国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2021-06)
大国間競争時代の半導体サプライチェーン

2021-10-11
髙山嘉顕(日本国際問題研究所研究員)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

米中の大国間競争は経済活動にも暗い影を投げかけている。経済が安全保障の論理で理解されるようになり、1990年代以降進展した国際的な経済相互依存が見直されている。今後の国際動向を見通す際には、パワーポリティクス的要素が反映された経済をとらえる視点が欠かせない。この点に鑑みて本稿は、現在の焦点の一つとなっている半導体サプライチェーンの見直しを経済安全保障の視点から検討する。

半導体の経済安全保障―技術とパワーの視点から―

国境を越えた半導体のサプライチェーンのあり方に注目が集まる背景には、国家の技術がその国のパワーの源泉であるとの見方がある。まず、国家の技術はその国のパワー、より直截的に言えば、軍事力や産業競争力の基盤であると考えられてきた。国家間には技術力に差があり、技術革新を達成する国は他の後続国に対して(一時的にせよ)大きなアドバンテージを有する。最先端技術の開発製造や技術的ブレークスルーを可能にする国は、最先端兵器を製造することが可能であり、グローバルパワーになりうる、そう論じられてきた1。こうした伝統的な考え方は、現在の米バイデン政権にもみられる。半導体を含むサプライチェーンの見直し作業の結果を受けてバイデン政権が2021年6月に公表した報告書では、「半導体は国家安全保障に不可欠」として、F-35のような複雑な兵器システムや通信・航法システムを含むほぼ全ての軍事システムの基盤である、と述べられていた2

他方で、技術は国家間政治における影響力をも構成する3。国際場裏において代替不可能な特定技術を有する国家や企業は、チョークポイントとして影響力を発揮できる。例えば米国政府は、半導体に対する輸出管理措置を通した「ネットワークの武器化(weaponization of networks)」により英国の5G通信網からの中国の華為技術(ファーウェイ)の排除を実現した。2020年5月に米国政府はファーウェイに対する輸出管理措置を強化し、米国由来の技術や製造装置等を用いた半導体関連品の対ファーウェイ輸出を事実上禁止した。この措置により、それまで5G通信網へのファーウェイの一部参入を認めていた英国政府は、5G通信網からのファーウェイ排除を決定した。米国は、半導体サプライチェーンにおけるチョークポイントを衝くことで他国の政治的決定を左右したのである。このように現在、半導体サプライチェーンが経済安全保障の観点から注目されているのは、それが国家のパワーに直結する問題だからである。

二つの「垂直」と「水平」

半導体サプライチェーンには、二つの「垂直」と「水平」がある。第一の「垂直」と「水平」は、それぞれ「統合」と「分業」を意味する。まず、垂直統合型の企業は、サプライチェーンの川上から川下までを一気通貫で仕上げる。そのため、研究、開発、製造等に関するノウハウや知的財産権(IP:Intellectual Property)を社内に留保(ブラックボックス化)し知財流出を防ぐことが可能である。CPUに強い米国のインテルやAMD、メモリに強い韓国のサムスンやSKハイニックスなどは垂直統合型の企業である。もっとも、垂直統合型企業は、ブラックボックス化による利益を享受する一方で、設備投資や運用維持に多くの費用を必要とする。また、クローズドなシステムは組織の肥大化や技術革新の停滞を招きかねない。垂直統合型企業は急変する半導体市場への迅速な対応に苦心する。

他方、水平分業型の産業構造は、1990年代以降に見られた国際的な経済相互依存の著しい進展に符合する。半導体のサプライチェーンは概して、開発、設計、製造(前工程)、および組立(後工程)の4段階からなるといわれるが、実際の工程はより細かく切り分けられる。製造工程のみに限っても約600工程あるといわれている。そのうえ半導体業界には、製造に必要な原材料の特殊性、技術革新の急速な進展、急変動する需給バランス、特有の景気サイクル、見込み発注が一般的な商慣行、水や電力などの資源上の制約、高度な人的資源の必要性などの特殊要因もある。こうした諸条件のもとに、サプライチェーンは生産工程ごとに切り分けられ、各工程はそれぞれが比較優位を持つ国や地域へと移転していった。

