研究レポート

FTAの政治経済分析

2021-03-04
浦田秀次郎(早稲田大学名誉教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第10号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

近年の通商政策に関して注目される動きとして地域貿易協定(RTA)の急増が挙げられる。1948年から90年までに関税と貿易に関する一般協定(GATT)に通報されたRTAの累積数は28であったが、その後急増し、95年にGATTの後継機関として設立された世界貿易機関(WTO)に通報されたRTAの累積数(GATTの下でのRTAも含めて)は2000年には98、10年には320、20年には501となった。他の地域に比べると東アジアではRTAの締結は遅れたが、21世紀に入って急増している。日本では2002年に発効したシンガポールとのRTAを始めとして21年2月までに18のRTAを発効させている。本稿では、近年におけるRTAの特徴を簡潔にレビューすると共に、RTA締結の動機、決定要因および効果・影響について経済学および政治学(特に安全保障)の観点から検討したい。RTA締結の決定要因および効果・影響については、主要な定量分析の結果を紹介する形で議論を進める。

WTOでは地域経済統合を加盟国間の貿易に関する障壁を撤廃する自由貿易協定(FTA)と、加盟国間の貿易障壁撤廃だけではなく非加盟国からの輸入に対して共通関税を適用する関税同盟(CU)に分類し、それらを合わせて地域貿易協定(RTA)と称しているが、RTAの中ではFTAが圧倒的に多いことと、一般的にはFTAという用語が多く使われていることから、本稿では正式にはRTAと表現すべき箇所においてもFTAと表現することにする。

多様化するFTA

FTAは基本的には加盟国間における財およびサービス貿易の自由化に関する取り決めである。但し、近年締結されるようになったFTAは貿易の自由化だけではなく、投資の自由化や電子商取引などを含む包括的な取り決めになっている。FTAに含まれる貿易自由化以外の項目については、WTO-plusとWTO-extraという分類を用いる場合が多い。WTO-plusに分類される項目はWTOに規定されているが、WTO規定よりも規律の高い(自由化度の高い)内容となっているものであり、WTO-extraはWTOには規定がない項目である。WTO-plusの項目としては、財およびサービス貿易、投資、知的財産権、政府調達(WTOには政府調達協定があるが、一部の加盟国のみが参加している)などがあり、WTO-extraの項目としては、電子商取引、労働、環境、国有企業、競争政策などがある。FTAの内容が多様化しており貿易だけではなく経済活動全体に関係するような内容になっていることから、FTAではなく経済連携協定(EPA)と呼ばれることもある。

FTAの内容とFTA加盟国との関係を観察すると、興味深い傾向が読み取れる。一般的には、発展途上国が加盟国となっているFTAと比べて、先進国が加盟国になっているFTAでは貿易自由化度が高く、また、WTO-extraに分類される項目を含む傾向が強い。先進国が参加するFTAと発展途上国が参加するFTAの内容が異なる一つの理由は、先進国によって構成されるFTAはWTOのルール(GATT24条)として高い規律が要求されるのに対して、発展途上国によって構成されるFTAは授権条項として優遇されることから、明確な規律が適用されないというものである。各国の参加するFTAの内容を比較すると興味深い違いが見えてくる。例えば、日本、米国、欧州連合(EU)などの先進諸国が加盟国となっているFTAでは、競争や資本移動に関わる規律が含まれているのに対して、中国のFTAではそれらの項目は含まれていない。

近年、注目を集めているアジア太平洋地域に位置する11カ国を加盟国とし、2019年12月に発効した包括的・進歩的環太平洋パートナーシップ(CPTPP)協定と東アジアに位置する15カ国を加盟国とし、2020年11月に署名され、現在、加盟国において批准手続きに入っている地域包括的経済連携協定(RCEP)では、いくつかの興味深い違いが認められる。因みに、CPTPPやRCEPは主要な国々を含み多くの国々が参加していることから、メガFTAと呼ばれることがある。財貿易の自由化度では、CPTPPでは、すべての国がほぼすべての財に係る関税を撤廃する約束をしているのに対して、RCEPでは、全商品の中で関税撤廃を約束している商品の割合(関税撤廃率)は90%程度となっている。また、項目としては、CPTPPには国有企業、労働、環境などが含まれているが、RCEPには含まれていない。これらの両メガFTAの内容の違いは加盟国の違いによるところが大きい。RCEPにはCPTPPに参加していない中国や経済発展の初期段階にあるカンボジア、ラオス、ミャンマーなどの国々が参加していることが、RCEPではCPTPPの要求するような包括的かつ高い規律を含めることができなかった理由であると言われている。これらのFTAの内容の違いは、次に取り上げるFTAに参加する国々にとってのFTA締結の動機の違いを反映している場合が多い。

