Griggs and Visbeck (2016), Map the interaction between Sustainable Development Goals, Nature Vol534, 16 June 2016, pp. 320-322.
4 ICSU(2017)A Guide to SDG Interactions from Science to Implementation, International Council for Science, Paris