研究レポート

アメリカの連邦制と新型コロナウイルス

2021-03-24
梅川葉菜(駒沢大学准教授)
  • twitter
  • Facebook

「米国」研究会 第3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2021年1月20日にアメリカ合衆国大統領に就任したジョー・バイデンは、かねてよりトランプ前政権のコロナ禍への対応を非難しており、自らが政権に就いた際にはコロナ禍に対応するためにあらゆる措置を講ずることを公言していた。実際、バイデン新政権は政権発足当初より新型コロナウイルス対策に積極的に取り組み、トランプ前政権との違いを鮮明にしている。

ただし、アメリカを観察する上で注意しなければならないのは、「あらゆる措置」という言葉から想起されがちな意味の内容と実際のそれとのギャップである。というのも、連邦政府は連邦制という強い枷に縛られているため、連邦政府が講じうる措置は一般に想起される範囲と比べると極めて限られているからである。

以下では、アメリカの連邦制という視点から新型コロナウイルス対策について考察していく。

アメリカの連邦制

日本では、中央政府が公衆衛生に関する権限を有し、それをもとに地方自治体と連携して公衆衛生を担っている。翻ってアメリカにおいては、建国以前から現在まで、州(建国前は邦)が自らのポリス・パワーに基づいて公衆衛生を担ってきた。ポリス・パワーとは、人々の健康、安全、道徳、その他一般の福祉の保護や向上のために各種の立法を制定・執行する権限を指す。合衆国憲法には、連邦政府の権限として公衆衛生はもちろんのことポリス・パワーに関わる規定は明示されていない。また合衆国憲法第10修正により、合衆国憲法に列挙されていない全ての権限は州政府に留保される。これらのことから、ポリス・パワーは連邦政府ではなく州政府が有する固有のものと解され、裁判所の判例でも幾度となく確認されてきた1

言い換えると、アメリカの州政府は連邦政府から授権された権限に基づいて公衆衛生を担うのではなく、州政府由来の固有の権限に基づいて公衆衛生を担っている。そのため、州政府は連邦政府から何らかの措置を講じるよう命じられることはなく、連邦政府からの授権なしに公衆衛生のための政策に着手できる。

したがって、アメリカの新型コロナウイルス対策の鍵を握るのは州政府である。州政府は自らの固有の権限に基づいて制定された州法などを根拠に緊急事態宣言、外出禁止令、州外からの移動の制限、集会の制限、学校閉鎖、マスク着用義務付けなどの措置を講じている。州政府がコロナ対策の主体であることは、アメリカのコロナ対策が州ごとに大きく異なることも意味している。例えば、マスク着用の義務付けに関して、外出時の着用を義務付ける州、建物内や公共空間での着用を義務付ける州、特定の産業の従事者に限定して着用を義務付ける州、そしてそもそも着用義務付けがない州など多岐に渡っている。

ワクチン接種対象の優先順位の決定権も州政府にある。2020年12月3日に米国疾病対策センター(CDC)が優先接種対象に関する指針を公表したものの、州政府が従う義務はない2。医療政策を専門とする非営利団体のカイザー・ファミリー財団の調査によると、この指針に完全に従っているのは3州に限られ、その他の州は独自に接種対象の優先順位を定めている3。なお、判例において州政府はポリス・パワーに基づいてワクチン接種を州民に義務付けることも認められている4ので、今後、新型コロナウイルスに効果のあるワクチン接種を州民に義務付ける州政府が現れる可能性は十分に考えられる。

連邦政府が関わる余地

アメリカのコロナ対策が複雑なのは、連邦政府がコロナ対策に関わる余地が全くないわけでもないという点である。確かに公衆衛生を担うための権限であるポリス・パワーは州政府固有のものであり、連邦政府は有さない。しかしながら、連邦政府は連邦政府固有の権限に基づいてコロナ対策を講じている。その手段は大別して四つある。それぞれについて簡単に紹介する。

第一に、合衆国憲法第1条第8節第1項に定められる支出権限に基づく関与である。連邦議会は、共同の防衛や一般的福祉のために備える支出権限を有する。そのため、連邦補助金を通じてコロナ対策に関連する活動を方向付けたり、促進させたりすることができる。連邦政府は、州政府がPCR検査やワクチン接種を含むコロナ対策のために行っている様々な活動の支出の多くを肩代わりすることに加え、ワクチンや薬の開発のために製薬企業に資金を援助するなど幅広く役割を果たしている。

第二に、合衆国憲法第1条第8節第3項に定められる州際通商権限に基づいたものである。連邦議会は、州間の通商に関わる権限を有する。そのため、州を越えて流通する医薬品の認可や規制権限を有すると解され、新型コロナウイルスに有効とされる薬やワクチンを認可する権限を有しているとされる。連邦政府はこの権限に基づき、2021年3月上旬時点で3種類のワクチンの緊急使用を許可している。

