研究レポート

中国輸銀のアジア途上国向けソフトローンの現状:南アジア諸国を中心に

2021-03-29
北野尚宏(早稲田大学理工学術院教授)
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「インド太平洋」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

中国政府は、アジア途上国との関係強化と中国企業の海外展開支援のために、政策金融機関である中国輸出入銀行(中国輸銀)及び国家開発銀行(中国開銀)の提供する長期融資を活用してきた。しかしながら、中国輸銀や中国開銀は融資データを公開しておらず、その実情は明らかにされているとは言い難い。

筆者らは、中国輸銀の「二つの優遇条件借款」と呼ばれる中国政府優遇借款および優遇バイヤーズ・クレジットに的を絞って、途上国政府が公開している融資データとその他の情報源をもとに、アジア向けの融資プロジェクトリストを作成し分析を行った。優遇借款は元建ての譲許的な二国間政府借款で、無償援助、無利子借款と並んで中国の対外援助スキームのひとつである。一方、優遇バイヤーズ・クレジットはドル建ての輸出信用でありながら、優遇借款と同等の供与条件で相手国政府等に融資するスキームである。両者ともに調達条件は受注を中国企業に限定する中国タイドである。本稿では、同リストをもとに中国輸銀のアジア向け優遇借款/優遇バイヤーズ・クレジット(輸銀ソフトローン)の動向について、特にインド太平洋地域において重要な位置を占める南アジアに焦点を当てながら概観したい。輸銀ソフトローンは、投資を含めた中国の途上国向け金融スキームの一部に過ぎないが、中国と各国、各地域との関係をみるには有益な指標であると考える。

今回リスト化したのは、2001年から2019年に承諾されたアジア 23 カ国における輸銀ソフトローン・プロジェクト約300件である。中国政府は、二国間の経済協力あるいは上海協力機構、瀾滄江・メコン川協力首脳会議などの多国間地域協力の枠組みの中で他の協力スキームと共に輸銀ソフトローンの総額についてコミットメントを行い、個別プロジェクトの実施につなげることが多い。南アジアについては、南アジア地域協力連合(SAARC)に2005年よりオブザーバー参加を開始したものの、基本的に二国間経済協力の枠組みで輸銀ソフトローンが供与されている。バングラデシュ、中国、インド、ミャンマーを結ぶ回廊構想(BCIM構想)もあるが、検討段階に止まっているのが現状である。

輸銀ソフトローンの年別承諾額の傾向としては、二つの大型プロジェクト向け融資を除外すると、2001年以降2016 年ころまで増加し、その後減少傾向にある。南アジアにおいても同様の傾向がみられる。中国国内の金融引き締めや、後段で述べるような借入国の債務脆弱性の悪化等が背景として考えられる。

地域別割合は、南アジアは東南アジアに次いで大きく、次いで、中央アジア・コーカサスとなっている。主要セクターは、運輸と電力であり、次いで産業、通信、都市インフラ、農林・畜産・漁業となっている。運輸・電力が突出する傾向は、南アジアでもみられ、アジア途上国における運輸・電力インフラの資金需要の大きさを反映していると考えられる。

南アジアの国別承諾額は、パキスタン約117億ドル、バングラデシュ約76億ドル、スリランカ約65億ドル、モルディブ約7億ドル、ネパール約4億ドルとなっている。パキスタンについては、2012年以前も輸銀ソフトローンが供与されていたが、2013年に提唱された中国パキスタン経済回廊(CPEC)構想のもと、カラチ原子力発電所(約44億ドル)、ペシャワール・カラチ高速道路の一部区間(約18億ドル)、ラホール都市鉄道オレンジライン(約12億ドル)等、近年は大型プロジェクトへの融資が目立っている。バングラデシュに対しては、2016年の習近平国家主席訪問時に、3年間で100億ドル近くの輸銀ソフトローンをコミットし、その後、パドマ橋(約27億ドル)、全国送電網整備(約10億ドル)、チッタゴン・カルナフリ川水底トンネル(約5憶ドル)等融資承諾額が急増している。

スリランカについては、2006年に火力発電所向け優遇バイヤーズ・クレジット3億ドルが供与されて以来、ハンバントータ港第二期をはじめほぼ毎年融資承諾が継続し、2014年には複数の道路プロジェクトに対し約18億ドルの融資承諾がなされた。2015年の政権交代後も融資承諾は継続し2019年には中部高速道路第一工区向けに約10億ドルが供与されている。モルディブは、ヴェラナ国際空港拡張(約4億ドル)、空港とマレ島とを結ぶシナマレ橋(約1億ドル)、ネパールはポカラ国際空港(約2億ドル)等のプロジェクトに輸銀ソフトローンが供与されている。プロジェクトによっては、供与条件をさらに緩和するために無償援助や無利子借款が合わせて供与されている。

インドは途上国であり多額の二国間、多国間ODAを受け入れているにもかかわらず、輸銀ソフトローンの供与国には含まれていない。アフガニスタンについては、過去に優遇借款を供与したことがあるが、その後無償援助に転換しているため本リストには含まれない。ブータンとは国交がなく輸銀ソフトローンの実績もみあたらない。

前段で述べたように、輸銀ソフトローンの承諾額は2016年以降減少傾向にあり、その背景のひとつとして借入国の債務持続性の問題が挙げられる。南アジアにおいては、2020年4月にG20財務大臣・中央銀行総裁会議で合意された債務支払猶予イニシアチブ(DSSI)に関し、インド、スリランカを除く対象6カ国のうち債務返済に支障をきたすリスクが高いパキスタン、モルディブ、アフガニスタン及び同リスクは低いながらネパールが債務支払い猶予を申請した。同リスクが低いバングラデシュ及び中程度のブータンは申請を行っていない。世界銀行によれば、南アジアDSSI対象6カ国の二国間公的債務のうち中国が49%と最大のシェアを占めている。特にモルディブとパキスタンの二国間公的債務に占める中国の割合は80%、63%と顕著に高い。当初はDSSI参加に積極的でなかった中国政府も最終的に参加を決め、例えば、パキスタンとは2020年12月に債務支払い猶予契約に調印している。DSSIの対象外ながら、スリランカはユーロボンドの返済に苦慮しているにもかかわらず、IMFの支援を受けずに中国からの金融支援に傾斜している傾向がうかがわれる。

以上のように、南アジアにおいて、輸銀ソフトローンの供与実績やDSSIへの参加状況は国によってそれぞれ特徴がある。さらに比較分析を進めるには、借入国と中国及び他の主要国との外交関係、受入国の国内政治経済状況、受注企業の活動の実態などに関してより深い理解が必要であると思われる。今後、中国政府がDSSIへの参加を契機にどのように債務問題に対応し、自らのアカウンタビリティを向上させようとしていくのか、また借入国側が中国との関係をどのようにマネジメントしていくのか、注視していきたい。