研究レポート

プーチン政権に「NO」を突きつけられるか?
戦時下ロシアにおける選挙と野党

2024-02-22
油本真理(法政大学教授)
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「ロシア関連」研究会 FY-2023-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1. 戦時下における異論表明

ウクライナ侵攻開始後、ロシア国内への締め付けは著しく強化された。侵攻開始直後の2022年2月末から3月にかけては各地で反戦デモが起こったが、こうした動きは徹底的に弾圧された。さらに、侵攻直後に制定された法律により、進行中の「特別軍事作戦」に関連する言論の自由が大幅に制限され、SNSなどでの投稿に対しても監視が強まった。ロシア国内でプーチン政権やウクライナ侵攻に対して批判的な立場を表明することは極めて困難な状態にある。

しかし、フォーマルな政治制度に目を向けると、依然として民主的な体裁がとられている。特に、選挙の定期的な実施は政権によっても重視されている。2022年、2023年には統一地方選挙が実施された。そして2024年3月には国家の元首を決める大統領選挙が予定されている。実際には選挙へのアクセスには制度面でも、また実際の運用上も高いハードルが設けられており、公正に実施されているとは言い難いが、一定の競争が演出されており、少なくとも建前上、選挙を通じた意思表示が推奨されていることは事実である。

本レポートでは、このようにしてほぼ唯一の合法的な意思表明の場となった選挙において、人々がプーチン政権に対して「No」を突きつける余地があるのかという点について検討する。その際に重要な意味を持つのが不満の受け皿となりうる野党の存在である。ロシアでは野党の活動が大幅な制限を受けているが、少なくともウクライナ侵攻が始まる前は、議会内政党が一定の範囲内で政権批判を繰り広げたり、選挙への参加が禁じられている勢力が間接的に影響を与えたりする余地はあった。以下では、2010年代以降の野党勢力の活動を振り返ったうえで、それが2022年2月以降、どのような変化を遂げたのかを明らかにする。そのうえで、2024年3月に予定されている大統領選挙についても若干の考察を行うことにしたい。

2. ウクライナ侵攻前の選挙と野党

ロシアにおいては政党システムも政権の統制下に置かれている。与党の「統一ロシア」が圧倒的な優位を誇っている一方で、野党は「体制内」と「体制外」に分断されている。体制内野党にはロシア連邦共産党、ロシア自由民主党、「公正ロシア」などの、下院に会派を持つ大規模な野党が入る。これらの政党は下院に議席を持っており、様々な優遇を受けられる。体制外野党はそもそも政党として認められず、選挙へのアクセスを持たない。ここにはアレクセイ・ナワリヌイ率いる反体制勢力などが含まれる。そのうえで、両者の間には、下院には議席を持たないが政党としては登録されている党が数多く存在し、その中には「ヤブロコ」のような野党らしい野党も存在する。

各党は政権によるコントロール下に置かれており、多かれ少なかれ政権と協力し合う関係にあるが、野党らしさを見せる局面もあった。例えば、大規模な体制内野党は大枠では政権を支持しつつも、政権の社会経済政策などに対しては厳しい批判を加えることがあった。また、地方レベルにおいてはこうした体制内野党が与党と対決することもあった。特に、プーチン政権で実施された年金の支給開始年齢の引き上げが批判を集める中で実施された2018年統一地方選挙では、与党系知事が共産党や自由民主党に敗北する例もあった。

2010年代末には、選挙へのアクセスを持たない政治勢力が体制内野党と連携して選挙に影響を及ぼそうとするようになった。こうして2018年に始まったのがナワリヌイ陣営の「スマート投票」キャンペーンである。これは主に小選挙区選挙を対象とした野党陣営の戦略投票の試みで、野党系の候補者が乱立して票を奪い合うことを防ぐため、1人の候補者を指定してその候補者への投票を促すというものである。実際に、この「スマート投票」キャンペーンは一定の条件下では反体制的な候補者の得票を増やす方向に作用したことが指摘されている1

2020年代に入るとナワリヌイおよび彼の陣営に対する圧力がさらに厳しくなった。ナワリヌイは2020年8月に毒殺未遂事件に遭い、翌年1月に療養先のドイツから帰国するとすぐに拘束された。さらに、同年夏、彼が率いる「反汚職基金」は「過激派組織」に認定され、ロシア国内での活動ができない状態に陥った。

