研究レポート

ドイツの対中政策―ポスト・メルケル時代へ向けて

2021-03-19
板橋拓己(成蹊大学教授)
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「欧州」研究会 第8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

ここ数年で、欧州諸国の対中認識は急速に悪化している。その原因には、中国企業による欧州企業の買収とそれに伴う技術流出への懸念、香港における民主化弾圧、新疆ウイグル自治区における人権問題などがあり、そこに新型コロナウイルス対応への不信が加わった。

とはいえ、欧州といっても一様ではない。この点で最も注目されるのが、いまや名実ともにEUの中心的な存在となったドイツの動向だろう。メルケル首相の対中政策は人権よりも経済を重視したものであり、またそうした姿勢がEUないし米欧の結束を損ねていると、しばしば批判されている1。以下本稿では、ポスト・メルケル時代もにらみつつ、ドイツの対中政策を考えるにあたって重要なポイントを論じてみたい。

経済的利益と政治的価値のバランス?

2020年12月30日、まさにドイツのEU議長国としての任期が終わる直前、メルケルはEU・中国投資協定を大筋合意にもちこんだ。この協定をめぐる論点は多岐にわたるが2、人権の観点からの批判も根強い。たとえば、そもそもフランスやベネルクス諸国は、新疆ウイグル自治区の問題を念頭に、強制労働を禁じた国際労働機関(ILO)の関連条約を中国が批准することが協定締結の条件だと主張してきた。しかし結局、このとき中国は批准に「継続的に努力する」ことを約束するにとどまった。この点は、合意を急いだドイツが中国に妥協したからだと非難されている。

ドイツ国内でも批判はあった。2020年12月17日の連邦議会で、人権問題への取り組みで有名な緑の党所属の連邦議会議員マルガレーテ・バウゼが、新疆や香港の状況にもかかわらず、中国と投資協定を結ぼうというのかとメルケルに問い質した。

これに対するメルケルの答弁が重要である。「われわれが共有する――そしてわたしもまた共有する――価値と、われわれがもつ利益のあいだには矛盾があります。...そこでわれわれは繰り返し、政治的にバランスのとれた決断をする必要があります」3

人権や法治国家といった政治的な価値と経済的利益のあいだのバランス――これがドイツの対中政策の建前だと言える4。しかし、問われているのは、それが本当にバランスのとれたものになっているのか、あるいはそもそもバランスをとるべきものなのかだ。

5年連続で最大の貿易相手国

ともあれ、経済重視の対中政策は当然の流れではある。輸出主導の貿易国であるドイツにとって、近年の中国市場の意義はとてつもなく大きい。ドイツ連邦統計局の発表(2021年2月22日付)によると、2020年も中国がドイツ最大の貿易相手国であった。これで5年連続である5。2020年のドイツ・中国間の貿易額は2,121億ユーロ(輸入額1,163億ユーロ、輸出額959億ユーロ)で、コロナ危機にもかかわらず、前年比で3.0%上昇した。中国はドイツの輸入相手国として1980年時点では35位であったが、1990年には14位、そして2015年から1位である(2020年の2位はオランダ、3位はアメリカ)。また、輸出相手国としても2位である(1位はアメリカ、3位はフランス)。この重要性に鑑みると、利益優先の対中政策は無理からぬことと言えるかもしれない。

警戒感の高まり

とはいえ、ここ数年で、ドイツの政治家や財界人、専門家サークルにおける中国認識は急速に否定的なものに傾きつつある。

その転機として誰しも指摘するのが、2016年にドイツの産業用ロボット製造大手「クーカ」が中国企業に買収されたことである。この衝撃から、ドイツは優れた技術をもつ企業の買収阻止に本腰を入れ始めた。そもそも「社会的市場経済」と呼ばれるドイツの経済政策の原則のもとでは、市場を歪めない限り企業買収は問題視されない。しかし、中国企業による買収が問題視されるようになったのは、第一に、その背後に中国の政治的意図があるとドイツ側が認識したからであり、第二に、中国による買収は一方向的であって、ドイツ企業に対して同様の権利が中国内で認められておらず、双務的・互恵的ではないからであった6。いずれにせよ2016年あたりから相次ぐ企業買収と中国進出企業への技術移転の強要などが重なり、中国への警戒感が広がった。

