国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2021-02)
ディスインフォメーションの脅威と国際協力

2021-05-17
桒原響子(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

民主主義とディスインフォメーション

開かれた民主主義社会とは、国民が多様な主張を含む国内外の情報にアクセスし、自らの意思を表現・表明でき、自由で公正な国政に関与することを認める社会を指す。情報へのアクセスに関しては、伝統的にメディアの役割が重視されている。伝統的メディアは、世論形成過程および世論に対し、国民が民主主義社会に積極的かつ効果的に参加するための情報を提供する上で重要な役割を果たしている(図1参照)。憲法21条の保障のもとにある報道の自由1は、民主主義の中核的価値観の一つでもある。

図1 アジェンダ・セッティング・モデル

出典:Rogers and Dearing(1988)をもとに筆者作成

しかし、昨今、世界ではこうした民主主義的プロセスが、「ディスインフォメーション・キャンペーン(偽情報の拡散)」によって大きな試練に直面している。

ディスインフォメーション(偽情報)とは、政治的・経済的利益を得ること、または意図的に大衆を欺くことを目的とし作成された虚偽または誤解を招く情報を指す。政府や伝統的メディアに対する市民の信頼を損ない、十分で正確な情報に基づいた市民の意思決定を阻害し、過激な思想や活動を助長する可能性もあるため、健全な民主主義を阻害するものである2。なお、ディスインフォメーションには、不注意による誤情報や、風刺やパロディ、明確に党派色がかったニュースやコメントは含まれない3

また、ディスインフォメーション・キャンペーンとは、国内外の様々なアクターが、ディスインフォメーションを拡散することで世論を歪曲し、社会的不安、あるいは政情不安を生み出し、政府の政策決定過程に影響を与える活動であり、国家の安全保障に深刻な影響を及ぼす可能性もある4。また、第三国によるディスインフォメーション・キャンペーンは、ハイブリッド戦5の一部ともなっている。

なぜいま「ディスインフォメーション」が注目されるのか

近年、欧米では、ディスインフォメーション・キャンペーンの事例が相次いでいる。米国では、2016年の大統領選挙の際、トランプ氏を支持するフェイクニュースが拡散された。欧州では、例えばフランスにおいて、2017年の大統領選挙期間中マクロン氏が租税回避地にペーパーカンパニーを設立したとの情報が、ドイツでも、2016年に生起した移民によるテロ発生後にメルケル首相がシリア難民と撮影した写真が利用され首相とテロリストに関係があったとの情報が、各々SNSで拡散された。

こうした状況を受け、欧州では、政府レベルのみならず、一般世論のレベルでも危機感が高まっている。欧州委員会によると、フェイクニュースが民主主義の脅威であるとみなす欧州市民は2019年時点で83%、また選挙前のインターネット上のディスインフォメーションを懸念するインターネットユーザーは73%に上っている6

このように、ディスインフォメーションそのものの存在と脅威は、数年前から欧米を中心に認識されてきたが、それらは「フェイクニュース」と呼ばれることが多かった。しかし今日では、世界中で「ディスインフォメーション」という表現が広く認識されるようになり、外国からの攻撃が民主主義への重大な脅威と見なされるようになっている。その背景には、一体どのような要因があるのだろうか。特に以下2つの要因について、確認しておきたい。

一つ目の要因は、情報通信技術の進展と普及である。インターネットの普及で一般市民がアクセスできる情報量が格段に増大しただけでなく、ソーシャルメディアやオンラインメディアの浸透により一般市民の情報への関与の仕方が大きく変容している。新たな技術は、ソーシャルメディアを介して、即時かつ広範囲に正確なターゲティングでディスインフォメーションを拡散させるために利用される。そのため、ソーシャルメディアは、ディスインフォメーション・キャンペーンの反響室となっているとの指摘もある7

二つ目の要因は、パンデミックである。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、欧米をはじめ、世界中でウイルスに関する様々なディスインフォメーションが氾濫し、世界中にディスインフォメーションの脅威を強く知らしめることになった。危機の際、人間は不信感や不安感を抱えやすくなる。その心理状態が陰謀論やディスインフォメーションに反応しやすくさせる。重要なのは、こうした危機の下でのディスインフォメーションの氾濫は、社会的混乱を招き、効果的な政策決定や公衆衛生に関する活動が損なわれる危険を孕んでいるということだ。