実はこの緊急使用の認可権限は、ワクチン供給に関して極めて重要である。緊急使用が認められたワクチンに関して、州政府が直接、製薬会社から購入することはできず、連邦政府を介してのみ入手できるとされているからである5。ワクチン供給に関して連邦政府が州政府に優越する立場にあることは、州間でのワクチンの奪い合いを防止し、円滑に全米にワクチンを供給するという点で重要であるが、それと同時に、連邦政府と州政府の間のコロナ対策をめぐる権限関係を大きく変容しうるという意味でも注目に値する。連邦政府のワクチン供給に関する優越的な立場は、現在までのところワクチンこそがコロナ対策に最も有効な手段とされている点を鑑みれば、コロナ対策において連邦政府が重要な役割を担うようになったことをも示唆しているからである。

また、州際通商権限に基づき、連邦政府は州間での感染症の拡散を防止するための措置を講じる権限も有すると解されている。バイデン政権は、1944年公衆衛生サービス法第361条がCDCにその権限を授権している6として、2021年1月21日に公共交通機関および空港や駅などの交通関連施設内でのマスク着用義務付けに関する行政命令を発したのだった7

ただし、バイデン政権のこのマスク着用義務付けに関しては、権限の逸脱だとして訴訟を提起され、白紙となるリスクもあることには注意したい8。近年の判例において州際通商権限は、州のポリス・パワーを妨げうる場合に制約を受けるとされ9 、また同権限の対象となる行為の性質が「経済的活動」であり、それが州際通商に対し相当の関係を持つか、または相当の影響を及ぼすものでなければならないとされており10、一定の制約下に置かれているからである。

第三に、出入国管理権限に基づく関与である。出入国管理権限は憲法において連邦政府の権限として明記されていないが、国家として固有の権限であるとする判例が積み重ねられてきた11。この権限に基づき、連邦政府はコロナ禍が始まってから、特定国に滞在歴のある外国人の入国禁止措置や一部非移民ビザの発給制限措置、陰性証明の義務付けなどを実施している。

最後に、連邦政府が自らを縛る形での関与である。連邦政府機関や職員に対して感染症対策を義務付けたり、連邦政府が企業に事業を委託する要件に感染症対策を加えることなどでコロナ対策を進めることが考えられる。バイデン政権が2021年1月20日の行政命令で求めた、連邦政府所有の建物内でのマスク着用義務付けはその好例である12

以上みてきたように、アメリカの新型コロナウイルス対策はアメリカの連邦制という特異な制度のもとで展開されている。特に連邦政府の権限が合衆国憲法上限られているという特徴は、コロナ対策に積極的なバイデン政権にとっては大きな制約になる。今後も、バイデン政権が限られた権限の中でどのような手段を講じるのかが注目に値する。




1 Medtronic, Inc. v. Lohr, 518 U.S. 470, 475 (1996)など。

2 Centers for Disease Control and Prevention, December 11, 2020, "The Advisory Committee on Immunization Practices' Interim Recommendation for Allocating Initial Supplies of COVID-19 Vaccine -- United States, 2020," https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6949e1.htm(2021年3月8日アクセス).

4 Jacobson v. Massachusetts, 197 U.S. 11 (1905)など。

5 Tucker Higgins, January 24, 2021, "White House says U.S. states can't directly purchase Covid vaccine under emergency use authorization," CNBC, https://www.cnbc.com/2021/01/24/white-house-says-states-cant-purchase-covid-vaccine-directly.html(2021年3月8日アクセス).

6 Centers for Disease Control and Prevention, "Legal Authorities for Isolation and Quarantine," https://www.cdc.gov/quarantine/aboutlawsregulationsquarantineisolation.html(2021年3月8日アクセス).

7 Joe Biden, January 21, 2021, "Executive Order on Promoting COVID-19 Safety in Domestic and International Travel," https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2021/01/21/executive-order-promoting-covid-19-safety-in-domestic-and-international-travel/ (2021年3月8日アクセス).

8 この点に関しての議会調査局(CRS)による報告書は下記参照。Wen W. Shen, August 6, 2020, "Could the President or Congress Enact a Nationwide Mask Mandate?," CRS Report, https://crsreports.congress.gov/product/pdf/LSB/LSB10530(2021年3月8日アクセス); バイデン政権によるマスク着用義務付けに関する法の専門家たちの意見として、例えば下記など。Robert Storace, December 10, 2020, "What's the Law Surrounding Biden's Proposed Mask Mandate?," Connecticut Law Tribune, https://www.law.com/ctlawtribune/2020/12/10/whats-the-law-surrounding-bidens-proposed-mask-mandate/(2021年3月8日アクセス).

9 Lewis v. BT Investment Managers, Inc., 447 U.S. 27 (1980).

10 United States v. Lopez, 514 U.S. 549 (1995).

11 United States v. Curtiss-Wright Export Corp., 299 U.S. 304 (1936)など。

12 Joe Biden, January 20, 2021, "Executive Order on Protecting the Federal Workforce and Requiring Mask-Wearing," https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2021/01/20/executive-order-protecting-the-federal-workforce-and-requiring-mask-wearing/(2021年3月8日アクセス).