研究レポート

国際的なデータガバナンスの課題と対応

2021-03-24
城山英明(東京大学教授)
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「経済・安全保障リンケージ」研究会 第14号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

基本な課題

データの越境流通と様々な公共政策目的とのトレードオフが生じてきている。例えば、個人情報保護、サイバーセキュリティ、金融規制等の実効的な実施、産業政策等の観点から、データの越境流通を規制し、データローカライゼーションを求める動きがある。さらに様々な公共政策目的のうち、何を重視するのかは各国・地域で異なっているi。例えば、中国で2017年に制定されたネットワーク安全法においては、安全という公共政策目的が重視されているii

かかる課題に対応するには、第1に政策調整の場をどこに求めるのかという論点がある。従来、グローバルレベルでのWTO(世界貿易機関)が主要な場であったが、21世紀に入ってからWTO交渉はなかなか進展せず、二国間あるいは地域レベルでのFTA(自由貿易協定)の役割が拡大した。また、貿易に特化した組織ではなく、G20のような横断的なテーマを扱う組織の重要性も高まっているiii。第2に、データの越境流通と矛盾しうる様々な公共政策目的がある時に、優先すべき公共政策目的に関して、どこまで国際的に合意できるのかという実質的論点がある。

このような状況において、日本は国際的に様々な立場を橋渡しする一定の役割を果たそうとしてきた。2019年6月に大阪で開催されたG20では、「データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト(DFFT:信頼性のある自由なデータ流通)」を推進するとともに、WTOにおける電子商取引に関する作業計画の重要性を再確認するという方針を主導した。

以下では、日本が関与したFTAにおける電子商取引の扱いを概観したうえで、今後のWTOにおける議論について展望することとしたい。

FTAにおける電子商取引規定のあり方-共通性と差異

ここでは、環太平洋地域におけるTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)、TPPから脱退した米国と日本のデジタル貿易協定、それから中国が主要国として参加しているRCEP(地域的な包括的経済連携協定)の電子商取引規定を検討する。

第1に、2018年3月に署名されたTPPivでは、越境データ流通に関する規定として、第14・11条(情報の電子的手段による国境を越える移転)、第14・13条(コンピュータ関連設備の設置)、第14・17条(ソース・コード)がある。第14・11条では、締約国は、各締約国が情報の電子的手段による移転に関する自国の規制上の要件を課することができることを認めるとしつつ、原則的には、各締約国は、対象者の事業の実施のために行われる場合には、情報の電子的手段による国境を越える移転を許可するとする。また、第14・13条でも、締約国は、各締約国がコンピュータ関連設備の利用に関する自国の法令上の要件を課することができることを認めるとしつつ、いずれの締約国も、自国の領域において事業を遂行するための条件として、対象者に対し、当該領域においてコンピュータ関連設備を利用し、又は設置することを要求してはならないとする。また、第14・17条でも、いずれの締約国も、他の締約国の者が所有するソフトウェア又は当該ソフトウェアを含む製品の自国の領域における輸入、頒布、販売又は利用の条件として、当該ソフトウェアのソース・コードの移転又は当該ソース・コードへのアクセスを要求してはならないとする。

このように自由流通を原則としつつも、公共政策の正当な目的による制限は認めている。第14・11条では、締約国が公共政策の正当な目的を達成するために一定の規定に適合しない措置を採用し、又は維持することを妨げるものではないとする。ただし、当該措置が、(a) 恣意的若しくは不当な差別の手段となるような態様で又は貿易に対する偽装した制限となるような態様で適用されないこと、(b) 目的の達成のために必要である以上に情報の移転に制限を課するものではないことが条件になるとする。

第2に、2019年12月に署名された日米デジタル貿易協定vは、基本的にはTPPの枠組みを継承している。

第3に、2020年11月に署名された中国も主要な参加国であるRCEPviでは、越境データ流通に関する規定として、第12・15条(情報の電子的手段による国境を越える移転)、第12・14条(コンピュータ関連設備の設置)がある。第12・15条では、締約国は各締約国が情報の電子的手段による移転に関する自国の規制上の要件を課することができるとしつつも、締約国は、情報の電子的手段による国境を越える移転が対象者の事業の実施のために行われる場合には、当該移転を妨げてはならないとする。また、第12・14条でも、締約国は、各締約国がコンピュータ関連設備の利用又は設置に関する自国の措置をとることができることを認識するとしつつ、いずれの締約国も、自国の領域において事業を実施するための条件として、対象者に対し、当該領域においてコンピュータ関連設備を利用し、又は設置することを要求してはならないとする。以上の規定の構造はTPPと同様である。

