国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2022-01)
フィリピン大統領選挙とその国際的インプリケーション

2022-02-16
石川和秀(日本国際問題研究所客員研究員/元駐フィリピン大使)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

フィリピンの大統領選挙が2022年5月9日に行われ、6月30日に新しい大統領が就任する。2月8日から3ヶ月にわたる正式の選挙運動期間が始まったことから、選挙戦の現状とその国際的インプリケーションについて分析を試みた。

フィリピンの位置付け

フィリピンは面積30万平方キロメートル(日本の約8割)、人口は1億人を超えており、一般的印象よりもはるかに大きな国である。民族的にはマレー系が主体で、他に中国系、スペイン系およびこれらとの混血並びに少数民族からなっている。ASEAN唯一のキリスト教国であり(9割以上。イスラム教は約5%)、特筆すべきは国民の平均年齢が24-25歳程度と若く、いわゆる人口ボーナスが2050年頃まで続くと見られている。

歴史的には16世紀よりスペインが植民地化している。1898年の米西戦争の結果米国に統治者が移った後、太平洋戦争中一時的な日本の軍政を経て1946年にフィリピン共和国として米国から独立した。独立後は立憲共和制を採用しアジアで最も古い民主主義国の一つであるが、マルコス大統領時代は戒厳令が施行され民主主義が後退した。その後1986年の2月革命でマルコス大統領がハワイに亡命しコーリー・アキノ政権が誕生して以降、今日まで民主主義的政治体制が維持されている。

フィリピンはASEANのオリジナルメンバー5カ国の一つであり、同時に米国とは独立以来相互防衛条約を結ぶ同盟国である(ASEANでは他にタイが米国の同盟国)。1990年代初頭に駐留米軍は撤退したが、前アキノ政権になって比米防衛協力強化協定が結ばれるなど同盟強化が図られている。その後現ドゥテルテ政権は「独立した外交政策」を標榜し、対米依存を低め中国やロシアとの関係を強化する姿勢を表明している。一方日本との関係は極めて緊密かつ良好である。

経済面ではかつて「アジアの病人」と称された時代もあったが、近年は6-7%程度の経済成長率を実現し一人当たりGDPも3,000ドルを超えている。フィリピン経済の特色の一つは、約1千万人と言われる海外出稼ぎ労働者からの送金に支えられた国内消費であり、多くのASEAN諸国が輸出主導型であることと比べユニークな存在となっている。この他積極的なインフラ整備も進められ、マクロ経済のファンダメンタルズは概ね堅調である。但し近年の新型コロナウイルスによる悪影響には留意する必要がある。

なお日本は長年にわたり主要な貿易相手国、投資国であると共に、二国間政府開発援助の半分以上が日本より供与されている。

フィリピンの選挙制度

フィリピン大統領の任期は憲法上1期6年間と定められており再選はできない。したがって現ドゥテルテ大統領は6月末に交代し全く新しい大統領が就任することとなる。選挙は全国1区の直接選挙(投票は1回のみ)であるので、知名度が結果を大きく左右する(過去にはエストラーダ大統領のように映画俳優からの転出もあった)。

大統領選挙と同日に、副大統領、上院(24議席)の半数、下院議員(今回は316議席)、地方首長・地方議会議員などの選挙も同時に実施される。フィリピンは米国の植民地であったことから、政治制度も米国型の色彩が強い。例えば大統領制を採用し厳格な三権分立を採用するほか、上院の権限が下院より強くかつ議員数が極めて少ない(3年毎に半数が改選される)。但し大統領選は米国と異なり直接選挙であるし、上院議員は米国のように州の代表の性格はなく、全国区で選出される(したがってこれも知名度が大きく影響する)。下院は小選挙区比例代表併立制である。

もう一つの大きな違いは、副大統領が大統領と同様直接選挙で選ばれることである。その結果大統領と副大統領の所属政党が違う、あるいは与党と野党に別れることがありうる。実際現在のロブレド副大統領は前アキノ政権をベースとする野党出身であり、このためロブレド副大統領は現政権の政策決定にほとんど関与できていない(閣議にも出席していない)。

