研究レポート

中朝の新たな「伝統的関係」

2021-03-26
平岩俊司(南山大学教授)
  • twitter
  • Facebook

「朝鮮半島」研究会 第7号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2021年1月20日、アメリカでバイデン政権が発足した。トランプ大統領の再選はならず、政権交代によってアメリカの対外政策は大きく修正されることが予想されるが、新政権の対外政策が東アジア情勢に大きく影響を及ぼすことは間違いない。

外交チームについては徐々に明らかになっているものの、バイデン政権の具体的な外交政策については依然として流動的な部分が残る。ただ、東アジア政策について言えば、基本的に中国に対しては厳しい姿勢をとるものと予想され、北朝鮮についてはトランプ政権のように首脳会談を軸とするトップダウンではなく、実務者協議を積み上げていくスタイルとなることが予想されている。それゆえ、トランプ政権期のように米朝関係が急激に動くことは考えにくく、北朝鮮問題はゆっくりした時間の中で推移することが予想される。はたして北朝鮮がそうした緩慢な状況に耐えられるのだろうか?

あらためて指摘するまでもなく、北朝鮮は経済的に厳しい状況に追い込まれている。国連制裁に加え、2020年は年初からコロナウィルス感染を防ぐため中国、ロシアなど外国との交易をとめざるを得ず、さらに、夏には台風による水害に見舞われた。三重苦ともいわれるこのような経済的苦境から脱するためにも北朝鮮としては自らのペースで自分たちの考える「非核化」を進め、国連の制裁を解除させたかったはずだ。トランプ大統領が再選されれば、2期目の成果として北朝鮮との交渉に応じるのでは、との期待が北朝鮮にはあったかも知れないが、北朝鮮としては外交政策の立て直しを迫られることとなった。

そもそも、北朝鮮の非核化についてのトランプ政権と北朝鮮の認識の差は、ハノイにおける2度目の米朝首脳会談で明らかにされた。全面的、一括核放棄を求めるトランプ政権に対して北朝鮮は部分的、段階的非核化での合意を目指したが首脳会談は事実上決裂した。バイデン政権が北朝鮮の核問題にどのような姿勢をとるかは依然として明確ではないが、少なくとも北朝鮮ペースで交渉が進むとは考えにくい。とりわけ、コロナ対策、国内分断問題、さらには中東問題など喫緊の課題への対応に追われるバイデン政権にとって北朝鮮問題の優先順位は高くないだろう。核実験、ミサイル発射実験を控えている北朝鮮をアメリカが直接的脅威と認識していないからだ。だからこそアメリカに注意喚起するために北朝鮮が再び核実験・ミサイル発射実験を強行する危険性があるが、そこで注目されるのが中朝関係であり中国の北朝鮮核問題への姿勢だ。

北朝鮮の核問題に対する中国の基本姿勢は「双暫停」との提案に象徴されるように、北朝鮮が核ミサイル実験を停止し、米国が北朝鮮を対象とする軍事演習を停止し、対話による解決をめざすべき、というものだ。さらに、北朝鮮の非核化の進展に応じて段階的に制裁を解除すべき、というのが中国の立場だ。

2021年1月に開催された第8回朝鮮労働党大会で、北朝鮮は従来になく中朝関係の緊密化を強調した。党総書記に就任した金正恩は、「分かちがたい運命で結びついた朝中両党・両国人民間の友情と団結を引き続き継承すべき」とし、数次にわたっておこなわれた首脳会談によって中朝両国は戦略的意思疎通、同志的信頼を厚くした、と述べた。一方の中国側も、習近平総書記は金正恩に対して祝電を送り、「中朝関係を発展させることは、中国の党と政府の揺るぎない方針だ」としながら「総書記同志と共に、半島問題を政治的に解決する方針を堅持し、地域の平和と安定、繁栄を守りたい」としていた。バイデン政権が北朝鮮に対して厳しく臨んだ場合、北朝鮮にとっては安全保障、経済いずれも中国からの支援が不可欠だ。一方、中国としても対米関係を考えたとき北朝鮮に対する影響力を維持し、対米交渉のカードとしたいはずだ。このように中朝双方の思惑が一致し、中朝関係が伝統的関係へと回帰したとの印象を与えたのである。しかし、はたして中朝関係は「唇歯関係」「血盟関係」と称された冷戦期のようなかつての関係に回帰したのだろうか?

