研究レポート

ルールに基づくインド太平洋の多極秩序の構築

2021-03-31
菊池努(青山学院大学教授/日本国際問題研究所上席客員研究員)
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「インド太平洋」研究会 第10号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

日本は近年、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を対外政策の柱に据えてきた。日本のFOIP構想が目指すのは、この地域の平和と繁栄を支えてきた、自由で開かれた、ルールに基づく秩序(Rules-Based Order:RBO)を維持強化することにある。自由で公正な貿易、主権と領土の一体性の尊重、紛争の平和的解決の原則の順守、航行の自由、透明で維持可能な開発金融、国際法の遵守など、インド太平洋の平和と安定のためのルールをさらに維持強化することがその核心にある。

この構想の実施には、数十年に及ぶ長期的なコミットメントが求められる。そうした長期的な関与を通じて日本は、どのようにしてRBOを維持強化すべきなのだろうか。

戦後長い間、現在のルールに基づくインド太平洋秩序を支えてきた主要な要素は、アメリカのこの地域への関与とアメリカを中心にした同盟のネットワークである。同盟のネットワークはインド太平洋のルールに基づく秩序を支える重要な基盤であった。

アメリカの継続的関与と同盟の役割はルールに基づく秩序の維持にとって引き続き重要だが、この地域の国際環境の変化によって、それだけでRBOを維持することが次第に難しくなっている。中国の台頭はこの地域の国際関係の変化を象徴する事象である。また、アメリカと中国の間の対立はますます激しくなり、それがRBOに大きな影響を与えている。貿易や金融、インフラ建設、航行の自由などの国際ルールが脅かされている。アメリカの政治経済も大きく変化している。アメリカの国内政治の流動化は、同国の対外政策の不透明性を高めている。

しかし、インド太平洋の国際関係には新しい動きもある。インド太平洋にはアメリカと中国という二つの国しか存在しないわけではない。東南アジア、南アジア、オセアニアには、大国政治の荒波を乗り越えて、インド太平洋の秩序の形成に主体的に取り組もうとする国家群がある。これらの諸国は大国政治、特に米中対立の激化を懸念しつつもその傍観者ではない。大国間の抗争を生き抜いてきた経験とそれによって蓄積してきた外交の知恵と技法をこれらの諸国は持っている。

本稿は、日本が目指すルールに基づくインド太平洋の秩序とは、戦後日本の対外政策の基本にあるアメリカとの同盟関係を堅持しつつ、米中関係に収斂しない、多極・多中心の秩序であると主張する。アメリカとの同盟関係や中国との安定した関係は引き続き日本の対外政策の重要な構成要素である。同時に、日本にとって、南アジアや東南アジア、オセアニアなどの諸国との連携がますます重要になっている。これらの諸国を含めた、多層で重層的な連携と協力のネットワークの形成を通じて、多極で多中心のインド太平洋秩序を築くことが、日本の自由で開かれたインド太平洋構想の要諦である。

米中二国間関係の将来への懸念

日本の戦略の背後には、日本を取り巻く国際関係の今後への不安と期待がある。

第一に、インド太平洋の将来に影響を及ぼすアメリカと中国という二つの大国の今後の動向が不透明になりつつある。「平和的発展」を唱導したかつての中国の姿は大きく後退し、高圧的、威圧的な中国の対外姿勢が際立っている。

アメリカの今後にも大きな不透明感がある。国内に山積する諸課題、対外的な関与、特に軍事的な関与に消極的な国民世論、党派対立が激化しているワシントンの政治、国内政治を最優先する政治指導者の登場など、アメリカの対外政策を支えてきた国内のコンセンサスが変化しつつある。

アメリカは果たして今後も「アジアの国家」であり続けるのだろうか。日本の防衛やアジアの安全保障にアメリカは今後もこれまで同様に深く関与し続けるのだろうか。インド太平洋の諸国の中にアメリカの政策への不安が生まれている。中途半端に終わったオバマ政権の「リバランス政策」やトランプ政権の「アメリカ第一」の政策はそうした懸念をさらに強めた。

