研究レポート

崩れゆくバイデンのイスラエル外交―機能しなかった「抱擁」戦略

2024-03-21
三牧聖子(同志社大学准教授)
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「米国関連」研究会 FY2023-4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

昨年10月7日、中東のパレスチナ自治区ガザを拠点とするハマスによるテロ攻撃により、イスラエル市民1,200人が犠牲となり、200人超の人質をとられたことを受け、イスラエルがガザで大規模な軍事行動を開始してからもうすぐ5ヶ月超となる。パレスチナ市民の犠牲者は3万に迫り、その7割が女性や子どもが占める。ガザ北部から始まったイスラエルの軍事行動は、ガザ全土に拡大し、ガザの人口約230万人のうち140万人が密集する最南部ラファでも空爆が断続的に続いている。「ガザはデスゾーン(死の領域)になった」(世界保健機関テドロス事務局長)とすらいわれる危機的な状況だ。

ガザでのパレスチナ市民の犠牲が増える中で、民主党内部からも「アメリカはイスラエルの軍事行動にこれ以上加担すべきではない」という声はあがってきた。しかしそれは圧倒的な少数にとどまる。バーニー・サンダース上院議員は「ガザでの人道的大惨事は、アメリカの爆弾と資金によって行われている。私たちはその事実を直視する必要がある。そして、そのような行為への私たちの加担を終わらせる必要がある」として、イスラエルへの軍事援助に際し、ガザで行う軍事作戦が国際人道法や人権を侵犯していないことが確認されていることを条件とする法案を提出したが、11名が賛成したのみで、1月16日、否決されたi

10月7日以降のバイデン政権のイスラエル政策は、「親密な抱擁(hug them close)」戦略とも呼ばれる。公にはイスラエルへの全面支持を打ち出し、イスラエルのアメリカへの信用を確かなものにした上で、インフォーマルに、ガザで過剰な軍事行動に走らないよう、ネタニヤフ首相や政府高官に影響力を行使する、そうした戦略だii。NBCの報道によれば、イスラエルとハマスの戦闘が開始してから数週間、バイデンは自分の戦略の正しさを確信し、内々に誇らしげに語っていたという。それは過去に一度、オバマによって拒否された戦略だった。2014年7月17日、イスラエルがガザで大規模な軍事侵攻を開始し、8月26日の停戦までの50日間で、イスラエル側は71人、パレスチナ側は2,251人の死者を出した(国連人権委員会報告書より)。このときオバマ政権の副大統領であったバイデンは、オバマとそのスタッフに対し、「イスラエル人への最善のアプローチは、彼らを抱きしめ(hug)、彼らを批判しないことだ」と進言したが、否定された。代わりにオバマがとったアプローチは、公にイスラエルの行動を諌め、パレスチナ市民の犠牲への懸念を表明することだった。バイデンはこのオバマの行動を、イスラエル政府に影響を与える能力や機会を棒に振ったものとみなし、イスラエルを「抱擁」するという自身の戦略は、「あのときも正しかったし、今も正しい」と述べたというiii

しかしガザ危機の進行は、バイデンの見通しの甘さを露わにしている。10月7日以降、結束を強調してきたバイデンとネタニヤフの不一致も表出し始めた。バイデンは、ガザにおけるイスラエルの軍事行動を支持し、支援する一方で、「最終的な解決は、二国家共存である」と言い続けてきたが、1月18日、ネタニヤフは、ガザでの戦闘終結後にパレスチナ国家が樹立されることには反対であると、アメリカに伝えたと明らかにした。バイデン政権が求めてきた「二国家共存」を公に否定した形だ。

2月13日、イスラエル軍がラファ地上侵攻への動きを見せる中で、バイデンは、「避難民の安全確保なしに軍事作戦を実施すべきではない」と今までで最も明確な言葉で、イスラエルに作戦中止を訴えた。しかしネタニヤフは、「ラファでの作戦を止めようとする者たちは『戦争に負けろ』と我々に言っているのに等しい」と反論した。また、「戦闘地域にいる民間人を安全な地域に退避させる」とは述べたが、具体的な案も示さなかった。これらの経緯、そしてガザでの甚大な市民の犠牲に鑑みて、「抱擁」作戦は失敗したと評価する他ないだろう。

10月7日以降、イスラエルはガザに何万発もの爆弾を投下してきたが、その中にはアメリカ製も多数含まれることもメディアや人権団体の調査で明らかになっている。2023年12月1日付のウォール・ストリート・ジャーナルでは、2023年10月末に行われたジャバリア難民キャンプの空爆は、100人以上の犠牲者を出したが、これにはアメリカがイスラエルに提供している大型爆弾「バンカー・バスター」が使用された可能性を排除できないという報道があったiv。国防総省によれば、10月7日以降、アメリカからイスラエルには「ほぼ毎日」武器が移送されている。その際、イスラエルに対しては国際法の遵守を心がけ、民間人の犠牲者をできるだけ回避するように働きかけはしているものの、具体的にどのように武器を使い、どのような作戦を遂行するかについて、制限を設けていないという。さらに、議会調査局によると、イスラエルにはアメリカ政府が1980年代に設置した武器や砲弾の備蓄庫(The War Reserve Stockpile Ammunition-Israel:WRSA-I)があり、ここからもかなりの武器弾薬がイスラエル側に渡っている可能性があるとみられるv。ハマスとイスラエルの戦闘開始後、バイデン政権は、備蓄されている武器の種類に関する制限を緩和することや、備蓄の補充に関する支出上限を撤廃することなどを検討し始めたvi