半導体業界の成長過程で、開発や設計工程は米国に留まったものの、低付加価値業務である(と当時は見られた)製造工程は海外にオフショアリングされた。その結果、安価な労働力を武器として、製造に特化することで良質な半導体製造を行う東アジアの企業が半導体産業に参入した。こうして水平に分散した半導体サプライチェーンは太平洋を横断し、各工程に特化した拠点のネットワークは米国と東アジアに集中した。現在、開発を手掛け、IPを売却することで収益を得るIPプロバイダには米国のクアルコムやエヌビディアがあり、半導体サプライチェーンの開発工程では米国が一強の状態である。チップの設計を手掛けるファブレス企業には、そのクアルコムやエヌビディアに加えて、同じく米国のブロードコムやテキサス・インスツルメンツ、台湾のメディアテック(聯発科技)などがある。シリコンウエハの表面にトランジスタなどの電子回路を形成する製造(前工程)を行うファウンドリー企業としては、台湾の台湾積体電路製造(TSMC)が他の追随を許さない圧倒的地位に君臨するが、米国のグローバル・ファウンドリー、中国の中芯国際集成電路製造(SMIC)やファーウェイ傘下の海思半導体(ハイシリコン)なども存在する。前工程で回路を形成したウエハの切り離し、パッケージ加工、検査といった後工程を担う組立メーカーには、台湾の日月光半導体(ASE Group)、米国のアムコ(Amkor)、中国の江蘇長電科技(JCET)などがあるが、最近ではコロナ禍が後工程を担っていた東南アジア諸国を直撃したために車載半導体の供給途絶を招いたとして注目されている4

さらに半導体関連産業である製造装置や材料の分野でも水平分業が進んでいる。米国のラムリサーチやアプライドマテリアルズ(AMAT)、日本の東京エレクトロンがエッチング装置で強いが、オランダのASMLが露光装置で圧倒的な存在感を放つ。また、シリコンウエハ切断装置は日本のディスコが世界トップシェアを誇る。製造装置分野一般では日米に強みがあるものの、露光装置に限ってはオランダ企業が圧倒しているのが現状である。材料分野では日本企業が強く、シリコンウエハやフォトレジストに強みを持つ信越化学、シリコンウエハのSUMCO、フォトレジストのJSRや東京応化、エッチングガスの大陽日酸や昭和電工などがアドバンテージを握っている。このように水平分業の世界では、サプライチェーン上の各拠点は特化とモジュール化を進め、様々な要求に対応可能な柔軟な態勢を整え、生産性を上げている。

第二の「垂直」と「水平」は、サプライチェーン競争の次元に関するものである。垂直的なサプライチェーン競争とは、サプライチェーンの川上と川下の間で起きる競争であり、最も技術的に洗練され最も利益を生み出す工程をめぐる競争であるとも言われる5。この競争は往々にして、先進国が独占していた高付加価値を生み出す工程への新興国や開発途上国の参入という状況で起きる。サプライチェーンの低付加価値領域へ閉じ込められることを懸念する新興国や開発途上国は、産業高度化政策を推進し、サプライチェーンの上位へと這い上がろうとする6。後工程を担っていた企業がサプライチェーン川上の前工程に進出する場合に生じる競争などがこれにあたる。垂直的サプライチェーン競争は、最大の顧客を最大の競合相手にする。これまでTSMCが設計や後工程などの他工程に進出しないと明言していたのは、自身の顧客との競合を回避するためである。

他方、水平型のサプライチェーン競争とは同じレイヤー間で起きる競争である。端的に言えば、川上企業からの注文をめぐる同業社間での競争である。ファブレス企業による発注をめぐっておきるファウンドリー企業間の競争などがこれにあたる。

半導体サプライチェーンのプルバック

現在の大国間競争は、各国の経済政策がもたらす安全保障上の含意に対する関心を喚起し、経済領域でさえも安全保障の論理で理解されている7。国境を越えた商取引や技術の周流が自国にとって利益どころか不利益をももたらしうるとの理解が広まっている。ウイン・ウインの世界からゼロサムの世界に移行したとみる向きもある8。その結果、国際的な経済相互依存にパワーポリティクスの要素が反映されつつある。