インド太平洋のRBOを強化するには、RBOが自国にとっても利益であることを米中両国が認識し、その維持強化に努めるよう促す必要がある。

中国の有する巨大な力を考慮すると、RBOを維持強化するには、中国の行動をけん制する意味でもインド太平洋地域へのアメリカの継続的関与が必要である。日本とアジアの安全保障には、アメリカが引き続きこの地域に関与し、建設的な安全保障上の役割を演じることが不可欠である。日米同盟は日本の防衛と共に、アメリカがインド太平洋に関与する際の主要な手段となっており、アメリカの関与を促すため、同盟を強化する方策を日本は探る必要が一層高まろう。

他方で、アメリカが単独主義的なアジア政策を推進することへの不安も日本にはある。近年アメリカは中国をはじめとする諸国からの輸入品に対して高い関税を課しているが、自由貿易のルールに反するこの政策を日本は懸念している。アジアへのアメリカの関与を維持しつつ、国際ルールに反したアメリカの一方的行動に一定の歯止めをかける施策を日本は推進しなければならない。

第二に、米中関係の今後への日本の不安がある。一方で米中関係がますます緊張し、米中冷戦と呼ばれるような深刻な敵対関係が生まれる可能性がある。米中の全面的な対立は日本の外交空間を著しく狭め、日本の利益を阻害する。他方で、米中間の合意により「米中共同統治体制(G2)」と呼ばれる秩序がインド太平洋に形成される可能性も否定できない。国内政治を優先するアメリカが、中国との妥協の道を選ぶかもしれない。いずれにしても日本の対外政策の自由度は制限されざるを得ない。

対立であれ協調であれ、米中二国が主導する地域秩序がインド太平洋に構築され、日本の政策の選択や行動が厳しく制約されることは日本にとって望ましくない。日本にとって、中国による地域的な覇権が形成されるのは望ましくないし、同様に、米中の冷戦や米中共同統治体制(G2)が生まれるのも望ましくない。

米中対立の激化を反映して、米中双方の地域諸国への政策が、米中対立の派生になりつつあることも日本の懸念である。この地域には、米中関係を超えた多様な国際関係と取り組むべき課題がある。RBOの維持強化はその中心的課題である。新型コロナへの対応やインフラ建設などの社会基盤も必要である。

「その他アジア」の台頭

米中関係の今後は日本の不安を惹起しているが、しかし第三に、日本が期待できる新しい動きもこの地域には生まれている。東南アジアや南アジア、オセアニア地域の国家と地域組織、台湾などが政治的にも経済的にも強靭性を高めていることである。インド太平洋の国際関係でこれらのアクターが担いうる建設的役割が拡大している。

インド太平洋の今後を展望する際に、米中関係に焦点をあてた議論は数多くある1。国際秩序が大国間関係によって規定されてきたという国際政治の歴史を踏まえての議論である。しかし、インド太平洋の国際関係を子細に観察すると、この地域の国際関係は大国間関係だけで決まるほど単純でないことに気づく。インド太平洋では、米中関係を超えた多様な国際関係が展開されている。米中以外の諸国や地域制度の動向がインド太平洋の秩序の今後に影響を及ぼす。

オーストラリア、インド、ASEAN諸国、台湾などは単独では地域秩序形成の主体にはなりえないが、一定の国力を持ち、今後さらに国力を増大させる潜在力を有し、重要な戦略的要衝に位置し、この地域の国際関係の形成に主体的かつ能動的に関与しようとしている。これらの諸国は、大国政治を傍観し、権力政治の荒波に翻弄されるだけの存在ではない。これらの諸国は、インド太平洋の国際関係に積極的に参加し、その将来の在り方に影響を及ぼそうという意思とそれを支える一定のパワーと影響力を有している。彼らには、国力の制約を補う、大国政治の荒波を乗り越えて国家の独立と自主を維持してきた経験と外交の知恵もある2

これらの諸国は、取り組みに濃淡はあるが、これまで長い間に渡って自由で開かれた、ルールに基づく秩序に参加し、経済発展と政治的近代化を進めてきた。これらの諸国はルールに基づく国際秩序の維持と発展に大きな利益を有している。国際ルールは紛争を力ではなく、ルールに基づいて解決し、中小国の利益を保護する。

これらの諸国は、中国との関係を重視しつつも、中国の行動を牽制し、同国が国際社会のルールに基づいた行動をとるよう促すために、アメリカが引き続きインド太平洋の国際関係に関与することが望ましいと考えている。実際、これらの諸国は近年、アメリカを含む二国間、三国間の政治、経済、安全保障協力を深めている。

