研究レポート

プーチン体制と大統領警護職種 ―連邦警護庁(FSO)に注目して―

2023-12-25
長谷川雄之(防衛省防衛研究所研究員)
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「ロシア関連」研究会 FY-2023-2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1. 個人支配化と警護職種

第2次ロシア・ウクライナ戦争の勃発を受けて,現代ロシア政治研究や比較政治学の領域では,個人支配体制の観点からロシアの政治変動を捉える試みが活発化している1。かかる議論の中では,個人支配化の兆候として,新たな治安部門の創設や軍の私兵集団化を通じたクーデター・大衆蜂起の抑止が指摘されており,第2次プーチン政権下における治安機関改革も,この文脈で捉えられる2。また,ロシア連邦憲法上の大統領権力に焦点を当てれば,2020年憲法改革における「大統領任期のリセット条項」や大統領退任後の不逮捕特権の付与を始めとする一連の身分保障制度の拡充は,政治体制の個人支配化と連関する特筆すべき制度変更と言えよう。

本稿は,かかる制度の担い手,すなわち要人の身辺警護を担う執行権力機関であるロシア連邦警護庁(FSO)を取り上げる。FSOの組織的な特徴や政治アクター3としての警護職種を分析対象に設定し,個人支配体制における「体制維持装置」としての側面に焦点を当てる4

2. 連邦警護庁(FSO)とは何か

2000年以降のプーチン政権下における現代ロシア政治は,「シロヴィキ」の強い影響力に注目して説明される。一般に「シロヴィキ」は,「軍・治安機関関係者」を指すが,彼らの所属する組織の構造は実に複雑である。連邦法「国防について」第1条に定められた「連邦軍」,「その他軍」,「軍事組織」,「軍事機関」として,国防省・ロシア軍,防諜・諜報活動を担当する連邦保安庁(FSB)及び対外諜報庁(SVR),警備実施部隊を有する内務省(MVD)及び国家親衛軍連邦庁(Rosgvardia)のほか,民間防衛問題・緊急事態・災害復旧省(緊急事態省),連邦捜査委員会軍事捜査機関,軍検察機関,連邦レベルの動員政策を担う大統領特別プログラム総局があり,連邦警護庁(FSO)も国防法第1条6項に定められた「軍事機関」に含まれる5。また,管財部門として大統領官邸・公邸や政府専用機等の管理を担う大統領総務局についても6,警衛・警護警備という任務の特性に鑑みて,FSOとの関係が極めて深く,「シロヴィキ」を構成する主要アクターの一つと言えよう。

FSOの歴史は,帝政期にまで遡ることができるが7,本稿では紙幅の都合上,FSO輸送部門の変遷に焦点を当て,警護の歴史を簡単に振り返る。輸送部門として,プーチン大統領専用車の管理・運用を担っているのは,FSO工務局輸送部特殊任務ガレージ(GON)であるが,その前身は,1921年1月1日に発足した人民委員会議・労働国防会議附属特殊任務ガレージ(GON)である。GON は,1940年に内務人民委員部第1部自動車輸送課隷下となり,GONの一部はスターリン専属となる。第2次世界大戦後,GONは国家保安省第2警護局隷下となり,「小ガレージ(スターリン・ガレージ)」は国家保安省第1警護局の隷下に入る。スターリン死後には,内務省第9局隷下,さらにKGB第9局(警護担当)の隷下に入り,ようやく組織的には安定期を迎える。1981年5月には,KGB第9局に車輌操縦手養成専門課程が公式に設置されるなど,危機発生時における瞬時の回避操縦といった高度な操縦技術を教育する制度的枠組みも整備された8

ソ連邦末期には,KGB解体プロセスと並行して,警護部門においても複雑な機構改編が実施された。KGB第9局の警護任務は,ソ連邦大統領警護局が引継ぎ,さらに1991年にロシア連邦警護総局(GUO)が後継機関となって,GONはGUO第8局の隷下に入る。1996年の組織改編によって現在の連邦警護庁(FSO)隷下となるが,この間,大統領保安局(SBP)が独立した執行権力機関として存在するなど9,FSBと同様に警護部門も組織再編に相当な時間を要し,2000年代の第1次プーチン政権における治安機関改革を経て,制度的な安定期を迎える。

2003年に実施された治安機関改革では,連邦国境警備庁が連邦保安庁に吸収されるとともに,通信・情報網を使って諜報・防諜活動を行う大統領直轄の連邦政府執行権力機関である大統領附属連邦政府通信・情報局(FAPSI)が廃止され,その任務は連邦保安庁(FSB),対外諜報庁(SVR),連邦警護庁(FSO)にそれぞれ移管された10。これに伴い,FSOには新たな内部部局として,特殊通信・情報局(SSI)が設置された。