他方、正当な公共政策の扱いについては、RCEPにはTPPとは異なる面もある。第12・15条では、まず、締約国が公共政策の正当な目的を達成するために必要であると認める措置を採用し、又は維持することを妨げるものではない、ただし、当該措置が恣意的若しくは不当な差別の手段となるような態様で又は貿易に対する偽装した制限となるような態様で適用されないことを条件とするとする。ここまでは、TPPと同様である。しかし、注が付記されている。その内容は、この規定の適用上、締約国は、正当な公共政策の実施の必要性については実施する締約国が決定することを確認するというものであり、締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める措置については、他の締約国は、争わないとされる。つまり、最終的判断を締約国が行うことが強調されているわけである。

以上のように、日本はデータガバナンスに関する基本的立場に差異のあるTPP諸国、米国、中国を含むRCEP諸国とFTA協定を締結してきた。その中で、一定の差異はあるものの、ある程度は共通の規定を作成することに成功してきた。また日本は、これら諸国とも異なる立場をとるEUと2018年7月に日EU経済連携協定に署名し、2019年1月には個人情報保護に関して十分性認定に基づく域外データ移転の相互承認を行った。

WTOにおける最近の検討

以上のようなFTAにおける電子商取引規定の一定の収斂を背景として、WTOにおける検討も最近進みつつある。2017年12月の第11回閣僚会議において、電子商取引に関する共同声明viiが発出され、有志国グループが将来の交渉に向けた探求的作業を開始した。そして、2019年1月の非公式閣僚会合で、電子商取引に関する共同声明viiiが出され、交渉開始の意思が確認された。

2020年12月には電子商取引共同声明イニシアティブixが共同議長国による進捗報告として出された。そこでは、電子署名及び電子認証、ペーパーレス貿易、電子的な送信に対する関税、消費者保護、迷惑メール、ソース・コード等について、大きな進展が見られたとされた。他方、データ流通を促進する規律については、2021年前期にはこれらの議論を一層深める必要があるとされており、対立が持続していることが示唆される。

また、交渉過程における中国の主張xでは、1) 技術進歩、ビジネスの発展、正当な公共政策目的のバランスを踏まえたリーズナブルな目標設定が重要である、2) 発展段階や政策関心も異なる発展途上国にも配慮すべきである、3) データ流通、データ保存等の議論を一部の国は主張するが、様々な議論があるのであり、交渉に先立ってより探求的議論が必要である、4) データ流通の基礎にはセキュリティがあるべきだ、といった原則的な議論がみられ、交渉の難しさが垣間見られる。

おわりに

政策的調整の場としては、地域的FTA・二国間FTAが先行し、最近になってWTOにおける試みもみられるようになってきた。その中で、日本はG20等を通して議論を主導することを試みた。日本は、米国、EU、中国に比べれば小さな単位ではあるのが、EUとの個人情報保護に関する十分性認定の取得、日米デジタル貿易協定、TPP、中国を含むRCEP等様々な仕組みの実験場になっている面があり、様々な立場の橋渡しを行うには、興味深い場所にいるとは言える。

また、実質的な公共政策目的間の調整可能性については、日米デジタル協定、TPP、RCEPがある程度共通の構造を持っていることを考えると、一定程度はあると考えられる。ただし、RCEPにはソース・コードに関する規定はなく、正当な公共政策目的の判断を締約国に大きく委ねていること、データローカライゼーションに関する方向性が実質的には乖離したままであることを考えると、困難も持続している。また、仮に最終的にWTOで合意できた場合にも、措置の適正性を判断するための実効的メカニズムをどのように構築するのかが課題になる。このメカニズムとしては、司法的メカニズムだけではなく、行政的調整メカニズム、民間主導の実施メカニズムも必要になると思われるxi




i 本テーマに関連する研究としては例えば以下のようなものがある。Susan Ariel Aaronson and Patrick Leblond, "Another Digital Divide: The Rise of Data Realms and its Implications for the WTO", Journal of International Economic Law, Vol. 21, 2018; and Aaditya Mattoo and Joshua P. Meltze, "International Data Flows and Privacy: The Conflict and Its Resolution", Journal of International Economic Law, Vol. 21, 2018.

ii 「ネットワーク安全法(大地法律事務所仮訳)」(https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/law/pdf/others_005.pdf)。

iii ルール形成の場をめぐるフォーラムショッピングについては以下を参照。城山英明『国際行政論』(有斐閣、2013年)、15-17頁。

iv 「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000351513.pdf)。

v 「日米デジタル貿易協定」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000527426.pdf)。

vi 「地域的な包括的経済連携協定:第12章電子商取引」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100129065.pdf)。

vii WTO, "Joint Statement on Electronic Commerce" (WT/MIN (17)/60).

viii WTO, "Joint Statement on Electronic Commerce" (WT/L/1056).

ix WTO, "Joint Statement Initiative on E-commerce: Co-convenors' Update" (https://www.wto.org/english/news_e/news20_e/ecom_14dec20_e.pdf).

x WTO, "Joint Statement on Electronic Commerce- communication from China"(INF/ECOM/19 24 April 2019).

xi SPS協定、TBT協定運用における委員会という行政的メカニズムの重要性については、以下を参照。城山英明『国際行政論』(有斐閣、2013年)、106-108頁。