ただ、これらの諸国は、中国の将来への懸念やアメリカのアジアへの継続的関与への支持という点では一致しつつも、対中政策やこの地域の貿易秩序の在り方をはじめとする個別の政策では必ずしもアメリカに同調しているわけではない。

また、これらの諸国には、この地域の国際関係が米中関係を基軸に形成され、自国の運命が米中関係の動向で決められてしまうことへの警戒と懸念がある。今後の政策展開に不透明性が残る米中二国の関係に地域の将来を委ねるリスクも彼らは認識している。

これらの諸国にとっては、自らの行動の余地を広める多極、多中心の地域構造が望ましい。地域の国際構造に関してASEANが唱導している「ASEAN中心主義(ASEAN Centrality)」の原則は、米中関係を基軸にこの地域の秩序が形成されることへの異議申し立てであり、東南アジア諸国も地域の国際関係の形成に主体的に関与しようという彼らの意思を反映している。大国政治を超えた、多極、多中心の地域構造を構築し、その中で自国の主権と独立を維持しようという彼らの決意を示している。

日本にとってこれらの諸国は、米中主導の地域秩序づくりを回避し、多極・多中心の秩序が望ましいという点で共通の利害を有しており、ルールに基づく地域秩序の維持強化を進める重要なパートナーになりうる。実際、日本もこれらの試みに積極的に関与している。日本の「現代版南進論」である。

近年の特徴は、これらの諸国の間で、また、日本やアメリカも参加する形で、政治や経済、安全保障の分野で、新しい二国間、三国間、四か国間の重層的な連携関係が進展していることである3。米中関係をはじめとする大国間関係に注目が集まっているが、インド太平洋の諸国はそれぞれこの地域の変動に対応するために、新しい試みを始めているのである。

この点で注目すべきはインド太平洋の諸国間で、二国間、三国間、四か国間で地域情勢の変化に対応するための新しい連携が始まっていることである。例えば、日米豪印(QUAD)や日米豪、日米印、印・インドネシア・豪などの新しい三国間の連携、豪印、日印、米印、印越、印インドネシア、豪比、印シンガポールなどの二国間の連携など多様な関係強化が進展している。日米豪印などの諸国は積極的にこうしたミニラテラル(Minilateral)な連携に取り組んでいるが、ASEAN諸国も活発なミニラテラル外交を展開している。

これらの新しいネットワークが目指すのは、自国の強靭性の強化(防衛力や海上警備能力などの能力強化、インフラ整備、経済発展など)である。また、これらのネットワークには、アメリカを地域に引き留めると同時に、アメリカの一方的行動を抑制する狙いも秘められている。

RBOの維持強化という点で注目したいのが、日米豪印四か国からなるQUADの役割である。QUADを「アジア版NATO」ないし、それを目指した集団防衛の制度を目指しているとの評価もあるが、中国が軍事的挑発をさらにエスカレートさせない限りは、その可能性はほとんどないであろう。QUADの諸国にとって中国は引き続き経済や国際的課題に取り組むうえで重要な国である。QUADが軍事力や経済力を背景にした、現状を一方的に転換する行動を抑制することはあるが、米ソ冷戦時のような封じ込めや対中対決や対中封じ込めの制度に発展する可能性は低い。

QUADは今後、インド太平洋のRBOの維持強化に重要な役割を果たす主要な多角的制度に発展する潜在的可能性を有している。

QUADは第一に、四か国の間の二国間、三国間、四か国間の連携と協力の集合体である。四か国での共同行動や協力は、QUADのひとつの側面であり、QUADには二国間、三国間の多様な協力と連携のメカニズムがある。このメカニズムを通じて、軍の共同演習や相互運用性の強化など軍事的な協力と連携、インフラ建設の協力、サプライ・チェーンの強靭性を高める協力、産業開発などの多様な分野での協力が進展してきた。

QUADはRBOを支える力の基盤となる多様な二国間、三国間、四か国間の協力のメカニズムを発展させてきたのである。

第二に、QUADの主要な狙いのひとつは中国の行動をRBOに合致したものに変えることにあるが、組織構造を柔軟にすることで(中国を対象にした制度ではないことを示すことで)、中国が体面を保った形で政策を調整(転換)するのを促すことが期待できる。同時に、仮に中国がさらなる攻撃的な政策を採用した場合には、QUADは二国間や三国間の協力と連携を基盤にして、中国を対象にしたより強靭な多国間制度に転換することができる。対中均衡の手段としてのQUADの側面が重視されよう。