こうしたなかで半導体サプライチェーンに注目が集まるのは、その分野でのサプライチェーン競争が安全保障上の含意を多分に孕むからである。技術を国力、とりわけ軍事力や産業競争力の基盤とみなす立場からすれば、安全保障上の懸念国(の政府や軍と密接な関係を有する企業等)がサプライチェーンの川下から川上に這い上がることは、既存のパワーバランスを動揺させうるものと映る。とりわけ大国は、先端技術が軍事的優位や経済ダイナミズムにとって重要であることを認識し、先進的な産業セクターを支配すると同時に、敵対者が同じことをすることを妨げようとする9。米国政府は、過去20年間で米国のグローバル半導体市場におけるシェアが37%から12%へと低下したと嘆くが10、そこにはグローバル半導体シェアにおける米国比率の低下を国力の相対的低下と重ね合わせる思考が窺える。とりわけハイエンドな半導体の生産機能が中国に移転することについては、様々な安全保障上の懸念が寄せられている。中国企業によるサプライチェーン上の這い上がりを脅威とみなすものである。中国が合法・不法を問わず様々な手段を通して、技術革新を追求しているとの理解もこうした見方を後押ししている。半導体の内製化を着実に遂げつつある中国が、外交または安全保障上の理由から半導体供給を途絶させると懸念をおぼえる向きもある。垂直型サプライチェーン競争が招く安全保障上の懸念である。

さらに、水平型のサプライチェーン競争も経済安全保障上の懸念を生じさせている。サプライチェーン上の特定の工程が寡占市場になれば、その工程はチョークポイントになりうる。半導体製造工程には様々なノウハウが必要とされるため、先端半導体製造を高品質かつ大規模に行えるファウンドリーは極めて限られ、ファウンドリー市場への参入障壁は極めて高くなっている。また、半導体製造装置の製造に特化した企業は製造装置の専門性を握り、市場が寡占状態になっている。半導体製造の前工程(特に微細加工)で圧倒的な存在感を放つTSMCと露光装置で世界シェアを握るASMLが注目されるのはそのためである。チョークポイントに関心が集中するのは、米国自身がそうしたように、半導体サプライチェーンのチョークポイントを衝くことで他国の政治決定を左右する「ネットワークの武器化」が行われることへの懸念があるからである。もちろん、コロナ禍によるサプライチェーン途絶が、代替の利かないチョークポイントを抱えるサプライチェーンの脆弱性に対する懸念を高めたことは言うまでもない。

こうして米国では半導体サプライチェーンを再構築するモメンタムが生まれ、経済合理性が追求された結果として国境を越えて伸びきったサプライチェーンをプルバックする動きが始まった。2021年3月に公表された『暫定版国家安全保障戦略指針(Interim National Security Strategic Guidance)』では、米国の経済回復のために重要技術サプライチェーンの再建が必要性であると指摘されていた11。まず行われたのがサプライチェーンの再評価である。2月にバイデン米大統領は、半導体を含む4業種についてサプライチェーンの見直しを行い、100日以内にその結果を報告することを命ずる大統領令(E.O. 14017)を発出した12。米国家安全保障会議(NSC)のP・ハレル(Peter Harrell)シニアディレクター(国際経済・競争担当)によれば、この大統領令は、サプライチェーン上に現れた危機に対応する態勢から、サプライチェーン上の問題が将来起こることを防止する態勢への移行を目指すものであった13。この大統領令に沿って、半導体サプライチェーンの設計、エッチング、組立・試験・封止、材料、製造機器の各工程に焦点を当てた評価作業が行われた。ここで対象とされた各工程は、前項で示した半導体サプライチェーンの各工程に符合する。評価作業を踏まえて6月8日に公表された報告書では、脆弱なサプライチェーン、悪意あるサプライチェーン、旧世代半導体の不適切使用などのリスクが指摘され、勧告がなされた14。さらに、米政府は9月24日に国内外の半導体関連企業等に対して、半導体サプライチェーンに関する情報提供を要請した15。この情報提供要請は、公式には企業等の自発的調査によるものとされたが16、企業等がこの要請に応じない場合には国防生産法等の活用も検討するとレモンド米商務長官が述べたと報じられている17。情報提供要請の内容は企業の営業秘密の提供等を含むものでもあり、米政府は半導体サプライチェーンの見直し作業により一層踏み込む姿勢を示している。日本政府も6月18日に閣議決定された『成長戦略実行計画』で半導体のサプライチェーンの分析を進めることを謳っている18

