国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2020-3)
核軍備管理の「新しい枠組み」と新START延長問題

2020-03-11
戸﨑 洋史(日本国際問題研究所 軍縮・科学技術センター主任研究員)
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新START延長問題を巡る米露中の主張

 2010年4月に米国とロシアが署名し、2011年2月に発効した新戦略兵器削減条約(新START)は、2021年2月4日に期限を迎える。条約の規定により、両国が合意すれば最大5年間の期限延長が可能だが、その先行きは明るくない。条約が延長されず、後継条約も策定されなければ、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約が締結された1972年以来初めて、核超大国間の軍備管理条約が不在となる。
 ロシアは2019年11月末、米国に対して、新STARTを5年間延長するよう正式に提案したこと、米国が5年間の延長を望まない場合は短期間の延長も検討することを明らかにした1。また、ロシアは11月24~26日、新STARTの下で初めて米国の査察官に、配備に先立ち新型のアバンガルド(Avangard)極超音速滑空飛翔体(HGV)を視察させた2。これについて、ロシア戦略ロケット軍前参謀総長は、「新STARTで想定される標準的な手続きであり、それは明らかに、米国に条約延長の追加的な刺激を与えるものだ」3と述べた。
 そのロシア提案に対して、米国は依然として「検討中」だとしているが、少なくとも前向きに条約延長を検討しているようには見えない。トランプ大統領は2017年1月の就任前から新STARTに批判的で、就任直後にも―条約の内容、意義および問題点を的確に把握しているかは不明ながら―条約は「一方的なディール(a one-sided deal)」であり、「米国が行った悪いディールの一つである。我々はよいディールを作り始める」4と述べていた。また、ボルトン大統領補佐官(当時)は2019年7月、短距離戦術核兵器やロシアの新型運搬システムが対象外であることを新STARTの「欠陥」に挙げ、「まだ決定はされていないが、延長される可能性は低い。なぜ条約があるというだけで欠陥のあるシステムを延長するのか」5と発言した。
 米国はさらに、ロシアに加えて中国の核軍備管理への参加を繰り返し求めていく。2019年5月の上院公聴会ではトンプソン国務次官が、新START延長問題に関して検討を要する事項として、ロシアの戦略戦力近代化、ロシアによる軍備管理条約違反の歴史、米国・同盟国の安全保障の必要性に加えて、中国の透明性の欠如を挙げた6。10月の国連総会第一委員会では、米国は、「限定的な核兵器、あるいは敵対国の特定の射程距離のミサイルだけを対象とした二国間条約による冷戦的なアプローチは、もはや十分ではな」く、「ロシアと中国が交渉の場におり、核リスクを高めるのではなく前向きに削減する新しい軍備管理の時代」を模索しているとも述べた7。さらに2020年2月末には、トランプ大統領が、「中露を国際的な軍備管理の枠組みに取り込み、コストの高い軍拡競争を回避する」機会とすべく、5核兵器国により軍備管理を議論するサミットの開催に前向きであると報じられた8
 これに対して中国は、現時点での核軍備管理交渉への参加に強く反対している。核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議に向けた2019年準備委員会では、最大の核戦力を保有する国が大幅な削減を検証可能かつ不可逆的で法的拘束力のある形で行うことが、他の核兵器国が核軍縮の多国間交渉に参加する必要条件だという従来からの主張を繰り返した9。10月の国連総会第一委員会でも、米露との軍備管理協議に参加する予定はないとし、両国に新START延長を呼び掛けるとともに、「その巨大な核兵器を大幅に削減し、他の核兵器国が多国間核軍縮交渉に参加するための好ましい条件を作り出す」よう求めた10
 その中国に対して、ロシアのラブロフ外相は、「中国が突然その考えを変えるのであれば、多国間協議に参加することを嬉しく思う。しかしながら、我々は中国を説得するようなことはしない」11と発言した。ロシアにとっても、核バランスの対中優越の維持という観点からは、中国による軍備管理交渉への参加が望ましい。しかしながら、ロシアは少なくとも現時点ではそれ以上に、対米バランシングのための中露戦略関係の緊密化を重視している。

