国問研戦略コメント

国問研戦略コメント(2025-15)
中国の軍備管理白書「新しい時代における中国の軍備管理、軍縮、不拡散」を読み解く

2025-12-08
秋山信将(日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター所長)
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「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

<ポイント>

  • 米国の覇権主義と拡大核抑止を「戦後国際秩序」および軍備管理・不拡散レジーム危機の主因と位置づける一方で、中国自身やロシアの軍備増強にはほとんど触れず、「国連中心の多国間主義」や「グローバル・サウスの代表」としての自己像を強調している。

  • 核先行不使用(NFU)、無条件の消極的安全保証(NSA)、最小限抑止という三点を柱に、中国の核戦略を「自衛的で節度ある」「最も安定的で予測可能な核政策」と再定式化し、責任ある核保有国としての規範的ポジショニングを図っている。

  • 他方で、弾頭数の急増、新サイロ群やMIRV化、早期警戒・発射警報能力の整備など、質量両面での核戦力近代化が進んでおり、「最小限抑止」やNFUの運用実態とのギャップ、事実上の高即応・柔軟運用への移行可能性が国際的な懸念の焦点となっている。

  • AUKUSの原潜協力やNATOの核共有、米国の拡大核抑止を、NPTの目的・趣旨に反する「核兵器の海外配備」として一括批判するが、実際にはNPT交渉過程やIAEA保障措置(INFCIRC/153パラ14)に照らしても直ちに違反とは言えず、中国の主張には法技術的・歴史的に反論しうる余地が大きい。

  • 総じて、白書をプロパガンダとして一括して退けるのでも額面通り受け入れるのでもなく、中国の自己規定と沈黙部分を東アジアの抑止アーキテクチャやNPT体制の将来、NFU・NSAや拡大核抑止をめぐる規範競争、新興技術の軍備管理枠組み設計の文脈に位置づけ直すことで、日本を含む同盟国・パートナーがどのような関与戦略とリスク低減措置を構想しうるかを検討する出発点とすべき。

はじめに

中国国務院新聞弁公室は2025年11月27日、「新しい時代における中国の軍備管理、軍縮、不拡散」と題する白書を公表した。これは、前回の2005年に「中国の軍備管理・軍縮・不拡散の努力」という白書が発表されて以来、20年ぶりの中国の核政策や軍備管理等に関する政策文書の公表である。

同白書は、まず、現在の軍備管理等を取り巻く国際情勢について、「機会と挑戦が併存するが、全体としては深刻化する危機」として描いている。国際戦略環境は多極化と勢力均衡の進展、マルチラテラリズム(多国間主義)の重視など一定のプラス要因がある一方で、覇権主義・パワーポリティクス、ユニラテラリズム(単独主義)の台頭、地政学的対立の激化、地域紛争の頻発、軍拡競争のエスカレートによって「戦後国際秩序」と既存の軍備管理・不拡散体制が深刻な圧力にさらされているとする。また、「ある特定の国(米国を指す)」が絶対的優位を追求して軍備増強や同盟強化、ブロック対立を進め、アジア太平洋における拡大核抑止や中距離ミサイルの前方展開を通じて地域の緊張と軍拡を煽っていると批判している。これにより、核政策の見直しと巨大な核戦力の維持、ミサイル防衛や宇宙・サイバー・AIなど新領域の軍事利用の加速が伝統的な攻守バランスを揺るがし、世界的な核戦争リスクと戦略的不安定性が高まっていると論じる。

さらに、サプライチェーンの分断や、不拡散の名の下で途上国の科学技術の平和利用が不当に制約されていることなどを指摘する。また、新興技術分野では、統制なき技術利用やデータ窃取、技術犯罪、倫理侵害が増加し、国際ルールの不在とガバナンスの立ち遅れが顕在化しているうえ、軍事化の進行が戦争の原則や戦争倫理を不安定化させていると警鐘を鳴らす。他方で、グローバル・サウスの自律性向上とともに、公平・正義にかなう軍備管理レジームを求める声が高まっている点を肯定的に評価し、中国は国連中心の国際軍備管理体制を擁護しつつ、国際安全保障ガバナンスの改善を主導する「重要な推進者」として振る舞う決意を表明する。