FTA締結の動機

FTA締結の動機として大きく分けて経済的動機と政治的動機がある。経済的動機としては、特定国とFTAを締結することにより、その国との貿易を自由化することで貿易を拡大させ、経済成長を実現することが挙げられる。FTAによって相手国の貿易障壁が削減されることで、輸出が拡大し、輸出の拡大は生産や雇用の拡大をもたらすことから経済成長が実現する。一方、FTAは自国の貿易障壁を削減することで、輸入が拡大する。輸入の拡大は国内の構造改革を推進することから、経済が活性化し、経済成長を実現する。輸入の拡大は生産や雇用の縮小をもたらすことで被害が発生する可能性があるが、雇用機会を失った労働者への補償や支援を適正に行うことができれば、それらの労働者がより生産的な仕事に就くことを可能にすることから、経済成長を促進することができる。また、輸入の拡大は輸入品と競合する国産品を生産する企業に対して競争圧力を強化することから、国産品生産企業は生産効率の向上や新製品の開発などで対応する。その結果として経済成長が促進される。但し、輸入拡大により雇用機会の縮小を余儀なくされる労働者や生産縮小を迫られる企業はFTAに反対する可能性が高いことから、FTA締結の障害になる。

経済的動機だけではなく国際関係との関連が強い動機として、FTAの締結により世界で拡大する保護主義を抑制し、世界の貿易制度の自由化に貢献することがある。実際、90年代初めにFTAが急増した背景には、当時行われていたGATTの下での多角的貿易自由化交渉であるウルグアイ・ラウンドが暗礁に乗り上げていたという状況があった。そのような状況において、貿易自由化を志向した国々はFTAを締結したのである。同様に、近年におけるFTAの増加の背景には、WTOでの多角的貿易交渉であるドーハラウンドが行き詰まっているという状況がある。

FTA締結の政治的動機としては、特定の国との国際関係の安定化、外国の政権への支援、敵対国の排除などがある。特定の国との国際関係の安定化を動機としたFTA締結としては、かつては敵対国であったが、戦争や紛争による被害が多大であったことから、そのような事態の再発を回避するためにFTAを締結するようなケースが挙げられる。第二次大戦後における西欧諸国による欧州経済共同体(EEC)が代表的な例である。自国が支持する外国の政権を支援する目的でFTAを締結するケースもある。米国は最初のFTAをイスラエルと締結したが、その背景には米国の中東政策で重要な位置にあるイスラエルを支援する意図があったことは明らかであろう。また、米国は1994年に北米自由貿易協定(NAFTA)によってメキシコとFTAを締結するが、一つの重要な理由として、メキシコの親米政権への支援があった。一方、敵対国を排除する、あるいは敵対国に対抗する目的で構築・構想されたFTAの例もいくつか挙げることができる。EECはソ連を中心とした共産主義からの脅威に対抗することが主な目的であった。近年では、米国が中心となって2010年に交渉が開始された環太平洋パートナーシップ(TPP)は中国を包囲することを重要な目的としていたと言われているが、2017年に就任したトランプ大統領によって主に貿易問題の理由から米国はTPPから離脱してしまった。一方、東アジア諸国で構成されているRCEPについては、中国は米国を排除した地域経済圏構築の手段と見做しているようである。

経済的動機と政治的動機との両方の要素を含んだ「動機」として、他国の政策への対応を目的としたFTA締結がある。経済的には、FTAは加盟国を優遇するのに対して非加盟国を差別する取り決めであることから、非加盟国はFTA締結によって余儀なくされた不利な状況を克服するために新たなFTAを締結するか、あるいは既存のFTAへの参加を追求する。一方、政治的あるいは国際関係に関する対応のケースとして、敵対国を排除する動機によってFTAが締結された場合において、敵対国がFTA締結で対抗する場合が挙げられる。東アジアでのFTA構想の出現がTPP構想の引き金となる一方、TPP交渉の開始がRCEP交渉の開始を促すという形で両FTAの間には対抗関係があったことは明らかである。このような競合関係によって触発されるようなFTA締結の動きは「競合する地域主義Competitive Regionalism」と呼ばれている。

FTA締結の経済的および政治的決定要因

FTA締結の動機の検討を踏まえて、FTA締結の決定要因に関する定量的手法を用いた先行研究を経済的要因と政治的要因に関する研究に分け、それぞれについて、代表的と思われる研究を紹介する。

