国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2025-12)
イスラエルによるイラン攻撃の核プログラムに対する影響の暫定的評価

2025-06-15
秋山信将(日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター所長)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

2025年6月13日、イスラエルは「ライジング・ライオン作戦(Operation Rising Lion)」を発動し、イラン国内100か所以上の核施設、ミサイル基地、防空システム、革命防衛隊(IRGC)幹部の住居、核開発に関与する科学者の拠点などを大規模に攻撃した。本作戦はイランの核兵器開発を阻止・遅延させることを主要目的とし、短期的・戦略的に重大なインパクトを及ぼしている。

主な評価結果

  • 核施設への被害状況:

    • ナタンツのパイロット燃料濃縮プラント(PFEP)は完全に破壊されたが、主力の地下燃料濃縮プラント(FEP)は物理的損傷を受けておらず、一時的な停電は発生したものの機能は保持。

    • フォルドゥ濃縮施設(FFEP)は堅牢な岩盤の地下にあり、主要施設に被害は確認されていない。イスラエルが保有する通常兵器では破壊が困難であり、米国が持つ大型貫通爆弾(GBU-57)等が必要とされる。

    • イスファハンのウラン転換施設(UCF)などは部分的に破壊されたが、六フッ化ウラン(UF6)の在庫が豊富に存在し、短期的な供給には支障が生じていないと見られる。

  • 残存核開発能力:

    • 濃縮能力は大部分が維持されており、兵器級の高濃縮ウラン(HEU)の製造に要する期間(ブレイクアウト・タイム)は攻撃前とほぼ変わらず、依然として最短で7〜10日程度と評価される。

    • 金属化および核弾頭化に関連するインフラは部分的被害に留まり、代替設備の存在も指摘される。

  • 戦略的・政治的影響:

    • イスラエルは核施設のみならず、IRGC司令部、政府高官、科学者、電力インフラ等も標的とし、核開発の意思決定・実行能力の低下を図った。

    • 経済インフラや都市部への攻撃はイラン国内世論に二極的影響を与える可能性があり、体制への反発か有事の「旗の下の結束(rally around the flag)」のいずれに向かうかは今後の重要な帰趨となる。

  • 米国の立場とエスカレーションの可能性:

    • 米国は公式には攻撃への関与を否定しているが、トランプ大統領は濃縮放棄を強く要求し、交渉決裂時には軍事行動も排除しない構えを示している。

    • 今後、米国が直接的な軍事行動に踏み切る、あるいは大型貫通爆弾などをイスラエルに供与する可能性も否定できない。

核不拡散と地域安定への含意

今回の攻撃はイランの核開発に対し短期的な遅延をもたらしたものの、決定的な能力除去には至らず、今後のイランの核兵器開発は復旧・加速化の可能性も残されている。米国・イスラエル・イラン間の今後の駆け引きが、核不拡散体制の健全性や中東地域の安全保障に長期的影響を及ぼすことが懸念され、継続的な状況監視と政策対応が必要となる。

はじめに

イスラエルは6月13日未明、核施設、ミサイル施設、防空システムを含む軍事インフラ、革命防衛隊(IRGC)幹部や核開発に関与する科学者の住居など 100か所以上 を対象に大規模攻撃(作戦名:Operation Rising Lion)を開始した。これによりイランでは国内最大のナタンツのウラン濃縮施設などが破壊されたと報告されている。また、この攻撃により、イラン側には人的被害もでており、その中には、政府の高官や革命防衛隊の幹部、核開発に携わっているとされる科学者も含まれている。

イスラエルの攻撃は、イランの核保有を阻止することを目的としているとされている。ただし、標的が多岐にわたること、またその影響は単に核兵器製造能力を超え、軍事的、政治的な側面など多岐にわたることから、多大な戦略的インパクトを持つと想定される。