一つ目の要因と二つ目の要因は相互に作用し合っている。ディスインフォメーションとは、国家の世論を二極化させるだけでなく、市民の安全や健康を危険にさらしうる身近な脅威なのである。

各国・地域のディスインフォメーション対策の一例

各国・地域がどのようなディスインフォメーション対策を講じているのかの例を見ていきたい。欧州は、かねてよりディスインフォメーション対策に積極的に乗り出しており、現在EUは、EU域内やNATO等の国際機関、民間団体、ファクトチェックカーや専門家等との協力や連携に重点を置いている。

EUの対策は、もともとロシアによる情報戦等への対応を目的としたものだった。2015年に欧州対外行動庁(EEAS)内にストラテジック・コミュニケーション・タスクフォース(East StratCom Task Force)が設置されたことを皮切りに、2016年からはオンライン・プラットフォームやハイブリッド戦に関するコミュニケが公表され、2017年にはフェイクニュースに関するパブリック・コンサルテーションやハイレベル専門家グループが始動するなど、ディスインフォメーション対策の前身ともいうべき取り組みを実施した。2018年をターニングポイントに「ディスインフォメーション」という用語が本格的に多用されるようになり、それへの対応を前面に押し出したコミュニケが出され、その後、ディスインフォメーションに関する行動計画(Action Plan)や行動規範(Code of Practice)8が相次いで公表された。さらに、2018年の行動計画の下にEuropean Digital Media Observatory(EDMO)が新設され、ファクトチェッカーやアカデミア、研究者等をメンバーとし、EUとの連携やファクトチェッカーや研究者への支援をさらに強化する体制を整えた。

2020年に入ると、ディスインフォメーションへの対応が一変する。コロナ禍でウイルスに関するディスインフォメーションを拡散したとして、ロシアに加え中国を名指しで批判するとともに、ディスインフォメーションは民主主義を脅かすものであるとの認識のもと新たな行動計画が公表されるなど、より強力な対策が講じられた(図2参照)。また、巨大IT企業を新たに規制する動きも進んでいる。欧州委員会は2020年12月15日、ビジネスの公正な競争環境の確保を目的とする「デジタルマーケット法」と、違法コンテンツの排除に主眼を置く「デジタルサービス法」の2つ法案を発表した。

2021年現在、2018年に発表された行動規範をより強化なものにするための動きが進んでいる。

図2 EUのディスインフォメーション対策の流れ

出典:欧州委員会が公表した各種コミュニケ等を参考に筆者作成

次に、中国によるディスインフォメーション・キャンペーンへの対策を積極的に行なっている台湾の取り組みを見てみたい。台湾政府は、2020年1月の台湾総統選に備えた対策を講じていた。台湾総統選の前哨戦でもあった2018年の台湾統一地方選(九合一選挙)では、与党民進党が大敗したが、中国の選挙介入が疑われていたことが背景だったともいわれている(実態は不明)。

台湾政府は、その九合一選挙での教訓を活かそうと、2020年1月の台湾総統選において(1)政府による情報拡散戦略、(2)教育、(3)立法を三本柱とした対策をとり、中国発の偽情報による社会への影響の抑え込みを図った。各対策の概要は以下の通りである。

(1)民進党は、ディスインフォメーションを監視し迅速に反論するためのチームを各省庁に設置した。一定の情報が政治的な影響を受けそうだと判断された場合、報道発表や、短く明快かつユーモアを持たせたインターネット・ミームによるオンラインコンテンツを通じた情報発信、大臣クラスによる記者会見等を通じ、正しい情報を即時発信する試みを行なった。

(2)教育も強化された。メディアリテラシーに関する学校教育や、非営利団体による高齢者等を対象にした教育等、ソーシャルメディア利用における世代間格差是正のための取り組みが行われている。

(3)さらに、2020年1月11日に投開票された総統選の直前の2019年12月31日に、与党民進党は中国による選挙介入や干渉を阻止するための法律である「反浸透法」を可決・成立させた。「海外敵対勢力」から献金や支援を受けた個人や団体に、5年以下の懲役および33万2000ドル以下の罰金を科すというものだ9

