研究レポート

太平洋抑止イニシアティヴとインド太平洋軍

2021-03-29
森聡(法政大学教授)
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「日米同盟」研究会 第5号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

 2021年1月1日に成立した2021年度国防授権法の第1251条は、国防省に対して太平洋抑止イニシアティヴ(PDI)を創設し、「インド太平洋地域におけるアメリカの抑止力と防衛態勢を強化し、同盟国とパートナー国に安心を供与して、米軍の能力と即応性を高める」ように指示し、特に統合軍として必要な能力開発に不足している支出を行うことを決めた。PDIには、総額約22億3,500万ドルが充当され(既存の予算プログラムの編入分を含む)、連邦議会は国防省に対して、当該イニシアティヴの年次予算案、事業計画、進捗報告等の提出などを要請した。これを受けて、デイビッドソン・インド太平洋軍司令官は連邦議会に対して、インド太平洋軍としての優先投資分野をまとめた報告書を提出し、2022年度に46億8,000万ドル、2023年度から2027年度にかけて総額226億9,000万ドルの拠出が必要との見方を示した。

デイビッドソン司令官は連邦議会に対して、インド太平洋軍の戦力態勢に関する年次報告書と、インド太平洋軍の戦闘能力強化のために必要な取り組みをまとめた独立報告書の2本を提出している(デイビッドソン司令官は、2020年度国防授権法第1253条の要請を受けて、2020年4月にRegain the Advantageと題した報告書をすでに提出していたが、今回はそれを発展させた内容となる)。また、デイビッドソン司令官は、3月9日の連邦議会上院軍事委員会での証言に先立って、3月1日にAFCEA(Armed Forces Communications and Electronics Association)TechNet主催のインド太平洋に関する会議で、また同4日にもアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のオンライン講演会でも、連邦議会に提出した独立報告書の骨子を口頭で説明した。

PDIに関するインド太平洋軍の取り組みは、1251条(b)項に示された目的に対応して定められており、①統合軍の攻撃力(Joint Force Lethality)、②戦力編成と態勢(Force Design and Posture)、③同盟国とパートナー国の強化、④演習、実験、イノベーション、⑤兵站・警備強化(Logistics and Security Enabler)という5つの柱から成る(AFCEAでの講演では4つの取り組みを紹介)。PDIの中心には、中国に対する米国の通常抑止の劣化に十分に対応できていないという問題意識があり、中国による武力行使を抑止するために米軍の通常戦力をいかに強化するかということが基本的な戦略課題となっている。以下、インド太平洋軍の資料の内容に沿ってそれぞれの取り組みの概要を説明する。

第一に、統合軍の攻撃力の強化については、個別の軍種よりも統合軍が地域の安定を保全し、必要となれば長期にわたって戦闘作戦を遂行すべく、第一列島線上における精密打撃ネットワークを備えた統合軍部隊の展開、第二列島線上における統合防空ミサイル防衛、分散的な戦力態勢などの構築が目指されている(本邦の報道は、第一列島線上にミサイル部隊を配備する構想に関心を集中させたが、PDIは広範にわたるインド太平洋軍の強化策を含むものである)。その中でも最優先課題として強調されたのが、グアムにおけるイージス・アショアに基づいた全方位対応の統合防空ミサイル防衛(IAMD)システムの構築で(現在は北朝鮮を念頭に置いたTHAADのみ)、ハワイでの本土防衛レーダーの構築も弾道・巡航・極超音速ミサイルへの対応で重要な役割を果たす。また、センサーについては、TACMOR(戦術多任務超水平線レーダー)が日付変更線西方の空及び海上の標的を捕捉・追跡し、さらに宇宙に配備される衛星コンステレーションのセンサーは人民解放軍部隊の活動に関する状況監視能力を向上させる。さらに、長距離精密打撃力を構成する兵器としてトマホーク、SM-6、LRASM(長距離対艦ミサイル)、HIMARS(高機動ロケット砲システム)、長距離極超音速ミサイルなどが挙げられる。人工知能、量子コンピューティング、リモート・センシング技術、機械学習、ビッグデータ分析、5G技術などがインド太平洋軍の探知能力、C2、長距離攻撃力などを強化し、抗争区域における機動部隊を支援することが期待されている。

  • Guam Defense System(GDS):グアムにおける360度の統合防空ミサイルシステム(イージスアショア)と第二列島線上におけるIAMDを整備する。

  • Tactical Multi-Mission Over-the-Horizon Radar(TACMOR):パラオの高周波レーダーにより長距離の探知・追跡能力を獲得する。

  • Space-Based Persistent Radar:宇宙配備レーダーによる状況把握能力の向上で、低遅延の目標捕捉と、GDS・TACMORへの常続的な信号送信を実現する。

  • Enhanced ISR Augmentation:SIGINT・COMINT・MASINT機能を提供可能な特殊有人機を獲得する。

  • Ground-Based, Long-Range Fires:500キロ以上の距離から航空作戦・海上作戦を支援する精密打撃力を確保する。

第二に、戦力編成と態勢については、北東アジアとグアムにおける伝統的な軍種別の部隊配備を改め、軍種間統合を進めたうえで統合軍部隊を分散配備することが目指される。同盟国やパートナー国におけるインド太平洋軍部隊の配備が変更されることになる。その計画の詳細は無論明らかにされていないものの、①部隊を集中配備せずして、多数のドメインにおける分散した部隊の能力を必要な時に集中可能にする、②残存性と攻撃力のバランスを最適化しつつ、統合軍部隊を戦域全体に分散配備する、③前方展開と巡回展開に基づく常続的なプレゼンスを確保し、中国と同盟国・パートナー国双方に米国のコミットメントの強さを示す、といった配備変更にあたっての基本的な考え方が示された。また、分散配備ということでは、航空機・艦船を分散させるための飛行場・港湾、航空優勢・海上優勢を生み出すための長距離兵器を運用する地上軍部隊が展開可能な場所、兵站・補給拠点・物資事前集積地などをミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国、パラオ共和国、その他大洋州諸国や東南アジア諸国などで確保する取り組みを進める。