第三にQUADは、インド太平洋が直面する多様な問題に対処できる。この地域が直面している問題は中国の高圧的・攻撃的な対外行動だけではない。国民経済の安定的な発展、社会インフラの整備、地域の貿易や投資のルール作り、疫病や自然災害への対応などの課題がある。QUADはそれらの問題に取り組み、この地域のRBOの維持強化に貢献する有力な制度になりうる。

第四にQUADは制度上の柔軟性を維持することで、他の国家や地域組織との連携と協力も推進できる。すでに新型コロナへの対応を検討するためにQUADプラスの試みもなされている。この地域には地域諸国が協力して対応すべき多様な課題がある。それらの個別の課題ごとに、QUADは多様なQUADプラスの仕組みを考案し、協力を推進できる。

つまりQUADは、インド太平洋のRBOを維持強化するうえで重要な役割を担いうる。その際、QUADは他の諸国や地域制度との連携を深めることでRBOの維持強化により大きな貢献ができる。

ここで重要な連携相手がASEANである。今後推進すべきはRBO維持強化のためのASEANおよびASEAN加盟国との協力の強化である。

ASEANは2019年6月に独自のインド太平洋構想「インド太平洋に関するASEANの見解(AOIP)」を採択した。ASEANのインド太平洋概念の特徴は、大国政治を超えて、インド太平洋を協力の海にすることにあり、その目指すところは、ルールに基づく地域秩序の維持強化である。QUAD諸国は地域の国際関係でASEANが「中心的」役割を演じること繰り返し支持しており、また、AOIPの中に盛られた具体的な協力事案は、QUADの推進する分野と類似している。両者の協力の潜在的可能性は大きい。

ASEANとの協力を通じて、QUADが中国の威圧的行動を牽制することはあっても対中敵対や封じ込めが目的ではないことへの理解を促すこともできよう。

中国との関係の再構築

RBO維持強化のためのもう一つの重要な課題は中国との関係である。日本のFOIP戦略の背景の一つに、国力の増大と共に対外政策が高圧的で、力による威圧も辞さない中国への懸念があるのは確かである。しかし、そうした中国が国際社会のルールを尊重する行動をとるよう促す努力を日本は失ってはいない。地域や世界の平和と発展にとって中国の果たすべき役割は重要である。

ルールに基づく秩序に対する中国の姿勢は両義的である。中国の発展は、冷戦終結後の、アメリカを中心とする自由で開かれた、ルールに基づく国際秩序に参加することで実現してきた。中国はこの秩序の下で、諸外国の自由で開放的な政治、経済制度を最大限利用してきた。中国は、ルールに基づく秩序から最大の恩恵を得てきた4

ただ、冷戦後の世界に拡大したルールに基づく秩序は、優れて内政干渉的性格を帯びている。法の支配、透明性、良き統治(Good Governance)などの原理や原則は、中国の政治体制とは相いれない。実際、国際社会と中国との交流が拡大する一方で中国は、国内では自由で開かれた社会を否定し、人々の行動を厳しく規制している。ルールに基づく秩序への中国当局の不安を示している。

国力の増大と共に中国は、国際社会のルールの中で、自国にとって望ましくないものを軽視し、また、書き換えようとしている。この側面だけ見れば中国は「修正主義国家」である。ただ、国際社会のルールに対する中国の姿勢は「選択的」である。全てのルールの書き換えを試みているわけではない。また中国も国際社会との幅広い相互依存関係の中で国力の増大を図っており、ルールのすべてを一方的に変更できるわけではない。

重要なことは、中国に対して、国際社会で形成されてきたルールを尊重することが中国にとって利益であることを説得し、国際ルールを受け入れさせることであり、その説得を支える力の仕組みを用意することである。FOIPやQUAD、 QUAD-ASEAN協力などの狙いは、ルールに基づく秩序の維持強化に共通の利益を有する多数の諸国の連携を通じて、中国を説得し、中国の行動の変化を促そうというものである。