そのような戦略的評価も重要ながら、本稿では核不拡散・核セキュリティ・原子力安全の観点から、6月15日時点でのイランの核施設での被害状況について評価してみたい。

1.イランの枢要核施設の概要

分析にあたり、まずイランの核開発疑惑において中核となるイランの主要な核施設について概要を述べておきたい(時間のない読者にはこのセクションを読み飛ばすことをお勧めする。ただし、攻撃のインパクトを評価するうえで必要な基礎知識となるのが、どのような施設がどこに所在しているかという情報である)。

イランの核開発において重要とみられている施設には、ナタンツ(Natanz)の濃縮施設、フォルドゥ(Fordow)の濃縮施設(FEEP)、イスファハン(Isfahan)の核技術センター、アラク(Arak)の重水炉(建設中)がある。このほかの主たる核関連施設としては、ブシェール(Bushehr)に100万kWの軽水炉、テヘラン研究炉がある。この中で、特に核兵器の開発に関連すると懸念され、攻撃を受けた施設であるフォルドゥ、ナタンツ、イスファハンについて、以下にその概要を紹介する。

(1)ナタンツ濃縮施設

ナタンツは、イランにおける主要な濃縮拠点であり、以下のような施設がある。

区分 主な役割 位置
パイロット燃料濃縮プラント(PFEP) 研究・試験用濃縮 地上施設(既に破壊)
メイン燃料濃縮プラント(FEP本体) 商業規模濃縮 地下深部(約8〜20m)
遠心分離機組立工場(Centrifuge Assembly Facility, CAF) 遠心分離機の製造・整備 地上および地下
ウラン六フッ化物貯蔵施設(UF6 Storage) 濃縮前のUF6の保管 地上施設
補助施設(電力・冷却・管理棟等) 各種インフラ管理 地上

PFEPは、新型遠心分離機の研究・試験などを実施するために地下に設置された施設で、最も古い世代のIR-1から最新のIR-8・IR-9まで様々な遠心分離機が数百台規模で設置されている。大規模な生産能力はないが、近年、高濃縮の試験運転が行われており、兵器転用リスクがあるとされている。IAEAによれば、月に5~10kg程度の60%濃縮ウランの製造が可能だったと推定されている。

FEPは商業規模の濃縮施設で、IAEAの報告によれば、第一世代のIR-1が5000~6000台設置されているほか、各世代の遠心分離機がそれぞれ1000~1500台ほど、合計15000~1800台ほど設置されているとされており、5%の濃縮ウランを月に250~300kg生産する能力があるとされる。さらに、IR-6の運用により、月間40~60kgの60%濃縮ウランの製造が可能であると評価されている。

IAEAの報告によれば、イランが保有する60%濃縮ウランは、400kgを超えている。これらの製造の中核にあるのがFEPである。また、ウランを濃縮するための前工程である六フッ化ウラン(UF6)の供給で、イスファハンのウラン転換施設とともにUF6供給の中核を担う。

(2)フォルドゥ濃縮施設(FFEP)

フォルドゥの濃縮施設は、ホメイニ師の出身地で、革命の聖地ともいえるコム市の近郊の山中にある。地下80~90メートルの岩盤の下に二つのホールが作られ、1044基のIR-1と約1740基のIR-6(先進型)の遠心分離機が設置されている。IR-6は60%への濃縮用として利用されており、月に30~35kgの60%濃縮ウランが製造可能であるとされる。また、当初研究や医療用同位体生成を目的に設置された研究部門は、高濃縮ウラン生成拠点に転用されたとされている。なお、IAEAのアクセスを制限しているため活動の全容は不明である。

強固な岩盤の下の地下深くに存在していること、先進的な遠心分離機を導入しているため高濃縮ウランの製造能力が高く短時間で兵器転用可能な高濃縮ウランが製造可能なこと、さらにIAEAのアクセスを制限していることなどから、核兵器を製造するのであれば、きわめて戦略的価値が高い施設といえる。

