研究レポート

経済安全保障と人の移動:人間の安全保障と国際協力の観点から

2021-03-04
岡部みどり(上智大学教授)
  • twitter
  • Facebook

「経済・安全保障リンケージ」研究会 第12号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

長期化する難民問題の本質

人の移動は個人の生命の維持や社会的成功を後押しする平和的手段である。しかしながら、依然として解決の兆しが見られない人間の安全保障上の問題でもある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2020年半ばの時点で世界において強制移動を余儀なくされている人々は800万人を超えた1。また、コロナ禍にも拘らずシリア、コンゴ民主共和国、モザンビーク、ソマリア、イエメン、そして、アフリカの「サヘル地域」と一般に呼ばれる国々などで新たに強制移動につながる迫害が行われているという。

フィリッポ・グランディ難民高等弁務官は「強制移動者が過去10年に2倍にも増えているのに、国際社会は(一向に)平和的解決手段を充てがわない」と嘆いているが2、この指摘は極めて的を射ている。難民問題の長期化という問題は、新たな強制移動者が生まれる危険性を国際社会が前もって封じ込むことができない、ということに加えて、既に生じている人の移動問題への対処について実効力を持つ検討がなされていない、というところにその本質がある。UNHCRは、2019年初の時点で世界のおよそ160万人が「長期間の難民状態」を強いられている(protracted refugee situation)、と報じている3。これは、(難民を含む広義の)人の強制移動のそもそもの原因となる、国家権力による迫害、武力紛争、常態化した暴力、人権侵害、自然・人的災害などの解消に向けた国際社会の努力、とりわけ国家間の協力体制が十分に機能していないことを意味している。これには、そもそも人の移動問題に対処する目的における(1)国家間での協力枠組みが非対称的であり途上国の問題解決に役立っていない、また、(2)UNHCRなど国際機関と国家のマルチラテラルな協力体制との間に乖離がある、という大きく2つの側面がある。

非対称的な国際難民保護体制

難民保護のための常設で、かつ包括的な国際体制が不在であるということは、今や広く共通する見解である。周知のとおり、UNHCRはナンセン難民高等弁務官事務所、連合国救済復興機関(UNRRA)、国際難民機関(IRO)を前身とする機関であるが、その設立は、十分な継続性を伴う発展解消的な手続きを経たものではなかった。これは、難民という現象が一過性のものであり、したがって難民保護はアド・ホックな対応として行われていたことが主な原因である。他方で、この「アド・ホック性」は多分に政治的な性質を帯びるものであった。UNHCRの設立当初、米国は、自国の影響力を強く投じることができたIROの後継としてこの機関に期待をかけていたが、米国の意向に必ずしも同調しないゴットハルトが初代高等難民弁務官に選ばれたことなどを理由にその方針を転換し、冷戦下における米国独自の難民政策を実施するとともに、UNHCRのマンデートや財政を厳しく制限した。

難民の地位に関する1951年条約が1967年に改定された折に米国は同条約(議定書)の締約国となったが、ここで初めて条約における難民の定義についての時間的、空間的制約が一部撤廃された。この協議プロセスにおいて、一方ではアフリカ諸国の参加を促すことには成功したものの、同時期に共に問題となっていた南アジア、東南アジア諸国の紛争に伴う人の移動に対処するという目的における法的解決には至らなかった。今日難民条約と総称されるこの2つの条約に南アジア、東南アジア、中東諸国の多くが加盟していないのはこのためである。そして、日本を含む東アジア諸国も当時は条約に参加しなかった。この、難民条約への非加盟という問題は、欧米を中心とする一部議論においてはおよそ発展途上の問題と位置づけられるきらいがあるが、これはあくまでもアジア諸国からの明確な拒絶の意思表示の反映として理解することが肝要である4

また、難民保護の国際協力体制は第二次大戦直後のヨーロッパ人の難民問題を解決するためには機能したものの、それ以外の人々、とりわけ難民条約の締約国であるアフリカ諸国の人々にさえ十分に恩恵をもたらすものではないことが露呈した。条約上の難民の定義が(改定後も)未だに狭いこと、具体的には、武力紛争やその他暴力がそれだけで難民認定の要件とならないことがひとつの要因であるが、他方で、難民審査や保護、帰還支援等にかかるアフリカ諸国の制度が十分でないことも重大な要因である。

このことは、一方ではアフリカ諸国の「能力不足(incapability)」の問題と捉えられ、技術や人材支援に向かう国際的な支援の流れが出来上がった。他方で、これは今日の国際的な難民保護体制がそもそも非対称的であることを意味している。「能力不足」の構成要因は複雑で、実際は人の移動に端を発する社会摩擦が政治衝突につながるリスクを恐れた、当事国政府による意図的なサボタージュである場合も多い。これは、難民条約不参加のアジア諸国はもちろんのこと、締約国であるアフリカやラテンアメリカの国々ですら共有する事情である。そして、現行の国際協力枠組みは、これら諸国が抱える事情の根本的な解決に役立っていない。欧州や北米諸国への大量の人の移動は、このような背景のもとで発生しているという見方も可能であるだろう。

