「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。
トランプ大統領は就任からわずか3か月弱の間に大統領令を駆使して矢継ぎ早に関税措置を打ち出した。2025年3月12日には、安全保障を理由とする通商拡大法232条に基づき、鉄・アルミニウムの全世界からの輸入に25%の追加関税を課した。4月3日には、同じく通商拡大法232条に基づき、自動車及び部品の全世界からの輸入に25%の追加関税を発動した。さらに4月2日、トランプ大統領は、全ての国・地域に対して一律10%、貿易赤字の大きい57カ国・地域 に対しては追加の税率を課す、相互関税を導入すると発表した。相互関税も安全保障を理由とし、大統領の権限で国家緊急事態を宣言した上で、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき関税を課すものである。貿易相手国との非互恵的な関税率および非関税障壁が米国の巨額で長期にわたる貿易赤字の原因であり、国内における製造業の空洞化やサプライチェーンの脆弱化につながり、国家安全保障を脅かしているという理屈となっている。貿易赤字が大きい57カ国・地域には、中国、EU、インド、インドネシア、フィリピン、韓国、台湾、日本などが含まれており、日本に対しての関税率は24%と発表された。一律10%のベースライン関税は4月5日から発動されたが、その直後に中国のとった報復措置に対して、さらに対抗する形で対中関税を125%まで引き上げ、既存の20%の関税と併せて145%となった。対する中国は最大税率として対米関税を125%まで引き上げた。他方、中国以外の56カ国・地域に関しては、対応に前進が見られるとして、4月9日からの90日間の猶予期間は一律10%へ引下げとなった。
相互関税の目的は、トランプ大統領がかねてより主張している貿易赤字の解消、国内製造業の復活、減税の財源といわれる。相互関税の導入に際しての演説では4月2日が「解放の日(liberation day)」である宣言した。他方、世界規模の関税による米国を含む世界経済へのマイナス影響が懸念され、金融市場では株価の急落、米国債売りでドル安が一気に進むなどトランプショックと呼ばれる混乱を引き起こした。そうした状況において、トランプ大統領も朝令暮改のごとく税率の変更など短期間での修正を繰り返す展開となっている。実際のところ、世界一の経済大国による未曾有の広汎な関税措置が現実的にどのくらい続けられるのか大きな疑問が付く。すでに自動車関税については業界団体から強い反発があり、4月29日にはアメリカ国内で生産する自動車メーカーに対して部品にかかる関税を緩和すると発表された。また、4月23日現在で米国内12州が関税の差し止めを求めて米国際貿易裁判所に提訴をしている。特に、米中間の100%を超える関税は禁輸にほぼ等しく二国間の貿易を途絶させる可能性すらある。米国でMade in Chinaの商品を一切排除して経済や生活が成り立つかというと不可能であろうし、中国も経済的にもたないだろう。トランプ大統領は、対中の追加関税は交渉次第で「大幅に引き下げられる」、「強硬な態度はとらない」(4月22日)と述べ、態度を軟化させている。そうなると、トランプ関税は貿易交渉のテコという側面が強いと見てよさそうである。現時点で、日本、英国、インド、ベトナム等が米国との貿易協定の交渉を開始している。
日本は、赤澤経済再生担当大臣が日米交渉担当として4月16‐17日に訪米しトランプ大統領との会談、ベッセント財務長官、ラトニック商務長官らと協議を行った。報道によると、米国側が貿易赤字をゼロにしたいとの意向を示したほか、米国通商代表部(USTR)がまとめた「外国貿易障壁報告書」に基づき、自動車の安全基準の見直し、農産物(コメ、肉、魚介類、じゃがいも等)の市場アクセスを求めたとされる。貿易赤字をゼロにするというのは第一次トランプ政権の時から言い続けていることでどこまで実現に本気であるかはわからない。また、日本の安全保障の負担増も言及されたとされる。一方で、赤澤大臣は「為替」については話題に上がらなかったと述べている。大統領経済諮問委員会(CEA)のミラン委員長がレポートで示した「マールアラーゴ合意」では貿易赤字の要因となるドル高の是正が説かれており、為替も対象となる可能性は排除できない。