FTA締結の決定において経済的要因を分析した分析はあまり多くないが、代表的な研究としてBaier and Bergstrand(2004)が挙げられる。同研究は、1996年時点において発効していた54カ国が関係する1431のFTAを対象としてFTA締結の決定要因を検証した。分析結果としては、二国間の距離が短い、二国が他の世界諸国から地理的に離れている、二国の経済規模の平均が大きい、二国における資本・労働比率の差が大きい、といった関係にある二国間でFTAが締結される可能性が高いことが示されている。貿易を行うにあたっては財を輸送する費用がかかることから、近距離にある国々の間で貿易を拡大させる誘因が高い。二国間の距離が近いことが、それらの国々の間でFTA締結の可能性を高めることを示している。また、二国の経済規模が大きいことや二国間で資本・労働比率に大きな差があることは、二国にとっては貿易を行うことによって大きな利益を獲得する可能性が高いことから、FTA締結の可能性が高いことを示している。これらの分析結果は、FTA締結の決定要因に関して、経済理論から導き出される関係によって説明できることを示唆している。

政治的要因に関する分析では二つの研究を取り上げる。一つはMansfield, Milner, and Rosendorf (2002)で、政治体制とFTA締結の関係を分析したものである。1951年から92年にかけて締結されたFTAを対象とした分析から、権威主義体制の国と比べて民主主義体制を採用する国はFTAを締結する確率が高いことが示されている。権威主義体制同士の国の場合とくらべて民主主義体制の国はFTAを締結する確率が2倍高く、民主主義体制同士の国であれば4倍高い。民主主義体制の国でFTA締結の確率が高い理由としては、国民は政府によるレントシーキング行動を厳しい目でみており、政権を決める国民による選挙では、権威主義体制と比べて民主主義体制において国民の意思が強く反映されることから、民主主義体制の下での政府はレントシーキング活動を抑制するFTAを締結する確率が高くなると説明する。また、同盟関係にある国同士の間で、FTAを締結する確率が高いことも示されている。

Martin, Mayer, and Thoenig (2012)は戦争とFTA締結の関係を分析した。1816年から2001年の間において発生した戦争と1950年から2000年にかけてのFTAおよび貿易に関するデータを用いた彼らの分析から、50年前以前に戦争で争った国同士の間でFTA締結の確率が高いことが示された。その理由としては、戦争により大きな被害を経験していることから、そのような被害を回避するために緊密な関係を構築することが重要であり、その手段としてFTAを締結すると説明している。一方、過去20年以内において戦争状態にあった国同士ではFTA締結の可能性は低いことも示している。

FTA締結の経済的および政治的効果

FTA締結の経済的動機としては、加盟国間の貿易障壁の撤廃による貿易の拡大、そして貿易の拡大による経済成長の実現が挙げられる。このようなFTAの経済的動機あるいは目的は実現しているのであろうか。FTAの経済的影響を分析する手法として、事前および事後分析がある。事前分析はFTAが形成される以前において、FTAの形成による効果に関して経済モデルを用いたシミュレーションによって分析する手法である。多くの場合、経済全体を対象とした経済モデルである一般均衡モデルが使われる。一方、事後分析は、FTA形成後に貿易への影響を実際のデータを用いて分析する手法である。多くの場合、二つの物体間の引力は、二つの物体の質量に比例するのに対して、二つの物体間の距離に反比例するという物理学で有名なニュートンの万有引力の法則を応用した重力モデル(Gravity model)を用いて分析を行う。具体的には、FTA加盟国間の貿易額を決定する要因として二国の経済規模と二国間の距離およびFTAの効果について計量経済学的手法を用いて分析する。分析では、FTA加盟国間における貿易拡大の有無を検証する。

Petri and Plummer (2020)によるRCEPの経済的効果についてCGEモデルを用いて行った事前分析では、RCEPは加盟国間の貿易を拡大させると共に、加盟国の国民所得を引き上げる効果が確認された。一方、加盟国と非加盟国との貿易に関しては、拡大する場合もあれば縮小する場合もあり、その変化は一様ではなかったが、非加盟国の国民所得への影響については多くの場合負であった。Baier and Bergstrand (2007)は、FTAの事後的分析を行った。具体的には、96カ国によって形成されたFTAの貿易への影響について、1960年、70年、80年、90年、2000年のデータを用いて、重力モデルを適用し、統計的分析を行った。彼らの分析では、FTAはFTA加盟国間の貿易を10年間で2倍に拡大させる効果を持ったことが示された。これらの事前的および事後的分析の結果では、予想されたように、FTAがFTA加盟国間の貿易を拡大し、経済成長を推進する効果が認められた。