(3)イスファハン核技術センター

イスファハンにあるウラン転換施設(UCF)は、ウラン濃縮の前段階である、イエローケーキから六フッ化ウラン(UF6)への転換を行う。ここで転換されたUF6はナタンツやフォルドゥの濃縮施設に供給されるため、イランにおけるウラン濃縮過程において非常に重要な施設とされる。

また、燃料板製造施設(FPFP)は研究炉や重水炉用の燃料板を生産する施設だが、核兵器の製造に使用される金属ウランの製造に関する研究開発の実施も疑われたが、IAEAの監視の下、現在金属ウラン生産は停止しているとされる。このほか、同センターには燃料製造、ジルコニウム加工施設、中性子源炉などが設置されている。

2.攻撃の評価

(1)損傷状況

6月15日現在、公開情報を基に攻撃と被害状況をまとめると以下のように整理できるだろう。ナタンツについては、地上のPFEP施設は、衛星画像の分析などから完全に破壊されている様子が見て取れる1。また、地上にある電力サブステーションなどの各種補助施設も大きく破壊された。他方で、地下のFEP本体や遠心分離機組み立て工場に関しては、電力供給能力は途絶えているものの、工場は物理的には破壊されてないと評価されている2

施設名 攻撃被害 運転状況
PFEP(地上) 完全破壊 機能喪失
FEP(地下) 無傷 継続稼働
CAF(組立工場) 変化なし 通常運転
UF6貯蔵施設 軽微損傷? 保管安定
電力インフラ 変電所破壊 短期停電後に復旧

フォルドゥについては、地上構造物の破壊が確認されているが、岩盤の下にある濃縮施設については破壊されてないとみられている。イスラエルが保有する最大の貫通兵器は GBU-28(約5トン)またはGBU-72に類似する貫通爆弾 と推定され、これらにはこの施設を破壊するための能力がないとされる。これを破壊するには、米国のGBU-57という精密誘導の大型貫通弾(MOP)が必要とみられている3。ただし、坑道の入り口や通気口、地上に露出するインフラなどを破壊することによって一時的に稼働を停止させることは可能である。また、外部からの物理的な破壊以外に、内部からの破壊工作やサイバー攻撃などもあり得るが、こうした作戦はすでに戦端が開かれている現時点においては困難ではないかとみられている。

イスファハンにおいては、地上にある、UCFやFPFPなどが入っている四棟の主要建屋が損傷したとされる4

なおこれらの攻撃による放射能漏れの懸念については、ナタンツの施設内部で放射線及び化学的な汚染があった(ただし放射線による汚染は主としてアルファ線によるものであり適切な放射線防護によって管理可能であるとされる)が、オフサイトの線量に変化なしとの報告がイランからあったとIAEAのグロッシー事務局長は述べている5

(2)残存能力評価

これらを総合すると、6月15日時点においてイランの核プログラムの受けた損害を、核開発の段階ごとにまとめると次のようになるだろう。

  1. 原料転換 イスファハンのUCF(イエローケーキからUF6への転換)は一部破壊されたが、UF6在庫は比較的豊富に備蓄されているとみられており、短期的には供給に支障はないとの評価がある。

  2. 濃縮 ナタンツFEP/PFEP、フォルドゥFFEP の高濃縮ウラン生産能力については、ナタンツの地上にあるPFEPこそ破壊されたが、濃縮能力全体から見れば比較的その割合は小さく、兵器級HEUの製造能力は、理論上は攻撃前とほとんど変わらない水準と評価されうる。

  3. 核兵器用金属化 イスファハンのFPFPの金属(ウラン)ターゲット製造能力にも損害が確認されているが、代替ラインの存在も疑われており、完全にこれを除去するには至っていないとみられている。

  4. 起爆装置や弾頭の設計・組立および運搬システムについては、現時点においてはよくわかっていない。ただし、ミサイルには、核開発との関係は不明ながら、ケルマンシャー州の地下ミサイル施設(Qiam 1弾道ミサイル保有)が破壊され、そのほか、タブリーズやサルダシュト近郊のIRGCミサイル発射施設も空爆により大部分が壊滅との見方もある。