日米交渉の焦点となるのは関税及び非関税の貿易障壁の削減である。米国は、相互関税の税率を、関税率=(輸出―輸入)÷輸入、の式に基づいて計算しているが、すでに多く批判されているとおり、関税率とは何ら関係のない式であり、日本に対する24%の関税の根拠には到底ならない。実際は、日本の米国に対する貿易障壁は低水準であり、2020年に発効した日米貿易協定により農産物、牛肉・豚肉の関税もTPP並みに下がっている(図1)。世界銀行(World Bank)・国連貿易開発会議(UNCTAD)の関税データベースによると、従価税換算(Ad valorem equivalent)での日本の関税率は、全産業で1%程度、非関税障壁も1%程度である1。コメの関税は1キロあたり341円であり無税枠のミニマム・アクセスを除く従価税換算で約400%2であるが、米国からのコメはミニマム・アクセスの無税枠で輸入されている。野菜や魚介類なども、関税が1~2%程度、非関税障壁は野菜類に3%程度、魚介類は0%と低水準である。米国産牛肉の輸入にかかる関税は日米貿易協定により2025年4月から21.6%、2033年までに9%まで下がる予定である。豚肉含む肉類に関しても日米貿易協定の特恵関税により貿易障壁は低水準である。自動車及び部品にかかる関税は1978年に撤廃されており0%である。他方、非関税障壁は8%程度とやや高い水準である。
図1 日本の対米輸入への関税・非関税の従価税換算率(AVE)
出所:「WITS」世界銀行(World Bank)・国連貿易開発会議(UNCTAD)/「Data Catalog」世界銀行(World Bank)
米国から言及されているコメに関しては、日米貿易協定では除外された項目である。他方、TPPの交渉では、ミニマム・アクセスの枠外で、米国産米に5~7万トンの特別枠を設けることで合意した経緯がある。報道によると、政府はミニマム・アクセス枠内で米国産米の輸入を増やすことを検討しているとされる。一方、近年の日本国内におけるコメ不足・価格高騰、日米貿易協定のいわば積み残しであることなどをかんがみると、特別枠を検討することも十分に意味があると思われる。また、自民党の森山幹事長は、米国産の大豆、トウモロコシの輸入を拡大してもよいとの発言をしている。
優先事項である自動車については、米国側から自動車市場へのアクセスが非関税障壁によって妨げられているという懸念が示されている。米国の安全基準(FMVSS)が日本基準と同等と認められていないこと、流通・サービスネットワークの構築の困難さや、特にクリーンエネルギー車の分野での電気自動車(EV)と燃料電池車(FCEV)への補助金額の違い、充電設備の規格の違いおよび高速道路上での整備不足などを指摘している。TPPの交渉時には、日米間で自動車の安全基準や流通に関する意図表明の書簡(法的拘束力を有しない)が交わされている。安全基準については、日本の基準と同等またはそれ以上と認めるものについての相互認証、国際規格との調和などの対応を進めることが示されている。流通については、認可の迅速化、反競争的な行為がないか公正取引委員会が調査を実施する意向を示している。TPP交渉時の書簡をフォローアップするなど、自動車の非関税障壁の削減への意向をある程度示す必要があるだろう。
為替については、4月24日の加藤財務大臣とベッセント財務長官の会談において米国から為替水準の目標、枠組みについて言及はなかったと報道されている。他方、トランプ大統領はドル高への不満と為替操作への懸念を繰り返し述べている。貿易協定でマクロ経済・為替条項を初めて盛り込んだのは米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)であるが、TPPにも「共同声明」という形式で、自国の競争的優位を得る目的で為替操作の禁止、外貨準備や資本収支等の統計データの定期的な公表、マクロ経済政策対話の年次開催などの内容が書かれている。なお、この共同声明はCPTPPには引き継がれなかった。日本からの対応として、日米貿易協定に付随する共同声明を作成することを検討するのも一案ではないか。
米国側の国内手続きに関して、通常、貿易協定の発効には議会の承認が必要となるが、前回の日米貿易協定およびデジタル貿易協定の際は、大統領に貿易交渉の権限を委譲する2015年大統領貿易促進権限(TPA)を活用して、議会を通さず手続きを進めた。現在、TPAは失効しており、またトランプ大統領は議会との交渉を避ける傾向にある。そうなると、トランプ大統領の貿易交渉のカードは、通商拡大法232条の追加関税と相互関税のみとなる。日本側から米国側への要求は、相互関税の引下げと、日米貿易協定において協定が履行されている間は、通商拡大法232条等による輸入規制はとらない、との約束の履行を求めることである。トランプ大統領が成果を得たといえる分野をオファーしつつ、徹底的に関税の引下げを求めていくことが当面の目標となるだろう。トランプ大統領の関税政策は、国外ではほぼ全ての国からの反感を買い、国内でも経済界や議会の反発、市場の拒否反応があり、内外からのプレッシャーがかかる状況で時間は味方しないと思われる。2026年の中間選挙を意識すると、まとめやすい日本との交渉で早く成果をあげたい可能性があり、日本は交渉のレバレッジとすべきである。また、日本が対米交渉をまとめる際にも、日米貿易協定の枠組みとWTOを中心とするルールに基づく貿易体制との整合性は確保すべきである。