研究レポート

湾岸アラブ諸国の食料安全保障政策

2021-03-09
齋藤純(アジア経済研究所副主任研究員)
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「中東・アフリカ」研究会 第8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

湾岸アラブ諸国の食料問題

湾岸アラブ諸国(湾岸協力理事会〔GCC〕加盟6か国)は、食料生産に不向きな地理的環境と急速な人口増加に伴う食料需要の増進に対応するため、国内における食料生産の拡大と海外からの安定的な食料調達に取り組んできた。

アラビア半島の多くの地域が乾燥気候の下にあり淡水資源も限られているため、耕作に適した土地が希少である。FAO(国連食糧農業機関)の統計によると、湾岸アラブ諸国で最も広大な耕作可能面積を有するサウジアラビアでも362万ヘクタール(ha)で、国土面積の1.7%に過ぎない。また、急速な人口増加とそれに伴う食料需要の増加は、この地域の食料自給をさらに難しくしている。湾岸アラブ諸国の人口は、2018-23年の間に2.3%で成長し、2023年には6,340万人に達するとされている。それに伴い、食品需要は、2018年の5,150万メトリックトン(MT)から2023年には6,070万MTへと3.3%成長すると予想されている。同時に、国民生活の質の向上は食料需要の質も変化させる。近年、生活習慣病の蔓延が問題になっており、健康意識も高まっている。ライフスタイルの変化によって、消費者の嗜好も変化しており、有機食品、パッケージ食品、良質な海外食品への需要も高まっている。

湾岸アラブ諸国は食料の総消費量の約85%を海外からの輸入に頼っているため、周辺の農産物輸入相手国の安定と陸上・海上のロジスティックスの確保は、食料安全保障上、重要な問題となる。近年でも、シリア内戦(2011年以降)やカタル断交(2017-21年)などによる貿易相手国の大幅な転換、イランによるペルシャ湾封鎖の危惧やイエメン紛争の長期化に伴うバブ・アル・マンデブ海峡のリスク増加など物流経路の変更を迫られることも多い。

湾岸アラブ諸国の食料安全保障政策

湾岸アラブ諸国は、国内の食料需要の増加と限られた農業生産能力を認識し、経済開発計画の上でも食料安全保障を重要な問題として捉えてきた。各国の建国以来、数次にわたる長期経済開発計画の中でも食料問題の解決は重点の一つに挙げられ、2000年代後半以降になると、豊富な石油収入を背景に経済開発ヴィジョンを相次いで企画してきた。UAEでは、2018年に「食糧安全保障のための国家戦略 2051」(National Food Security Strategy 2051)を発表し、5つの戦略目標として、①アグリビジネス貿易の円滑化、②高い技術の食品生産、③食品ロスや廃棄物の削減、④食の安全と栄養、⑤食品リスクと危機管理、を掲げた。カタルにおいても、2018年に「国家食料安全保障戦略 2018-2023」(Qatar National Food Security Strategy 2018-2023)を策定し、①国際貿易と物流の強化、②自給自足の推進、③戦略的備蓄、④国内市場の育成、の4つを重点課題として挙げた。

UAEでは、近年、政府の農業奨励政策の推進により、アル・アイン周辺、アブダビ-ドバイ境界付近、リワ・オアシス近郊に小規模な農園が展開されている。また、植物工場企業の展開も見られ、屋内型施設でバジルなどの各種ハーブが栽培されており、主に国内のスーパーマーケットに供給され、高所得者層を主要なターゲットとしている。

湾岸アラブ諸国の国内食料生産の不足分を補填するために、海外からの食料調達が必要となる。湾岸アラブ諸国の食料品の純輸入量は2011-16年間に5.2%増加したが、カタル断交のように外交関係が大きく変動した場合には、食料調達手段も大きく転換せざるを得ない。サウジアラビアがカタルの唯一の陸路であるサルワ国境ゲートを閉鎖したことで、このゲート経由であった食料供給の38%の輸入ルートが断たれたため、2017年11月にカタルはイラン、トルコとの間で三国間の貿易を促進することを目的とした輸送協定に署名し、食料品を含む貿易を促進することで解決を図った。

UAEとインドの間では、2020年12月の「UAE・インド食料安全保障サミット2020」で「食の回廊」プロジェクト(India-UAE Food Corridor Project)が表明され、UAEはインドの食品加工部門に3年間で70億ドルを投資し、UAEなどの中東諸国に優先的に食品を輸出することを計画している。

加えて、湾岸アラブ諸国は、2007年以降の穀物の国際価格の高騰を機に、アフリカなどの海外農地に対する投資を進めてきた。例えば、ケニアは総土地面積5,800万haのうち耕作地は約10%であるが、海外投資家による取引は26.9万ha(総面積の0.46%)と推計される。取引の大部分はリースまたはコンセッションで行われており、用途のほとんどはサトウキビ作物である。カナダが最大の投資国で16万haを取得しているが、サウジアラビアの4万ha、UAEの200haがそれに続く。

今後の課題 

湾岸アラブ諸国の国内食料生産の限界と食料輸入の海外依存に基づく食料安全保障上の最大の懸念材料は、周辺地域の不安定性と考えられる。イランやイエメン、レバントにおける政情不安による食料供給元へのダメージやロジスティックスの途絶、また、湾岸アラブ諸国内の外交関係の悪化に伴うヒト・モノ・カネの移動の制限は、湾岸アラブ諸国の食糧調達に深刻なダメージを与えうる。湾岸アラブ諸国にとって、投資先や輸入先、ロジスティックスの多様化によるリスク分散、一方的な海外土地収奪の回避、海外の食料サプライチェーンへの投資など、複数の施策の推進が求められる。

(2020年2月20日脱稿)