表1に示した通り,FSOの機構は,長官官房や総務局,警護企画局(SOM),大統領保安局(SBP),特殊通信・情報局(SSI)など16の内部部局とFSOアカデミーや大統領オーケストラなど7の機関から構成され11,部隊の要員は4~5万人程度とされる12。FSOは,要人警護や政府特殊通信の管理・運用,SSIを中核とした諜報・防諜活動,これらに基づく社会調査の実施とプロダクトの作成など幅広い任務を遂行している。プロダクトの提供を通じて,プーチン大統領による最高レベルの意思決定に関与し,そのプロセスではクレムリンへの影響力を巡って,FSOとFSB高官らの激しい対立もあると言われる13

またFSOは,その任務の特性上,大統領の外遊先における政府特殊通信の管理・運用を始めとする執務環境の整備や警護に関わるロジ対応を担っており,FSOがロシアの首脳外交に与える影響力も無視できない。さらに,2018年2月には,情報セキュリティ分野においても新たな権限を獲得するなど,FSOは活動の範囲を拡大させている14

表1:連邦警護庁(FSO)の法的地位と機構15

2004年8月7日付大統領令第1013号(2023年5月17日改訂)によって承認された「連邦警護庁規程」Ⅰ総則
第1条:ロシア連邦警護庁は,その権限の範囲において国家の安全保障問題を所掌し,国家警護及び国家権力諸機関に必要な通信(以下,特殊通信)の領域における国家政策の策定及び実施,法的規制,監督,及び監視に関すること,並びに情報技術面及び情報分析面において,ロシア連邦大統領,ロシア連邦政府及びその他国家諸機関の活動の保障(以下,国家機関特殊情報保証)に関することを実施する,国家警護分野における連邦執行権力機関である。
連邦警護庁(FSO)の機構
指導部 連邦警護庁長官,第1次長(1名),次長 兼 国務書記官,次長 兼ねて特殊通信・情報局長(SSI),次長 兼ねて大統領保安局長(SBP),次長,次長 兼ねてモスクワ・クレムリン警備司令(次長5名)
内部部局・機関 長官官房,総務局,人材育成局,運用局,警護企画局(SOM),大統領保安局(SBP),特殊通信・情報局(SSI),工学技術保障局,工務局,モスクワ・クレムリン警備司令官組織,動員部,人事部,法務部,財務部,北カフカース連邦管区警護支局,大統領オーケストラ,FSOアカデミー,FSOスポーツクラブ等

執筆者作成

3. 政治アクターとしての警護職種

こうしたFSOの任務に鑑みて,現職者・出身者を含む警護職種は,プーチン体制下の主要な政治アクターの一つに数えられる。警護職種のインナーサークルのうち,筆頭格に位置するのがゾーロトフ国家親衛軍連邦庁長官である。彼は1970-90年代までKGB第9局に務め,1990年代にはサンクト・ペテルブルクのサプチャーク市長,プーチン市政府第1副議長の警護を担当し,民間警備会社勤務を経て,1999年にプーチン首相の警護担当,2000年から2013年までFSO次長 兼 大統領保安局長を務めた16。2013年から内務省国内軍総司令官代理,内務第1次官 兼 国内軍総司令官などを経て,2016年4月の治安機関改革では,新設された国家親衛軍連邦庁長官の地位に就き17,インナーサークルの中で急速に存在感を高めた。また,ゾーロトフ長官の部下であるドゥーミン・トゥーラ州知事も1996年から2013年までFSO要員を務め,エリツィン大統領,チェルノムイルジン首相,プーチン大統領の警護を担当し,2013年からGRU次長,2015年から2016年にかけて国防次官を務めた人物である18。2023年6月の「ワグネルの反乱」では,ドゥーミン知事とゾーロトフ長官の上司と部下の関係性のほか,ショイグ国防相,FSB有力者との対立など「シロヴィキ」勢力の複雑な関係性が浮き彫りとなった19

ウクライナ戦争下においても政治アクター間の権力闘争は激しく,警護職種は,その任務の特性とクレムリンの中で構築したネットワークを活用して,政策過程に影響を及ぼしているものと考えられる。

また,中長期的なロシア政治の展望として,プーチン大統領が更なる身分保障制度の強化を図る可能性も否定できず,その場合,警衛・警護警備から社会調査,情報セキュリティに至る広範な任務を通じた「体制維持装置」としてのFSOの機能が一層重視され,プーチン大統領の警護職種への依存度が高まるものと考えられる。

※本稿に示された見解は,執筆者個人のものであり,日本政府あるいは防衛省の公式見解を示すものではない。なお,ウェブサイトへの最終アクセス日は2023年12月16日である。




1 大串敦「ロシアにおける個人支配体制成立の国際的起源」『研究レポート』(FY-2023-1号),日本国際問題研究所,2023年; 大澤傑『「個人化」する権威主義体制――侵攻決断と体制変動の条件』明石書店,2023年。また,プーチン体制の個人支配化現象を長期間に渡り,包括的に分析した研究書として,次の文献がある。Baturo, A. and Elkink, J., The New Kremlinology: Understanding Regime Personalization in Russia, Oxford: Oxford University Press, 2021.

