研究レポート

2020年アメリカ大統領選挙:バイデン陣営の戦略を中心に

2021-03-25
渡辺将人(北海道大学大学院准教授)
  • twitter
  • Facebook

「米国」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

概況

トランプ大統領の支持率をめぐる2つの特徴は、第1に50%以上に決して届かない低空飛行で安定していること、第2に極めて高い不支持率である。(本報告が「米国」研究会で行われた10月冒頭時点では)支持率の過去最低値は就任約半年後の2017年8月末付近(36.8%)、過去最高値は就任4年目春の2020年4月冒頭付近(45.8%)であった(コロナ禍初動であるが後に転落)。また、カーター以降の歴代大統領の再選年の10月4日時点の支持率と比べると2期続いた大統領より低く、1期で終わった大統領よりは高かった(カーター37.9%、レーガン54.5%、ブッシュ父32.6%、クリントン57.8%、ブッシュ子49.3%、オバマ49.3%、トランプ44.2%)。

カイザー家族財団の調査(2020年8月28日~9月3日調査)によると、民主党支持者と共和党支持者の優先争点の分断は顕著で、民主党支持者は新型コロナウイルス対策が最も多い36%であり、人種関係、経済と続くが、共和党支持者は経済が過半数の53%で、次いで犯罪対策および治安強化で23%であり、コロナ対策を望むのは僅か4%であった。

他方で、無党派層は共和党支持者と類似した傾向にあり、数値は共和党支持者ほど突出していないものの経済を最も望み(29%)、次に犯罪対策とコロナ対策がほぼ同数であった。無党派層は共和党支持層ほどコロナ禍を軽視していないものの、経済と治安強化を強く求めており、共和党の優先政策や同党のメッセージに共鳴しやすい土壌があることを示唆しており、連邦議会下院選挙における同党の善戦と無関係ではないと思われる。

新型コロナウイルスをめぐる党派ギャップは激しく、2020年3月半ば以降、民主党支持者の80%が常にコロナ禍について問題だとしているのに対して、共和党支持者は4月こそ60%近くが問題視していたものの5月以降は3割前後しか関心を示していない。マスク装着をめぐる観念のギャップも顕著であり、民主党支持者は地域的なコロナ禍の深刻度にかかわらず概ね9割以上がマスクを「頻繁に」あるいは「常に」装着するとしているのに対し、共和党支持者の装着意識は地域のコロナの発生度に比例している。ただ、感染が極めて少ない地域以外では装着率が概ね7割以上である。また、地域の感染状況に装着率が見事に比例していることは、共和党支持者もコロナ情勢に完全に無関心なわけではなく、地元の感染率を把握した上で自己判断している層が多いという見方もできるかもしれない。

バイデン陣営の集票戦略

バイデン陣営と民主党全国委員会の内部関係者への複数の聞き取り調査によれば、2020年大統領選挙の集票戦略は基本的に以下のように設計されていた。

第1に選挙戦を現職のトランプ大統領への信任投票と位置付け、特にコロナ対策、医療体制、経済の3点をトランプ大統領の失政と定義する。第2に、リーダーシップのスタイルおよび指導力をめぐる選挙と定義し、バイデン候補の公約として、社会保障、医療、安全な学校教育の再開、経済、コロナ対策を重点とした。

2020年10月時点での本選におけるバイデン陣営の情勢認識は優勢にあるという分析であった。根拠として3月以降、継続的に10ポイント近くのリードをしていること、トランプ大統領の経済政策への支持率が低下していること(コロナ対策への不信任と同義と捉える)、投票を決めかねている有権者が2016年に比べて10ポイント近く少なく、バイデン支持が期日前投票に繋がりやすいことなどを挙げていた。

民主党の獲得が安全とみられる選挙人数は188、共和党は125、民主党と共和党の獲得数が接戦とみられる選挙人数が225であり、接戦州の内訳は民主党にとっての「死守州」44、「奪還州」116、「拡張州」65と見積もられた。「死守州」はニューパンプシャー、コロラド、バージニア、ミネソタ、ネバダなど、「奪還州」はアイオワ、ウィスコンシン、フロリダ、ノースカロライナ、オハイオ、ミシガン、ペンシルバニア、「拡張州」がアリゾナ、テキサス、ジョージアであった。なお、最終的に民主党は「死守州」は守り抜いたが、「奪還州」のうちアイオワ、ノースカロライナ、オハイオを失い、「拡張州」でジョージアを陥落させた。

浮動票の説得戦略として、伝統的な白人浮動票以外の非白人(26%)、40歳以下(34%)にターゲットを拡張し、トランプ不支持や棄権希望の「造反票」の取り込みを重視した。バイデン支持者連合は、中心的基礎票と周辺的支持票に2層分類した。前者はラティーノ、黒人、若年層、女性であり、後者がトランプ政権に不満を持つ有権者、無党派層、郊外住人、高齢層であった。

これらの対象に関連する180の外部組織を動かしアウトリーチ戦略が駆動された。例えば、ラティーノ対策では、スペイン語広報はアリゾナ、フロリダ、ペンシルバニア、ウィスコンシン、ミネソタなどで展開され、11州に中南米系の州ディレクターを配置し、全国・州双方でスペイン語フォーンバンク(電話作戦)を構築した。