新STARTの役割の低下

 米国は中国も参加する核軍備管理の「新しい枠組み」の構築を提起しているが、どこまで真剣に追求しているかは定かではない。中国による不参加を口実に核軍備管理の拘束から逃れることを企図している可能性、あるいは新STARTというオバマ政権の成果を延長の拒否によって否定したいとの思惑がある可能性も指摘されている12
 他方で、米国から見れば、新START締結時に求めた目的が、10年あまりが経過した現在の国際関係や安全保障環境に必ずしも適合しなくなりつつあることも事実である。米国が新STARTに期待したのは、オバマ大統領がプラハ演説で唱道した「核兵器のない世界」への自らの取り組みとして具現化することで、署名直後に開催された2010年NPT運用検討会議に好ましい雰囲気を醸成し、核不拡散や核セキュリティの強化に係る非核兵器国の賛同と協力を得ることであった。米国はまた、ロシアが求める配備戦略核弾頭1500発程度までの条約に基づく削減を受け入れることで、ロシアとの安定的な戦略関係が維持されること、ならびに米国の優先課題にロシアからの協力が得られることも期待した。
 ロシアにとっては、新STARTの策定は、米国に対して国力が劣勢ななかでも米国と戦略核の均衡を維持でき、また米国とそうした核軍備管理条約を締結できる唯一の国だとして、大国の威信を誇示できるとの意義を持つものであった。それらは、ロシアが条約の5年間延長を提起する要因の一つにも挙げられる。また、ロシアにとって新START延長提案は、核軍備管理に後向きな米国に対する外交攻勢の一つでもあろう。
 冷戦の二極対立に起源を持つ伝統的な米露(ソ)核軍備管理は、相互確証破壊(MAD)状況の制度化によって、危機における安定(crisis stability)および軍拡競争に係る安定(arms race stability)からなる二国間の戦略的安定(strategic stability)を維持することを主眼としていた。これに対して、新STARTは、米露が冷戦期のような敵対関係にはないとの相互認識の下、抑止関係の安定化という目的が後景に退き、条約の締結を触媒として双方の異なる関心を実現することが主眼になるという、いわば「関係管理のための核軍備管理」へと変容していった。
 しかしながら、米露関係はその後、悪化に向かう。ロシアは、米国の力の相対化と軌を一にして、2014年のウクライナ侵攻およびクリミア併合に象徴されるように、西側主導の国際・地域秩序への挑戦と、旧ソ連圏における影響力の回復に向けた試みを、時に核兵器使用の威嚇も散りばめつつ、公然と展開していった。またロシアは、新STARTを超えた核兵器の削減に関する米国の提案を拒否するとともに、対米核抑止力の維持・強化を主眼として核戦力の近代化も積極的に進めてきた。これに対して、トランプ政権は2017年の国家安全保障戦略(NSS)や2018年の核態勢見直し(NPR)などで、ロシアと「大国間競争」にあると明記し、NPRにはロシアの動向を踏まえたとする核政策も記された。米露関係において、新START成立時とは異なり、核抑止問題が再び前景化してきた。
 しかも、核軍備管理の対象として、米露間の戦略核戦力に焦点を当てるだけでは十分ではなくなりつつある。ロシアは、戦略核の三本柱(大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機)の近代化だけでなく、中距離ミサイル、HGV、原子力推進魚雷、原子力推進巡航ミサイルといった新型運搬手段の開発にも力を入れてきた。新STARTの対象外のものを含め、戦略・非戦略核戦力の近代化は米国よりもロシアが先行している。
 また、ロシアに加えて、パワーバランスだけでなく核のバランスという観点でも、中国の存在を無視し得なくなってきた。中国の急速な台頭と、既存の国際・地域秩序に対する挑戦は、米中間の大国間競争と、アジア太平洋における地政学的競争を顕在化させている。核戦力に関しては、それぞれ6000発以上を保有する米露と300発程度と推計される中国との間には大きな数的不均衡があるものの、中国は複数個別誘導弾頭(MIRV)化ICBMやSLBMの近代化は速いペースで進んでおり、ウッド米軍縮大使は中国の核戦力が今後10年で倍増するとの見通しも示した13。中国の2000発近くとも目される核・通常両用中距離ミサイル戦力(このうち、射程1000km以上のミサイルは400~600基程度)14は質的・数的にも世界トップクラスであり、HGVのDF-17も2019年10月の軍事パレードで展示された。
 加えて、米露中の今後の抑止関係においては、戦略・非戦略核戦力だけでなく、通常攻撃能力や弾道ミサイル防衛(BMD)の一層の発展、あるいは核の指揮・統制・通信(NC3)への宇宙・サイバー空間や新興技術(人工知能など)の活用がもたらし得る含意も無視し得なくなりつつある。