2 大澤『「個人化」する権威主義体制』,27-31,62-65頁。

3 第2次ロシア・ウクライナ戦争下では,民間軍事会社や一部の地方首長も政治的影響力を伸張させており,この点については,次の文献を参照されたい。長谷川雄之「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相――権力構造と政治エリート」『国際安全保障』第51巻第2号,2023年9月,10-25頁。

4 ソ連邦解体後の現代ロシアにおける「体制維持装置」としては,連邦保安庁(FSB),対外諜報庁(SVR)を筆頭とする防諜・諜報機関があり,これらを解説した最新の書籍として次の文献がある。保坂三四郎『諜報国家ロシア――ソ連KGBからプーチンのFSB体制まで』中央公論新社,2023年。

5 Части 4-6, статьи 1, Федеральный закон от 31 мая 1996г., № 61-ФЗ (ред. от 13 июня 2023г.), «Об обороне», Собрание законодательства Российской Федерации (далее - СЗРФ), 03 июня 1996г., № 23, ст. 2750; 長谷川雄之・坂口賀朗「ロシア――新たな『国家安全保障戦略』と準軍事組織の発展」『東アジア戦略概観2022』防衛研究所,2022年,176-177頁。

6 Федеральное государственное бюджетное учреждение «Специальный летный отряд «Россия», Управления делами Президента Российской Федерации, https://udprf.ru/content/federalnoe-gosudarstvennoe-byudzhetnoe-uchrezhdenie-specialnyy-letnyy-otryad-rossiya

8 Газета Федеральной службы охраны Российсокй Федерации «Кремль-9», выпуск № 1, 2021г., с. 2-8. なお現在もモスクワ州郊外には,FSO自動車試走場(Автодром ФСО)があり,特殊環境下における警護車輌の操縦技術訓練が実施されている。Автодром ФСО России, http://fso.gov.ru/struct/gon/avtodrom/

10 Указ Президента РФ от 11 матра 2003г., № 308 (ред. от 07 августа 2004г.), «О мерах по совершенствованию государственного управления в области безопасности Российской Федерации», СЗРФ, 24 марта 2003г., № 12, ст. 1101.

12 The International Institution for Strategic Studies, "Russian and Eurasia," The Military Balance 2022, p. 207.

13 Медуза, от 16 июля 2020г., «Что читает Путин Важнейшие политические решения в России принимают на основе аналитики, которую готовит ФСО -- служба охраны президента. Вот как это устроено». 同様に大統領府内政局の役割も重要で,この点については次の文献を参照されたい。Carolina Vendil-Pallin, "Russia's Presidential Domestic Policy Directorate: HQ for Defetat-proofing Russian Politics," Demokratizatsiya, 25(3), 2017, pp. 255-278.

14 Указ Президента РФ от 27 февраля 2018г., № 89, «О внесении изменений в Положение о Федеральной службе охраны Российской Федерации, утвержденное Указом Президента Российской Федерации от 7 августа 2004 г. № 1013», СЗРФ, 05 марта 2018г., № 10, ст. 1477; The Moscow Times, February 27, 2018, Putin Expands Power of Russia's Federal Guards to 'Information Warfare'.

15 Указ Президента РФ от 07 августа 2004г., № 1013 (ред. от 17 мая 2023г.), «Вопросы Федеральной службы охраны Российской Федерации», СЗРФ, 09 августа 2004г., № 32, ст. 3314; «Структура ФСО», https://agentura.ru/profile/federalnaja-sluzhba-ohrany-fso/struktura-fso/; «Федеральная служба охраны (ФСО)», https://agentura.ru/profile/federalnaja-sluzhba-ohrany-fso/

16 Коммерсантъ, от 28 июня 2018г., «О персоне, Золотов Виктор Васильевич».

17 Виктор Золотов, «Лента.Ру», https://lenta.ru/tags/persons/zolotov-viktor/

18 Алексей Дюмин, «Лента.Ру», https://lenta.ru/tags/persons/dyumin-aleksey/

19 Andrey Pertsev, "Is Prigozhin's Mutiny the Nail in the Coffin for Putin's Golden Boy, Dyumin?," Carnegie Endowment for International Peace, July 7, 2023; 長谷川雄之「ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略」飯田将史・新垣拓・長谷川雄之『中国,ロシア,米国が織りなす新たな戦略環境:中国安全保障レポート2024』防衛研究所,2023年,32-34頁; 長谷川「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相」,10-25頁。