コロナ禍型「地上戦」の構築では、2,500名のスタッフを激戦州に配置し、地上戦だけでも1億ドルを投じ、18万3,000人のボランティアによるテキストバンクによるバーチャルコンタクトを含む有権者接触を展開した。戸別訪問は玄関口に広報物を置き、来訪を知らせて去るソーシャルディスタンスを保つ方法を講習し、その方法を厳守する形で継続し、戸別訪問の禁止は避けた。激戦州内に広報物の供給基地となる戸別訪問事務所を設立し、オーガナイジングには携帯アプリの「VoteJoe」と「Slack」の併用を加速した。

さらに、郵便投票と期日前投票の方法の教育と推奨を重視し、投票保護と投票促進を同時に進め、15州に投票問題に対応するホットラインを開設し、2016年大統領選挙の2倍の弁護士とスタッフ態勢を確保し、ウェブサイト「iwillvote.com」で有権者の登録方法、郵便投票の申込までを誘導した。

パンデミックの影響

この結果、サンダース派の第三候補化を食い止め、バイデン支持に協力させた「反トランプ」熱による結束は顕著であり、人種的マイノリティの女性副大統領候補も女性票の掘り起こしに奏功した。共和党側では保守系最高裁判事承認による福音派票の活性化も見られるなど複数の要因が存在したが、とりわけ2020年特有の要因として共和党、民主党の選挙関係者が共に党派的立場を超えて指摘するのが、新型コロナウイルスの本選に対する影響である。

第1に、トランプ政権の追い風だった経済のコロナ禍による悪化であり、回復後も引き続き民主党が共和党を攻撃する材料になり続けた。

第2に、現職優位性への逆作用である。トランプ政権の初期予想では新型コロナウイルス感染症によって最大220万の犠牲が出ると見積もっていたので、共和党政治インサイダーは「思いのほか傷が浅く済んだ」としてトランプ大統領を擁護するが、アメリカの感染者および死者数の大規模な犠牲の正当化は困難だろう。ハリケーン、火災など被害の規模が限定された災害では、2012年大統領選挙直前に起きたハリケーン・サンディにおけるオバマのように活躍を示す材料に利用できることもある。しかし、被害対象が広範囲で、時間的にも収束の目処がまるでないコロナ禍では現職に不利になる例外性が際立った。

本選では無党派層の投票行動が無視できないが、前掲のカイザー家族財団の調査が示しているように、無党派層は「経済優先」では共和党支持者に近かったが、トランプのコアな支持層ほどにはコロナを完全に軽視していなかった。経済対策に具体性が乏しい弱点を抱えていた民主党は、雇用、医療などでコロナ対策を「暮らしの安全」に結びつける印象戦に持ち込んだ。コロナ禍という「接着剤」がなければ、サンダース派が売り込んだ諸政策は無党派の目には社会主義的にしか聞こえないが、コロナ禍の危機が民主党の社会主義的なレトリックに対する有権者の警戒感を相殺したとも言える。

第3に、キャンペーン上の派生要因であるが、バイデンが選挙戦から距離を置けたことが挙げられる。バイデンは終盤で快調にキャンペーンを展開したが、それでもイベントや集会の回数は総じて少なかった。陣営はコロナ禍を口実に慎重に候補者の露出をコントロールできた。運動組織の強さに反して、候補者本人のキャンペーナーとしての資質に難があった大統領・副大統領候補のバイデン・ハリス両名を管理できることは、陣営幹部と民主党全国委員会には安心材料だった。

第4に、民主党にとっては郵便投票を活性化できたことも小さくない。人種マイノリティ有権者の感染時の重症化は深刻で、選挙直前にクラスターが多発すれば票が激減しかねなかったが、全国委員会と陣営は有権者集団別の団体のリーダーを介して早期からマイノリティの有権者の郵便投票を促進した。

他方、感染を懸念して扉を開けない民主党支持者よりも、コロナを怖がらない共和党支持者の方が戸別訪問に応じやすく、戸別訪問では民主党にマイナスであった。それでも民主党が戸別訪問を取りやめたわけではなく、上記のようにコロナ禍専用の方法を訓練し、業者派遣の有給スタッフも援用した。

筆者が聞き取りを行った限り、コロナ禍の選挙への影響をめぐる自覚は、民主党側では政治インサイダーと一般有権者の間で相当程度の乖離がある。勝敗要因も広報戦の一環である以上、災害や危機が勝利の追い風になったことは、2020年選挙におけるバイデン伝説を語る上での「物語」には適さない。民主党はトランプ時代の否定を継続し、指名した閣僚の顔ぶれに象徴されるように「多様性の大統領」というブランディングでナラティブを紡ぐ方針であるが、現場の非公式の選挙回顧とは一定の認識のズレがある。

選挙におけるコロナの追い風は、そのまま統治における追い風とはならないが、アメリカでのコロナ禍は政治的な文脈が否定できず、マスクやワクチンを拒否する層に強制することは容易ではない。大統領就任後のバイデンのパンデミック対策を悩ませるのは、感染症対策という医療政策そのもの以上に政治的分断という障壁であるとも言える。

(本レポートは大統領選挙日以前の2020年10月に行われた「米国」研究会における報告に加筆したものです。)