ドイツの対中認識の転換を象徴するものとして注目すべきは、同国最大の経済団体であるドイツ産業連盟(BDI)が2019年1月10日に公表した提言書「パートナーにして体制上の競争相手――中国の国家主導経済にわれわれはどう向き合うか?」である7。そこでBDIは、EUに対中政策の厳格化を求めるとともに、企業に対しては中国依存の是正を促した。そしてBDIは、中国が独自の政治的・経済的・社会的モデルを確立しており、EU側の期待に反して、市場経済と自由主義に向けて発展する可能性は低いと判断を下したのである。かかる声が人権団体や政治家ではなく、ドイツの産業界からも出てきたことは驚きをもって迎えられた(この提言は2019年3月のEUの対中戦略に反映された)。

こうした動きを背景に、ドイツにおいても外国企業による直接投資や企業買収の規制が――あくまで「社会的市場経済」との兼ね合いのもとで――強化されるようになった。最近大きな話題になったのは、ドイツの衛星・レーダー関連技術企業IMSTをめぐるものだ。2020年12月、ドイツ政府は、中国の軍需関連国有企業CASICの子会社によるIMSTの買収を、「公的秩序および国家安全保障への深刻な脅威」として阻止した。IMSTの技術は「5G」などのインフラ構築にも必要とされ、またその製品はドイツ連邦軍にも納入されていたからである。

やはり遠い中国

しかし、ドイツで対中脅威認識が高まったといっても、それはやはり日本やアメリカがもつ脅威認識とは異なることに注意が必要である。この点で、独ケルバー財団が米ピュー・リサーチセンターと共同でおこなっている一連の世論調査は興味深い。2020年4月の調査で、アメリカよりも中国の方が重要なパートナーだと答えたドイツ人が36%にのぼり、アメリカの方が重要だと答えた37%と拮抗したことは、かなり話題となった。同年9月の調査では、トランプ政権の終わりが見えたこと、そしてコロナ対応で対中不信が高まったことから、アメリカの方が中国よりも重要だと答えたドイツ人は56%と回復した(その逆は27%)。しかし、「もし米中間で新冷戦が発生した場合、ドイツはどちら側につくべきか」という問いに対しては、「中立にとどまるべき」と答えたドイツ人が、実に82%にのぼったのである(「アメリカにつくべき」が12%、「中国につくべき」が3%)8

また、ドイツがインド太平洋地域にフリゲート艦1隻を派遣することは、日本のドイツ報道としては異例に詳しく主要紙やテレビで報じられているが、実のところドイツではさほど注目されているわけではない。加えて、政権内でもこのフリゲート艦派遣の意味や目的が共有されているわけでもない。たとえば、インド太平洋地域で同盟国とともに「プレゼンスを示そう」という国防相アンネグレット・クランプ=カレンバウアー(CDU)に対し、連立与党の社会民主党(SPD)の院内総務ロルフ・ミュッツェニヒは、ヴィルヘルム時代のドイツ帝国の世界政策を想起させるとして、その「行き過ぎ」に釘を刺している9。やはり、ドイツにとって中国ないしアジアは遠い。

緑の党は対中政策を変えられるか

では、人権問題についてはどうだろうか。しばしば指摘されるように、メルケルも首相就任当初――もう15年前だが――は、前任のゲルハルト・シュレーダー(SPD所属)とは異なり、対中政策について人権問題を重視していた。2007年には、自国の産業界の反対を押し切り、訪独したダライ・ラマと会談している。しかしこの会談、およびその後半年にわたる対中関係の冷却を境目として、メルケルの対中政策における人権重視のトーンは抑え目となり、経済重視に傾いていった。

間近に迫ったメルケル引退の後はどうなるだろうか。ポスト・メルケルの対中政策を考える際に、しばしば注目されるのが緑の党である。仮に現在の支持率のまま2021年9月の連邦議会選挙を迎えれば、CDU/CSUが第一党に、緑の党が第二党となり、次期政権はこの二者の連立となる可能性がある。そして、人権問題に敏感な緑の党が政権に加わることにより、ドイツは、経済よりも人権問題を重視し、中国に対してより強硬な姿勢をとるようになるのではないか、と指摘されるのである10

しかし、こうした予想に筆者は懐疑的である。確かに、緑の党は人権問題を重視する党であり、現在の党幹部の対中観も厳しい。また、慣例通りなら外相ポストは第二党が得るので、緑の党が外交で存在感を発揮することも可能だろう。ただ、緑の党という要因「だけ」ではドイツの対中政策の大枠は変わらないだろう。

