研究レポート

台湾有事におけるディスインフォメーションの脅威と対策のあり方

2022-03-01
桒原響子(日本国際問題研究所研究員)
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「日米同盟」研究会 FY2021-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。なお、各研究会は、「研究レポート」とは別途、研究テーマ全般についてとりまとめた「研究報告書」を公表する予定です。

はじめに

「6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」

フィリップ・デービッドソン前インド太平洋軍司令官による2021年3月の米上院軍事委員会公聴会におけるこの発言をきっかけに、台湾有事が現実の可能性として論じられることが多くなった。

台湾有事とは、台湾を舞台に戦争状態、あるいはそれに近い軍事衝突が起きることを意味しており、その地理的な近さに鑑みても、日本が確実に巻き込まれる可能性のある深刻な事態である。もっとも、日本として、台湾有事が起きぬよう外交的な努力が何よりも重要である。同時に、台湾有事を想定し、防衛力の整備を含めたさまざまな準備を行う必要があるが、その中で、中国の展開する情報戦、特に、ディスインフォメーションへの対処も積極的に検討されなければないi。本稿では、台湾有事を念頭に、日本において展開されうるディスインフォメーション・キャンペーンの脅威とそれへの対策のあり方について検討する。

ウクライナ危機にみるロシアの情報戦

他国によるディスインフォメーション・キャンペーンは、相手国の世論や政府の意思決定過程に重大な影響を与えうる。そこでは、特定の分断を煽りやすい概念が活用されやすく、それに対し感情に流されやすい人々や集団がターゲットとなる場合もある。台湾をめぐり、中国が台湾のみならず、日本に対してもディスインフォメーション・キャンペーンを展開することは十分に予想され、警戒しておく必要がある。

ここで、ロシア政府が、2014年のクリミア併合の際にウクライナとの関係で展開したディスインフォメーション・キャンペーンを確認しておきたい。クリミア介入の際、ロシアはサイバー攻撃や電子攻撃、情報戦を組み合わせたハイブリッド戦を行ったが、その中でロシア政府が行った情報戦には、主に三つの目的があった。一つは、ウクライナの新政府に対する人々の信用を失わせること、二つ目は、クリミアの土地は歴史的にロシアの一部であることを主張すること、三つ目は、クリミアのロシア系民族とロシア語を話す人々の身の危険を強調することだii。そしてロシア政府は、「ロシア政府は暴動に関与していない」「2月にキエフで起こった政変の黒幕は西側諸国であり、米国である」「ウクライナは深刻なナチスやファシストの問題を抱えている」といった情報を拡散した。こうしたロシア発のディスインフォメーションは、人々の認識形成において影響力を発揮し、結果的にロシアの軍事介入を有利に進めたのであるiii,iv

2022 年2月24日、ロシアはウクライナへ武力侵攻を開始した。ロシアはウクライナとの国境周辺に再び大規模な軍部隊を展開させている段階から、プーチン大統領は、「ウクライナとロシアは一つの民族だ」という点を強調してきている。ロシアはウクライナのNATO加盟に反対する立場を鮮明にしているが、そこで強調する「一つの民族」とは、9世紀に遡る歴史である。ロシアの主張は、両国が中世国家「キエフ大公国」を起源とする「一つの民族」であり、歴史や言語、宗教的に結びついた共同体だというものだ。

中国は、米国やロシアの軍事作戦を研究しており、台湾に対して軍事力を行使しようとする際にも、ロシアの介入手法を参考にし、さまざまな情報戦を展開する可能性がある。歴史的に見れば、中ロは外交目標達成のために異なるアプローチをとってきた。ロシアは外国社会を混乱させ世論を分断することを重視してきた一方、中国は世界でポジティブな対中認識を醸成しつつ、経済的結びつきと自らの影響力を高める努力を払ってきた。しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延以降、両者のディスインフォメーション・キャンペーンの手法はより近似するようになってきているとの指摘もあるv。中国は、自らのディスインフォメーション・キャンペーンにおいて、ウイルス起源をめぐり米国に責任を負わせる内容の情報や米国内の人種差別問題に対する批判を広く発信するなどしている。こうしたアプローチに見るように、現在中ロは、民主主義の規範や制度を弱体化させ、民主的な価値を共有する国や地域の結束を弱め、国際社会における米国の影響力を低下させようとすることに共通の意義を見出そうとしているvi。今後、中ロはディスインフォメーション・キャンペーンにおいて、互いのプラットフォームやプロパガンダを活用することで、大きなインパクトを得ようとすることも考えられるvii