結び

以上の議論を踏まえて日本のインド太平洋構想を次のようにまとめることができよう。日本のインド太平洋構想の狙いは、インド太平洋諸国や地域組織との協力と連携を通じてルールに基づくインド太平洋の国際秩序を維持強化することにあるが、その結果この地域に形成されるのは、アメリカや中国の地域的覇権や米中の冷戦、米中による共同統治(コンドミニアム)ではなく、日本を含む「その他のアジア諸国や地域制度」が地域の国際関係で一定の役割を担いうる、より多極的(Multipolar)、多中心的(Multicentric)なものであるということである。

戦後長い間に渡って、アメリカを中心とする「ハブ&スポークス(Hub & Spokes )」の同盟のネットワークが支えるルールに基づく秩序が日本の平和と繁栄の基盤にあった。

アメリカを中心とする同盟のネットワークはインド太平洋のルールに基づく秩序を維持強化するうえで今後も不可欠である。特に中国の今後の動向が不透明であり、地域の安定を支えるうえでのアメリカの関与は重要である。

しかし同時に、このネットワークは、中国の力の台頭と対外姿勢の変化、インド太平洋地域へのアメリカの関与の変化の不透明性の高まり、インドや東南アジア諸国の発展と強靭性の強化と対外姿勢の変化、地域組織としてのASEANの影響力の増大など、この地域の新しい状況に対応するには不十分である。

日本は中国を「封じ込める」ことはできないし、そうした試みは日本の平和と繁栄を著しく損なう。しかし日本は、アメリカやインド、オーストラリア、東南アジア諸国との連携を通じて、中国の選択に影響を及ぼす地域の環境を作りだすことに貢献はできる。

今後、アメリカを中心にした「ハブ&スポークス」型のネットワークは、同盟関係を維持しつつ、インド太平洋の他のパートナーとの二国間や三国間、四か国間の新しい重複した関係に支えられた、ネットワーク型に転換するであろう。同盟を補完しつつも、同盟のネットワークの外側で、地域の安定のための多層、重層的なネットワーク作りを通じて、インド太平洋の国際関係はより安定したものになりうる。

アメリカもこうした構想を支援する可能性はあろう。米中の対立を地域的な覇権を巡る競争として描く通説とは逆に、アメリカ政府の中にも、多元主義(Pluralism)に基づく地域秩序を模索する動きもある5。アメリカはインド太平洋で優越的な地位を確保するよりは、中国の地域覇権の形成を阻止する政策を今後より鮮明にするかもしれない。その際、アメリカは米中間の競争と対立という、二国間関係に焦点をあてた政策を超えて、インド太平洋が直面する諸問題にこの地域の諸国や地域制度と協力して取り組むことになろう。対中政策の派生ではない、真の地域政策としてインド太平洋政策を展開することになろう。

中国も地域的な覇権を構築することの困難を認識するであろう。中国が体現するルールや規範は、交流と相互依存関係が進むインド太平洋において、異質なものである。権威主義体制の下での経済発展という「中国モデル」がこの地域で広く受け入れられているわけではないし、今後もそうであろう。中国が国家を挙げて推進している「一帯一路」構想が今日、様々な困難に直面していることがこれを示唆している。

アメリカの覇権を支えてきた同盟のネットワークと同様の同盟網を構築することは中国にとって容易ではない。中国の中には同盟網の形成を提唱する議論もあるが、現実には、中国の台頭と影響力の拡大という言説とは裏腹に、中国は国境周辺で数多くの対立と紛争を抱えている。インド太平洋での中国の覇権的地位の確立は容易ではない。

急速な経済発展にともなう大国意識の高揚や愛国主義的ナショナリズムが当面中国では続くのであろうが、中国の中に「アメリカとの競争」という二国間関係を超えた、真の善隣友好政策を模索する動きが今後出てくる可能性も排除できない。




1 例えば、以下を参照。Hugh White, The China Choice: Why America should share power, Collingwood, Victoria: Black Inc. 2012.

2 Bilahari Kausikan, Dealing with an Ambiguous World, Singapore: World Scientific Pub Co Inc., 2016

3 Scott W. Harold et. al., The Thickening Web of Asian Security Coopen, Santa Monica; RAND Corporation, 2019.

4 Elizabeth Economy, The Third Revolution: Xi Jinping and the New Chinese State, Oxford University Press, 2018.

5 David R. Stilwell, The U.S., China, and Pluralism in International Affairs, Brookings Institution, 2019