政治政党の状況も異なっている。米国では二大政党制、日本や欧州の多くでは複数の政党が存在し、それぞれ確固たる人員、組織、予算などを持っているのが通常であろう。一方フィリピンには極めて多数の政党が存在し、それぞれの規模は極めて小さい。例えばドゥテルテ大統領が総裁を勤めるPDP-Labanは上院5名、下院60名程度であるが(2020年末時点)、これは最も大きい方で、所属議員が数名、場合によっては1名という政党もある。因みに2021年末のフィリピン選挙管理委員会の発表では、下院政党リスト制(比例代表63議席)に対し、165政党が承認されている。いかに政党数が多いかお分かり頂けると思う(この他に政党要件を満たさずとして却下された政党数は107に上る)。

実はマルコス政権発足以前は自由党と国民党が二大政党として交互に大統領を輩出していたが、マルコス後は多党制となり選挙の度に政党の離合集散や党籍変更が行われるようになり現在に至っている。なお現実には各政党は与党派と野党派に別れて選挙戦を戦うのが通常であるが、選挙後の立場変更も頻繁に行われる。実際2016年にドゥテルテ大統領が当選した後は、野党派から与党派への変更、議員の党籍変更が相次ぎ、それまで与党であった自由党(アキノ前大統領の支持母体。ロブレド副大統領はここを基盤)の規模は大幅に縮小している。

次期大統領候補者

ここから具体的な大統領候補者の分析に移るが、その前に現在の候補者が確定するまでの経緯につき簡単に述べたい。

ドゥテルテ現大統領(娘のサラ・ドゥテルテ・ダバオ市長との混乱を避けるためここではPRRDとする)の圧倒的な支持率(各種世論調査ではずっと8割前後を推移していた)から、2021年の段階では憲法を改正して大統領職を2期できるようにするとか、次期6年終了後には再びPRRDが復帰するとか、様々な憶測が乱れ飛んだが、これらは憲法上疑義があることからPRRD自身が早い段階から否定していた。一方現職のダバオ市長である娘のサラ・ドゥテルテは早い段階から大統領候補として期待され、立候補前の各種世論調査でもトップを走っていたため、支持者からはサラ大統領・PRRD副大統領とのコンビに対する期待が高まっていた。

ところが11月初旬にサラ市長は大統領選には立候補せず、フェルディナンド・マルコスJr.元上院議員(マルコス元大統領の長男)を大統領候補として支持し自分はその副大統領候補に立候補すると突然宣言した。それまでPRRD自身はサラ市長の立候補について明確な立場を示していなかったが、サラ市長の副大統領立候補宣言後、サラは世論調査でトップにいるのに、なぜ大統領選に出ないのか理解できないと述べたとされ、また別の機会にPRRDは、マルコス氏はweak leaderである、英語はうまいし学問もしてきたが、親からspoilされた子供である、自分はマルコスの政党とは組まない、と批判的なコメントを行ったと報道されている。

その後一時PRRDは長年自分の腹心であるボン・ゴー上院議員を大統領候補とし、自分は上院議員候補あるいは副大統領候補となるのではないかとの見方もあったが、結局12月中旬にボン・ゴー議員が大統領立候補を取り下げ、PRRDも全ての公職からの引退を表明したため、立候補問題は決着した。ただしPRRD本人が誰を支持するのかは現時点で明らかではない。

このように2021年末の段階では、娘の立候補によって報道に言う「ドゥテルテ王朝」が継続するのかが関心の一つであったが、少なくとも大統領職立候補がなくなったことで国民の関心は他に移りつつあると言えよう。

中央選挙管理委員会の2021年末の発表によれば、現在の大統領候補は19人、副大統領候補は9人となっているが、そのうち有力な候補は以下の5人に絞られていると言われている。

フェルディナンド・マルコス元上院議員(64歳)

レニ・ロブレド副大統領(57歳)(アキノ前大統領系の現職副大統領。弁護士)

フランシス・ドマゴゾ・マニラ市長(46歳)(一般にイスコ・モレノとして知られる元俳優)

パンフィロ・ラクソン上院議員(73歳)(元国家警察庁長官。2度目の出馬)

マニー・パッキャオ上院議員(42歳)(国民的英雄のプロボクサー)