なお、同白書は、「戦後国際秩序」や軍備管理レジームの危機をほぼ専ら米国・西側の行動に帰責しており、中国自身やロシアを含む他の大国の軍事力強化・核戦力近代化・地域紛争への関与といった要因についてはほとんど触れていない、という「沈黙」自体に留意する必要がある。また、「グローバル・サウスの声の代表」としての自己定義も、必ずしも自明ではなく、その規範的主張(マルチラテラリズムと国際社会における公平性)と、現実のパワーポリティクスとのギャップについても留保すべきである。

全体としては、中国をマルチラテラリズムの推進者と位置付けたうえで各論を展開しているなど、国際秩序における中国の中心的役割を担うというナラティブの展開や、そのAIやデータセキュリティをはじめとする新興技術に係る問題もこの枠組みの中に位置づけ、それなりの紙幅が割かれているなど興味深い点も少なくないが、本稿では、特にその中でも核政策の部分に焦点を当てて分析したい。

「自衛的」核政策のナラティブ

本白書において、核の「先行不使用(NFU)」と「最小限抑止」は、中国が自国の核政策を「最も安定的で予測可能な核政策」として自己規定するための中核的要素となっている。白書は、中国が核兵器保有以来、いかなる時、いかなる状況でも核兵器を先に使用しないというNFUの方針を一貫して維持してきたと強調し、冷戦期の「核の脅迫」から現在の複雑な安全保障環境に至るまで、この原則を変更していないと主張している。また、「核兵器は他国を威嚇するためではなく、防衛(defense)と自己防御(self-protection)のためのもの」であり、中国はこれまで他国を核兵器で威嚇したことはなく、自国領域外に核兵器を配備したこともなく、他国に核の傘を提供したこともないと主張し、自国の核政策の「節度」と「抑制」を強調する。そしてこれを、自国の「自衛的核戦略」を裏づける根拠として提示している。

中国はさらに、NFUを自国のみの一方的政策としてではなく、本来は他の核兵器国にも共有されるべき規範として位置づけている。白書は、五大核兵器国(P5)が相互に先行不使用を約束すれば、戦略リスクの低減、核軍拡競争の回避、世界的な戦略バランスの安定に資すると論じ、1994年の中露共同声明や2000年のP5共同声明などの先行例を引きつつ、相互NFU条約ないし政治宣言の締結を改めて提案している。この点には、NFUをめぐる規範競争において自らを責任ある核保有国として位置づける意図と同時に、先行使用ドクトリンに依拠する米国らに核戦略の見直しを迫る政治的圧力をかけようとする計算が読み取れる。

消極的安全保証(NSA)に関しても、中国は従来の立場を維持し、それを支持する姿勢を掲げている。白書は、中国が「あらゆる状況において非核兵器国および非核兵器地帯に対して核兵器を使用せず、また核使用の威嚇をおこなわない」とする無条件のコミットメントを、1995年声明や国連安保理決議984に基づく安全保証を参照しつつ再確認している。さらに、NPT運用検討会議の場において、非核兵器国に対する無条件のNSAに関する法的拘束力ある国際文書の交渉・締結を提唱したことを強調し、NPT体制下での約束の履行を求める非同盟諸国や核兵器禁止条約支持国の不満を取り込み、自らをそれらの立場に親和的なアクターとして演出しようとしている。

一方、「最小限抑止」をめぐる記述には、抑制と近代化という二つの方向性の異なる記述が併存している。白書は、中国の核戦力は常に「国家安全保障に必要な最小限レベル」に維持されており、費用・数量・規模のいずれにおいても核軍拡競争に参加してこなかったし、今後も参加しないと宣言する。その根拠として、核実験回数が他の核兵器国に比べて少ないことや、一部の核兵器関連施設の閉鎖などを列挙している。しかし同時に、「引き締まった(lean)、効果的な核戦力システム」を構築するとの名のもとに、戦略早期警戒、指揮統制、ミサイル貫通能力、即応性、さらには残存性の向上といった分野での能力強化を進めていることも認めている。つまり、定量的には「最小限」を掲げつつ、定性的には高度化を進めるという構図になっている。

