コラム

『China Report』Vol. 13

中国の国内情勢と対外政策の因果分析①:

現代中国のエリート政治と対外武力行使:予備的考察

2018-03-30
林載桓(青山学院大学准教授)
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はじめに
 中華人民共和国(中国)の攻勢的な対外行動が注目を集めている。中でも多くの関心は、それが実質的な武力行使1に発展するかどうか、またそれはどのような形態をとるか、という点に向けられている。
 もちろん、最大の脅威とされるアメリカとの間には、軍事力の面でなお大きな開きがあり、中国もそれを認識している。しかし、軍事力の優勢な大国、またはその援護を受けている相手に対する武力行使の例は、中国の軍事史上数多く登場する。他方で、たとえ軍事力の劣勢な相手であっても、紛争解決の手段として武力行使が常に選択されてきたわけではない。では中国は、具体的にどのような条件の下で武力行使に踏み切ってきたのか。
 本稿は、中国の国内政治と武力行使の関係を、特にエリート政治の影響を中心に考える。具体的には、党中央の集団指導体制、および党軍関係の変化が、武力行使の決定と実施にどのような含意を持つかについて、まずは理論的検討と現状の確認を行うことを試みる。

1.理論:国内政治と対外武力行使

 国内政治が対外武力行使に与える影響を考えるには、武力行使を外交の失敗、すなわち交渉を通じた紛争解決の失敗と捉える視点が有効である。もっとも、こうした視点があらゆる武力行使を全て説明するわけではない。とはいえ、一般に武力行使は、ある争点をめぐる紛争が起こり、まずは交渉を通じた解決がはかられ、そうした交渉の一部ないし失敗として実施されるものであり、したがって、交渉の国際政治理論は、武力行使の発生と終結の原因を系統だって検討するうえで有効なツールとなる2
 このように武力行使を捉えるとき、交渉の成否を決する一つの要因は、当該争点に関する意図の信頼性、具体的には、武力行使の意図の信頼性である。他の条件が同等であれば、武力行使の信頼性が高いほど(武力衝突を避けようとする誘引が働くため)交渉を通じた紛争解決の可能性が高くなる、という理屈である3
 こうした仮定は、武力行使に影響する国内政治要因を考える一つの手がかりを提供する。すなわち、武力行使に関する意図の言明(威嚇)は、国内政治条件の変化により、その信頼性が向上したり減少したりする。中でも重要なのが、対外政策決定過程における制度的制約であり、それは選択された政策の実施をより確実なものとし、威嚇の信頼性を向上させる効果を持つ。

H 1(武力行使の決定)政策決定上の制度的制約が強いほど、対外武力行使の可能性は減少する。

 次に、威嚇の信頼性は、武力行使の実施能力からも影響を受ける。すなわち、一度決定された武力行使の方針や政策を確実かつ効率的に実行できる能力の有無である。国内政治の文脈で、こうした政策実行能力に関する観察可能で信頼に足る———基本的な———情報を提供するのは、政軍関係の性質である。具体的には、指揮命令体系を中核とした軍隊統制の程度と内容であり、軍隊統制が安定していることは、軍の効率的な政策実施を保証する必要条件となる。

H 2.1(武力行使の実施)政治の軍隊統制が安定しているほど、対外武力行使の可能性は減少する。

 とはいえ、政軍関係の安定は、軍の信頼可能で効率的な政策遂行を可能にする唯一の必要条件ではない。つまり軍の政策実施能力、具体的にはその戦闘能力(battlefield effectiveness)は、単に軍に対する統制を強化するのみでは向上しない。そして、軍の戦闘能力を決める要因のうち、国内政治の影響を受けると想定されるのは、軍の組織体制と軍事演習のあり方である。つまり、軍の組織体制と演習のあり方が、どれほど「外的脅威」への効率的な対応を可能にしているかどうかが、対外紛争における武力行使の信頼性に影響する。以上をまとめれば、やや直感とは異なるが、次のような仮説が導かれる4