新しい枠組みの課題と新START

 上述してきたような大国間関係および抑止関係を考えれば、米露の戦略核戦力に焦点を当ててきた伝統的な核軍備管理から、対象となる国および兵器システムを拡大した「新しい枠組み」への移行を図るとの方向性は適切だと言える。しかしながら、いかなる枠組みを構築し、その下でどのような核軍備管理を実施すべきかについての議論は緒に就いたばかりである。そもそも、「新しい枠組み」の目的や目標が米国から示されているわけでも、大国/主要国間に暗黙的な了解や意見の収斂があるわけでもなく、その不在の中で核軍備管理の具体的な構図を描くことは難しい。
 しかも、その「新しい枠組み」は、パワーバランスおよび核バランスに係る多極化、ならびに抑止態勢に影響を与える兵器体系の多様化という、二重の複雑性に対応しなければならない。仮に主たる対象国を米露中に絞ったとしても、3カ国間のパワーおよび核戦力には非対称性が小さくなく、軍備管理の下でいかなるバランスが規定されることを適当と捉えるか。3カ国中の2カ国が連携することで他の1カ国を圧倒し得る可能性にいかに対応するか。核戦力の数的側面だけでなく質的側面を3カ国間の抑止バランスにどのように織り込むか。さらに、これら3カ国が保有あるいは開発する核・非核の様々な能力について、対象を限定すれば実際の抑止バランスとの乖離が生じ、逆に拡大すれば軍備管理の成立に必要な抑止バランスに係る計算が複雑化するといったジレンマも生じる。こうした問いへの答えを3カ国間で短期間に見出し得るとは考えにくい。二重の複雑性は、「新しい枠組み」のあり方に係る意見の収斂を極めて難しくしている。
 こうした状況で、中距離核戦力(INF)条約に続き新STARTも失効すれば、米露間の核戦力に係る不透明性や不確実性は高まる。新STARTが失効しても、米露の戦略運搬手段・発射機が直ちに、条約の数的上限を超えて急激に増加するわけではない。しかしながら、1基に搭載可能な数よりも少なく弾頭が搭載されているMIRV化ICBM/SLBMに追加的に核弾頭を搭載すれば、新STARTで規定された上限を超えて戦略核弾頭を配備することも可能となる。さらに、新STARTの失効により、現地査察(2つのタイプあわせて相手国に対して1年間に計18回実施できる)を含む申告・検証措置が実施できなくなれば、米露が保有・配備する戦略核戦力の透明性および予見可能性が低下し、米露間の抑止関係が不安定化する可能性、あるいは不確実な情報に基づく核戦力の必要以上の増強の可能性が高まりかねない。現地査察を含む検証措置の下で米露間の戦略核戦力に係る数的均衡を維持するという、いわば伝統的な核軍備管理の流れを汲む新STARTは、役割を低下させつつあるとはいえ、それでも対立関係に転じた米露間の戦略的安定に一定の重要な役割を果たしている。
 また、米露の核戦力に係る不透明性・不確実性が高まる状況は、現状では両国より小規模の核戦力を保有する中国(や他の核保有国)が「新しい枠組み」に参加する誘因を低下させると考えられよう。核や抑止態勢に関する米露との非対称性が現状以上に拡大する可能性があるなかで、自国の核戦力に大きな制約が課されかねないからである。無論、新STARTが5年間延長されても、核軍備管理の「新しい枠組み」がスムーズに構築されていく保証はない。それでも、新STARTの延長によって両国の戦略核戦力に対する制約が継続されたなかで、核リスクの増大を抑制しつつ、延長後の期限である2026年2月を目途に、米露中(あるいは核兵器国間)で核軍備管理、抑止態勢あるいは戦略的安定に係る議論を重ね、現在や将来の安全保障環境、ならびにそこでの大国/主要国の抑止関係に適合するような、あるべき「新しい枠組み」への移行を目指すほうが現実的であろう。そうした取り組みを可能にするためには、少なくとも、新STARTが延長されれば「新しい枠組み」の議論に参加するとの中国による明確なコミットメントが求められる。
 力の移行(power transition)が進行する国際システムにおいて、多極化・多様化という二重の複雑性を適切に織り込みつつ、大国/主要国が受容し得るような核軍備管理の「新しい枠組み」を構築することは容易ではない。しかしながら、抑止と軍備管理を両輪として1960年代より維持されてきた核の秩序が、軍備管理の側から侵食され、不安定化・弱体化していくことは、米露中にとっても安全保障利益を損なうものとなろう。国際社会の大多数を占める非核兵器国が被るダメージは、より深刻である。だからこそ、「大国」たる米露中は、「新しい枠組み」に向けて真剣に取り組む責務がある。新STARTの5年間延長は、そのための小さいが、重要なステップだと言えよう。それはまた、米国が核軍備管理からの離脱ではなく、「新しい枠組み」の構築を真剣に追求していることを示す証左にもなろう。