これらの評価から、イスラエルは、イランの核開発における物理的能力の完全な除去には至っておらず、濃縮能力を中心に一定程度その能力は温存されており、核兵器を製造するまでにかかる時間(breakout time)は、依然として最短で7~10日と見積もられる。ただし、この能力がどの程度で復旧するか、また残存する能力によって実際に核兵器を製造することができるかどうかについては、公開情報からは評価することができない。

3.意義

以上みてきたように、6月15日の時点までのイスラエルによるイランの核施設に対する攻撃は、少なくとも短期的には核兵器開発のペースを落とすことができるが、完全に能力を除去することはできなかったとみられる(今後更なる攻撃によってイラン側の損害が拡大する可能性はある)。

ただ本稿では述べてこなかったが、イスラエルは、IRGC司令部、IRGC幹部や政府高官、あるいは科学者に対する攻撃などによって核開発の意思決定能力や人的資源を削ぐような標的に対しても攻撃を実施しており、濃縮をささえる電力等のインフラの破壊とあわせると、全体としてイランの核兵器の取得を遅らせるという目的は一定程度達成されたとみることもできるであろう。ただし、これをもってイスラエルが戦略的目標として想定していたものを達成したとみなすべきかどうかは不明である。

また、イスラエルの攻撃が、核開発関連施設や軍事施設にとどまらず、ガス生産施設をはじめとする経済インフラや都市の標的にまで及んでいることを考慮すると、これらに対するイラン国民の怒りが、経済運営でも困難に直面している現体制に向かうのか、あるいは有事におけるrally around the flag効果で国内が一致してイスラエルに向かうのか次第では、イランの核兵器開発(破壊させた施設の復旧を含め)が加速化させるような動きを取る可能性も十分あり得る。実際に核兵器を保有することになれば、地域においてさらには国際社会において一層の孤立を深める可能性も高く、イラン政府にとって核保有は簡単な決断ではない。しかし、有事においては必ずしも合理的な損益計算が期待できるものではないことにも留意すべきであろう。

他方、米国は、トランプ大統領の発言を見る限りにおいては、引き続きイランに濃縮の断念を迫る方針であるとみられる。しかし、イランにとってみれば、濃縮の断念は、自国の安全保障の脆弱性を一層高める措置であり、イラクのサダム・フセイン、リビアのカダフィ大佐などの先例から、核開発の放棄をレジーム・チェンジと結びつけて考えることは容易に想定されるであろう。また、米国が、イランに濃縮の完全な放棄の意思がないと判断した場合に、その能力を物理的に破壊する行動を自ら起こす、もしくはそうした能力(GBU-57)をイスラエルに供与するという行動を取る可能性も排除できない。イスラエルは単独行動と主張する一方、トランプ大統領は事前通知と「さらなる攻撃」の可能性を示唆しており、イラン側は両国間に協調の可能性があるとみても不思議ではない 。なお米国が軍事的に関与することになった場合には、イランの米国に対する報復を、規模と期間の両面からどの程度想定するか、それに伴う経済的な損益をどう計算するかは、関与の是非を判断する重要な材料となるのではないかと思われる。

まとめ

今回のイスラエルによるイラン核施設への大規模攻撃は、イランの核開発計画に対し一定の遅延効果をもたらしたものの、決定的な能力の除去には至らず、依然として短期間での兵器転用能力は残存している。今後、イランが国内外の政治・安全保障環境を踏まえ、破壊された施設の復旧や核開発の加速を選択するか否かは、体制の安定性や米国・イスラエルの追加的措置とも密接に関係するであろう。米国が軍事介入を強化する可能性も含め、地域の緊張は新たな段階に入りつつあり、核不拡散体制と地域安定の双方に対する長期的な影響も併せて分析が求められることになろう。