FTA締結の政治的動機としては、FTA相手国との国際関係の緊密化が挙げられる。国際関係の緊密度を数量化することは難しいことが主な理由だと思われるが、FTA締結の国際関係の緊密度への影響に関する数量分析は見つけることできなかった。そこでここでは、FTA締結の政治的要因での分析で着目された政治体制を対象とした分析を紹介する。Liu and Ornelas(2014)は国々にとってFTAへの参加は民主主義体制を持続させるのか、あるいは短縮させるのかという問題を数量的に分析した。彼らは、FTAはFTA相手国の輸出業者に自国市場への自由な参入を許可することから、国内生産者に対して輸入価格のつり上げを目的とするロビー活動を行うインセンティブを喪失させる。その結果、輸入保護によるレントを基盤として民主主義体制の転覆を図る専制政治を志向するグループに対してロビー活動を行うインセンティブを与えない。したがって、FTAは民主主義体制を持続させるという仮説を立てて、その現実妥当性を計量経済学の手法を用いて検証した。民主主義の程度を表す民主主義度指標を用いて、FTAの民主主義度指標への影響を116カ国について1960年から2007年までを対象としたデータを分析した結果、FTAは民主主義体制を持続させる効果を持つことが認められた。また、民主主義体制の歴史が長い国は、民主主義体制を持続させる可能性が高いこと、周りに民主主義体制の国が多い状況において、民主主義体制が持続する可能性が高いことも示された。

FTAと経済安全保障

FTAを経済安全保障との関連で考えると、経済的手段であるFTAを用いて国家の安全保障を実現する、あるいは維持することの可能性についての問題に帰結するように思われる。このような視点から、FTAと経済安全保障の問題を考えてみたい。

FTAはFTA加盟国間の貿易拡大を通して加盟国の経済成長を促す。したがって、安全保障上利害が共通する国々とFTAを締結するならば、経済成長の実現によって敵対国との対比で国際交渉力が増大し、国家安全保障の実現・維持に貢献する。FTAの政治的影響に関しては、安全保障上の利害が共通する国々とFTAを締結することで、関係の緊密化が推進され、敵対国との関係で国際交渉力は増大する。また、過去において敵対的な関係にあった国々の間で和解が成立し、過去の対立による大きな被害を回避するための一つの手段としてFTAが締結されたならば、FTAはFTA加盟国間の安定的・協調的な関係の構築および強化に貢献し、敵対国との関係で、国際交渉力の増大を可能にする。

FTAによる加盟国の経済成長への貢献に関しては、統計を用いた実証分析で確認されているが、FTA加盟国間の国際関係の緊密化については、検証に必要な情報を数値化することが難しいこともあり、実証分析はあまり行われていない。国際関係の緊密度について、国連での投票行動を指標化することなどで捉えることも可能であることから、今後の研究が期待される。但し、国際関係の緊密度に関する数量分析ができたとしても、最も重要な問題である、敵対国との関係における自国の国際交渉力の数値化の問題が残る。この点については、研究の進展が望まれる。

ここまでは、共通な利害を有する国同士でのFTAの形成による、敵対国との関係における国際交渉力への影響という枠組みでFTAと経済安全保障を考えてきたが、現実には、敵対国が含まれるようなFTAが形成されるようになって来ている。このような新たな状況において、FTAと経済安全保障をどのように考えたらよいのであろうか。経済的視点で考えると、敵対国がFTAに参加したことによって、それまでの不公正取引慣行が是正されれば、安全保障上の問題が軽減されたと判断することができるであろう。例えば、中国とRCEPとの関係で言えば、不公正取引慣行の是正の指標として強制的技術移転の削減・撤廃などが目安となり得る。政治的視点では、敵対国とFTAを締結することで、どのような影響が考えられるのであろうか。楽観的な見方としては、FTAにより経済関係が拡大し、不公正取引慣行の是正等を通じて、信頼関係が醸成され、安全保障上の脅威も削減されるということであろうか。実際、このようなシナリオが実現することを期待して、中国のWTO加盟が承認されたのである。しかし、その後の中国の行動を観察するならば、描かれたシナリオが楽観的過ぎたということは明白である。




参考文献

Baier, S.L., and Jeffrey H. Bergstrand. (2004) Economic determinants of free trade agreements, Journal of International Economics 64 (1), 29- 63

(2007) "Do Free Trade Agreements Actually Increase Members' International Trade?" Journal of International Economics 71 (1), 72-95.

Liu X. and E. Ornelas (2014) "Free Trade Agreements and the Consolidation of Democracy" American Economic Journal: Macroeconomics 6 (2), 29-70

Mansfield E.D., H.V. Milner, and B.P. Rosendorff (2002) Why democracies cooperate more: electoral control and international trade agreements. International Organization 56, 477-513

Martin, P., T. Mayer and M. Thoenig (2012) "The Geography of Conflicts and Regional Trade Agreements" American Economic Journal: Macroeconomics, 4 (4), 1-35

Petri, P. and M. Plummer (2020) "East Asia Decouples from the United States: Trade War, COVID-19, and East Asia's New Trade Blocs" Peterson Institute of International Economics, June, Working Paper 20-9