研究レポート

米国の「太平洋抑止イニシアティブ」とその行方 ――「欧州抑止イニシアティブ」との比較の観点から

2021-03-22
合六強(二松學舍大学国際政治経済学部専任講師)
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「日米同盟」研究会 第3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

日米両国が「自由で開かれたインド太平洋」構想を推進していくうえで、政治、経済、外交面で様々な取り組みが必要になっているが、軍事・安全保障面では、いかに対中抑止力を維持・強化していくかが喫緊の課題となっている。それは、中国が軍事力の近代化を急速に進め、特に中距離ミサイルを中核とするA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力を強化するなか、西太平洋における通常戦力面での米国の優位が崩れつつあるという認識が高まっているからである。2018年に米議会の要請で設置された超党派の有識者からなる国防戦略委員会は、現状のままでは米軍は中国に軍事的に敗北しかねないと警告しておりi、またインド太平洋軍のデービッドソン司令官は、「米国にとって最大の危険は、通常抑止が損なわれつつあることだ」と繰り返し述べているii

こうしたなか2021年1月に成立した21年度国防授権法において、「太平洋抑止イニシアティブ(Pacific Deterrence Initiative: PDI)」という新たな基金が基本予算のなかに盛り込まれることになったiii。これはインド太平洋地域における米軍の能力向上を目的としており、21年度は国防予算総額約7405億ドルのうち約22億ドルがPDIに割り当てられた。国防授権法では、地域の抑止・防衛態勢の強化とともに同盟国やパートナー国への安心供与がその目的として掲げられていることから、日本としても今後PDIにどれほどの資金が投じられ、それがどのように使われるかについて注目する必要があるだろう。

そもそもPDIは、2014年のウクライナ危機を受けてオバマ政権下で始まった「欧州抑止イニシアティブ(European Deterrence Initiative: EDI、当初の名称は「欧州安心供与イニシアティブ」)」に着想を得ている。これは対ロ抑止を目的とした基金であり、①欧州でのプレゼンス増強、②演習・訓練の強化、③装備の事前配備、④インフラ整備、⑤NATO同盟国やパートナー国の能力強化に対して基本予算とは別立ての海外作戦経費(Overseas Contingency Operations: OCO)から資金が投じられてきたiv。目立たない取り組みではあるものの、弾薬などの装備や物資の事前配備にこれまで最も多くの資金が投入され、また基地や飛行場、訓練場などのインフラ強化に注力してきたのは、いずれも危機時の米軍の即応能力や展開能力を高めるうえで必要不可欠な措置だからである。そしてこれにあわせて欧州同盟国も国防費を増額するなどこれまで以上の防衛努力を行うことで、米欧はNATOの対ロ抑止・防衛態勢の強化を図ってきた。

またここで注目すべきは、トランプ大統領によるNATO(諸国)批判にもかかわらず、EDIは同政権でも継続され、その予算規模が初年度(15年度)の約10億ドルから19年度の約65億ドルまで増大した点である。直近2年間は減額されているものの、開始から6年で約224億ドルがEDIに注ぎ込まれた。こうした事実は、米側から欧州への防衛コミットメントの証としても提示され、トランプの不確実性に対する同盟国の懸念をある程度緩和する効果があったといえよう。

他方でこの間、オバマ・トランプ両政権が重きを置いてきたインド太平洋地域では、そのレトリックにもかかわらず、同様の措置はとられてこなかった。こうしたなか米国のアジア専門家や一部の議員などからその必要性が唱えられv、20年春にインド太平洋軍がその予算要求を行ったことでvi、ようやくPDIは21度予算のなかに盛り込まれることになった。

EDIとPDIを比較すると、前者は対テロ戦争を契機に設けられたOCOとして、後者は基本予算として資金が計上されている。OCOは予算の上限を回避できるため近年多用されてきたが、長期的かつ安定的に資金を獲得し、具体的な計画・措置を確実に進めていくうえでは基本予算に含まれるほうが望ましいとされるvii。これに鑑みれば、PDIは米国の長期的なコミットメントを示すものとして評価できよう。他方、欧州とアジアの戦略環境を単純には比較できないとしても、PDIの予算規模が初年度予算とはいえEDIの水準をはるかに下回っている点には注意を払う必要がある。

こうしたなか21年2月末、インド太平洋軍は22年度予算として約47億ドル、今後6年間(22~27年度)の予算として約274億ドルという要求額を議会に提示したviii。前者は、21年度の要求額を大きく上回り、同年度のEDI予算要求額(約45億ドル)と同規模である。その使途として、グアムにおける統合防空ミサイル防衛の構築、第一列島線に沿ったミサイル網の形成、兵力拠点の分散に注目が集まっているが、これらに加えて、広大な戦域において米軍の能力を最大限発揮させるために必要な燃料・弾薬庫や飛行場(滑走路)といった兵站やインフラの整備・強化、また同盟国・パートナー国の能力強化、演習・訓練の強化などにも資金が当てられるという。