半導体サプライチェーンの見直し作業と並行して、先端半導体の国内産業育成も焦点になっている。経済活動が安全保障の論理で評価されるとき、特に戦略的に重要なセクターでは市場の働き方に変化が現れる。国家によっては、市場開放よりも、供給の安定化のために長期的な供給先との連携を国家主導で追求することがある19。また、敵対国政府による介入対象となりうる独占的なサプライヤーに供給を依存している状況においては、産業補助金や政府介入は正当化されるとする議論もある20

米国では2021会計年度国防権限法が2021年1月に成立し、その第9902条では商務省が半導体の製造、組立、試験、先端封止、または研究開発に関する米国内の施設や装置に投資するための資金援助プログラムを立ち上げるとされている21。バイデン大統領は約500憶ドルの拠出を表明しており22、投資を法的に裏付ける「米国イノベーション・競争法案」が6月に上院で可決されている23。また、それまで半導体製造で後塵を拝していた欧州も最新半導体の産業育成という野心を隠そうとしない。2021年3月には、最先端かつ持続可能な半導体の製造について2030年までに価格ベースでグローバル市場の20%を占めるとの野心的目標を掲げる「デジタルコンパス」が公表された24。さらに9月には欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が、最新の欧州半導体エコシステムを形成する構想を明らかにしている。この構想はEUと加盟国の投資を調整することでサプライチェーン・セキュリティを確保し、革新的な技術のための新たな市場形成を狙うものとされた。そのうえフォン・デア・ライエン委員長は、EU Chips Actの制定にも積極的な姿勢を見せている25。加えて、日本政府も半導体の育成に積極的な姿勢を見せている。『成長戦略実行計画』では「経済安全保障の観点からの技術優越性の確保」という項目のなかで「技術の育成」として、半導体を含む「経済安全保障の強化の観点から重要な先端技術について、関係省庁等が連携し、実用化に向けた強力な支援を行う新たなプロジェクトを創出する」と明言している26

もっとも先端半導体の産業育成を一国のみで成し遂げることは現実的ではない。工場や設備を一揃い用意し、ノウハウを積み上げ、人材を育成するには、莫大な経済的費用がかかる上に、相当なリードタイムを要する。また、そもそも一国内で完結するクローズドのサプライチェーンは技術革新の早い半導体業界に馴染まない。露光装置で覇権を握るASMLも技術革新のカギはオープンイノベーションにあった。そのため、各国政府は先端半導体の海外サプライヤーの誘致に注力する。例えば米国政府はTSMCやサムスンの誘致を働き掛けており、TSMCは2024年を稼働目標とする製造施設をアリゾナに建設することを明らかにしている。現地アリゾナ州もこれに積極的に応じ、アリゾナ州立大学をはじめとする大学、企業、州政府などが参加するコンソーシアムを立ち上げた。また、欧州でもEUがインテル、TSMC、サムスンに対する誘致補助金を拠出する旨を表明しており、TSMCはドイツ工場の設置を検討していると明かしている。さらに日本政府もTSMCの誘致に注力していると見られ、報道によれば茨城県つくば市と熊本県にTSMCを誘致することが計画されている。日本政府は『成長戦略実行計画』で「先端半導体の生産拠点については国際的に集中度が高いため、他国に匹敵する取組を早急に進め、先端半導体の生産拠点の日本への立地を推進することで、確実な供給体制の構築を図る」と明言している27。このように、前工程の微細加工で他の追随を許さないTSMCが各国の誘致合戦の標的となっている。