台湾有事で考えられるディスインフォメーションの脅威

中国の基本的な戦略は「日米離反」である。特に、在日米軍基地が集中する沖縄は、世論が分断しやすく、中国が自らに有利な世論を形成しやすい環境にあることは指摘されてきたところであるviii。この点において、武力侵攻開始前から沖縄に対する情報戦が展開される可能性も十分に考えられ、例えば米軍に対する住民の不信感を募らせるようなディスインフォメーションが流布されることもありうる。

また、歴史的観点では、沖縄はもともと琉球という独立国家であり、清朝に従属していたといった中国側の指摘が存在することも注視すべきだろう。2017年1月付の公安調査庁の報告書『内外情勢の回顧と展望』では、「琉球帰属未定論」に関心を持つ中国の大学やシンクタンクが中心となって「琉球独立」を標榜する日本の団体関係者と交流を進めていると指摘されている。2016年8月12日付の環球時報は、「琉球の帰属は未定、琉球を沖縄と呼んではならない」と題する論文を掲載し、「米国は、琉球の施政権を日本に引き渡しただけで、琉球の帰属は未定である。我々は長期間、琉球を沖縄と呼んできたが、この呼称は、我々が琉球の主権が日本にあることを暗に認めているのに等しく、使用すべきでない」などと報じた。今後、台湾をめぐり中国が一段とこうした動きを強め、米軍基地が集中する沖縄の人々に働きかけるなど、いわば平時からの「地ならし」としての情報戦が展開される可能性がある。

そして、中国の台湾武力侵攻が近づけば、日本国内を分断し、日米の防衛力を低下させるよう本格的に揺さぶりをかけてくることにも警戒する必要があろう。世論の分断は、一瞬のうちに大きな対立や批判の応酬を広めるだけでなく、長期的に社会を分断する危険を孕む重大な問題である。日本国民に「在日米軍基地と米国の軍事行動が日本を戦争に巻き込む」と訴えることで、国民の軍事アレルギーを刺激し、戦争や駐留米軍や基地に対する批判的なデモを扇動する可能性も考えられる。また、中国は、日本の台湾有事への介入を阻止するために、「先島諸島および九州や本州の一部が中国との激しい戦場になる」「米中の戦争が始まり、日本が米国に加担すれば、日本に対する全面攻撃が行われる」といった情報を流布し、日本国民の厭戦機運を高めようとするかもしれない。さらに、米軍に対する住民の不信感を高め、日米同盟そのものへの反発を煽るような環境を構築しようとすることも考えられる。このように、台湾有事などにおける情報戦は、平時から軍事衝突発生後にかけてエスカレートすることがありうると認識しておく必要がある。

ディスインフォメーション対策で官民連携を

日本は、海外からの影響力工作対策に多くの課題を残している。そもそもディスインフォメーションに対する脅威認識は欧米などと大きな温度差があり、政府による確固たる対策も確立されていない状況だ。日本では、総務省が国内のディスインフォメーション対策(「フェイクニュース対策」や「偽情報対策」と呼ばれることが多い)などへの検討において中核的立場を担ってきた。2018年には、プラットフォーム事業者の利用者情報の適切な取り扱いなどについて検討する「プラットフォームサービスに関する研究会」を立ち上げるなどの取り組みが始まったが、主としてこれらは海外からのディスインフォメーション流布を含む影響力工作の脅威を念頭に置いたものとなっていない。さらにその最終報告書では、対策のあり方として、政府は表現の自由に配慮しつつ、民間部門による自主的な取り組みを基本とした対策を進めることが適当とされておりix、法整備を行うなど、ディスインフォメーション対策を政府が主導して行う姿勢は見当たらない。それゆえ、国内のシンクタンクなどからは政府によるディスインフォメーション対策を求める声が挙がり始めているx

現在の日本では、ディスインフォメーション対策の優先順位が極めて低い。言論空間は他国からの介入や国家間闘争の主戦場の一つであり、ディスインフォメーションの問題を安全保障の問題として扱わなければならないという認識が、欧米ほど日本では浸透していないのである。その理由としては、日本がこれまで、複雑な言語の障壁や伝統的メディアの存在とそれへの依存度の高さ、また国民の嫌中や反中ともいわれるネガティブな対中感情xiなどによって、海外からの厳しいディスインフォメーションの脅威や影響から守られてきたことも指摘されている。しかし今後、AI翻訳技術などの精度が向上すれば深刻な危険に晒される可能性が高まる。