第三に、同盟国とパートナー国の強化については、米軍との共同作戦、演習、訓練の頻度と密度を高め、相互運用性や補完性を向上し、中国との競争に臨むための調整を進めていく。より具体的には、情報共有協定、FMS(対外有償軍事援助)、国際安全保障対話などが含まれるが、デイビッドソンが強調していたのは、MPE(Mission Partner Environment)なる戦闘管理ネットワークのシステムで、これは同盟国やパートナー国にも提供される。MPEは、全ドメインのセンサー情報をクラウド技術により集約・処理して、同盟国やパートナー国にC4ISR能力として提供する戦域レベルの戦闘管理・自動意思決定(theater-wide battle management and automated decision-making)システムとなる。南アジア、東南アジア、大洋州のデータフュージョン・センターを活用して、同盟国・パートナー国とのデータ共有を拡大する。また、これらのデータフュージョン・センターでは、航空機、艦船、宇宙システムのセンサーが収集するデータを集約し、共通海洋状況図(common maritime picture)を構築して、同盟国・パートナー国とともに、違法漁業、密輸、トランスナショナルな脅威を監視して追跡する能力を高める。

  • Combined, Command and Control Network (C3N)関連:MPE(Mission Partner Environment)は、全ドメインのセンサー情報をクラウド技術で集約・処理して、同盟国やパートナー国にC4ISR能力として提供する戦域レベルの戦闘管理・自動意思決定(theater-wide battle management and automated decision-making)システム

  • Fusion Center:南アジア、東南アジア、大洋州のデータフュージョン・センターを活用して、同盟国・パートナー国とのデータ共有を拡大する。航空機、艦船、宇宙システムのセンサーが収集するデータを集約し、共通海洋状況図(common maritime picture)を構築して、同盟国・パートナー国とともに、違法漁業、密輸、トランスナショナルな脅威を監視して追跡する能力を高める。

  • International Security Cooperation Programs(ISCP):海洋安保その他で同盟国・パートナー国の安全保障組織の訓練・装備を提供する。

  • State Partnership Program(SPP):州兵主体で実施する安全保障協力プログラムで、兵站・訓練プログラムを通じて米軍のアクセスとその拡大を推進

第四に、演習・実験・イノベーションについては、統合軍部隊による実験や高度な現実性を備えたマルチドメイン演習を重ねていくことが肝要とされ、ライブ、ヴァーチャル、擬人(LVC: Live, Virtual, Constructed)の演習場を活用することになる。個別軍種ごとに演習場が建設されてきた経緯もあり、統合軍部隊による演習と訓練のために必要な演習場が十分に整備されていないため、米本土及び海外領の演習場を日本や豪州の演習場と併せて利用し、LVCシミュレーションを導入することにより、高度な演習・訓練を可能とすることが目指される。インド太平洋軍は、統合演習プログラムと統合演習ネットワークを併用することにより、全ドメインで作戦行動を効果的にとる能力を実証する。インド太平洋軍は、統合演習プログラムと統合演習ネットワークを併用することにより、全ドメインにおける作戦行動を効果的に起こす能力を実証すべく、PMTEC(Pacific Multi-Domain Test and Experimentation Capability)なる取り組みを推進する。

第五に、兵站・安全保障促進能力と題された取り組みは、一見して地味に映るが、以下のような多様で重要なイニシアティブが含まれている。

  • 第一列島線と第二列島線からの作戦支援能力の強化:分散先地点の整備、滑走路修復能力の向上、C4I能力の強化、弾薬・燃料貯蔵施設の整備を進める。

  • 認識管理(perception management):電子戦、ネットワーク戦、心理戦、ディセプションの能力を開発する。

  • Pacific Movement and Coordination Center(PMCC):インド太平洋全域にわたるリアルタイムの戦略・作戦レベルのロジスティクスの同期を目指す。

  • Joint Electro-Magnetic Spectrum Operations(JEMSO):電磁波領域における作戦能力を強化する。

  • Information Operations:プロパガンダに対抗する手段を整備する。

  • Asia Pacific Regional Initiative(APRI):パートナー国との人的交流を促進する。

  • Critical Manpower:大国間競争の直接支援を任務とする90名の定員増を図る。 

民主党内には国防予算削減を求める左派勢力がいるほか、新型コロナウイルス対策で大規模な財政出動が行われており、1~2年ほど国防予算が横ばいで推移したのちに、国防予算が削減圧力に直面する可能性があるといわれる。したがって、PDIがどこまで実を結ぶかは依然未知数である。しかし、連邦議会は、2021年度国防予算のPDI当初案に1億3,500万ドルを上乗せして、陸軍のマルチドメイン・タスクフォースの配備、MPE、インド太平洋軍統合軍の編成、対テロ情報センターなどに投資することを決めており、インド太平洋地域の重要さは国防省のみならず、連邦議会軍事委員会でもよく認識されていることから、当面必要なリソースは充当されるものとみていいだろう。日本としては、PDIの国際協力分野で迅速にインド太平洋軍との協力体制を構築していくことが課題となる。特にMPEをめぐる取り組みは、統合軍としての変革を進める米軍と自衛隊との相互運用性にかかわる重要なものとなるため、日本として協力ないし関与していく上での課題の洗い出しは急務となろう。