1 Faizan Hashmi, "Russia Proposes to US Extending New START For 5 Years or Less - Deputy Foreign Minister," Urdupoint, November 27, 2019, https://www.urdupoint.com/en/world/russia-proposes-to-us-extending-new-start-for-772649.html.
2 "Russia Says It Showed Hypersonic Nuclear Missile System to U.S. Inspectors," Reuters, November 27, 2019, https://www.reuters.com/article/us-russia-usa-missiles/russia-says-it-showed-hypersonic-nuclear-missile-system-to-u-s-inspectors-idUSKBN1Y01Z0.
3 "Demonstration of Russia's Avangard System May Stir US into Extending New START -- Expert," Tass, November 27, 2019, https://tass.com/politics/1093061.
4 Steve Holland, "Trump Wants to Make Sure U.S. Nuclear Arsenal at 'Top of the Pack,'" Reuters, February 23, 2017, https://www.reuters.com/article/us-usa-trump-exclusive/trump-wants-to-make-sure-u-s-nuclear-arsenal-at-top-of-the-pack-idUSKBN1622IF.
5 "US-Russian New START Treaty Unlikely to Be Extended - Bolton," Sputnik, July 31, 2019, https://sputniknews.com/us/201907311076413051-us-russian-new-start-treaty-unlikely-to-be-extended---bolton/.
6 Under Secretary Andrea Thompson, "Statement for the Record," Testimony before the Senate Committee on Foreign Relations, May 15, 2019.
7 "Statement by the United States," First Committee, UN General Assembly, October 10, 2019.
8 Steve Holland, "Trump Willing to Meet Leaders of Russia, China, Britain, France on Arms Control," Reuters, February 29, 2020, https://www.reuters.com/article/us-usa-trump-russia-summit/trump-willing-to-meet-leaders-of-russia-china-britain-france-on-arms-control-idUSKCN20M3CJ
9 NPT/CONF.2020/PC.III/WP40, April 26, 2019.
10 "Statement by China," First Committee, UN General Assembly, October 10, 2019.
11 "Foreign Minister Sergey Lavrov's Answers to Questions from Rossiyskaya Gazeta Editorial Office and Its Regional Partners During a Business Breakfast," Moscow, February 10, 2020, https://www.mid.ru/en/foreign_policy/news/-/asset_publisher/cKNonkJE02Bw/content/id/4029123.
12 Mark Leon Goldberg, "The Only Nuclear Arms Treaty Between Russia and the U.S., 'New START,' is Expiring," UN Dispatch, February 24, 2020, https://www.undispatch.com/the-nuclear-arms-treaty-between-russia-and-the-u-s-new-start-is-expiring/.
13 "US Urges China to Join Nuclear Arms Talks with Russia," Reuters, January 21, 2020, https://www.voanews.com/east-asia-pacific/us-urges-china-join-nuclear-arms-talks-russia. ウッド大使は、そうであるからこそ、米露中3カ国による交渉の開始が必要であるとも述べた。
14 Jacob Stokes, "China's Missile Program and U.S. Withdrawal from the Intermediate-Range Nuclear Forces (INF) Treaty," Staff Research Report, U.S.-China Economic and Security Review Commission, February 4, 2018, p. 3, https://www.uscc.gov/sites/default/files/Research/China%20and%20INF_0.pdf.