しかし、「スマート投票」戦略を通じた体制内野党との協力関係は続いた。2021年下院選挙の際には、ナワリヌイ陣営は、候補者の排除が不可能なタイミングとなる選挙の2日前に小選挙区において推薦する候補者のリストを発表した。その中でも最も多かったのは共産党の候補者であった2。小選挙区選挙の結果は「統一ロシア」の堅調な勝利に終わったものの、共産党が善戦したこと、さらに、同党の候補者に若く、政権に対しても批判的な人物が含まれていたことは大きな注目を集めた3。選挙に参加できる野党が限られる中で、共産党がその主要な担い手となることを予感させたのである。

3. ウクライナ侵攻開始後の変化

2022年2月24日に始まったウクライナ侵攻は、こうした野党のあり方をリセットすることになった。ウクライナ侵攻開始後、下院に議席を持つ野党は、各党の代表は侵攻が始まったその日のうちに大統領の決断への賛意を表明した4。そして、下院では、軍に関する「虚偽情報」を流布した場合に厳しい刑罰を課すといった内容を含む抑圧的な法律が成立した。こうした動きを止めようとする動きが議会内の野党から出ることはなかった。

特に共産党の動向は注目に値する。先にも述べた通り、「スマート投票」キャンペーンの実施の影響などもあって共産党の内部には変化が生じつつあった。ウクライナ侵攻に対しても、下院議員2名が「特別軍事作戦」に対して反対の意見を表明したことに加え、地方レベルでも反対意見が続出するなど、党内に一定の異論があることが明らかになった。しかし、党中央の方針でこうした意見の表明は封じられ5、反戦の立場を明確にした党員の離党や除名が相次いだ6。共産党の野党らしさは急速に失われていったのである。

侵攻開始後も選挙は通常通り実施されたが、その様相は大きく変化した。まず、侵攻直後に成立した一連の法律により、各政党の活動にも大きな制約がかかるようになった。侵攻開始後もすべての政治勢力が翼賛的になったわけではなく、古くからのリベラル系野党である「ヤブロコ」はウクライナ侵攻に対して批判的なスタンスをとっていたが7、選挙キャンペーン中であってもこうした意見を表明することには危険が伴った。また、政権に対して批判的な立場をとる相当数の人々が侵攻開始に反対して国外に出ていたことも、野党陣営が選挙に参加するにあたっての障壁となった。

こうした中で、「スマート投票」キャンペーンも行き詰まるようになった。2022年秋の統一地方選挙では、ナワリヌイ陣営はモスクワ市の地区議会選挙において反戦のスタンスを取る候補者への投票を呼びかけるとの方針を発表したものの、該当する候補者は多くはなかった8。結局、その翌年の地方議会選挙に向け、ナワリヌイは候補者が拘束される恐れがある状況であることを踏まえて「一歩引く」とし、「統一ロシア」以外の候補者および政党への投票を呼びかける方針を示した9

4. 2024年大統領選挙に向けた展望

ここまで明らかにしてきたように、ロシアの野党は政権による統制のもとに置かれてきた。2010年代には体制内野党が一定の役割を果たしたり、体制外野党と連携したりする動きがみられたが、ウクライナ侵攻の開始後はそれも非常に困難な状況となった。現状、下院に議席を持つ野党はウクライナ侵攻をはじめとしたプーチン政権の基本方針を支持する立場をとっており、与党との差異は見えにくい。また、侵攻開始後に強化された言論統制の結果、戦争に関わることを訴えようとする場合、選挙活動の実施にも相当の制約がかかるようになっている。選挙に参加できる野党が一様にこうした状況下に置かれていることから、選挙が行われたとしても、有権者がプーチン政権に対して「No」の意思表示を行うことは容易ではない。

2024年大統領選挙に向けた構図も基本的には同様である。プーチン政権を批判する立場を明確にし、無所属候補としての出馬を目指したエカテリーナ・ドゥンツォワは署名集め前の段階で登録を拒否された。反プーチンの立場を明確にした唯一の候補として大きな注目を集めたボリス・ナデジディン(政党「市民イニシアチヴ」の公認候補として出馬を目指した)10もまた、署名の不備を理由として出馬を認められなかった。ナワリヌイ陣営は大統領選挙に向けて独自の調査11を行い、野党系の統一候補になりうる活動家の名前も挙がっていたが、こうした候補者を選挙に出馬させることは現実的でもなかった。最終的にナワリヌイ陣営が実施しているのは「プーチンのいないロシア」キャンペーンである12。これは、2023年選挙時と同様、プーチン以外の候補に投票を呼びかけるという内容であり、特定の候補者の支援という形ではない。