更に、輸出管理も半導体サプライチェーン・プルバックの重要なツールである。自国の最先端半導体製造にかかる物資や技術等は各国にとって虎の子であり、オープンイノベーションと技術保護を両立させることは最重要テーマの一つである。そうしたなかで米商務省は、半導体製造に関する最先端のリソグラフィー(EUVマスク、レチクル、ペリクル)を輸出管理改革法(ECRA)1758条に基づく新興技術輸出管理の対象に追加することを検討しているとみられる。米商務省は、これらの新興技術に対する輸出管理を実施するために、ワッセナーアレンジメントなどの国際輸出管理レジームを通して他国と調整するとの姿勢を明らかにしている。確かに、この商務省の姿勢はECRAの1758条に沿ったものであるが、米国では新興技術輸出管理が遅々として進まないとする批判も提起されている28。こうした商務省のアプローチは輸出管理の平準化(leveling the playing field)を狙ったものであり、米国政府の姿勢からは、単独規制により国際場裏で米国の企業や研究機関が不公平な立場に置かれることを回避したいという思惑がうかがえる。

プルリラテラリズムと新型サプライチェーン競争

国境を横断して伸長した既存のサプライチェーンを巻き戻し、新たなサプライチェーンを構築するにしても、それは一国のみで成し遂げられるものではない。現在の半導体製造に必要な施設、装置、材料、経済的・人的資源等をすべて自国内で確保することは非現実的だからである。そのため半導体サプライチェーンのプルバックは、自国を含むいくつかの国から構成される自システム内でのサプライチェーン構築の様相を呈する。とりわけ現在に特徴的な動きとして注目すべきは、プルリラテラル(plurilateral)な措置の進展である。共通の利益や価値を共有する少数の国からなるグループの中で、半導体サプライチェーンに関する評価や産業育成が追求されている。

2021年9月には日米豪印からなるクアッド第2回首脳会談が開催された。ここでは、「半導体サプライチェーン・イニシアティブ」の立ち上げが表明され、半導体及びその重要部品の供給能力をマッピングし、脆弱性を特定し、サプライチェーン・セキュリティを強化するものとされた29。また、9月29日に開催された米EU技術貿易委員会(US-EU TTC)でも、半導体サプライチェーンのプルバックは主要な論点の一つであった。米国とEU間での輸出管理の調整のみならず、半導体グローバル・サプライチェーンの再調整、半導体バリューチェーンのギャップ特定、国内半導体エコシステムの強化が謳われた。また、補助金競争や民間投資排除リスクの回避、サプライチェーン多元化と投資増大による依存軽減などが謳われた30。このように、少数の国からなるプルリラテラルな措置を基盤として、半導体サプライチェーンを自システム内にプルバックしようとする戦略が推進されている。そこで実際に行われるのは、サプライチェーンのマッピングによる脆弱性の特定や産業育成に資する措置での協力等である。

ただし、こうした自システム内へのサプライチェーンのプルバックは、必ずしも単線的かつスムーズに進むものではない。実際、既に垂直統合型企業には戦略の変化がみられる。2021年2月に就任したパット・ゲルシンガー最高経営責任者(CEO)の下でインテルが発表した新戦略「IDM2.0」は、①社内でのプロセッサ製造の継続及び生産能力強化、②他社への製造委託の増加、ならびに③世界規模のファウンドリー事業の開始を3本柱としていた31。その中で最も多くの注目を浴びたのが③ファウンドリー事業の開始であった。垂直統合型企業の代表格である米インテルが、水平分業型事業の領域(ファウンドリー事業)への参入という野心を明らかにしたからである。同社は米アリゾナ州と欧州に新工場の建設を検討することを明らかにし、既に9月24日には2024年を稼働目標とする2つの半導体製造施設の起工式がアリゾナで行われた。こうしたインテルの新戦略は、逆向きの垂直型サプライチェーン競争を招きかねないものである。従来の垂直型競争は高付加価値工程と見なされたサプライチェーン川上をめぐる競争であったが、新たな競争はサプライチェーン川下の製造工程をめぐる垂直型競争である。インテルはファウンドリー事業でTSMCやサムスンと競合するであろう。もっとも、依然として回路線幅7ナノの技術開発で停滞しているインテルはTSMCとの競争で苦戦を強いられるとの見方もある。既にTSMCは5ナノ品の量産も可能で、微細加工でトップを独走しているからである。インテルが仕掛ける逆向きの垂直型サプライチェーン競争の行方は予断を許さない。