H 2.2 (武力行使の実施)軍の組織体制、および軍事演習のあり方が外的脅威への対応に適したものになっているほど、対外武力行使の可能性は減少する。

2.改革開放期中国のエリート政治の変容

(1)集団的意思決定の制度化
 改革開放期の中国政治の変化については様々な見方がありうる。だが、一つの傾向として、程度の相違こそあれ、様々な領域における共産党支配の制度化が進んできたことは否定できない。そして、党中央のエリート政治において同様の傾向を体現しているのが、集団指導体制の制度化である。
 集団指導体制は複数の制度要素からなっているが、そのうち、上の仮説との関連でとりわけ重要なのは、集団的意思決定の制度である。具体的には、政治局常務委員会における意思決定において、政策討論の民主性と集団的コンセンサスの導出を重視する方向へと、関連ルールの改定による制度化が進んできたことである。
 江沢民時代に拍車がかかった集団的意思決定の制度化は、胡錦濤時代にルールの強化が図られ、結果として、集団的意志の集約という点でいえば、胡錦濤時代の政治局常務委員会は一つの頂点に達していたと評価できる。例えば、常務委員会における総書記の地位をめぐっては、江沢民に付着していた「核心」の称号が消え、代わりに総書記の「班長」なる地位とともに、「重要な問題は集団で決める」ことが改めて確認された。
 もっとも、こうしたルールの強化自体は、それが有効に機能していることを保証しない。制度の実効化には、ルールを遵守するインセンティブ・メカニズムが必要であり、アクターの選好の変化や関連した他の制度も影響しうる。この点は、習近平以降の集団指導体制の変容を考える上で重要な前提となる。

(2)党軍関係の安定
 次に、エリート政治のもう一つの構成要素である党軍関係の現状である。
 党の軍隊統制については、「党の軍に対する絶対領導」の原則が唱えられ続けてきた一方で、その制度的実質には、改革開放期を通して大きな変化が生じた。それは、端的にいえば、政治統合の中心としての党の権威、および軍に対する優位の確立である。これを示す最たる例は、党中央の意思決定過程における軍のプレゼンスの減少である。周知のように、1997年を最後に、現役軍幹部の政治局常務委員会入りはなくなり、軍事委員会副主席(2名)の政治局入りだけが、慣行として定着している。
 こうした党軍関係の変容の帰結は重大である。第一に、軍は、権力継承を含む国政の重要な路線・方針に対して独自の影響力を行使できるアクターではなくなっている。第二に、党による政治的権威の独占は、軍による政治権力の獲得と維持を現実的に不可能な選択肢にしている。結果として、中国における党軍関係の現状を、「共生」(symbiosis)や「条件付き服従」(conditional compliance)という言葉で捉えるのはもはや不適切である。
 しかしながら、党の制度的優位が確立したということは、党の軍に対する統制が完全なものになったことを全く意味しない。本人・代理人関係に内在するジレンマを指摘するまでもなく、文民統制はあくまで程度の問題であり、統制の強化はコストを伴う。
 さらに中国の場合、上述した集団指導体制の制度化、とりわけ指導部内の分業体制の定着が、軍隊統制を複雑にしてきたことが指摘できる。胡錦濤時代の後期に盛んに言われた、体制内の「利益集団」の出現は、軍をその例外とするものでなかった。政治を動かす影響力喪失の代わりに、軍は、内部の事柄については政策決定と実行の両面においてかなりの裁量を委ねられることになったのである。

(3)人民解放軍の戦闘能力
 では、このような軍隊統制の現状は、人民解放軍の戦闘能力にどのように影響してきたのか。まず、党軍関係の安定は、クーデタの脅威を払拭させ、外的脅威に特化したより専門的軍隊への移行を加速化する要因となる。その一つの帰結は、防衛予算の持続的増大であり、人民解放軍は既に対外戦略環境の変化に対応できるハードウェアーを整えつつある。しかし同時に、胡錦濤の提示した「新しい歴史的使命」が示唆するように、内的脅威への対応は依然として軍の主要任務の一つと位置付けられており、本稿でいう戦闘能力とは異なる戦力(と組織体制)の保持を要求している。要するに、党軍関係の安定や対外環境の変化にもかかわらず、指導者の脅威認識は、さらなる戦闘能力の増大に向けた軍の変革を妨げる要素を残していたのである。