しかし、選挙が全く無意味であるとも言い切れない。今回の選挙に向けて、ナデジディン候補の登録要件とされた署名要件(10万人以上)を満たすため、ロシアの各地で多くの人々が行列を作って署名に訪れたことは記憶に新しい。これは彼の政権批判、また侵攻に対する批判に同調する動きであるとみられたが、署名集めそのものは法律によって規定された手続きである以上、政権としてもそれを中断させることはなかった。また、投票最終日である3月17日の正午に投票所に行って反対の意を示すキャンペーンも呼びかけられている13。こうしたキャンペーンが実施されたとしても選挙結果には影響がないばかりか、むしろさらなる抑圧を招く可能性が極めて高い情勢ではあるが、選挙がたとえ儀式的であれ多くの市民が参加する場として設定されている以上、異論を表明する余地はごくわずかながら存在している。




1 Turchenko, Mikhail and Grigorii V. Golosov (2023) "Coordinated voting against the autocracy: The case of the 'smart vote' strategy in Russia," Europe-Asia Studies, 75 (5): 820-841.

2 このリストはアプリ経由で閲覧可能になっていた。そのリストはWikinewsなどで閲覧することができる。なお、ヤブロコは共産党とはイデオロギーが異なるとし、「スマート投票」への疑念を提起している(Решение политического комитета от 18 октября 2021 г. «О призывах голосовать за КПРФ», https://www.yabloko.ru/reshenija_politicheskogo_komiteta/2021/10/18-3)。

3 Bondarenko, Olexy (2023) "Between Loyalty and Opposition: The Communist Party of Russia and the Growing Intra-Party Cleavage," Communist and Post-Communist Studies (2023) 56 (4): 143-165.

4 Андрей Винокуров, Ксения Веретенникова, «Поддержали, но растерялись», Коммерсантъ, 28 февраля 2022 г., https://www.kommersant.ru/doc/5237467.

5 Андрей Серафимов, Андрей Перцев. «Одно дело -- защита Донбасса. Другое -- бомбить Киев» КПРФ -- за войну с Украиной, но многие молодые коммунисты считают ее империалистической и выступают против. Одних выгоняют из партии, другие уходят сами, Медуза, 3 июня 2022 г., https://meduza.io/feature/2022/06/03/odno-delo-zaschita-donbassa-drugoe-bombit-kiev

6 2023年春までに、モスクワ市議会では13人の共産党メンバーのうち5人が離党した(Елена Рожкова, «Столичные коммунисты ослабели на треть» Коммерсантъ, 28 апреля 2023 г., https://www.kommersant.ru/doc/5955153)。

7 「ヤブロコ」の活動については池田嘉郎(2023)「戦時下のロシア野党ヤブロコ」ピープルズ・プラン研究所、2023年11月30日、https://www.peoples-plan.org/index.php/2023/11/30/post-833/を参照。

8 Анна Неверова, Есть ли смысл проводить "Умное голосование" на выборах в РФ, 11 сентября 2022 г., https://www.dw.com/ru/antivoennaa-pozicia-est-li-smysl-provodit-umnoe-golosovanie-v-rossii/a-63073431. 「ヤブロコ」はそれ以前から「スマート投票」に対しては懐疑的な立場をとっていたが、ここでも改めて他の政党と一緒にしてほしくないという不満が表明された。

9 Что делать на выборах этой осенью, Navalny.com, 21 August 2023, https://navalny.com/p/6653/.

10 彼は当初は選挙の競争性を演出するために政権と事前調整をした候補と見られていたが、「特別軍事作戦」をプーチン政権の過ちであったとするなど、政権に対してもラディカルな批判を繰り広げ、唯一の反戦候補として大きな注目を集めるに至った。

11 この調査はWebで誰でも投票できる形式で行われ、5万人を超える回答があったと報告されている。同陣営の報告によると、2024年大統領選挙の際に統一の野党候補が出た場合には投票すると答えた人の割合が多かった(Причин для спора нет, Navalny.com, 21 November 2023, https://navalny.com/p/6670/)。さらに、野党の統一候補者としてエフゲニー・ロイズマンなどの野党系活動家の名前も挙がっていた。

12 同キャンペーンの公式サイト(Россия без Путина, https://neputin.org/)では、身の回りの10人にプーチン以外の候補者への投票を呼びかけることを推奨している。

13 Полдень Против Путина, https://poldenprotivputina.org/.このキャンペーンには2月16日に獄中で死亡したナワリヌイも賛同していた。彼の獄死への抗議の意も込め、3日目の正午に投票所へ行ってナワリヌイの名前を書くことを提案する人もいる。