更に逆方向の垂直型サプライチェーン競争は、水平分業型のサプライチェーンの前提である企業の特化戦略に見直しを迫る可能性もある。すでにその兆候はある。前述したように日本政府はTSMCの国内誘致に積極的姿勢を見せている。報道によれば、TSMCは茨城県つくば市で国内の製造装置や材料関連企業等とともに3次元積層パッケージ(3D IC)の共同研究開発に着手する見通しである32。3DICは半導体製造の後工程に該当する。それまで垂直型サプライチェーン競争を回避するために前工程以外への進出を否定していたTSMCが、後工程に進出する意図を持っていることは明白である。TSMCは後工程の日月光半導体(ASE Group)と競合関係に入るとも言われる。更に、報道によればTSMCは熊本でソニーグループおよびデンソーとともに半導体合弁事業を計画している33。いうまでもなく、ソニーは画像センサー分野の、デンソーは自動車部品の大手である。このことから、TSMCが自動運転時代を見越してセンサー周辺事業に関心をもっていると推察される。TSMCがドイツに工場設立を検討しているというのも同様の理由と考えられる。ファウンドリー最大手のTSMCですら特化戦略の見直しをはかり、半導体サプライチェーンの別工程や近接別事業に進出する野心を覗かせている。水平分業型サプライチェーンの前提である特化戦略に揺らぎが見える。

おわりに

大国間競争時代に経済相互依存の重心(the center of gravity)を自システム内に移そうという動きが顕在化している。それをもっとも鮮烈な形で表すのが半導体サプライチェーンの再構築である。本稿では、日米欧の政府が半導体サプライチェーンを自システムにプルバックする様相を検討した。各国政府は補助金を通した産業育成等の様々な手段を活用するが、なかでも現在に特徴的なのは、利益や価値を共有する少数の国と連携するプルリラテラルな措置を基盤とする取り組みである。日米欧の政府はプルリラテラルな措置を基盤として、サプライチェーンの再評価や効率的な産業政策を打とうと腐心しているように見える。そのうえ、半導体サプライチェーンの評価作業がさらに進み、具体的なリスクが特定されることになれば、そうしたリスクを軽減するために、輸出管理の対象となる物資や技術等が追加されていこう。そうした輸出管理は、既存の国際輸出管理レジームを補完するプルリラテラルな措置を基盤として行われるだろう。

もっとも、現在行われているサプライチェーン再構築は、半導体サプライチェーンにおける受託製造(特に微細加工)に対する関心増によるところが大きい。新たなサプライチェーンや産業の変化を見通す企業は既存の半導体戦略を見直しつつあり、新たなサプライチェーン競争が起こりつつある。2021年10月4日に発足した日本の岸田内閣は、初めて経済安全保障の担当大臣を設置した。岸田内閣が経済安全保障を重視することの表れである。日本政府には、新たなサプライチェーン競争を前提としつつ、プルリラテラルな措置を基盤とするサプライチェーン再構築を進めるという難しいかじ取りが求められよう。

(了)

※本稿執筆後の10月14日にTSMCは熊本に工場を建設することを発表した。




1 Robert Gilpin, War and Change in World Politics (Cambridge: Cambridge University Press, 1981), p. 182; and John J. Mearsheimer, The Tragedy of Great Power Politics (New York: W. W. Norton & Company, 2001), p.62, pp.231-232.

2 The White House, Building Resilient Supply Chains, Revitalizing American Manufacturing, and Fostering Broad-Based Growth: 100-Day Reviews under Executive Order 14017, June 2021, p.25.

3 パワーを影響力(関係性)の観点から見る代表的な議論として次を参照。Albert O. Hirschman, National Power and the Structure of Foreign Trade, extended ed. (University of California Press, 1980).(アルバート・ハーシュマン〔飯田敬輔監訳〕『国力と外国貿易の構造』〔勁草書房、2011年〕。)

4 「半導体危機、第2波到来―東南アジア震源地 コロナ拡大響く―」『日刊工業新聞』(2021年9月21日)。

5 Parag Khanna, Connectography: Mapping the Global Network Revolution (Widenfeld & Nicolson, 2017), p. 160.

6 猪俣哲史『グローバル・バリューチェーン―新・南北問題へのまなざし―』(日本経済新聞社、2019年)。

7 Robert Blackwill and Jennifer M. Harris, War by Other Means: Geoeconomics and Statecraft (Cambridge: Harvard University Press, 2016), pp. 24-25.