他方で、米国国防総省年次報告書やFASの Nuclear Notebook は、中国の核弾頭数が2020年代に入って急速に増加し、2023年時点で500発超、2024年半ばには600発以上と推計され、2030年には1,000発規模に達しうると見ている。(U.S. Department of Defense, 2023など)また、新疆地区の新サイロ群の建設やICBMのMIRV化、多様な新型弾道・巡航ミサイル、SSBN戦力の拡充などを含む近年の動向は、従来想定されてきた少数の報復専用戦力という「最小限抑止」像からの質・量両面での逸脱として見られている。(Kristensen and Korda, 2025)

また、早期警戒・発射警報能力の強化がNFUの運用とどう結びつくかについても、白書は沈黙する一方で、外部分析では重大な論点となっている。中国は地上レーダー網を拡充するとともに、ロシアから弾道ミサイル攻撃早期警戒システム構築の支援を受けているとされ、ミサイル攻撃警報システムや宇宙ベースセンサーの整備を通じて警報即発射(launch on warning)型の態勢に近づきつつあるとの指摘がある。(Cunnigham, 2023)

発射警報に依拠した高警戒態勢は、形式的には相手が先に撃っていることを前提とするためNFUと両立しうると主張されうるが、実務面では誤探知や危機時の判断圧力を高め、事実上の「先制にきわめて近い報復」を誘発しうるため、NFUの安定性を損なうという批判が根強い。中国の核戦力が従来の「小規模・低即応」態勢から、より高い即応性と柔軟性を備えた態勢に移行しつつあり(Talmadge, 2021)、その結果として、NFUが法的スローガンであり続ける一方、運用上は宣言政策から乖離している可能性も指摘されている。

このギャップを一言で指摘するなら、中国はNFUと最小限抑止を維持していると主張するが、その宣言は、急速な戦力増強と早期警戒体制の高度化によって、従来よりはるかに広い解釈の余地を持つようになっているという整理が妥当であると考えられる。

総じて、NFU、無条件のNSA、最小限抑止という三つの要素は、中国が国際的な核軍縮・不拡散レジームのなかで自らを「もっとも節度ある核保有国」として差別化し、他方で米国の拡大核抑止や核共有、先行使用ドクトリンを「攻撃的核抑止」として批判するためのレトリカルな資源として機能していると言える。ただし、実際の戦力整備は、米中間の戦略競争やインド・ロシア等との三角関係を意識した近代化の色彩を濃厚に帯びており、中国の「最小限抑止」やNFUの実効性、あるいは将来における可変性については、むしろ、検証と評価の対象として見たほうが良いであろう。

米国の同盟・パートナー国への批判

他方、白書はこうした中国自身の立場と対比させる形で、米国による拡大核抑止やNATOにおける核共有、さらにはAUKUSにおける原潜協力などに対する批判を展開する。

AUKUSにおける原子力潜水艦協力について、同白書は、兵器級高濃縮ウランを非核兵器国に移転する「初の事例」であり、NPTの目的および趣旨に明白に反する、として強い懸念を表明している。中国は、このようなAUKUSを含む同盟枠組みを通じた軍事的核協力を一括して、核兵器の海外配備や核関連能力の同盟国への提供と不可分のものとして描かれ、結果として国際的な核不拡散体制、とりわけNPT体制を損なう取り決めであると論じる。