2022年1月のパルス・エイシア(比政治コンサルタント)の調査結果によれば、マルコス元上院議員60%、ロブレド副大統領16%、モレノ・マニラ市長8%、パッキャオ上院議員8%、ラクソン上院議員4%となっており、この時点ではマルコス、ロブレド両氏の一騎打ちの様相を呈しつつ、マルコス候補が大幅にリードしている。もちろんまだ選挙運動も緒についたばかりの現時点で結果を予想することはできないし、また選挙の予想は本稿の目的でもない。現に前回(2016年)の選挙の際も2月頃のPRRDの支持率はそれほど高くなく勝利は難しいだろうとの予測が多かったにも拘らず、残り2~3ヶ月でみるみる支持層を広げ最終的に勝利した経緯があるので、現在の支持率だけを見て判断するのはあまりに過早であろう。また前回の結果を見ると、与党系候補が2人となり(グレース・ポー上院議員、ロハス内務大臣)、票が分散された結果ドゥテルテ票が上回ったのではないかとの分析もあったことから、これから候補者間の調整がどうなされていくのかも注視する必要があろう。但しマルコス、ロブレド両氏が選挙戦の中心にいる状況は当面変わらないものと思われる。

マルコス元上院議員は父親のマルコス大統領亡命後しばらくして帰国し、地元の北イロコス州知事、下院議員、上院議員を勤めた後、2016年の副大統領選挙に出馬したが落選している。母親のイメルダ元大統領夫人は長く下院議員であったし、姉のアイミーは現職の上院議員、従兄弟のマーティン・ロムアルデスも元下院議員であり、名実共に政治家一家である。5年ほど前にPRRDがマルコス元大統領の英雄墓地への埋葬を認めたことから現政権に近くなったと言われている。ただし、中央選挙管理委員会には、マルコス家の過去の公金横領、脱税疑惑等に基づいて多くの候補者取り消し要請が一般市民からなされており、その結果如何によって状況は一変する可能性がある。しかも同委員会がいつ判断を示すかは明らかになっていない。

ロブレド副大統領は2016年選挙で故アキノ大統領陣営から出馬し当選した。元々弁護士であるが、アキノ政権の内務大臣であった夫のジェシー・ロブレドが2012年に飛行機事故で死亡し、その後夫の遺志を継ぐ形で2016年選挙の副大統領候補となった。上述のようにドゥテルテ政権内ではほとんど政策に関与できなかったが、地方を廻り貧困撲滅、環境、ジェンダー、被災地支援などの活動に力を入れている。

選挙結果とその国際的インプリケーション

ここから大統領選とその結果がもたらす国際的インプリケーションにつき分析したい。主な項目として、主要国との関係(米国、中国、日本)、主要関心事項(南シナ海問題、麻薬撲滅と超法規的殺害問題、経済政策)を取り上げた。

先ず外交政策全般について言えば、どの候補が勝ってもこれまでの原則的立場については大きな違いはなく、引き続きASEAN諸国との連携を重視し、米国との同盟関係を基礎として日米中との関係に重点をおくことになろう。

まず米国はフィリピンにとって唯一の同盟国であり、国家の安全保障上最も重要な国である。加えて50年近くにわたる植民地支配の中で米国の政治システム、経済、文化がもたらした影響は計り知れない。全米にはフィリピン系住民が約400万人いると言われ、フィリピン国民で親戚の中に米国在住者がいない家庭はないとも言われている。ハワイ州ではフィリピン系は最大のマイノリティグループとなった。英語は公用語であり、他の多くのASEAN諸国と異なり英語によるコニュニケーションに苦労しない。最も人気のあるプロスポーツはバスケットボールでありこれも他のASEAN諸国には見られない。最も信頼する国はどこかとの世論調査に対し米国は常にトップにある(例えば、2019年の外務省各国対日世論調査によれば、日本を重要なパートナーに挙げたフィリピン国民は69%、米国を挙げたのは75%、中国については38%であった(重複回答あり)。

もちろん米国との関係が深いが故に様々な問題も生じている。1990年代に激しい反米基地運動が起こり、最終的に米軍が撤退したことはその一例である。近年でも訪問米軍と地元住民とのトラブルが頻繁に起こっている。ドゥテルテ大統領は就任当初「独立した外交政策」を提唱し、時に激しい対米批判を繰り広げ、対米関係の見直しに言及してきたが、その後トランプ大統領との関係構築を機に比米関係を立て直す方向に転じたと見られている。例えば一時訪問米軍の地位に関する協定(VFA)の破棄を米政府に通告したものの、最終的には2021年7月にVFA破棄を撤回することを明らかにしている。このような動きの背景には、一部に反米感情が存在するものの長年にわたる比米同盟関係の存在の重みと比国民の対米信頼感が底流にあるものと思われる。