国際協力機関の「連携」と「孤立」

人の移動管理の国際協力体制が抱えるもうひとつの問題は、人間の安全保障を目的とする国際協力が、その目的に照らして実効的なマルチラテラル体制として機能していないことにある。UNHCRはGood Officesアプローチやマンデート難民認定などの方針を確立し、国連の機関として独自にその活動の幅を広げてきた5。近年では、平和構築や人道支援、開発援助などを管轄する他の国連機関と連携しながら難民支援の質の向上に努めている。

だが、このような国際機関間の連携による活動は国家の全面的な支持を得ているわけではない。とりわけ、UNHCRが認定する難民を国家が受け入れる、ということは、多くの難民条約締約国ですら躊躇する事案である。難民に限らず、途上国からの人の移動を先進国が受け入れることが途上国支援だけでなくひいては先進国の経済、人口問題の解決につながるという主張が、世界銀行をはじめとする多くの国際機関においてしばしば見受けられる。一連の考え方は国連が主導している難民と移民のためのグローバル・コンパクト(GCR, GCM)の基底を成すものである。GCRやGCMへの期待は確かに大きいが、それはあくまで難民(や移民)問題の包括的な対策のあり方に向けた諸国の賛同であり、国連(諸機関)が陰に陽に促す人の受け入れの国際分担への諸国の協力の意思ではない。

この最も大きな理由は、多くの国において積極的な移民や難民の受け入れを選択する政治的機会がないことにある。確かに多くの国家は今でも有用な人材への門戸は開放している。しかし、労働市場において外国人と競合関係に陥る可能性がある社会階層が、政治的な重要性を増してきていることは事実だろう。難民(庇護申請者)の受け入れが治安に影響すると懸念する人の声を「真実を知らない」と跳ね除けることも難しくなってきている。また、今日では我々は移民受け入れについての多様な情報を多様なチャネルを通じて入手することができる。研究者によるデータ選択の際の(主観的)バイアスが移民受け入れの経済社会的効果の試算に影響を及ぼす、ということにも我々は気づき始めている6

この点について、移民の受け入れによって恩恵を得るのは雇用者即ち企業と途上国からの労働者のみということが学究上も明らかになってきた。裕福な国の「裕福な」人々が貧しい国から来た「貧しい」人々を受け入れる、という恩恵主義的な発想は、グローバル化が進む中で拡大する国内格差の問題を検討していない点でその前提から間違っているということになる。

UNHCRをはじめとする国際機関の重要な活動のひとつは国際社会の啓発である。しかし、利他的な行為に国家を動員しようとすることは到底無理な相談であり、また、現時点で(移民や難民の)受け入れ分担を国益追求にかなうものとして説得できていないことが、国際機関の孤立の原因である。受け入れ分担に国家が躊躇するのは、それが経済安全保障上の問題であるからであり、国際協力への否認の意思ではない。

結びに代えて-国際的支援の実効性確保に向けた課題

国際機関間の連携が進む中、国家はますます自国に有利なプロジェクトを選択し、結果として現行の難民や移民保護のための国際協力体制は、いわば国家間での責任転嫁体制に近づいている。このことはとりわけ人間の安全保障の観点から懸念されるべき事態である。

過酷な環境の中、小さな子供から老人までが、時には何世代もわたり難民キャンプで、あるいは極度の貧困の中での生活を余儀なくされるという不幸は是が非でも解消されなければならない。しかし、そのために保護が必要な人々を全て先進国が受け入れることは事実上不可能である。

国際社会は、難民や移民の問題について、彼らを「受け入れない」選択肢についてもより真剣に検討する必要がある。つまり、平和維持及び平和構築、人道・災害支援、経済開発援助と人の移動管理の連携をさらに深め、そこに米国をはじめとする多くの国家をコミットさせることが肝要である。研究業界を含む難民や移民支援の「現場」では、受け入れの可否が二者択一であるかのように捉えられることが多い。しかし、人を受け入れないことに対する道義的批判に終始することで、人間の安全保障の本質的意義が損なわれるようなことがあってはならないのではないだろうか。




1 "Forced displacement passes 80 million by mid-2020 as COVID-19 tests refugee protection globally" UNHCR, 9 December, 2020 (https://www.unhcr.org/news/press/2020/12/5fcf94a04/forced-displacement-passes-80-million-mid-2020-covid-19-tests-refugee-protection.html).

2 同上。

4 Davies, S. E. Legitimising Rejection: International Refugee Law in Southeast Asia. Brill, 2007.また、Okabe, M. "How states react to the international regime complexities on migration: a study of cases in South East Asia and beyond." International Relations of the Asia-Pacific, 2021, 21.1: 65-90.

5 Loescher, G. The UNHCR and world politics: A perilous path. Oxford University Press, 2001.

6 Borjas, G. J. We wanted workers: Unraveling the immigration narrative. WW Norton & Company, 2016.