そもそも習近平・金正恩関係は双方の政権発足当初から良好な関係と呼べるものではなかった。2012年11月の習近平体制のスタートと同時に北朝鮮は人工衛星発射、核実験を行った。中国は北朝鮮に影響力があると国際社会は評価しているが、習近平としては顔に泥を塗られたことになる。一方、北朝鮮もやはり2012年12月、金正恩体制下で最初に行われた人工衛星発射に対して米国と共に安保理決議を主導した中国への不信感を持った。それまで中国は、宇宙開発はすべての国に与えられた権利、と主張する北朝鮮の人工衛星打ち上げにたいしては北朝鮮を過度に刺激するとして安保理決議には慎重な姿勢をとってきた。金正恩が中国への不信感を強めたのは間違いない。こうして金正恩が中国に行くこともなく、一方の習近平も北朝鮮を訪問しないだけでなく韓国を先に訪問するなど(2014年7月)、中朝関係の冷却が指摘されて久しい状況にあった。ところが、トランプ大統領が金正恩国務委員長との首脳会談に応じたのを契機として中朝関係は一気に回復することになった。金正恩はアメリカとの直接交渉に臨むにあたって後ろ盾としての中国を必要としたし、一方の習近平もかりに北朝鮮問題が進展する可能性があるのであれば、中国としてそうした動きに絶対に関わらなければならないとの判断があっただろうし、米国との関係を考えたとき北朝鮮への影響力を維持する必要があった。こうした両者の思惑から、中朝関係は回復基調へと戻った。とはいえ中朝関係が一気に関係強化につながったわけではなかった。

2018年6月のシンガポールにおける米朝首脳会談で非核化に応じる姿勢を見せた北朝鮮ではあったが、交渉の場が実務者協議に移ると米朝の立場の違いが明らかになり、米朝関係は膠着状態に陥り北朝鮮の非核化も進まなかった。こうした状況下の2018年9月、北朝鮮は建国70年を迎えたが、金正恩としては習近平の訪朝を期待したはずだ。緊密な中朝関係をアピールしてアメリカに姿勢変化を促したい、との思いがあっただろう。ところが、米中関係の悪化が経済分野から安全保障分野に拡大しつつある状況下、習近平は、過度に中朝関係の緊密化をアピールすることはアメリカを刺激するとの理由で北朝鮮の建国70周年記念式典には党序列3位の栗戦書・全国人民代表大会常務委員長を送った。金正恩はこれを歓迎し、中朝関係の緊密化のアピールに努めたが、本音では習近平訪朝を期待したに違いない。このような中国の米国に対する配慮にもかかわらず、米国の中国に対する姿勢がますます厳しくなり、2019年2月にハノイの米朝首脳会談が決裂して米朝関係が暗礁に乗り上げると、中国は北朝鮮との関係強化につとめ、同年6月には習近平がはじめて北朝鮮を訪問したのである。

一方、ハノイの米朝首脳会談決裂以降、米朝関係が緊張する可能性もあったため、北朝鮮にとって後ろ盾としての中国の存在感は大きくなったはずだ。ところが、トランプ大統領は北朝鮮との関係を完全に破綻させたわけではなく北朝鮮もアメリカの姿勢変化に期待を残していた。そうした状況下、金正恩は激しさを増す米中対立に巻き込まれることを懸念したに違いない。かりに北朝鮮の思惑通り米国が姿勢を変化させて米朝関係が動き出したとき、中国抜きで米朝関係が進展することを嫌う中国からブレーキをかけられるかもしれない。後ろ盾としての中国は不可欠だが、中朝関係を緊密化するあまり中国の影響力が大きくなりすぎることは北朝鮮がアメリカとの関係を進展させる上で邪魔になる。そうした思いが金正恩委員長にあっただろう。

バイデン政権は中国を競争者として位置づけ厳しく臨むものと思われるが、環境問題やコロナウィルス対策などで中国の対応如何では協力の可能性も示している。中国からすれば、米国との完全な対立を避けるためにも部分的協力を突破口として米中関係の調整を目指すことになるだろう。その際、北朝鮮問題を中国がどのように使うかによって中朝関係は規定されることとなるが、場合によって習近平は北朝鮮を対米カードとして使うかも知れない。また、北朝鮮も、米国が敵視政策をあらためればはじめての米朝首脳会談の際のシンガポール合意に戻れると示唆するなど、やはり外交の軸は米国だ。だからこそ米朝関係がかりに動き始めた時、中国が邪魔になるという状況が生まれるかも知れない。金正恩はそうした中国の思惑を知っているし、習近平も北朝鮮の思惑をよく理解している。それぞれ米国に対する思惑と相手に対する不信感を隠しながら関係を維持するというのが中朝関係の構造である。中朝関係はまさに相手に対する不信感を前提とする関係なのだ。伝統的関係への回帰を印象づけてはいるが、冷戦期のそれとは異なる関係であることは間違いない。もとより、冷戦期の中朝関係も双方の相手に対する不信感を前提に成立していた関係であったと言えようが、当時の北朝鮮には、中国の影響力が大きくなりすぎることに対する警戒感はあったものの、中国がアメリカなどの第三者との関係で北朝鮮をカードとして利用し、北朝鮮を「裏切る」との懸念はなかったはずだ。一方、中国の立場に立てば、北朝鮮が米国との直接的関係を持つようになり、場合によっては北朝鮮が中国よりもアメリカとの関係を優先させる危険性が生まれてきた。朝鮮戦争でともにアメリカと戦った経験が中朝を結びつける重要な要因であったが、いまや中朝それぞれのアメリカとの関わり方が冷戦期のそれとは大きくことなるものとなった。中国を後ろ盾としてアメリカに向き合うという北朝鮮の対外姿勢は構造的には伝統的関係への回帰ということになろうが、実際には中朝の「新たな伝統的関係」と言うことになるかも知れない。

(2月22日記)