したがってどの候補が勝とうと基本的な対米関係に影響することはないであろう。ある元米国政府高官は筆者に対し、ドゥテルテ後は誰になっても比米関係は良くなると述べていた。

中国との関係は微妙である。上述の世論調査のように中国に対するフィリピン国民の一般の信頼感は極めて低い。当然のことながら南シナ海における中国の行動にも極めて批判的である。さらに中国人による麻薬の密輸、オンラインカジノへの風当たりも強い。他方でフィリピンにとって中国は近年第一の貿易相手国であるし、元々福建省等からの移民も多く有力財閥の多くが中国系ルーツを持つし、最近ではインフラプロジェクト等への支援も活発である。さらに前アキノ政権が南シナ海問題で中国を仲裁手続に訴え両国関係が悪化した時、中国はフィリピンからのバナナ輸入を禁止し、南シナ海からフィリピン人漁民を追い出し、中国観光客のフィリピン訪問を禁止し、中国主催の国際会議にフィリピン政府を招待しない、などの姑息な手段をとり、結果的にフィリピン経済が大きな打撃を受けたことも事実であった。

ドゥテルテ政権は中国と戦争しても勝てる見込みはないとして、南シナ海問題を一時棚上げし全般的な関係改善を優先した。次期大統領候補がそれぞれどのような中国観を持っているか、未だそれほど明確ではなく、今後選挙運動の過程で次第に明らかになってくるものと思われるが、とりあえずロブレド大統領は仲裁判決の中国による尊重を訴える一方、マルコス候補は中国との軍事衝突を避けるため中国との関わりを継続的に維持する姿勢を明らかにしている。

日本との関係については特段の心配は不要であろう。日比関係は太平洋戦争時の日本の軍政と過酷な支配、100万人以上のフィリピン人が犠牲になったことなど極めて不幸な歴史があるが、その後の両国民の長年の尽力の結果関係が大幅に改善し、今やドゥテルテ大統領が日比関係を「兄弟よりも近い関係」と呼ぶほどに良好なものとなっている。経済面では約1500の日本企業が進出し数十万人のフィリピン人を雇用しているほか、在留邦人数も約1万7千人となっている。また上述したように日本のODAは圧倒的である。その対象もインフラ整備、貧困撲滅、人造りなどに加え、ミンダナオ和平支援、海上監視能力構築(比コーストガードへの巡視艇の供与等)など多岐にわたっている。両国民の往来も着実に増加しており、最近ではゴルフの笹生選手、相撲の御嶽海と高安など両国をルーツに持つ選手の活躍も目立つ。このような全般的に良好な関係は広く一般にも認識されており、選挙の争点にはおよそ縁がなく、候補による違いも想定されない。あえて付言すれば日本人として歴史を正確に記憶し将来世代に継承していく姿勢が重要であることは強調しておきたい。

南シナ海問題については既にいくつか言及してきたように、アキノ政権系とドゥテルテ系との間にニュアンスの違いがある。もちろん国民感情を背景に、領土問題については1インチたりとも譲るつもりがないことはいずれの候補にも共通している。他方方法論としては、2016年の仲裁判決とそれに基づく法の支配を前面に打ち出し、価値観を同じくする国際社会の協力を持って対抗するのか、あるいは軍事的にも経済的にも地域の大国である中国の圧力とそれに伴う不利益を回避するには一定の融和的姿勢を見せざるを得ないのか、の点でアキノ政権とドゥテルテ政権の間に違いがあった。本件は選挙戦において必ず国民及び国際社会の関心事項となるので、次期大統領候補は現在様々な角度から対応ぶりを準備していると思われる。

なお筆者の経験から言えば、確かにドゥテルテ大統領の就任当初は中国への配慮から融和的発言が多く見られたが、その当時ですら、ドゥテルテ大統領は日本政府関係者に対し、領土問題で一切譲るつもりはない、ただ中国との関係がこのままでは良くないので、とりあえず仲裁判決は一度脇に置いて中国との関係を改善する、その上で適切なタイミングで仲裁判決の重要性を提起する、従って日本と立場がそれほど大きく変わるものではないので安心して欲しい、との言い方をしていた。その後ドゥテルテ大統領はASEAN関連会議などで南シナ海問題について積極的に提起し中国の対応を批判する姿勢を強めており、筆者としては当時の言い振り通り行動しているとの印象を持っている。他方中国としては仲裁判決を葬り去るために今後各候補に積極的に働きかける方針と思われる。