ディスインフォメーション・キャンペーンのようなグレーゾーン事態では、政府のみならず、自治体や公共機関、企業、市民団体、そして国民一人ひとりが標的となる。ディスインフォメーションの脅威から国家と国民を守るためには、官民の連携を十分にとった対応が不可欠だ。国家安全保障局などがディスインフォメーション対策の指揮・統括の中心的役割を果たし、関係府省庁横断的な対応や連携が可能な体制づくりも検討されるべきだろう。

また政府は、対策において、メディアに対してもその危険性について問題意識を共有するなどしつつ、ディスインフォメーションを監視し、即時に対応する能力を持つことも重要だ。そのためには市民社会の連携が必要となる。平時からの官民両面でのサイバー攻撃の監視をはじめ、ファクトチェック機能拡充のための民間団体の支援、官民間の情報共有の仕組みづくりやプラットフォーム企業の役割などについて、さらなる議論を進める努力も望まれる。その中でも、表現の自由や報道の自由への配慮は、ディスインフォメーション対策を進めるにあたって一つの大きな検討要素となろう。ハンガリー、ブラジル、フィリピンなどでは、新型コロナウイルス対策の一環として反フェイクニュース法などの法整備によりディスインフォメーションを取り締まろうとする動きが見られるが、政府が恣意的に法案の抜け穴などを利用し市民の表現の自由を制限する危険も孕んでいるとして、国際的な民間非営利団体などからの非難が集まっているxiiことにも留意しつつ、議論を進める必要がある。

今後、ディスインフォメーション対策において国際協力を推進することも極めて重要となろう。台湾や欧州各国などは、民主主義を守るためのディスインフォメーション対策面での協力について高い関心が示しており、今後この分野での国際協力は重要な局面を迎えることが予想される。日本も、民主主義の価値を共有する国や地域とさまざまなレベルで連携し、対策における協力メカニズムを模索していくことが求められる。台湾有事を念頭に、米台とのディスインフォメーション対策に関する対話などの機会を進め、脅威認識を共有する努力を続けることも重要だ。

おわりに

ディスインフォメーションは、情報の目新しさや受け手の感情的な反応が影響し、真実よりも遠く、速く、広範囲に拡散される。特に重大な危機が差し迫っている場合には、人々は疑心暗鬼になり易く、デマや陰謀論をより信じやすい心理状態に陥りやすい。ディスインフォメーションへの対策は、重要な安全保障である。台湾有事への関心が高まっている今こそ、日本は対策に向けた議論を加速させるべきではないか。

(2022年2月28日脱稿)




i 桒原響子「知らぬ間に進む影響力工作:中国が目論む日米の"分断"」『Wedge』Vol.34, No.3, pp. 54-56などを参照。

ii Michael Kofman, Katya Migacheva, Brian Nichiporuk, Andrew Radin, Olesya Tkacheva and Jenny Oberholtzer, "Lessons from Russia's Operations in Crimea and Eastern Ukraine," RAND Corporation, 2017.

iii 小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』筑摩書房、2014年

iv The U.S. Department of State's Global Engagement Center, "Kremlin-Funded Media: RT and Sputnik's Roles in Russia's Disinformation and Propaganda Ecosystem," GEC Special Report, January 2022.

v Andrea Kendall-Taylor and David Shullman, "Converging Chinese and Russian Disinformation Compounds Threat to Democracy," Power 3.0, The National Endowment for Democracy, May 26, 2020.

vi Ibid.

vii Ibid.

viii 例えば、公安調査庁『内外情勢の回顧と展望』2017年1月、p.23などを参照。

ix 総務省『プラットフォームサービスに関する研究会 最終報告書』2020年2月

x 例えば、笹川平和財団は、2022年2月7日にディスインフォメーション対策に関する法整備や体制構築を求める政策提言が発表している。笹川平和財団安全保障研究グループ「外国からのディスインフォメーションに備えを!:サイバー空間の情報操作の脅威」2022年2月

xi 言論NPOの2021年の世論調査によると、中国にネガティブな印象を持つ日本国民は90.9%と、2005年からの調査結果で4番目に悪い水準となった。

xii 例えば、国際新聞編集者協会や国境なき記者団などが非難している。