研究レポート

分極化の質的変容と大統領職への影響

2021-03-04
待鳥聡史(京都大学教授)
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「米国」研究会 第2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

今日のアメリカ政治を考える上で、二大政党の分極化の問題を避けて通ることはできない。分極化とは、民主党がよりリベラルへ、共和党がより保守へとイデオロギー的に純化するとともに、二大政党の懸隔が強まって超党派合意の形成が困難になる現象を指す。とくに連邦議会において、分極化は政策決定を難しくすると指摘されてきたが、内政面における大統領の職務遂行(大統領職のあり方)にも重大な影響を与える。

以下の本稿では、分極化の原因をどこに求めるべきなのかについて検討を加え、近年の分極化は従来とは質的に異なっていることを明らかにする。その上で、それが大統領職のあり方にいかなる影響を及ぼしうるのか、今後の展望を含めて論じる。

分極化の原因はどこにあるのか

政党を組織として考えると、その構成員は「政治家」「活動家」「一般党員」の三種類に分けることができる。アメリカの政党の場合、一般党員は有権者登録の際に主として予備選挙への参加を想定して所属を選ぶだけなので、実質的にはその政党の支持者に近い。これに対して、活動家はより熱心で、政党の日常活動や選挙運動を積極的に手伝う、個人献金を行うなどの特徴がある。活動家は、その政党と近い関係にある利益集団の中心的な構成員であることも珍しくない。

分極化は二大政党のそれぞれが総体としてイデオロギー的に純化されることを指すが、各政党の内部においてそのような純化を誰が主導しているのかについては、いくつかの議論が存在する。その中では、議会内など政治家レベルでの分極化が目立つようになった1990年代にも有権者の政党支持の強まりはほぼ見られなかったことから、分極化を主導するのは活動家層であるという見解が注目された。熱心な支持者である活動家が、有権者の平均像に近い一般党員とは乖離したところでイデオロギー的主張を強め、それを好ましく思わない一般党員が政党支持から離れて無党派層になる、という構図である。この見解は、予備選挙や利益集団政治というアメリカ政治の特徴とも整合的であった。

ところが近年に至って、上に述べた構図は崩れた可能性がある。無党派層の増大が頭打ちになり、政党への支持、とりわけ熱心な支持が再び強まる傾向が見出されているからである。全米選挙調査(ANES)は大統領選挙年ごとの有権者調査において、政党支持を「強い」「弱い」に分け、さらに無党派層を「民主党寄り」「完全無党派」「共和党寄り」に分けている。このデータによれば、二大政党のいずれにおいても2008年以降には「強い」支持の連続的な回復が見られ、「弱い」支持はほぼ変化がない。「政党寄り」無党派が減って「完全無党派」が増えている。

もちろん、限られたデータから即断することは適切でないが、分極化の最中に政党支持が回復傾向にあることは注目される。「強い」支持の増加が活動家の増加を意味するのか、あるいは活動家に共鳴する一般党員の増加を意味するのかは分からない。しかし、「弱い」支持に大きな変化がないところからは、分極化を活動家が主導していたとしても、それを嫌って一般党員が政党支持から離れるという構図ではもはやないようだ。別の言い方をすれば、政党支持を持つ有権者は分極化を受容しつつあると考えることができよう。それは、保守とリベラルの相違が政治的立場の差異を超えて社会の隅々にまで及び、個々人の趣味や生活スタイルまで覆いつつあるという指摘とも合致する。

政治家への影響はどのようなものか

ここまで述べてきた変化は、アメリカの政治家を困難な状況に追い込むことになる。

従来、活動家が分極化を主導しており、一般党員や有権者はより中道志向であるという議論がなされる場合には、政党組織内部における活動家の影響力を低減することで分極化が打開されるという見方は珍しくなかった。予備選挙の改革や政治資金規正の強化を求める主張、あるいは政治家が選挙だけではなく政府の運営に関心をより振り向けるよう自律性を強めるべきだという主張は、このような文脈においてなされていたのである。また実際にも、予備選挙においては党内多数派を確保するために保守あるいはリベラルの側に振れた主張を行う候補者も、相手党候補と争う本選挙では無党派層の支持を求めて中道化するという観察も広く見られた。

しかし、一般党員が分極化を受容し、無党派層の増大も頭打ちになっていることを前提にするならば、これまで提案されてきた改革にはあまり大きな効果はなく、かつ本選挙における中道化にも期待するのは難しい。アメリカはもともと、公選される公職が多く、かつ選挙サイクルが先進国としては異例なほど短い(連邦下院議員の任期2年はほぼ類例がない)国である。政治家は常に選挙のことを意識せざるを得ない。有権者レベルの分極化は、政治家がイデオロギー的に極端な立場をとり続ける強い誘因として作用する。