経済政策については今のところ各候補者から明確な政策提言は出ていないので、断片的な発言等をもって判断するしかないが、これまでのところ耳目を集めるような提案は見られず、概ね現在の政策を踏襲する可能性が高いものと思われる。もちろんこれはコロナ禍による悪影響を除いて、フィリピン経済が全般的に好調であり、将来の成長率にも明るさが予想されること、特にドゥテルテ政権の進めるBuild,Build,Build政策は現実にフィリピンのインフラ環境を劇的に変えつつありこれを国民が高く評価していることなど、現在の経済政策に強い不満が見られないことが背景にある。ドゥテルテ政権が成立した6年前に、ドゥテルテ市長のイメージがあまりに強烈であったために、フィリピン経済界及び外国企業はどのような経済政策を採用するのか戦々恐々としていたが、蓋を開けてみるとアキノ政権の経済政策の良いものは継続する、かつ経済閣僚にドミンゲス蔵相初め優秀な人材を任命し彼ら専門家に任せると表明したため、経済界も一様に安心した経緯がある。各大統領候補としても経済政策をドラスティックに変更する必要はないと考えているように見受けられる。

最後に麻薬撲滅に関連した超法規的殺害について述べる。この問題は国際社会の関心となり、頻繁に問題提起されたことから、次期大統領候補としても対応ぶりを検討しているであろう。ただ本件は優れてドゥテルテ大統領という個性と過去の発言に着目して関心を呼んだものである。いずれにせよ超法規的殺害は許されるものではないし、責任者は法に従って処罰されるべきものであるから、各候補者は超法規的殺害を否定すればよくそれほど対応が難しいものではない。若干対応ぶりに差が出る可能性があるのは、国際刑事裁判所(ICC)の超法規的殺害に関する捜査を受け入れるかどうかについての立場であろう。当然のことながら本件はICC脱退を宣言したドゥテルテ大統領との関係をどう調整するかに関係してくる。

なおドゥテルテ大統領の過去の発言については、確かに大統領の発言として適切ではない場合もあったかもしれないが、個々の発言の言葉尻を捉えるよりも、大統領として国の将来を憂える気持ちを全体として理解すべきあると感じる。すなわち大統領は、若者を中心に麻薬常習者が400万人に上ると言われる中で、現状をこのまま放置すればフィリピンの将来はないとの強い信念を持っていた。ダバオ市長として麻薬撲滅に実績を上げた自信とこれに対するフィリピン国民の強い支持も背景にあったと思われる。実際ドゥテルテ大統領の高い支持率の要因の一つは、麻薬取引と闘う強い姿勢と治安の改善という結果を出していることである。現時点で選挙で麻薬取引が争点になっている様子もない。さらにドゥテルテ大統領自身が元々検察官であり、超法規的殺害が認められないこと、かつどのような指示を出せば責任者として違法性を問われるかは専門家として熟知している。個別事案における超法規的殺害の捜査については法律に基づく厳正な判断が求められるのは当然であるが、ドゥテルテ大統領=映画のダーティハリーのような強面の法執行者=麻薬犯罪者は厳罰をもって臨むべき=超法規的殺害といったステレオタイプな見方で本件を判断するのは避けるべきと思われる。

おわりに

以上フィリピン大統領選の現状とその国際的インプリケーションを概観してみた。もちろん選挙であるから今後どのような展開となるのか予測はつかないが、少なくとも誰が勝っても民主的な政治体制、米国との同盟関係、日本を含む周辺諸国との友好関係の維持と、その中での経済発展の追求といった国家の基本的方向性について大きく変わることはない。ASEAN諸国は一般的に自らの国づくりに良好な国際環境を願い、米中対立を懸念し、米国か中国かの二者択一を強いられることを嫌うが、その中でも各国それぞれ置かれた立場によって米中との距離感には違いがある。上に述べたようにフィリピン国民の方向性は明らかであり、次期大統領も当然その意向を反映した政治を行うこととなろう。