バイデンは、12月12日に初めて公の場で、イスラエルによる大規模な無差別攻撃を批判し、「このままでは国際的支持を失う」と警告した。昨年末には、南アフリカが国際司法裁判所(ICJ)に、ガザにおけるイスラエルの軍事行動はジェノサイド条約(1948年)が定める「ジェノサイド(大量虐殺)」にあたると提訴した。ジェノサイド条約は、第二次世界大戦中に進行したホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)への反省を背景に、1948年、国連で採択された。ジェノサイドを「国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図を持って行われる行為」と定義し、国際法上の犯罪と位置付け、各国に防止と処罰を求めている。南アフリカがICJに提出した84ページの訴状は、イスラエルがガザのパレスチナ住民2万人以上を殺害してきたことに加え、必要物資の輸送を阻害し、住民を強制移動させていることなどを詳細に記載し、「イスラエルによる行為と不作為」は「パレスチナ人の民族的、人種的、民族的集団の相当部分を破壊することを意図しており、大量虐殺的な性格を持つ」と述べているvii

1月26日、ICJ は、暫定措置命令としてイスラエルに対し、ガザのパレスチナ人に対するジェノサイドに相当する行為を防止するためにあらゆる措置をとること、ガザの人々への人道支援を供給するために、有効な方策を即時実施すること等を求める暫定措置命令を出した。人権団体やUNHCRの専門家はICJの暫定措置命令を重要な根拠として、すべての国連加盟国に対し、イスラエルとハマス等パレスチナの武装グループ双方に対し、ガザにおいて国際法や人権を蹂躙する軍事行動に使用されうる武器の移転を停止することをいよいよ声高に求めているviii。国際法や人権に無頓着だった前トランプ政権の没価値的な外交姿勢を批判し、「法の支配」や「人権」を尊重する外交を1つの軸としてきたバイデン政権だが、ガザ危機はその究極の試金石になるだろう。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、バイデン政権は現在、イスラエルへのさらなる武器支援を検討しているという 。他方、バイデン政権はネタニヤフ政権との間で、国際法を遵守した武器の使用や、速やかなガザへの人道支援についての誓約書を成立させようとしているとの報道もある。バイデン政権はイスラエル・ハマス紛争への対応に苦慮しているが、国際世論にも配慮しながら、どのような政策を打ち出すのか注目を集めている。




i "Sanders Introduces Resolution to Investigate Israel's Indiscriminate Bombing Campaign in Gaza," (December 15, 2023), Bernie Sanders Website. https://www.sanders.senate.gov/press-releases/news-sanders-introduces-resolution-to-investigate-israels-indiscriminate-bombing-campaign-in-gaza/

ii "How Joe Biden Got on Board with A Wartime Trip To Israel - And What He Hopes To Accomplish," CNN (October 17, 2023). https://edition.cnn.com/2023/10/17/politics/inside-joe-biden-israel-trip-planning/index.html

iii "The Biden-Obama Divide over How Closely To Support Israel," NBC News (November 29, 2023). https://www.nbcnews.com/politics/national-security/biden-obama-divide-closely-support-israel-rcna127107

iv "U.S. Sends Israel 2,000-Pound Bunker Buster Bombs for Gaza War," Wall Street Journal (December 1, 2023). https://www.wsj.com/world/middle-east/u-s-sends-israel-2-000-pound-bunker-buster-bombs-for-gaza-war-82898638

v "U.S. Foreign Aid to Israel," Congressional Research Service (March 1, 2023).

https://crsreports.congress.gov/product/pdf/RL/RL33222

vi "Gaza War Puts US's Extensive Weapons Stockpile in Israel under Scrutiny," Guardian (December 27, 2023). https://www.theguardian.com/world/2023/dec/27/gaza-war-puts-us-extensive-weapons-stockpile-in-israel-under-scrutiny

vii "Read The Full Application Bringing Genocide Charges Against Israel at UN Top Court," PBS (January 3, 2023). https://www.pbs.org/newshour/world/read-the-full-application-bringing-genocide-charges-against-israel-at-un-top-court

viii UNHCR, "Arms Exports To Israel Must Stop Immediately: UN Experts," (February 23, 2024). https://www.ohchr.org/en/press-releases/2024/02/arms-exports-israel-must-stop-immediately-un-experts Amnesty International, "Israel Must Comply with Key ICJ Ruling Ordering It Do All in Its Power To Prevent Genocide Against Palestinians in Gaza," (January 26, 2024). https://www.amnesty.org/en/latest/news/2024/01/israel-must-comply-with-key-icj-ruling-ordering-it-do-all-in-its-power-to-prevent-genocide-against-palestinians-in-gaza/