近年の二大政党が示す別の組織的変化も、分極化の影響を強める。民主党においては、大統領候補者選出のための各州代議員の決定などにおいて、党内の多様性に配慮した比例配分が多用されるようになっている。比例配分は小集団が独自の主張を貫くことの不利益を低下させ、とくに極端な主張を行って純粋さを売り物にする勢力が妥協を拒むことにつながりやすい。共和党の場合には、富裕層などからの大口政治献金への依存度が高く、資金力を活用して特定の勢力が台頭することに対して脆弱になっている。トランプは自己資金を使って台頭した顕著な例だが、それ以前から強い主張を持つ大口資金源の影響力拡大は見られた。これもまた、党内における極端な意見の影響力を強めうる。

大統領職にはいかなる変化が生じているのか

大統領も公選される政治家である以上、ここまで述べてきたような分極化の質的変容の影響を受ける。合衆国憲法制定時には、議会が「多数派の専制」に陥らないよう抑止する役割を担うはずだった大統領は、政党の出現や選出方法の実質的変化、社会経済構造と争点の変化などによって、20世紀に入る頃までには議会以上に強い民主主義的正統性を帯びるようになった。さらにニューディール期を経て、連邦政府が社会経済的課題に積極的に取り組むことが当然視されるようになると、それを主導する役割が期待された(現代大統領制)。しかし、憲法が与える制度的権限には変化がなかったため、有権者が大統領に抱く役割期待と制度的権限の間には大きなギャップが生じた。このギャップは、現代大統領制を支えるエリート間合意が消滅した1970年代以降に顕在化し、大統領にとっての大きな困難となった。それは最も端的には、連邦議会において大統領を支持する多数派をいかに形成するか、という問題として立ち現れる。

役割期待と制度的権限のギャップ、さらに分極化に直面するようになった大統領が、それを克服する方策として活用したのは、世論の利用・党派化・単独行動の3つである。世論の利用は、分極化の影響が目立ち始めた1990年代に、クリントンが自らを党派的対立の中道に立つ存在として世論に訴え、多くの成果を収めたのが典型である。党派化は、大統領が自らの所属政党のトップリーダーとして、あたかも議院内閣制における単独与党政権の首相のように行動することで、自党を固めて成果を挙げようとすることを指す。オバマには明らかにその傾向が見られた。単独行動とは、大統領令(行政命令・布告・大統領覚書)による議会立法なき政策決定や、法案通過後の署名時声明を使った特定の政策的立場の主張を指す。分極化によって、議会で政権党が多数を確保していない(分割政府)の場合には立法が困難になっているため、近年の大統領は誰もが単独行動に依存する傾向があるが、とくにオバマとトランプの積極的活用が目立つ。

これらの方策のうち、分極化が有権者レベルにまで及んできた現在では、世論の利用は困難になっている。残された手段は党派化と単独行動だが、党派化は分割政府になると大統領主導の立法を著しく困難にするという難点があり、単独行動には憲法上の疑義や限界、さらに有権者が広く支持するかどうかが予想しづらいという問題がある。トランプは議会両院で共和党多数であった政権前半期にも単独行動を多用するところに特徴が見られたが、政策の実現や継続の可能性よりも支持者への訴求を優先したためだと考えられる。

バイデン政権は上下両院での民主党多数を確保した(上院は議員数だけでいえば両党同数だが、議長である副大統領がタイブレイカーとなる)。だとすれば、近年の傾向から予測する限り、党派化による政策決定を進める可能性が高い。社会文化的な争点への積極的対応を期待する民主党内の最リベラル派や強い支持層は、それを歓迎するであろう。

だが、オバマ政権の場合と同じく、党派化は2022年中間選挙での分割政府の再来をもたらす可能性が高い。その場合には単独行動に依存することになろうが、それはさらに分極化を強めることにつながる。保守派が多くなった連邦最高裁の判事構成からも、よほど緻密に法理論を構成しない限り、単独行動の多くが退けられることも十分考えられる。これらはバイデン政権と民主党への失望のみならず、政治制度の全般的な評価の低下も導きかねない。

今日の政党支持の構造や勢力関係からは最も合理的な党派化や単独行動への依存にあえて背を向け、アメリカ政治の遠心力を弱める方向で次の時代を準備できるかどうかが、新大統領バイデンの歴史的な評価を定めることになるであろう。




<主要参考文献・ウェブサイト>

岡山裕『アメリカの政党政治--------建国から250年の軌跡』中公新書、2020年。

金成隆一「真ん中が抜け落ちた国で」『アステイオン』第93号、2020年。

久保文明・阿川尚之・梅川健(編)『アメリカ大統領の権限とその限界--------トランプ大統領はどこまでできるか』日本評論社、2018年。

待鳥聡史『アメリカ大統領制の現在--------権限の弱さをどう乗り越えるか』NHKブックス、2016年。

渡辺将人『見えないアメリカ--------保守とリベラルの間』講談社現代新書、2008年。

American National Election Study, "Party Identification 7-Point Scale 1952-2016." Available at ANES website (https://electionstudies.org/resources/anes-guide/top-tables/?id=21).