歴史を繙けば、すでに緑の党にはシュレーダー政権(1998~2005年)で国政担当経験がある(社会民主党との連立)。そして、この政権の外相を担当したのは、以前から「北京の独裁者たち」を批判していた緑の党のヨシュカ・フィッシャーであった。フィッシャーは、外相就任後すぐに中国の民主活動家である魏京生をドイツに招いて会談するなど、積極的な人権政策を展開した。しかし、結局のところ、シュレーダー政権の対中政策は首相府主導で動き、経済重視に変わっていった。いまやシュレーダー政権は、メルケル政権以上に経済重視だったと記憶されている。

もちろん20年前とは状況は大きく異なるが、それでも緑の党という要因を過大評価することはできないだろう。

おわりに

以上見てきたように、たとえメルケル後に誰が首相になるにせよ――1月のCDU党首選に勝利したアルミーン・ラシェットにせよ、有力な首相候補と呼ばれる現バイエルン州首相マルクス・ゼーダーにせよ――、ドイツの対中政策に劇的な変化は見られないと思われる。ただ、欧州各国の対中認識が悪化し続け、かつ米中対立が深刻化する場合、いつまでも「価値と利益のバランス」を建前とした現在のような政策をとり続けることも、ドイツにとって困難な道となるだろう。




1 そうした批判の最近の一例として、Hal Brands, "Germany Is a Flashpoint in the U.S.-China Cold War: Merkel's policy of "equidistance" between the U.S. and China threatens to fracture the alliance of democracies," Bloomberg Opinion, 23 February 2021.<https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2021-02-23/germany-is-a-flashpoint-in-the-cold-war-between-u-s-and-china?sref=nmVx3tQ5>
2 鶴岡路人「EU・中国投資協定――問われるのは中国との関係の将来像」笹川平和財団・国際情報ネットワーク分析IINA、2021年2月4日。<https://www.spf.org/iina/articles/tsuruoka_15.html>
3 Deutscher Bundestag, Stenographischer Bericht, 19. Wahlperiode, 201. Sitzung vom 16. Dezember 2020, S. 25206. <https://dipbt.bundestag.de/dip21/btp/19/19201.pdf>
4 ボン大学のYing Huangによる統一後ドイツの中国政策に関する研究書(もとは博士論文)の副題は「価値と利益のあいだのバランシング・アクト」である。Ying Huang, Die Chinapolitik der Bundesrepublik Deutschland nach der Wiedervereinigung. Ein Balanceakt zwischen Werten und Interessen, Wiesbaden: Springer VS, 2019.
5 "China 2020 im fünften Jahr in Folge Deutschlands wichtigster Handelspartner," Statistisches Bundesamt, Pressemitteilung Nr. 077 vom 22. Februar 2021. <https://www.destatis.de/DE/Presse/Pressemitteilungen/2021/02/PD21_077_51.html>
6 森井裕一「理念と現実の狭間で揺れる独中関係」『東亜』625号、2019年、92-100頁、とくに95-96頁を参照。
7 BDI Policy Paper, "China - Partner and Systemic Competitor -How Do We Deal with China's State-Controlled Economy?" 10 January 2019. <https://english.bdi.eu/article/news/china-partner-and-systemic-competitor/>
8 Körber Stiftung, "The Berlin Pulse 2020/21: German Foreign Policy in Perspective," November 2020, p. 25. <https://www.koerber-stiftung.de/fileadmin/user_upload/koerber-stiftung/redaktion/the-berlin-pulse/pdf/2020/The-Berlin-Pulse_2020-21.pdf> Cf. Auswärtiges Amt, "Transatlantische Beziehungen im Fokus: Studie „Berlin Pulse" beim Berliner Forum Außenpolitik," 24. November 2020. < https://www.auswaertiges-amt.de/de/aussenpolitik/regionaleschwerpunkte/usa/berlin-pulse/2419714 >
9 "Reise in die Untiefen der Weltpolitik," Süddeutsche Zeitung, 4. März 2021. <https://www.sueddeutsche.de/politik/bundeswehr-china-suedchinesisches-meer-indopazifik-1.5225101>
10 たとえば以下を参照。Erika Solomon and Guy Chazan, "'We need a real policy for China': Germany ponders post-Merkel shift," Financial Times, 5 January 2021. <https://www.ft.com/content/0de447eb-999d-452f-a1c9-d235cc5ea6d9>