ただ、NPTの文言に照らすと、AUKUSは解釈上直ちに違反とまでは言えないように見える。NPT第I条、第II条は、核兵器またはその他の核爆発装置の移転・取得・製造を禁止しているが、海軍の原子力推進のような「非禁止軍事用途(non-proscribed military use)」は条約上明示的に禁止されていない。これを受けてIAEAの包括的保障措置協定(INFCIRC/153)は、第14パラグラフで、海軍推進などの非禁止軍事用途に供される核物質について、一定の条件の下で通常の保障措置の適用を一時停止する枠組みを設けている。AUKUS三か国とIAEA事務局は、まさにこの第14パラグラフに基づく特別取極めの交渉を進めており、IAEA事務局長も豪州の包括的保障措置協定および追加議定書の完全な履行を前提とするかぎり、NPT体制の枠内で海軍原子力推進の保障措置アプローチを設計することは技術的に可能であることを示唆している。(IAEA, 2024)これらを見るに、実際の論点は「条文違反かどうか」よりも、「いかなる保障措置設計ならば実質的な転用リスクを最小化できるか」に移っているということになる。

第二に、「兵器級高濃縮ウラン(HEU)を非核兵器国に移転する初の事例であり、ゆえにNPTの目的・趣旨に明白に反する」とする中国の論理も技術的観点からは妥当とは言えない。確かに、豪州が受け取る原子炉燃料が極めて高い濃縮度を持ち、しかも通常のIAEA保障措置の枠外(第14パラグラフの特別取極めのもと)に置かれることは、拡散リスク上重大な懸念であるとの指摘もある。しかし一方で、AUKUS側は、動力用原子炉を完成された、溶接済(welded)のものとして供給し、豪州は濃縮・再処理能力を保有せず、燃料の製造・装填・取り出しは供給国側の責任で行うこと、使用済み燃料の回収も含めて豪州が核物質を直接取り扱わないことを約束している。(IAEA, 2022)

また、海軍原子力推進はNPTの下で許容されてきた「グレーゾーン」の活動であったとしても、AUKUSを契機に厳格な保障措置モデルが開発されれば、むしろ将来のブラジルや韓国など他の海軍原子力プログラムに対してもより強固な国際規範を提供しうるとの指摘もある。(Darwish, 2024))この見方に立てば、「初の事例」であることはリスクであると同時に、今後、原子力潜水艦の導入が増える見通しを考えると制度強化の契機にもなりうるとも言えよう。

第三に、AUKUSを「核兵器の海外配備」やNATO型核共有と同列に置く中国のレトリックにも、反論の余地が大きい。AUKUSの第1の柱が対象としているのは、あくまで通常弾頭のみを搭載する攻撃型原子力潜水艦であり、核弾頭の前方配備や運用権限の委譲を含むものではない。NATOの核共有をめぐっても、NPTとの整合性について議論はあるものの、少なくとも表向きの法的ロジックは核弾頭に対する管理・統制は平時・有事を通じて米国に留まり、第I条・第II条が禁じる『移転』は生じないというものである。他方、AUKUSの場合、豪州は核兵器そのものを取得せず、核動力炉燃料の所有権・管理権も供給国側の強い管理下に置かれるとされている以上、これを「核兵器の海外配備」とみなすのは、NPTが対象とする「核兵器またはその他の核爆発装置」と海軍原子力推進との区別をあえて曖昧にする政治的レトリックである、と反論しうる。むしろ、AUKUSに伴う米・英原潜の豪州寄港やローテーション配備は、「核兵器国の艦艇・航空機による同盟国訪問」を禁止していないNPTの枠内の活動と解釈しうる、というのがAUKUS側の公式立場である。

さらに、同白書は、核共有、拡大核抑止に関しては、「核共有、拡大抑止、その他、国際的な核不拡散体制を損なう取り決めに断固反対し、関係国に対し、核兵器の海外配備をやめるよう求める」と明記している。ここで言う「核共有」は主としてNATOの枠組みにおける米国と同盟国の核共有体制を、「拡大抑止」は米国が同盟国に提供する核の傘、すなわち拡大核抑止コミットメントを念頭に置いたものであるが、白書はこれらを、核兵器の国外配備と一体化した安全保障アレンジメントとして捉え、NPTを中核とする国際的な核不拡散体制を弱体化させる行為であると位置づけている。