3.習近平政権期のエリート政治と対外武力行使

(1)集団指導体制の変容:意思決定の集権化
 習近平執政以来の中国政治、特に党中央のエリート政治の動向については、すでに多くの報道や論評が発表されている。例外はあるものの、多くの論考が共通して指摘しているのは、習近平への権力集中、結果としての習近平「一強体制」への移行であろう。
 こうしたエリート政治の変質が集団指導体制そのものの形骸化をもたらしたかどうかは、今なお慎重な分析が必要であろう。とはいえ、上述した意思決定のプロセスについては、実際、既存のルールや慣行の修正が見られるのも事実である。具体的には、消えた「核心」の称号が復活し、新たに発布された党内規則において意思決定の手続きが修正され、書記と委員間の平等な関係を強調する項目は姿を消した。
 意思決定の集団性を弱化させるこうした変化が、複数の政策調整機構の新設とも合わさって、習近平の決定権力の増大をもたらしているのは間違いないであろう。その上、指導部内の分業体制を考えれば、外交と軍事に対するその影響力はさらに確固たるものになったことが言える。

(2)軍改革の動向:連合作戦能力の向上
 次に、習近平執政後の政策展開のうち、対外武力行使との関連で最も注目すべきは、大規模な軍事改革の実施である。指揮命令系統を含めた組織体系の変更から軍事演習と軍事教育の再検討、ひいては兵器の生産・調達システムの変革に至るまで、現に進行中の軍事改革は人民解放軍の組織的アイデンティティそのものを変えようとする試みのように見える。
 何故これほど大規模な軍事改革がこのタイミングで始まることになったかについては、諸説が存在する。だが、本稿のこれまでの議論に関連付けて言えば、次の二点が指摘できる。第一に、今回の軍事改革は、とりわけ1990年代以降に拍車がかかった党軍関係の安定と、それを一つの背景として起きた対内から対外への脅威認識の変化を、重要な基盤にしている点である。こうした意味で、現に進行中の軍事改革を習近平個人の政治的思惑の所産とみなすことは、現状をうまく説明できない上、その政策的含意を誤らせる恐れがある。
 関連して第二に、今回の軍事改革の最大の狙いは、多くの論説が指摘しているように、人民解放軍の戦争遂行能力の増大、具体的には、軍・兵種をまたぐ連合作戦能力の向上にあるという点である。これは、胡錦濤時代に行われた安全保障環境と脅威の再定義に根拠を置きつつ、人民解放軍を外的脅威に特化した組織体系と兵器システムを備えるものへと改革させるという意志の表現である。なお、こうした改革の方向性は、軍事演習のあり方の変化、すなわち実戦に即した、かつより頻繁な軍事演習の実施に明確に現れている。

おわりに
 本稿で提示した理論仮説に即して言えば、習近平政権の対外紛争行動にはどのような評価と展望を与えることが可能だろうか。理論仮説の妥当性を仮定すれば、習近平執政以来のエリート政治の変容は、一方では対外武力行使の可能性を高め、他方ではその可能性を低める可能性を含蓄している。
 現時点において、少なくとも東シナ海と南シナ海において、軍の実質的な武力行使による危機のエスカレーションの動きは観察されていない。これは人民解放軍の作戦能力の増大———つまりそれによる関係国の軍事的挑発の抑止———の結果なのか、また、意思決定の集権化は今後武力行使を促す作用をするのかどうか。今後の研究では、既存の理論で見過ごされてきた国内要因を検討しつつ、より多彩な含意を導き出せるよう、理論仮説を改善していく必要がある。

(以上)


1 本稿でいう武力行使または軍事行動とは、中国の正規軍(人民解放軍)が中国共産党の命令によって海外に展開する、特定の政治的目的を達成するための軍事力の使用を指す。なお、ここでは、しばしば提起される軍部の「暴走」による武力行使の可能性は分析の対象から排除する。本論で論じるように、中国における政治と軍の関係は、特有の制度配置に由来する固有の緊張をはらみつつも、いわば「文民統制」の機能不全による武力紛争の可能性を想定せねばならないほどの危機状況には置かれていない。
2 関連した論点の包括的なレビューとして、Robert Powell, “Bargaining Theory and International Conflict,” Annual Review of Political Science, no. 5 (2002), pp. 1-30を参照。
3 ここでの前提は、対外武力行使や戦争行為が発生させる事後的費用(ex post cost)のため、交渉による事前の妥協(ex ante solution)は可能であるというジェムス・フィアロン(James Fearon)の命題である。James Fearon, “Rationalist Explanations on War,” International Organization, 49-3, 1995, pp. 379-414。
4 既に断っているように、本稿の説明対象は正規軍による対外武力行使の可能性であり、軍事手段以外の様々な手段を持って行われる強制外交(coercive diplomacy)の実効性ではない。しかし、強制外交の効果は武力行使の可能性に結びついており、強制外交の態様と効果を検討するための予備的考察になる。