これら台湾の政策は、中国からのディスインフォメーションを抑え込むことに成功した例として、内外で評価する声も聞かれる。

日本で想定しうる脅威と現状

日本にとって、隣国中国を含む外国からの影響力工作やディスインフォメーション・キャンペーンは、外交、防衛、社会、公衆衛生等に係る安全保障面で深刻な影響を受ける可能性があり、早期に対策を検討しなければならない重大な問題である。とりわけ、中国の目的は対象国の世論に働きかけ、自国の政策等を有利に進めるための環境を創出することであり、日本に対しては、中国に対するポジティブな見方を醸成しつつ、より戦略的には日米同盟を弱体化させることも目的の一つといえる。

しかし、日本においては、ディスインフォメーション・キャンペーン対策に取り組む政治的・経済的なインセンティブが低く10、ファクトチェック機能が十分でないため、海外からのディスインフォメーション・キャンペーンを未然に防ぐことは極めて難しいのが実情だ。特に選挙時のディスインフォメーション対策において重要な役割を果たすファクトチェックの取り組みにおいて、日本は国際的に大きく遅れをとっている。米国デューク大学のDuke Reporters' Labのファクトチェックサイトデータベースによれば、活動中のファクトチェック機関として認定・登録されている日本の機関は、2021年4月時点の世界全体(306)の約0.98%(3)に留まっている11

他方、日本では海外からのディスインフォメーション・キャンペーン自体が少ないため、影響を受けにくいという側面もある。日本では、例えば、2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震や、2018年の沖縄県知事選等でデマが流布する事態が起こっている。しかしこれらは、本稿で取り上げるディスインフォメーション・キャンペーンとは一致しない。災害時のものは国内発のものや政治的・経済的利益を目的としていない場合がほとんどであるため「デマ」と称されるにとどまっていること、沖縄知事選時のものは情報の発信源こそ不明だが候補者の玉城氏を批判するものであったこと12、また政治家や著名人の発信から拡散されたケースも見られたことから13、発信源は国内の反対派勢力であった可能性も排除できない。さらに沖縄はもともと政治的争点が多いという特性もある。

日本において、海外、特に中国からのディスインフォメーション・キャンペーンを含めた影響力工作の影響が比較的小さいとされる理由はさまざまである。日本は欧米等と比較し、社会や組織が閉鎖的であると指摘する複数の欧米の研究者もいる14。文化や言語障壁もある15。また、中国に関しては、日本人の多くが統一戦線工作による影響力に懐疑心を持っているため日本における中国の影響力工作の影響は他の民主主義国家に比べ限定的だとの指摘もある16。さらに政治面では、エリート層と市民の間でのSNSを介したコミュニケーションが他国と比較して活発ではないことも影響しているとの見方もある17

しかし、他国によるディスインフォメーション・キャンペーンは、サイバー攻撃等と並んで、武力行使の前段階において、相手国の世論を誘導し、あるいは社会を混乱させるために、ハイブリッド戦の一部として用いられる手段でもある。例えば中国は、琉球民族独立を掲げる沖縄の団体との交流を深め自国に有利な世論形成を図ろうとしているが、日本国内世論の二極化と日米離反、さらに在沖縄米軍の排除は、中国が国家目標を達成するための重要な戦略目的といえる。

日本が取り組むべき課題と国際協力の必要性

権威主義国家は、民主主義の脆弱性を突く。それは民主主義国家が重んじる表現の自由や報道の自由、民主的手続き等が、ディスインフォメーション・キャンペーンが付け入る隙にもなっているということでもあろう。いかに迅速に他国によるディスインフォメーション・キャンペーンに対する強靭性を高め、世論形成や政府の政策決定プロセス、そして国民の健康と安全に対する影響を最小限に止められるかが、日本にとっての重要課題である。

それには、関係府省庁横断的な取り組みのみならず、政府の対外発信戦略の強化、ファクトチェック機能の拡充や、ファクトチェッカーや専門家、オンラインプラットフォーム企業との連携、世論や情報の不断な分析、さらに国民のメディアリテラシーを養うための教育が重要となろう。

一方で、国際的な協力は進みつつある。現在、EUは、海洋安全保障や新興技術をはじめ、サイバー攻撃やディスインフォメーションを含む安全保障・防衛分野における他国・他地域とのパートナーシップ構築を目指しており、ディスインフォメーション対策の分野でもインド太平洋地域と積極的に協力する姿勢を示している18。欧州のシンクタンクからも、日本のディスインフォメーション・キャンペーン対策や戦略的コミュニケーションの取り組みに対する関心が増大している。

加えて、北米でもディスインフォメーションを含むプラットフォームガバナンスに関する諸課題に取り組むための国際ネットワークに日本の専門家の参加を模索する動きが見られるなど、新しい動きもある。

ディスインフォメーションに対する対策は、いまや一国だけで対処できる問題ではなく、同じ民主主義の価値観や経験を共有する国家同士が協力してこそ取り組める課題である。経験が少なく、対策も十分でない日本が、同じ脅威にさらされている他の民主主義国から学ぶことは多く、日本にとっても他国との協力は大きな可能性を秘めている。




1 最大決昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁

2 European Commission, "Tackling online disinformation: a European Approach," COM(2018) 236 final, April 4, 2018, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52018DC0236&rid=2 (accessed April 20, 2021).

3 European Commission, "Action Plan against Disinformation," JOIN(2018) 36 final, December 5, 2018, https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/eu-communication-disinformation-euco-05122018_en.pdf (accessed April 20, 2021).

4 Ibid.

5 ハイブリッド戦とは、共通の政治目的を達成するために、国家および非国家の在来型手段と非在来型手段を巻き込む紛争とされる。

6 "Factsheet: Action Plan against Disinformation," European External Action Service, March, 2019, https://eeas.europa.eu/sites/default/files/disinformation_factsheet_march_2019_0.pdf (accessed April 20, 2021).

7 COM(2018) 236 final.

8 行動規範にはFacebook、Google、Twitter、Mozillaが署名し、規範を実施するためのロードマップを発表、2019年にはMicrosoftが参加し、最近では2020年にはTikTokが署名している。

9 Linda Zhang, "How to Counter China's Disinformation Campaign in Taiwan," Military Review, September-October 2020; Aaron Huang, "Combatting and Defeating Chinese Propaganda and Disinformation: A Case Study of Taiwan's 2020 Elections," Belfer Center for Science and International Affairs, Harvard Kennedy School, July 2020.

10 Instituto Affari Internazionali, "EU-Japan Cooperation in Countering Disinformation Campaigns," On video, YouTube, April 15, 2021, https://www.youtube.com/watch?v=fvyG9yX0NUc&t=476s (accessed April 20, 2021).

11 "Fact-Checking," Duke Reporters' Lab, https://reporterslab.org/fact-checking/ (accessed April 20, 2021).

12 2018年の沖縄県知事選の告示前、ウェブサイト「沖縄県知事選挙2018」と「沖縄基地問題.com」が出現したが、記事や動画のほとんどが玉城陣営を批判する真偽不明のものだった。「有権者狙う、フェイク情報 日本でも検証の動き 参院選」『朝日新聞』2019年7月6日

13 「一括交付金導入で 『候補者関与はうそ」は偽情報 民主政権時に創設」『琉球新報』2018年9月21日, https://ryukyushimpo.jp/news/entry-805893.html(閲覧日:2021年4月22日)

14 Michael E. PorterやBruce L. Batten等。

15 Devin Stewart, "China's Influence in Japan: Everywhere Yet Nowhere in Particular," Center for Strategic and International Studies, July 23, 2020.

16 Ibid.

17 Instituto Affari Internazionali, "EU-Japan Cooperation in Countering Disinformation Campaigns," On video, YouTube, April 15, 2021, https://www.youtube.com/watch?v=fvyG9yX0NUc&t=476s (accessed April 20, 2021).

18 General Secretariat of the Council, "EU Strategy for cooperation in the Indo-Pacific - Council conclusions (16 April 2021)," Council of the European Union, April 16, 2021, https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-7914-2021-INIT/en/pdf (accessed April 20, 2021).