しかし、核共有に関しては、NPTの交渉記録から見れば、NPT は核共有を前提に、その上で拡散を止めるために作られた条約である、との解釈も成り立ちえる。1966 年 9 月のニューヨークでの一連の協議で、米ソが NPT 第 I 条、第 II 条の文言を、既に存在していた NATO の核共有アレンジメントと両立するように意図的に設計したことを示している。ソ連側は当初、NATO 地域への核兵器配備そのものを禁じるような「最大限の」文言を求めていたが、西ドイツが自前の核戦力を持たないこと、アメリカが米核兵器の平時の管轄権・発射権を手放さないことなどの保証と引き換えに、米案を受け入れたとされる。米側は「NATO の核共有は、平時には核兵器の所有権・管轄権が一貫して米国に留まり、戦時に実際の移転が起きるとしても、その時点では NPT の適用外である」という解釈を提示し、ソ連はこれに異議を唱えない形で最終テキストに合意している。(Alberque, 2017)

最近では、平時の米国による完全な管轄権維持を条件に、NPT との両立が米ロ間で暗黙の裡に受容されたとはいっても、核兵器禁止条約加盟国の間では、NPTの精神に反するという規範的な視点からの反対論が高まっており、今日ではその受容度は低下していると見ることもできる。しかし、核共有の是非をめぐる規範的議論はあっても、NPT の成立時点から明白な違反として想定されていたという従来から中国が展開してきた議論には、歴史的事実とは齟齬があると言わざるを得ない。(なお、同白書においては、歴史的な経緯を根拠にした核共有違法論は展開していない。)

第二に、「拡大核抑止」一般を、核共有と同列に「核兵器の海外配備と一体化したアレンジメント」とみなし、それ自体が不拡散レジームを損なうとする点にも反論の余地が大きい。拡大核抑止は、多くの場合、核兵器の管轄権の変更を伴わない政治的コミットメントであり、NPT第I条、第II条が規制対象とする「移転」、「取得」とはみなされない。しかも歴史的にみれば、米国が欧州・アジアの同盟国に対して核の傘を提供してきたことが、その同盟国に自前の核保有を断念させ、非核兵器国としてNPTにとどまらせるインセンティブとして想定され、一定程度機能してきたという評価もある。(Chicago Council on Global Affairs, 2021)

総じて、中国はNFU(核の先行不使用)、最小限抑止、核の傘不提供という自国の方と、米国の拡大核抑止やNATOの核共有、AUKUSなどを、地政学的利益を優先し、核不拡散をめぐって二重基準をとる行為として批判的に対置させつつ、自国が責任ある核保有国であると主張しているようにみえる。

しかし、NATOの核共有が政治的に議論の対象であるのは事実だが、同時に、中国の急速な核戦力増強やロシアの核威嚇が、欧州・アジアにおける拡大核抑止の必要性に関する同盟国内の不安を高めていることを看過すべきではないだろう。(Akiyama, 2023, Baldus, 2025)中国が自らの核近代化と地域での軍事プレゼンス拡大を続ける限り、同盟国側の拡大核抑止への依存や、場合によっては核共有オプションの議論が活発化するのは、ある程度構造的な帰結でもある。その因果の片側(西側の拡大核抑止・核共有)だけを「NPT体制を損なう行為」として糾弾し、他方の構造要因には触れていない点は、政治的メッセージとしては理解しうるが、軍備管理レジーム全体の安定性を議論するためのベースラインとしては適切とは言えないだろう。