8 Gideon Rachman, Zero-sum World: Politics, Power and Prosperity after the Crash (London: Atlantic Books, 2012).

9 Darren Lim, "The US, China, and 'Technology War'," Global Asia (March 2019), Vol. 14, No.1, pp.8-13, esp. p. 9.

10 The White House, Fact Sheet: Biden-⁠Harris Administration Announces Supply Chain Disruptions Task Force to Address Short-Term Supply Chain Discontinuities, June 8, 2021. https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/06/08/fact-sheet-biden-harris-administration-announces-supply-chain-disruptions-task-force-to-address-short-term-supply-chain-discontinuities/

11 John R. Biden, Jr., Interim National Security Strategic Guidance (Washington, the White House, March 2021).

12 Executive Order 14017, America's Supply Chains, February 24, 2014.

13 Press Briefing by Press Secretary Jen Psaki, Deputy Director of the National Economic Council Sameera Fazili, and Senior Director for International Economics and Competitiveness Peter Harrell, February 24, 2021, White House Press Briefing, February 24, 2021, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/02/24/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-deputy-director-of-the-national-economic-council-sameera-fazili-and-senior-director-for-international-economics-and-competitiveness-peter-harrell/

14 The White House, op.cit., June 2021.

15 Bureau of Industry and Security, "Notice of Request for Public Comments on Risks in the Semiconductor Supply Chain," Federal Register (vol. 86, no. 183), September 24, 2021, pp.53031-53033.

16 Sameera Fazili and Peter Harrell, When the Chips Are Down: Preventing and Addressing Supply Chain Disruptions (The White House, Sep. 23, 2021). https://www.whitehouse.gov/briefing-room/blog/2021/09/23/when-the-chips-are-down-preventing-and-addressing-supply-chain-disruptions/

17 Jenny Leonard, "White House Weighs Invoking Defense Law to Get Chip Data," Bloomberg, September 24, 2021. https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-09-23/white-house-weighs-invoking-defense-law-to-get-chip-supply-data

18 『成長戦略実行計画』(2021年6月18日)16頁。

19 Blackwill and Harris, op.cit., pp.42-43.

20 "Trade: Message in a Bottleneck," The Economist, April 3, 2021.

21 FY2021 National Defense Authorization Act., Sec. 9902.

22 The White House, Fact Sheet: The American Job Plan, March 31, 2021.

23 下院の「CHIPS Act」は本稿執筆現在で可決されていない。

24 European Commission, 2030 Digital Compass: the European Way for the Digital Decade (Brussels: March 9, 2021).

25 2021 State of the Union Address by President von der Leyen, Strasbourg, 15 September 2021.

26 『成長戦略実行計画』(2021年6月18日)15頁。

27 『成長戦略実行計画』(2021年6月18日)17頁。

28 Emma Rafaelof, "Unfinished Business: Export Control and Foreign Investment Reforms," U.S.-China Economic and Security Review Commission Issue Brief, June 1, 2021.

29 The White House, Fact Sheet: Quad Leaders' Summit, September 24, 2021. https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/09/24/fact-sheet-quad-leaders-summit/

30 The White House, U.S.-EU Trade and Technology Council Inaugural Joint Statement, September 29, 2021. https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/09/29/u-s-eu-trade-and-technology-council-inaugural-joint-statement/

31 Intel, Intel CEO Pat Gelsinger Announces 'IDM 2.0' Strategy for Manufacturing, Innovation and Product Leadership, Mar. 23, 2021. https://www.intel.com/content/www/us/en/newsroom/news/idm-manufacturing-innovation-product-leadership.html#gs.cfvfcp

32 佐藤雅哉「半導体再興、『後工程』糸口に―イビデンなどTSMC誘う―」『日本経済新聞』(ウェブ版)(2021年6月15日)。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1030Q0Q1A610C2000000/

33 「ソニー・TSMC計画進展―半導体合弁、デンソー参加―」『日刊工業新聞』(2021年8月26日)