バイデン政権はこれまでのところ中国への対処を優先事項として位置づけ、南シナ海や東シナ海で活発化する中国の動きに厳しい姿勢をとっているが、今後、上記の要求がそのまま国防予算に反映されるかは未知数である。21年2月に国防総省に設置された「中国タスクフォース」による提言や今後の議会審議の動向に影響を受けるだろうし、そもそも国防予算の大幅削減を求める民主党進歩派の圧力が強まっていく可能性もある。

またPDIそのものには党派を超える支持があっても、コロナ不況の影響もあり国防予算が大幅に増える見込みがないなか、どれだけの資金をそこに充てるべきかについては必ずしも合意がないように見える。例えば、アダム・スミス下院軍事委員会議長は対中抑止力の重要性を強調しつつも、そのためにさらなる資金を投入しなければならないという前提は受け入れないと述べたと報じられているix。日本としては、米国のインド太平洋地域に対する軍事コミットメントの実態を見極める一つの材料として、PDIをめぐる議論や予算規模がどのように推移していくか注視する必要があるだろう。

同盟強化を掲げるバイデン政権の同盟国に対する基本姿勢は、オースティン国防長官がNATO諸国に呼びかけた「ともに協議し、ともに決定し、ともに行動しなければならないx」という言葉に表れているといえる。中国による力を背景にした現状変更の試みを未然に防ぐうえで、日本としても防衛費を増やすとともに、日米同盟のなかでどのような役割を担い、いかなる責任を果たしていく(いける)のかについて主体的に検討していくことが求められる。日米両国ともに限られた資源のなかでいかに効果的な抑止力を維持できるのか、米国とともに協議し、ともに決定し、ともに行動していく必要性が高まっているといえよう。




i National Defense Strategy Commission, Providing for the Common Defense: The Assessments and Recommendations of the National Defense Strategy Commission, November 2018. https://www.usip.org/sites/default/files/2019-07/providing-for-the-common-defense.pdf (2021年3月10日最終アクセス、以下同様)

ii "Statement of Admiral Philip S. Davidson, U.S. Navy Commander, U.S. Indo-Pacific Command Before the Senate Armed Services Committee on U.S. Indo-Pacific Command Posture," March 9, 2021. https://www.armed-services.senate.gov/imo/media/doc/Davidson_03-09-21.pdf

iii H.R. 6395, 116th Congress (2019-2020), National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2021, Section 1251. https://docs.house.gov/billsthisweek/20201207/CRPT-116hrpt617.pdf

iv Paul Belkin and Hibbah Kaileh, "The European Deterrence Initiative: A Budgetary Overview," In Focus, Congressional Research Service, updated June 16, 2020.  https://fas.org/sgp/crs/natsec/IF10946.pdf

v 例えば以下を参照。Randy Schriver and Eric Sayers, "The Case For A Pacific Deterrence Initiative," War on the Rocks, March 10, 2020 https://warontherocks.com/2020/03/the-case-for-a-pacific-deterrence-initiative/ ; Sen. Jim Inhofe and Sen. Jack Reed, "The Pacific Deterrence Initiative: Peace Through Strength in the Indo-Pacific," War on the Rocks, May 28, 2020 https://warontherocks.com/2020/05/the-pacific-deterrence-initiative-peace-through-strength-in-the-indo-pacific/.

vi "Regain the Advantage: U.S. Indo-Pacific Command's (USINDOPACOM) Investment Plan for Implementing the National Defense Strategy, Fiscal Years 2022-2026," undated, 2020. https://int.nyt.com/data/documenthelper/6864-national-defense-strategy-summ/8851517f5e10106bc3b1/optimized/full.pdf

vii Michelle Shevin-Coetzee, "The European Deterrence Initiative," Center for Strategic and Budgetary Assessments, January 25, 2019, pp.16-17. https://csbaonline.org/uploads/documents/EDI_Format_FINAL.pdf

viii "U.S. Indo-Pacific Command Wants $4.68B for New Pacific Deterrence Initiative," USNI News, March 2, 2021. https://news.usni.org/2021/03/02/u-s-indo-pacific-command-wants-4-68b-for-new-pacific-deterrence-initiative

ix Lara Seligman and Connor O'Brien "Austin wants to pivot to China. But can he pay for it?" Politico, March 3, 2021. https://www.politico.com/news/2021/03/03/lloyd-austin-china-pentagon-473405

x Lloyd J. Austin III, "The U.S. can't meet its responsibilities alone. That's why we believe in NATO," The Washington Post, February 17, 2021.

https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/lloyd-austin-nato-biden-administration/2021/02/16/813113d6-7083-11eb-b8a9-b9467510f0fe_story.html