おわりに

以上見てきたように、本白書は、中国の核政策と軍備管理・軍縮政策を、NFU・無条件NSA・最小限抑止という三点を軸に自衛目的で節度ある核戦略として再定式化し、その延長線上で、拡大核抑止や核共有、AUKUSに象徴される同盟ベースの核協力を「二重基準」かつ国際的な不拡散体制を損なう行為として批判的に対置させている。そこには、自らを「最も予測可能で責任ある核保有国」として位置づけつつ、米国主導の核秩序や同盟ネットワークを相対化しようとする規範的・政治的な企図が色濃くにじんでいる。他方で、「最小限抑止」と称する一方、質的近代化を加速させている現実とのあいだには緊張関係も存在しており、その整合性や将来の可変性は、今後も検証と評価の対象となり続けるであろう。

日本を含む同盟国・パートナー国にとって重要なのは、この白書を単なるプロパガンダとして退けることでも、額面どおりに受け入れることでもない。この白書で触れられていない部分(例えば量的透明性や核運用政策など)に留意しつつ、中国の自己規定と対外批判を、東アジアの抑止アーキテクチャやNPT体制の将来像、核リスク低減に向けた多国間議論の文脈の中に適切に位置づけ、中国の政策的立場についての理解を深めることで、NFUやNSAをめぐる規範競争にどう関与しうるのか、中国の批判する拡大核抑止と核共有をどのように透明性・リスク低減措置と結びつけ得るのか、そして新興技術の軍備管理をめぐる制度設計に中国をどのように組み込んでいくのかについて、構想の足掛かりをつかむことができるであろう。




参考文献

Akiyama, N. (2023), Kishida's Realism Diplomacy: Nuclear Disarmament, CSIS Strategic Japan paper, https://www.csis.org/analysis/kishidas-realism-diplomacy-nuclear-disarmament.

Alberque, W. (2017), The NPT and the Origins of NATO's Nuclear Sharing Arrangements, Proliferation Papers No. 57, Paris: Institut français des relations internationales (Ifri), www.ifri.org/sites/default/files/migrated_files/documents/atoms/files/alberque_npt_origins_nato_nuclear_2017.pdf.

Baldus, J. (2025) How opposing views on nuclear deterrence fracture the non-proliferation regime, European Leadership Network commentary, https://europeanleadershipnetwork.org/commentary/how-opposing-views-on-nuclear-deterrence-fracture-the-non-proliferation-regime/.

Cunningham, F S. (2023) 'The Unknowns About China's Nuclear Modernization Program', Arms Control Today, https://www.armscontrol.org/act/2023-06/features/unknowns-about-chinas-nuclear-modernization-program.

Chicago Council on Global Affairs (2021) Preventing Nuclear Proliferation and Reassuring America's Allies, https://globalaffairs.org/research/report/preventing-nuclear-proliferation-and-reassuring-americas-allies.

Darwish, A. (2024) Charting the Course: Australia's Nuclear Submarines and the International Safeguards and Non-Proliferation Regime, GCSP Strategic Security Analysis, Issue 40, https://www.gcsp.ch/sites/default/files/2024-12/SSA-40-Darwish-2024-11%3Bdigital.pdf 

IAEA (2022), IAEA safeguards in relation to AUKUS, GOV/INF/2022/20, 9 September, 2022, https://www.iaea.org/sites/default/files/2025-07/govinf2022-20.pdf.

IAEA (2024), IAEA Director General Statement in Relation to AUKUS Announcement, 9 April 2024, https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/iaea-director-general-statement-in-relation-to-aukus-announcement-0

Kristensen, H. M., Matt Korda, Elena Johns and Mackenzie Kinght-Boyle (2025) 'Chinese nuclear weapons, 2025', Bulletin of the Atomic Scientists, https://thebulletin.org/premium/2025-03/chinese-nuclear-weapons-2025/.

Talmadge, C. (2021) The U.S.-China Nuclear Relationship: Growing Escalation Risks and Implications for the Future, Testimony before the U.S.-China Economic and Security Review Commission, https://www.uscc.gov/sites/default/files/2021-06/Caitlin_Talmadge_Testimony.pdf 

US Department of Defense (2023) Military and Security Developments Involving the People's Republic of China, https://media.defense.gov/2023/Oct/19/2003323409/-1/-1/1/2023-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF.